人理を守れ、エミヤさん!
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風雲急を告げる士郎くん!
これも職業病という奴か。日の出を感じた直後、切り替わるように目が覚める。うっすらと瞼を開くと、腕に軽い負荷が掛かっているのを感じた。
その正体を察しながらも横を向けば、安心しきった顔で深く眠りについている桜がいた。桜は俺の腕を枕に寝息を立てていたのだ。いつの間にと思うも、桜も無意識だったのかもしれない。
そっと腕を抜いて、枕の上に頭の位置を導くと、音を立てずにベッドから抜け出る。俺の反対側で眠っているマシュは穏やかな寝顔をしていて、微笑を溢すと俺は二人の頭を優しく撫でてしまっていた。
身動ぎするマシュと、むにゅむにゅと口を動かす桜。小さな声で、おとうさん、と呟いたのが聞こえて。どうにも後味が悪くなる。
まだ幼い子供をカルデアに連れていく訳にはいかない。誰も面倒を見れないし、そもそも人類史を守るための戦いの最前線に桜を置く事は人としてやっちゃいけない。桜は戦いの場所にいてはいけないという私情もあった。
だから、この子はこの特異点の住人のままでいい。喩えここで俺のした事が意味のない事でも。本来の歴史通りに、酷い虐待に逢うのだとしても。戦いに巻き込まれ、最悪の死を迎えるよりはいいと、独善的に判断せざるをえない。
「ロマニ、何か変わりはなかったか?」
ソファーに腰掛け、どこから調達したのか雑誌を手にコーヒーなんて飲んでいたロマニに問いかける。するとびくりと肩を揺らして、ロマニは浅黒い肌に汗を浮かべて反応する。
「あ、起きたんだね。おはよう士郎くん」
「……? ああ。寝ずの番ご苦労様。で、何してる?」
「あっ、はは! 気にしなくてもいいとも! 結界張ったりしてたからホテル周辺に異常がないのは分かってるし!」
無言で近づくと雑誌を後ろに回して隠すロマニ。俺はロマニに足払いをかけた。
「どわぁぁ!?」
「どれどれ……って」
転倒したロマニに馬乗りになり、雑誌をもぎ取るとそれに目を落とす。――そこには水着姿のアイドルとかの姿が!
呆れた。いや失望した。絶望すらした。この野郎、アイドルオタクだからってそんなの見てる場合じゃねぇだろ。
「魔術王がドルオタって時計塔の魔術師が知ったら首を括るな……というか外見から凄い乖離してるからやめろ。元の姿ならともかく」
「べっ、別にいいだろぉ!? ボクが何を趣味にしてても!」
「こんな時にこんなものを見ているのが問題なんだこのドたわけが! もっと他にする事が無かったのか!?」
「やれる事はやったさ! 結界張ったりホテルを神殿化したり! でも千里眼封印してるから外の様子なんか分かりっこないだろ!? ボクの使い魔は魔神七十二柱だから召喚したら魔力アホみたいに食うし! かといってネズミとか触りたくないし! 休息中の士郎くんの魔力使う訳にはいかないだろ! 二人のアサシンがいるから偵察は代行して貰えるしネ!」
「うるせぇ! 他にもやれる事ならあっただろろ!? 神殿化してる感じはまったく分からんが、カルデアと交信して情報交換と指示を仰いだりとか! 支援物資が貰えるなら貰うとか! ネロの方の状況が何か分かれば、こっちも動き方を変えたりしないといけなくなる可能性もある!」
「あっ……」
失念していたという反応をするロマニに頭が痛くなる。顔を手で覆いながら、俺はロマニの上から退いて嘆息した。
「お前ほんと前世魔術王なのか? 全然それっぽくないんだが」
「あ、そう?」
「なんで嬉しそうなんだよ……」
マギ☆マリの正体がマーリンですとか法螺吹いて絶望させてやろうかこの野郎。
まあいい。ロマニの事は元々魔術王ではなくロマニ・アーキマンとして認識している。ロマニに魔術王並みの能力が備わっているだけだ。いやほんと、何がどうなったらロマニみたいな奴になるんだ。あのソロモン王が。魔術世界最大の謎かもしれない。
手首に巻いてある通信機を起動する。カルデアに通信を送ると、すぐさま繋がりアグラヴェインのホログラムが浮かび上がった。
「こちら衛宮。現状を報告するが、その前に何か伝達事項はあるか?」
『マスターか。では先に、こちらの把握している死国残留海域スカイでの戦闘記録を伝達しよう』
「聞かせてくれ」
鉄壁の強面に、暗黒騎士然とした無機質さを感じさせる声音の揺れのなさに物怖じせず淡々と促す。
『ランサーは波濤の獣クリードと交戦を開始。五時間後、カルデアに戻ったアーチャー・エミヤの投影した宝具、計五十挺を搭載した量産型ラムレイ号とやらを送り込み、自動操縦によって波濤の獣へぶつけ爆破した。相応のダメージを受け、怯んだ隙を突き波濤の獣をランサーは撃破。然る後にB班のマスター・ネロと、そのサーヴァントであるアタランテ、ランサーは特異点の探索に移った』
「二つ聞く。波濤の獣の中にあったはずの聖杯は? それとネロの所にはランサーとアタランテしかいないのか?」
『聖杯は回収出来なかった。敵方のサーヴァントらしきセイバー、ランサーが言うからにはコノート最強の戦士フェルディアが現れ、これを回収。自身の霊基を強化し撤退した。凄まじい速度で、追尾するために機動力の劣る我が王は一時カルデアに送還され、状況の変化に即応できる態勢を取っている』
「了解した。敵方のサーヴァントを追跡している最中、という事だな」
『その認識で構わない。そちらの状況は?』
「アサシンは消した。不確定要素と成り得る現地の魔術師もな。何事もなければ今日中、遅くとも明日には片がつくと考えている」
少し前までは明後日まで掛かると踏んでいたが、よくよく状況を整理してみると、後は詰みに掛かるだけである。
故に何が起ころうとも余り時間は掛からないと考えた。――仮になんらかの計算外が起こり俺が死んだとしても、決着の時期は動かない。
『承知した。では我々は明日にマスターが帰還するものと想定して態勢を整える。何か支援物資、或いは援軍は必要か?』
「いや、不要だ。だが最悪の事態を考えると、気兼ねなく使える火力が必要になるかもしれない。念のためオルタを待機させておいてくれ。勿論ネロの方を優先してくれても構わない。カルデア内での動きは?」
『職員らには順番で休息を取らせている。七時間の睡眠、三度の食事、一時間毎に十分の休憩時間もある。彼らが抜けた穴は私とダ・ヴィンチ、百貌によって埋め、専ら職員らには貴様とクラウディウスの意味消失を防ぐ観測作業、及び機材のメンテナンスに専念して貰っている』
「百貌様々だな……分かった、通信を終わる」
『了解した。健闘を祈る』
通信を切り、とりあえずロマニに蹴りを入れておく。痛い! 鯖虐待反対! と騒ぎ立てるドルオタに冷たい一瞥を向け、サーヴァントとパスを通じて連絡する為にもう一つの通信機を起動した。
繋げる相手は無論切嗣だ。放っておけば命を投げ捨ててでも仕事に専念するワーカーホリックの彼には信頼がある。切嗣はすぐに応じた。
『なんだい、士郎』
「何か動きがあれば知りたい。それと独断で何かしてないか?」
切嗣が独断専行すれば血の雨が降るので割と心配だ。その危惧を鼻で笑い飛ばし、切嗣は破滅的に嘯いた。
『僕の出来る事はやったさ。この冬木での戦いに必要なのは情報だろう? 戦闘は君達が受け持つべきだ。だから宝具を使い、三倍速で冬木中を駆け回って粗方の情報は掴んだ。百貌の変装した奴にも協力して貰ってね』
「おい、何をした。――あんた、消えかかっているな」
切嗣の存在が希薄になっているのに遅ればせながら気づく。パスから流れてくるのは、消滅間近な状態である事。眉を顰めていると、切嗣はこちらには頓着せずに報告をはじめた。
『冬木市内に今の所は反応なし。バーサーカーのマスターは下水道だ。英雄王の姿は確認できていない。遠坂時臣の行方も不明。僕の方で遠坂葵とその娘は確保し、言峰綺礼のいるホテルの同室に監禁しておいた。そこにいるドルオタに魔術で行動制限も掛けて貰っている。他の陣営は士郎も予想できるだろうけど、そちらからの接触を待っているな。そして――大聖杯だが明らかに意思を持って動き出している』
「……色々突っ込みどころ満載だな。それで?」
『双槍遣いの黒化英霊に襲撃された。逃げ切りはしたが、致命傷を負った。限界を超えて宝具を使っていたからね、僕はもうすぐ消える。だが働きは充分だろう? カルデアに一足先に戻るとする。後は任せた』
「おい、最後に聞け、切嗣」
『なんだい?』
「二度と勝手に自分を使い潰すな。不愉快だ」
『……』
怒気を滲ませて命令する。
幾ら消滅しても再召喚が可能とはいえ、俺は誰かを使い捨ての駒にする気はなかった。何より、切嗣がそうやって動くのは、どうしても耐えがたいものを感じてしまう。
呆れたように嘆息した切嗣が、遠く離れた場所で消えながら応じた。
『君は合理的だが、そうでない感情的なものも多いな。理解できない』
「理解しろ。――いや理解させてやる。罰として、あんたにはアインツベルンのお姫様と会わせてやる」
『――それ、は』
既にアインツベルン陣営のマスター、アイリスフィールの事は目にしているはずで、やはり切嗣は動揺した。
身に覚えがなくても、因果的な繋がりがないわけではない。特異点化しているこの世界だと顔も知らないだろうが、切嗣は本来、アインツベルンと繋がりがあるのが正しい。
故にその正しさになんらかの影響は受けていて然るべきだ。そして俺のその予想は正しかったらしい。俺は可能ならアイリスフィールを勧誘するという想いを強める。無論、無理強いはしないが。
『――手厳しいな、士郎は』
苦虫を噛み潰したように、切嗣は独語して消滅する。
俺はランサーと共に斃した本来の冬木のランサー、ディルムッドの再出現に眉を顰め、今日の方針を固めようと知恵を絞る。
そろそろマシュ達も起こしておこう。桜には――そう、ミニマム・レッドデーモン・リリィの所に連れていくのがベストかと考えていると、ランサーの声で切羽詰まったふうな通信が入った。
『マスター、大変だ!』
「おぉ……本物が聞いたら頭抱えそうな声音でどうした」
『キャスターだ! 青髭の野郎が未遠川にいやがる! 野郎、大海魔を召喚する気だ!』
その報告に、俺は露骨に嫌悪を声に出す。何? と。
――聖杯の意思は、いよいよ手段を選ばず抵抗しようとしていた。
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