【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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皐月の雹2
契約魔鉄器の契約は簡単なものだった。ただ採掘時と同じく「マイニング、ユア・ブラッド・マイン」と製鉄師が唱え、「ローディング、マイ・ブラッド・ユアーズ」と魔女が応えるだけだ。既に魔女の中にある鉱脈とやらへのラインは繋がっているので、登録手続きのボタンを押した程度の感覚しかない。
古芥子姉妹も同じく契約魔鉄器を済ませ、全員が契約魔鉄器装備状態で並んだ。
天馬の持つ契約魔鉄器は、片刃の太刀だ。日本刀のような曲線は描いていない、もっと直線的で厳ついものだが、どこか和のテイストを連想させる唾や柄の形状をしている。
ただ、その後ろに控える朧までもが同じ形状の太刀を持っているのは何故なのだろうか。
そしてあざねがステンレスっぽいお盆を一つ持っているのも何故なのだろうか。世はエデンの理解が及ばない謎に満ちている。
「よし、ではまず鉄脈術の発動についてだ。古芥子美杏、鉄脈術の正式名称言ってみろ」
「鉄脈術――もしくはリアクター!正式名称はBlood Mine Mining Reactorでーす!」
「ご苦労。授業内では術、もしくはリアクターでいい。では古芥子美音、術の発動原理を簡潔に述べよ」
「えっとねー、魔女の中の鉄脈から契約魔鉄器を通して『仮想血液』を展開してぇ、それを起点に現実を改変するの!」
「ふむ、だいたい合ってるからよしとする。この辺は口で説明するには少々ややこしい部分だからな」
二人の回答に頷いたリック先生が、説明を始める。
「術の効果は個人によるが、魔女の鉄脈というのは製鉄師の『歪む世界』を放り込んだ場所だ。よって、発動する術も基本的には内包された『歪む世界』に準ずる。例外として、製鉄師があまりにも無気力な奴だったりすると魔女側のイメージがより濃く出てしまうこともあるが、まあこの場にいるメンツの中にはいないし、いたからといってやることに違いは出ないから気にする必要はない」
というか、そんなに無気力な人は授業に対しても無気力じゃないだろうか、などと思うエデンであった。
「術の発動には前段階が必要になる。契約魔鉄器からアストラルブラッド――今後ABと呼ぶが、そのABを引っ張り出さないことには何を叫んで武器を振ろうが術は発動しない。詠唱をキーにエンジンをかけるようなものだ。では実演する……精錬開始、ユア・ブラッド・マイン」
瞬間、リック先生の持つ巨大な魔鉄器から世界を塗り潰すような強烈な『存在感』が放出された。
(何、この、足の先から強烈な力で吹き飛ばされそうな感覚は――ッ!?)
途方もない圧が雪崩れ込む。まるでリック先生の持つあの鉄の塊が動いた瞬間、この場そのものが消し飛ぶかのような、強烈なイメージが脳を劈く。天馬と朧以外の全員が、その迫力に一歩引いた。その二人も耐えているような顔だった。エイジだけはエデンを庇うように前に出た。
もちろん、術が発動していないので起きるのはそれだけで、全員足並みを揃えなおす。
エイジがエデンをかばったことに気づいたメンツの生暖かい目線が注がれて恥ずかしいが、正直ちょっと心強かったのは秘密だ。強烈な圧は先生が力の供給を閉じたことで消失する。
「今感じたのが、俺の世界だ。ただ、さっきのは発動はせずに漂ってただけだがな。俺のは単純な肉体強化型だから気圧される感じだったろうが、個性的な世界が見えてる奴や深度の深い奴の威圧感は、もっと具体的なエネルギーを感じることもある」
「炎使いだったら『熱い』、分析系の能力だったら『見られてる』、って感じだよー。でもね、それを感じるっていうのはそれだけ強力な力ってことだから気をつけなきゃダメだよ?」
「そうだ。そういった感覚を遠くからでも感じたらそれはまず厄介ごとだ。大原則として『近づくな』。そして不安なら警察などの大人を呼べ。避けられないなら抵抗するのは当たり前だが、まずは危機回避を考えるんだ」
危ない場所には近づくな。当たり前すぎる話だが、なまじ力を得た生徒が自分から厄介ごとに首を突っ込んで痛い目を見るのは全国的によくあることらしい。
「さて、ここから術の発動に至るまで三つの手順を踏む必要がある」
「多いね、美杏」
「順番間違えて覚えそうだね、美音」
「間違えたらもちろん術は上手く発動しないから気を付けるように」
「「はーい!」」
「まず、位階提示だ。これは自分の身の丈に合った規格に力をはめ込むためのものだ。大は小を兼ねず、逆も然りなので自分の位階と同じものを唱えろ」
位階はいわゆるOW深度とほぼ同じもので、深度一が『製鉄』、深度二が『鍛鉄』、深度三が『振鉄』となっている。ちなみに深度零は『埋鉄』といい、一応OI能力はあるが術の発動はできない『未覚醒』の人だ。一般人とは違って深度上昇の可能性はある。
「次に術名誦句。簡単に言うと、自分の能力の名前だな。発動前に自分で決める奴もいるが、多くは唱えてる途中にふと思い浮かぶワードをそのまま能力の名前とする。要は気の持ちようだ。微妙だと思ったら後で変えられるから気負いはするな。俺の教え子に昔、詠唱するたびに術名が違う奴がいたが、毎度同じ術が同じだけ発動してたからな」
「そんないい加減なことでよく毎度発動出来たなそいつは!?」
悟ツッコミ炸裂。しかしリック先生もさるもの、大真面目な顔でボケ返す。
「相当いい加減な奴だったな。今は別の学校で臨時講師してるって聞いてるが、ちょっと想像できん」
「だろうな!俺も想像できん!!」
「でも、案外若い頃にやんちゃしてた人が先生になると優秀だったりすんだよねー」
閑話休題、最後の一つだ。
「さて、ここまでの流れはいわば必須手順なのだが、最後の一つは必須ではない。それがトリガー行動だ。術におけるルーティーンみたいなものだな。具体的には、パートナーである魔女との接触だ。手を握るのが代表的だな。最後に説明を回しはしたが、詠唱発動前や途中でやっても問題はない」
術の発動には、想像以上に精神の集中力が必要だ。そして術の源は契約した魔女の鉄脈から流れ出ている。すなわち、鉄脈を有し力を貸してくれる魔女の存在を強く認識することで、集中力を素早く収束させる。これがトリガー行動の意義だという。
「必須ではない、とは言ったが、複雑な手順でもないので初心者のうちはやっておくことをお勧めする。でないと初撃の威力が小さくなったり、二度目からやっと発動するなんて恰好のつかないことになるぞ。イメージが素早く収束できるようになればもう必要ないが、絆の再確認という意味で続けるコンビもそれなりにいる。まぁ……なんだ。キスとかする奴もいるが、自己責任でやれよ。ヘタすると卒業までからかわれるからな」
「いたのか。やった奴が」
「さっき話題に出たいい加減な奴だ。男だった」
「あいつかッ!いやどいつか知らんが!」
「ちなみにキスしろと言い出したのは魔女の方だったりもする」
「勝手に末永く爆散してろッ!!」
悟・永海コンビには辛そうなシステムである。
しかし、そういう事ならうちは困らないか、とエデンはエイジの手を握った。間を置かず、エイジが握り返す。血は繋がらずとも家族同士、普段からよくやっているので別に恥ずかしくもない。
「ちなみに集中力が必要という点に絡めてだが、移動したり他の作業をしながらの詠唱は注意力が散漫になり、かなり難しい。詠唱時はできるだけ落ち着いた状態でやれ。ありきたりだが深呼吸も有効だ」
「……さて、もう説明は十分だよね、リック?そろそろ本番やっちゃう?」
「そうだな……俺が術を発動させるとさっきの圧がまた出てしまって集中力が散るだろう。凪原、天掛。お前らが手本を見せろ」
ルーシャ先生に頷きリック先生が指名したのは、天馬と朧。二人は頷き数歩前に出る。
二人は互いを見つめ、そして契約魔鉄器の刀を掲げ、斜め十字に交差させる。
「掘削開始、ユアブラッドマインッ!!」
「掘削許可、まいぶらっどゆあず!!」
天馬の叫びに対して朧は少したどたどしい英語だったが、力強く応える。
瞬間、二人の持つ剣を中心に自然ならざる風のような圧が周囲に放出される。
「製鉄――『駿馬千里駆』ッ!!」
瞬間――微かな砂煙を巻き上げ、天馬の姿が消えた。
「えっ――」
「一体どこに?」
エデンと永海、古芥子姉妹が状況についてゆけず困惑する中、悟、八代夜、そしてエイジの三人は正確に状況を把握していた。
「後ろだな」
「皆さん反応が遅いですわよ」
「……かぁー、俺の渾身の速度での一発芸なのに、三人も気付くなんてどーなってんだこのクラス……」
「え、あれ!?さっきまで朧ちゃんの後ろにいたのに!?」
エデンが慌てて振り返ると、そこには困ったように頭を掻く天馬の姿があった。
永海が目を輝かせてはしゃぐ。
「分かった、テレポートだ!すっげー!ザ・超能力じゃん!!」
「いや、違うぞ」
「なんだ違げーのか。チッ」
「なにその感じ悪い態度!?まぁいいけどさ……」
と、後ろにいた朧が天馬の隣に移動しながら説明する。
「この朧が内包し天馬に与えし力は単純明快。リック先生の申す『肉体強化型』に分類される力にございますれば。今のは足に全強化を注いだことで目にも止まらぬ速度を以て皆々方の背後に回っただけの、つたない芸であります」
「ははは、まぁそういうことだ。俺の力は筋力や体力を強化するんだが、力の配分を変えればさっきみたいな速度が出せたりもする。流石にあの速度での戦闘は無理だが、早く動けるってのはそれだけでアドバンテージがでかいからな」
からからと快活に笑う天馬だが、もしあの速度で蹴りの一発でも叩き込まれれば常人は一たまりもない。一体どれだけ訓練すればあんな速度で動けるというのだろう。
これが、鉄脈術。戦場を一変させ、かつてラバルナ帝国を世界の頂点へ押し上げた力の欠片。
半数ほど生徒がざわめくなか、リック先生が再び説明に加わる。
「『肉体強化型』の術はOI能力の中じゃありふれた類だが、単純に強くて速いってのは白兵戦での戦闘能力に直結する。普通じゃ持ち上げられないものを持ちあげ、普通じゃ出ない速度で走る。最も基本的な現実の拡張だからこそ、逆に対策しづらいのが『肉体強化型』の強みだ」
「ま、永居にはバッチリ捕捉されてたみたいだが。情報系の鉄脈術か?」
「ああ、俺はヒマさえあれば鉄脈術を使って情報収集してるんでな。授業が始まる前からずっと発動させてるんだよ」
「さらっととんでもないこと言いやがるコイツ……で、戌亥と氷室は何で分かった?」
「わたくし、鉄脈術なしでも音とにおいには敏感でしてよ?」
「天馬くんが移動したのを見てたから」
「やべぇ、後者の言ってることが全然わかんねぇ。生身の肉眼では絶対に追えない速度で移動してる筈なんだけどなー……動体視力バケモノかよ」
どんどん天馬のテンションが低下していき、朧が目じりを抑えて呆れたような顔をした。最初の頃も思っていたが天馬は意外と目立ちたがり屋なのかもしれない。最初に抱いた尊敬の念もなんだか少し削がれてしまった。
「さて、見てもらったところで鉄脈術未経験者にもやってもらおう。この中で使ったことがないのは、契約魔鉄器を持っていなかった2ペアだけだ。先に氷室と暁がやれ」
「「はい!」」
あの病院で盛大にぶっ放して以降、一切使ったことのなかった力。
既に何が出来るかは知っている。氷か冷気か、そのどちらかを放出する力だろう。
エイジの手を握って前に出る。向かい合ってみると、エイジは少し緊張していた。
「どしたの?」
「力を上手く出せなくて、エデンを傷つけないかなって、心配なんだ」
「大丈夫よ、だって最初に暴発したときだって私には傷一つつけずに出てたでしょ?なら無意識のうちにコントロール出来てるのよ。だいたい、守ってくれるんでしょ?」
そういってエイジの鼻先をつつく。戸惑いがちだったエイジは、一度深呼吸し、力強く頷いた。
「うん、僕が守る。やろう、エデン」
「オッケー。それじゃ久しぶりに見せちゃいますか!」
両手を繋ぎ、笑いあう。エデンはエイジのことを疑わず、エイジはエデンの言葉を疑わない。
「掘削開始、雪夜に果てを求めるならば――」
「掘削許可、私が貴方の暁となろうッ!!」
「振鉄――『守護氷華』」
その瞬間――エイジとエデンの周辺が瞬時に氷結し、周辺を覆い隠す程に巨大な数十mもの氷柱が迫り出す。しかしそれは同級生たちを凍らせることはなく、二人に害を為すこともなく、太陽の下に一つの巨大な花のように咲き乱れ、止まった。
「……ね?大丈夫でしょ?」
「うん。もう平気だよ。だって僕が守らないといけないもの」
ハーデンベルギア――花言葉は、運命的な出会い。
後書き
ユアブラッドマイン、の詠唱に内包される意味について、それを考えるに至った経緯が不明だったり何も考えてない人の詠唱には意味を書かないようにしています。なので現状言葉に込められた意味が分かるのはエイジとエデンだけです。
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