人理を守れ、エミヤさん!
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宝具爆発! きみがやらなきゃ誰がやる士郎くん!
命の価値の差という、モノの計り方がある。
倫理観が強かったり、ある種の世間知らずなら思想そのものに反感を抱きそうなあれだ。
逆にスレてる奴ならあっさり肯定する考え方で、俺はどちらかというと後者である。
が、正確に言うなら俺はどちらでもない。傾向としては後者というだけで、本当は命に価値の差なんてないと思っている。しかしだ、命の重さに本質的な差はなくても、生きていてはいけないモノというのは、人間社会の事情や感情的に存在しているというのも厳然たる事実だった。
話を纏めると、
――やっぱり蟲ケラは削除案件だな。
切嗣に保護されてきた見知った少女、その幼き日の姿を目の当たりにした俺の中で、どす黒い殺意が湧き起こる。
間桐桜。拐われて来たというのに、まるで騒ぎもしない死んだ瞳の顔馴染み。出会った頃の何もかもを諦めた顔ではない。中学生の頃の桜は、打たれに打たれ過ぎて逆に強かになった精神的な余力が備わっていた。
だがこの小さい桜はそうではない。年相応に絶望し、心が死んでいる。五体満足で生きてるだけ、俺の知る最悪な状態の人々よりは遥かにましとはいえ、それでも胸に満ちるのは煮え滾る赫怒。一瞬視界が真っ赤になるほどに怒りが燃え上がり――すぐに鎮火する。
桜を前に怒りを撒き散らすような真似はしたくない。俺は努めて穏やかさを装った。
人生経験の豊富でないマシュは、どう声を掛ければいいか迷っている節がある。行動できるだけの厚みはない。切嗣は論外だ。性根から腐り落ちてる訳ではないとはいえ、小さい娘への気遣いが出来る訳がなかった。
膝をついて視線の高さを同じにし、桜の頭を撫でてやる。
「今のお前に言うことじゃないが――」
嘗ては言えなかった、言う術もなかった言葉を、前借りして言っておく。
「桜。お前を助けに来た」
「……?」
名前を呼ばれて、反応しただけといった機械的な仕草に息が詰まる。思わずその頭を胸の中に抱き締め、その背中を優しく撫でてやった。
「先輩……その、もしかして、お知り合いの方ですか……?」
「ああ。大事な――置き去りにしてしまってる娘だ」
察したように、マシュが問いかけてくる。
幼い桜は平坦な声音で、腕の中から声を発した。掠れきって、襤褸のような音だった。
「おじさん、だれ? わたしのこと……知ってるの?」
「知ってるよ。俺は衛宮。君の……そうだな、正義の味方だ」
「……?」
君だけのとは言えないし、言う資格もない。だがそれでも、桜にとっての正義のヒーローになる事はできる。そう信じて、桜を離して肩に両手を置き、虚無の瞳を見詰めて言った。
「もう、君は怖い思いをしなくていい。――ロマニ」
「ん。スキャニングしたけど、その娘の体内に不純物はないよ」
「そうか」
ないということは、あるということだ。既にこの時期から、マキリの蟲ケラは桜の体内に核を逃がしていたのだろう。
考えてみれば当然の事だ。間桐雁夜という、自身に反骨心丸出しの男をマスターとして傍に置いているのだ。雁夜自身は体内の蟲で、その気になれば即座に抹殺出来るだろうが、直前に令呪を使われて殺しに掛かられたのでは面倒である。令呪を乗っ取るのも簡単な事ではない。
魔術師の常として、最悪を想定して雁夜が絶対に手出しできない所に核を隠すのは当然だ。合理的過ぎて、至極読みやすかった。
――マキリ・ゾォルケンは、他者を食い物に延命する害虫である。
しかし被害の規模で言えば、実はそれほど大した輩ではない。問答無用で死刑の即判決が決まる大量殺人者だが、時計塔が無視を決め込む程度には穏健な存在なのだ。魔術師の観点からすれば。
だが吐き気を催す邪悪である事に変わりはない。世界にはマキリ以上の残虐さ、非道さ、被害の規模を持つ輩は多数いるが、それらに全く見劣りしない外法の徒である。下手に聖杯を掴もうとしている分、危険度では段違いかもしれない。
俺は懐から薬の瓶を取り出す。
世界中を巡って探し出した霊器。それがこの瓶で、中身はお手製の鋼である。霊器の効果は単純なもので、魔力を保存する性質があった。
魔力とは基本的に魔術を使用するための燃料でしかない。しかし魔力そのものが魔術としての特性を持つものもあり、それが聖杯であったり真性悪魔のようなものである。
この霊器に名前はない。これを作製したとされる魔術師は知っているだろうが、少なくとも俺は知らない。また興味もない。必要なのはその効力だけ――即ち「魔術の特性を持った魔力でも保存できる」というもの。
俺は英霊エミヤの干将と莫耶、偽螺旋剣の存在を知っていた。そこから着想を得たのが改造宝具である。俺は破邪、浄化、退魔、排斥の属性を持った刀剣を、それぞれ一つの属性のみを残して投影した。そしてそれら四本の投影宝具を溶かし、消滅する前に瓶に納めたのだ。
瓶の中にある液体とは、即ち四本の投影宝具がその神秘だけを残した鋼のそれ。液体になってしまっているのは、そうなるように加工しておいたからだ。瓶から出ればたちまち消滅する代物であるが、それで充分だ。前以て用意していたそれを、俺はそっと桜に見せる。
「桜、すまない。変な味がするかもしれないがこれを飲んでくれ」
「お薬……?」
「ああ」
渡すと、桜はその瓶を色の無い眼差しで見詰め、そっと口をつけた。
言われるがままといった、意思の無い人形じみた姿に胸が痛むが、今はその素直さに感謝する。本当なら怪しくて言うことなんて聞いてくれないだろう。
すると、すぐに効果が出た。
液体を嚥下するなり、桜は苦しげに胸を抑えて踞った。げぇげぇと吐瀉物を吐き出す。
――その中には、大小数匹の蟲が混ざっていた。
悶え苦しむ親指ほどの醜悪な蟲。それ以外を踏み潰し、一番大きな蟲を指先で摘まんだ。
俺の知る桜には最初から寄生虫が巣食っていた。この時間軸ではどうなのか、確証はなかった。しかし存在の有無を見切れるロマニがいる以上、余計な手間を掛けずに済んだ。
「ご機嫌はいかがかな? 妖怪マキリ・ゾォルケン」
『ぐ、ぎィ……?! な、何、何が……!?』
「効き目は充分。大変結構だ」
生理的な反応で、嘔吐いたせいか涙目の桜が目を丸くしてこちらを見ていた。
桜の体内に宝具は残らない。所詮は投影されたもの、消滅すれば世界には残らない。俺は微笑んで指に挟んでいた蟲を見せる。
「声で分かるだろう? これは、君を怖くて気持ち悪い目に遭わせてきた諸悪の根元、間桐の爺さんだ」
「おじいさま……?」
「そう。そしてソイツは、今いなくなる」
軽く虚空に放り、慣れた工程を踏んで投影した干将で蟲を真っ二つに切り裂いた。
そうして間桐の支配者は、劇的でもなんでもなく、あっさりとドラマもなしに命の旅を終える。
これは個人的な見解だが、魔術師を相手にちんたらとやりあうのは愚かである。殺ると決めたら電撃的でなければならない、不意を打つなら一撃で仕留めねばならない、魔術師に対策させてはならない。魔術師殺し三原則である。
上手くやれば、長々とドラマチックな展開になんてなる訳もないのだ。
無表情で――しかしどこか呆然として蟲の残骸を見詰める桜の頭に手を置く。
「ごめんな。嘔吐させて。でもこれで、君の体は君だけのものになった。君を苦しめるものもなくなった」
「……」
「……突然過ぎて分からなかったか。すまないが今夜は俺達と寝よう。もう遅い時間だ」
切嗣に目配せすると、彼は頷いて霊体化してこの場を去っていく。切嗣には他の仕事もこなして貰わねばならない。
桜の手を引き、歩幅を合わせて歩く。マシュに目をやって促すと、マシュも桜を安心させるために優しく微笑んで反対の手を取った。両手を引かれて歩く桜は、呆然としているものの、何かを思い出したように俺とマシュを見上げていた。
ホテルに入ると、そのままマシュと挟んで、三人で川の字になって寝た。それで、この夜は終わる。
「あれ、ボクは?」
「起きてろ。お前は見張りな」
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