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人理を守れ、エミヤさん!

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親子なのか自分なのか






 特に何もなかったが、汗を掻いたのでシャワーを浴びた。

 体が怠い。気力が萎えている。酔いは完全に醒めていた。もう何もする気になれない。このまま寝ようと髪を乾かして横になったはいいものの、喉の渇きを覚えて水分を補給しようと思い立つ。
 マイ・ルームの冷蔵庫に酒を入れていたはず。飲み直して寝よう。明日も忙しい。今は寝酒をしたい気分だった。幾度もの戦場を越えさせられて不敗とはいえ、今日は非常に疲れた。例えるならサバンナで獅子の群れに襲われたようである。
 命懸けの闘いを制した勝利の美酒を求めても罰は当たるまい。そう思ったのだが、冷蔵庫に酒の貯蔵はなかった。

「……」

 ――そういえば変異特異点二つを同時攻略した後、激務に追われていたカルデアの皆を労う為、自身の蓄えである秘蔵の酒を放出していたのだった。その時はまだダグザの大釜もなかった故だ。
 嘆息して厨房に向かう。其所のワインセラーには確かスパークリングワインがあった筈である。今は水で満足出来ない。
 飲まずにはいられなかった。諸々の感慨を落ち着けねば、とても落ち着いて床に着けない気がするのである。そんなわけで目的のブツを回収し、マイルームに戻って行く――途中の事だ。

 サーヴァントに与えられる部屋の前を通り掛かると、何やら話し声が聞こえてきた。と言っても専ら女性の声がするだけだが。
 しかし酷く沈鬱な雰囲気である。扉越しとはいえ、エアリーディング検定一級の俺には察せられるのだ。何事かと耳を澄ませてみると、どうやら敢えて明るく喋っているのはアイリスフィールらしい。……ここ、アイリスフィールの部屋ではないのだが。なんだって切嗣の部屋に……?

「あっ」

 察した俺は紳士ゆえに立ち去る事にする。あの絶倫貴と真祖さんの時の二の舞は御免だ。
 何が悲しくて平行世界の義父と義母の睦み事を聞かねばならんのだ。幼少時に実父実母が妹か弟をこさえようとしていたのを目撃してしまったトラウマが甦りそうである。
 そそくさとその場を離れようとすると、意外な声がして思わず足を止めた。

『……オレは、自らの成そうとした理想を過ちだとは思っていない。だが――そうだな。私は他者に理解されようと努力した事がなかった。一人で駆け抜け、一人で理想を遂げようとした。……あんな道も、あったのだな……』

 扉越しに聞こえたのは、アーチャーの独白だった。
 悔恨を噛み締めているのではなく、あたかも気づきもしなかった別の道を見て、生前の行いを省み、想いを馳せているかのような――

『そうね。私は貴方の過去を知らないけれど、貴方が言うのならそうなんでしょう。けれど間違ってはダメよ? アーチャーはああも成れた、でも貴方とマスター……シロウくんの道に優劣なんてない。いいえ、そもそも比べる事すら烏滸がましいわ』
『……分かっているさ。だが客観的に見れば劣等感を感じてしまう。奴は成し遂げた功績で生前のオレを超えているだろう。別にそんな功績(もの)に関心はない……が、別人だと理解していても平行世界の「エミヤシロウ」だ。どうしても比較してしまう』

 自嘲するように呟くのは、己の思考そのものを嘲笑っているようだ。それに切嗣が身じろぎする気配がする。

『オレは人々を直接悲劇から救おうとした。だが奴はその悲劇の元凶の一つを根本から潰していたんだ。直接救った人間はオレの方が多くとも、間接的にあの男は未来を救っている。――同胞を集い、個ではなく数で、己のエゴを押し通した。オレにはそちらの方が尊く思える』
「――なんだとこの野郎」

 無意識に足が動いていた。扉が開き、中にいたネームレス・レッド目掛けてワインの瓶を投げつけていた。
 時速200㎞で迫ったそれを、驚きながらも掴み取った反応の早さは流石と言える。こちらを識別するなり、アーチャーはばつが悪そうに顔を顰めた。俺も苦虫を瞼で挟み潰したような顔をしてしまう。反射的に釣られてしまった格好だ。

「あら」

 アイリスフィールは目をぱちくりさせる。とても成人女性には見えない愛らしさだ。イリヤも後五年ぐらいしたら《《こう》》なるのかもしれないと思うと、色んな意味で死にたくなった。
 主にアイリスフィールを見てイリヤを連想した事が最低である。いや、アインツベルンの親子なのだから、瓜二つになって当たり前なのだけど。
 違うのは性格から来る表情と雰囲気、髪型だろう。アイリスフィールはロングヘアーでザ・プリンセスといった感じだが、イリヤは肉体の成長に伴い活達な印象のショートヘアー少女へと変身している。――ん? よくよく考えたら連想してしまったイリヤとアイリさんは全然似てなかった。

「……何をする」
「『何をする』じゃねぇよ。何を寝言垂れてんだテメェ」

 アーチャーは聞かれたくない事を俺に聞かれた気分なのだろうが、ばつが悪いのはこちらも同じだ。なんだって入ってしまったのか、どうしてこんな事を聞いてしまったのか。本当、衝動に突き動かされてしまった。
 すっかり真っ白になった髪を掻き毟る。違うのは肌の色だけの、例の一件まで根底からして別人だと思っていた男――掛け値なしに正義の味方そのものと尊敬していた存在が英霊エミヤだ。俺自身が衛宮士郎であると《《思い出した》》故、遠回しな自画自賛のようでこっ恥ずかしいが、その想いは今も変わらない。

「なんだ。まさかとは思うが記憶映像(あんなもの)を見て妙な思い違いをしてるんじゃあないだろうな」
「思い違いだと? 何がだ」
「俺を正義の味方だとでも思っていそうな口振りに聞こえたぞ」
「……立ち聞きか。趣味が悪い」
「俺も聞こうとしていた訳じゃねぇよ。……ったく、なんだってこんな……アイリさんと切嗣の愛の巣だと思って遠ざかろうとしてたってのに」
「あら。愛の巣ですって、切嗣!」
「……」

 意味もなく武装のキャリコを分解し、点検している切嗣は完全に無反応だ。しかしその意識はこちらに向いている気がする。
 嘆息する。らしくない、ものの見事に頭に血が上ってしまっていた。俺は努めて血の気を鎮圧して冷静になる。

「言っておくがな、俺は正義の味方なんて立派なものじゃない。いいとこ庭師だ。滅私で人を救ったんじゃない、俺の裡に埋め込まれたお前の強迫観念に突き動かされて無謀な旅をしただけで、死徒を狩って回ったのは単なる害獣駆除の為だ。人が人と争うのを止められないと諦めたんだよ。救おうとする事を、お前の理想があったにも関わらず不可能だと投げ出した。だからせめて、目障りな不幸の種としちゃあ小粒もいいところの小者共を排除していただけだ」
「……はぁ。――この際だ、言いたい事を言っておこうか。まったく……死後守護者となった後にこんな下らない問答をする羽目になるとは……」

 エミヤは壁に背を預けて立っていたのを、俺の眼前に立ちはだかるようにして屹立する。

「いいか衛宮士郎。正義の味方とは思想ではなく行動と結果によって示される存在だ。その点で言えば貴様はそれに当たる。人々を救い感謝され、明確な悪を滅ぼす行動と結果は正義そのもの。オレや切嗣が目指した在り方だ」
「……僕はそんな立派なものじゃないけどね」
「は。見解の相違だなアーチャー。俺はエゴを押し通しただけだ。成した事はともあれ他人(おまえ)の理想がなければ、俺は今頃日本で警官でもやってたろうよ。借り物どころじゃない、俺はお前の影法師みたいなもんだ。
 いいか、正義の味方ってのは、結果とか行動に依らない。その理想を成就させようと邁進し、理想に殉じ、溺死する結末も受け止められる奴だ。まずは心ありきなんだよ。それ以外は粉飾に過ぎない。前提を間違えるな、純粋に救おうと奔走したお前が本物だ。俺は偽物なんだよ。……切嗣はまあ、うん。ノーコメントで」

 とりあえず此処は切嗣の部屋なので、部屋の主にも水を向けようかと思ったが、切り出したら微妙な気分になりそうだったのでやめておく。
 国際テロリストとして指名手配されてなかったのが奇跡とすら言える危険人物にして、魔術協会やらから蛇蝎の如く嫌われていた魔術師殺しだ。その二代目と目され一時えらい敬遠されて来た俺の気持ちは分かってほしい。
 切嗣は無言だ。どうでもいいが気配遮断するなと言いたい。地味に存在を忘れそうになる。もっと存在感出してこいよ、アンタの部屋だろ此処。

「日本の諺よね? 隣の芝生は青い、だったかしら」

 ふとアイリスフィールが言った。

「正直に言うわね。第三者な上に正義とか悪、主義主張は分からないけれど、きっと貴方達の話は平行線のままで帰結しないわ。だって二人とも正義の味方じゃない」
「……」
「……」
「……あのな、アイリさん。なんだってそうなるんだ。あとナチュラルに切嗣ハブるのやめてやってくれるか。切嗣のメンタルは鉄に見せかけた豆腐だから」

 天然で刺されるほど痛い言葉はない。切嗣の表面に変化はないし、内面も殆ど平坦だろうが、微かに揺らぐものはあるだろう。
 アイリスフィールは苦笑した。

「この私も、この切嗣も、本当はなんのかかわり合いもない赤の他人よ。でも私は切嗣を愛しいと感じてる。別の世界だと、きっと素敵な出会いがあったんだわ。でも詳しくは知らないから、偉そうに評価なんて出来ないわよ。貴方達に対してもそう、私は感想を言ってるだけ。切嗣は私にとって愛しい人で、それ以外は知らないわ。そしてマスターとアーチャーは、掛け値なしに本物よね。正義の味方って、自称じゃなくて他人が評するものなんじゃない? だったら第三者の私が保証してあげる。それで一件落着って事でいいんじゃないかしら」

 ね? と首を傾げるアイリスフィールの仕草は愛らしい。俺とアーチャーは顔を見合わせた。
 そして不意に、ふっと肩から力を抜いて苦笑する。なるほど、道理だ。この人には敵わない。的確に言い返せない筋を通してくる。
 まったくその通りだと納得するしかない。俺としては不服だが、筋が通っているなら言い返す訳にはいかなかった。何故ならそれは、ひどく格好悪いからだ。

「これまでの事はもういい。これからの事について考えましょうよ。折角それぞれが本来とは違う形だけど、家族が揃ったんだから。仲良くしたいと思うのは私のワガママかしら」
「そうだな。……とんでもないワガママだ。が、違いない。異存はあるか、アーチャー」
「……ないな。貴様は名前と能力が同じなだけの他人、拘る事でもない。それにキャスター……」
「名前でいいわよ?」
「……と、切嗣、イリヤは放ってはおけん」
「――僕の意見は無視かい?」
「うるさい気配遮断してろ」

 切嗣の嫌そうな顔に、俺はにべもなく切って捨てる。露骨に嘆息する切嗣に、俺は宣言した。

「幸せ衛宮家計画でも立てるとするよ。アンタも主役だ」
「……」
「まあ素敵! それってどんなものなの?」

 ノリがいいのはアイリスフィールだけか。
 分かってはいたが、とことん付き合いの悪い男達である。アーチャーは皮肉げに嫌みを言ってくる。

「どうでもいいが、その下らないネーミングセンスはどうにかならないのか?」
「うっさい受肉させっぞ」
「どんな脅し文句だ、それは」
「マスターに対してなんて口の利き方だ。反抗的なサーヴァントは罰として受肉させてやる。切嗣もだ。人理を修復したら冬木で暮らしてもらうからな」
「――は?」

 赤い外套の男が、目を点にする。俺は嫌がらせめいて笑いかけた。まさか本気だとは思わなかったらしい。アイリスフィールの話に乗っかっただけの軽い冗談だと受け止めていたのか。
 しかし空気を読まない男、切嗣がすげなく断りを入れてくる。

「悪いが僕は、仕事が終わればカルデアから退去するよ」
「却下する」

 この件に関して切嗣の意向は全部無視だ。何せこの男、幸福から逆走する事に全力のダメ人間である。

「アンタの仕事はマスターの指示に従う事だ。雇い主の言う事は絶対だぞ」
「――その理屈でいくと、貴様は死後霊長の抑止力に組み込まれるのを是としているふうに聞こえるな」
「不正な契約は断固として認めない。そして正規の契約を結んでいるサーヴァントに拒否権は認めない」
「……横暴だな貴様は」
「アイリさんに切嗣、お前に俺、イリヤ――衛宮勢揃いだ。なんの不満がある? 異論は認めないぞ、大家族化したら俺の手には負えん。真面目な話……助けて」

 イリヤやら桜やら遠坂やら藤姉やらアルトリア達やらバゼットやらその他諸々やら……。積もりに積もった問題解決は、人理修復以上の難題である。彼らの力、というか存在があれば負担は軽減するはずである。

 ――ああ、打算抜きに思う。きっと全員が欠ける事なく揃った未来は、とても賑やかで幸福な、美しい光景だろうと。

 その展望が途方もなく甘く、途轍もなく脆い、砂上の楼閣じみた儚い夢想だとしても。やはり俺は、ハッピーエンドを夢見ていたい。






 
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