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人理を守れ、エミヤさん!

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幕間の物語「いつかどこかの時間軸」1
  メンタルケアだよ士郎くん!(※なおする側の模様)

 
前書き
コミュ回。

 

 



 ――何時か何処かの時間軸。



 ロマニ・アーキマンは、部下の医療スタッフが疲れきった顔をしているのに対して、柔和でありながら真摯な面持ちで向き合っていた。

 ここカルデアがレフ・ライノールによる爆破により壊滅的な損害を被り、スタッフの過半数が死亡、マスターがたった一人きりとなって暫くが経った。世は全てこともなし――なんてことがあるわけもなく、今日も今日とて激務に沈む。

 親しい同僚を亡くし、外界は滅び、日夜新たな人類史の異常を探りながら、なけなしの物資を遣り繰りする日々が続いている。
 タイムリミットは一年もないのに目に見える成果は殆どない。そんな状況で気の滅入る者が居ないはずもなく、スタッフの中には絶望し自殺を試みる者まで出始めていた。
 医療機関のトップであったのが、他に幹部がいないからという理由でカルデアのトップに立たされたのはロマニである。彼は士気の低いスタッフ達のメンタルをケアしながら、全体の作業の指揮を執るという激務という形容すら生ぬるい環境の只中にあり、気の休まる時間がない所か、体を休めることも儘ならない有り様だった。

 ――レフ・ライノールは実にいい仕事をしてくれたものである。

 彼は分け隔てなくカルデアの破壊工作に尽力し、その被害は七割にも及んでいた。戦争で言えばとっくに詰んでいると言っていい。
 そんな状況だから、スタッフの一人一人が担う仕事量は贔屓目なしに見ても殺人的なもの。医療スタッフも手隙の者がいたなら、他の部門のスタッフのメンタルをケアしつつ、その仕事を補佐して回らねばカルデアが立ち行かなくなっていた。
 必然タフな医療スタッフも限界を迎え、他のスタッフには見せられない弱った姿を、自身の直属の上司であるロマニに晒して精神の安定を計っていた。
 他者のメンタルをケアする側の人間が、精神的に疲弊した姿を周囲に見せられる訳がないのだ。誰が弱っている者に縋れる、寄りかかれる。ロマニの部下である医療スタッフ達は、もはやカルデアの精神的支柱となっていたと言っていい。そんな彼らは気負わざるをえない。その重責に、自身の心の均衡が崩れ始めてしまっても無理からぬ。

 だが、もし生き残った医療スタッフの一人でも心が折れてしまえば、途端にそれはカルデア全体の空気を汚染し、致命的な事態を引き起こしかねなかった。故にロマニは部下達の状態に常に目を光らせ、部下達の倍以上に働いた。
 自分のそんな姿を見せて、まだカルデアは大丈夫なのだと示さねばならないから。
 自分達なら人類史の修復という、有史以来最大の大偉業を成し遂げられると信じさせねばならないから。
 ロマニは目立たないが、確かにカルデアの大黒柱となっていた。……ならなくてはならなかった。

「……」

 部下との談話を終え、和やかに別れたロマニは、自室に戻るとストン、とベッドに腰を落とした。その寝台が使用された形跡はない。
 ロマニは時計を見た。
 午前3時。あと2時間後には部下が起床していつもの仕事に入るだろう。それまでに自分も出なくてはならない。
 今、横になったら起きられないだろうな、と思う。だからロマニはベッドに腰かけていたのを、デスクの椅子に移って体から力を抜いた。
 座ったままの仮眠。これなら一時間で起きられる。健康には悪いが……なに、一年も耐えなくてもいいとなれば楽なものである。直接命を張っているマスターの彼より、よほど楽な仕事だった。

 呆と、頭を空にして虚空を眺める。明かりは点いたままで、照明が眩しい。だが、なんでだろう。眠気がない。……ちょっと、まずいかな、と思った。

 思考が鈍い。仕方ないから薬でも飲んで誤魔化そうと決めた。今、自分が倒れたら、誰がカルデアを支える。マスターの彼と、マシュを誰が助けられる。
 スタッフの中に、余裕のある人間なんていない。体力的にはまだまだ元気な自分が頑張らなくてどうするというのだ。そう自身を励ましていると、ぱしゅ、と空気圧の抜ける音がして、扉がスライドした。意識なくのろのろと目を向けると、そこにはロマニの部屋を訪ねてきた男――黒塗りの改造戦闘服を纏った衛宮士郎が立っていた。

「よっ」

 なんて言って、二つのグラスと酒瓶を持つ手を上げてくる士郎。瞬間、ロマニの意識は覚醒した。
 かっと頭に血が昇る。唾を飛ばす勢いで士郎に食ってかかった。

「士郎くん!? なんでこんな所に……! もう午前3時だぞ!? 特異点が新しく特定されたばかりなのに、どうして休んでないんだ! 君の状態は常に良好に保ってないとダメだってあれほど――」
「ああ、はいはい、わかってるわかってる。だから、な? 落ち着けロマニ」

 無理矢理ベッドにまで押し返され、ロマニは片手で押し込まれるようにして座らされた。暴れる患者も押さえつけられるロマニが、腕力でまるで相手にもならない。流石に精悍な戦士は体格が違う。

「医者の不養生とはよく言ったものだ。気づいてるかロマニ、酷い顔だぞ」
「えっ……」

 言われて、ロマニは自分の顔に手を這わせた。目元に出来ている隈は隠してる。顔色もなんとか。
 ロマニにグラスを押し付けると、士郎は椅子をロマニの前まで運んでどかりと座る。そして、無造作にロマニに凸ピンを食らわせた。

「あっだぁぁー!」

 凄まじい威力に頭が吹き飛んだかと思った。

「いきなり何をするんだ!」とロマニは抗議したが、士郎は聞く耳を持たず。

 ロマニの手にあるグラスへ酒瓶の中身を――果実酒をなみなみと注いでいた。

「……えっと?」
「苺の果実酒、手作りだ。市販されてない奴だぞ。飲めロマニ。たまには男二人、酒を酌み交わすのも悪くないだろう」
「……」

 視線を手元に落とすと、そこにはなんとも旨そうな果実酒があった。
 知らず、喉を鳴らす。恐る恐る口に運んでみると、程よく甘く、アルコールが気持ちよくするすると胃の腑の中に落ちていった。

「……美味しい。すごい、こんな美味しい果実酒、飲んだことがない」
「そうか、それはよかった。そう言ってもらえると、手間をかけた甲斐があるというものだ」

 無骨に笑いながら、士郎も酒を口に含んだ。  暫しの沈黙。ちびちびと果実酒を飲んでいると、ふとロマニは気づいた。

「……これ、レモン入ってる?」
「入っている。普通は気づかない程度なんだが、意外と舌が肥えてるんだな」
「……もしかして僕、気遣われてたりするのかな」

 果実酒は、苺もそうだが、レモンもビタミンCを多く含み、ストレスへの抵抗性と心身の疲労を回復する効果があった。更にレモンの香りには高いリラックス効果もあり、ロマニは士郎が自分のために訪ねて来てくれたのだと遅まきながらに気がついた。
 士郎は飄々と肩を竦めた。

「なんのことか分からんな。勘違いだろう」
「……あのね、こんなの飲まされて気づかないわけないだろう? 気にしなくても僕は大丈夫だから」
「だから、勘違いだ。俺はセイバーから逃げてきたんだよ」
「……はい?」

 まさかの士郎の言い分にロマニの目が点になった。
 士郎は疲れたように溜め息を吐いていた。

「俺の趣味の一つに酒作りがあってな。今日も暇を見つけて日本酒でもと用意していたら……奴が現れた」
「奴、って……」
「俺が作った酒を飲んでみたいとか言ってな。まあ奴も舌は肥えてる。味見役にはちょうどいいと思い、飲ませてみたのが運の尽きだった。奴は酒もイケる口でなかなかの卓見を示してくれたが……いつの間にか酔いが回っていてな。……まあ、そういうことだ」
「あー……」

 ロマニの目に同情の色が浮かぶ。士郎はよく見ると窶れていた。暴君と化した騎士王に士郎は成す術なく付き合わされ、なんだか話がおかしな方向に転びかけたところを健気な後輩の献身によって逃れることが出来たのだという。
 己のマスターのために体を張ったマシュに、ロマニはちょっと目頭が熱くなった。

「そういうわけだ。だからちょっと俺の時間潰しに付き合え。どうせ暇なんだろう」
「……そうだね、暇だし付き合ってあげようかな」

 ここ十年は飲んだことがない美酒の魔力か、ロマニは士郎の戯れ言をあっさり信じ、士郎と酒を酌み交わすことになった。少しだけだよ、と前置きしながら。

 それから、何を話したのだったか。不覚にもロマニははっきりと覚えていない。ただアルコールが入ったせいか、やや饒舌になってしまったことは覚えていた。
 対面の男は聞き役に徹している。
 相槌のタイミング、空になったグラスに酒を足すタイミング、どれも秀逸で、あまりにも話しやすかったものだから、ついロマニも熱が入ってしまった。

 ――いつの間にか、ロマニは泣いていた。大粒の涙を流しながら所長のオルガマリーのこと、裏切ったレフのこと、死んだ部下のこと、仕事の大変さ、理不尽な今への愚痴を全て吐き出してしまっていた。
 いつしか泣きながらベッドに蹲り、寝入ってしまったことに、ロマニは最後まで気づかなかった。

 士郎は彼の体に掛布をかけ、ふう、と嘆息する。その顔には、責任感と絶望感に負けないように、意図的に激務に打ち込んでいた男に対する呆れと……それ以外の何か温かい感情が含まれていた。

「……ダ・ヴィンチ。終わったぞ」
「お、さすがのお手前」

 ロマニの部屋の外に出て、待機していた天才に士郎はそう言う。衒いのない賛辞に鼻を鳴らして、士郎は腕を組んだ。

「いやー、助かったよほんと。ロマニの奴、私が何を言っても聞かないんだもん。人前で倒れられたらまずいって言ったのに」
「それで、こんな芝居をやらせたのか。呆れた男だ」
「なんだとー。そっちだって乗り気だったじゃん。普通に睡眠薬飲ませるだけでいいって言ったのに、わざわざ果実酒作って、溜め込んでるもの吐き出させたんだから」

 あーあ、大の男が泣きながら寝ちゃって。これ記憶残ってたら恥ずかしさのあまり悶絶するねー。
 ダ・ヴィンチが意味深に流し目を送ってくるのに、士郎は再度溜め息を吐くことで応じる。

「……で、ロマニの抜けた穴はどうする気だ?」
「そこは天才ダ・ヴィンチちゃんにお任せあれ、ってね。さすがにサーヴァントの私は目立つからいなくなる訳にいかない。だからシミュレーターを使ってると言い張れる、不在でも怪しまれない士郎くんにお任せするよ。ロマニの身代わりを、ね」
「……体格も声も何もかも、俺とロマニは似ても似つかないんだが」
「じゃーん。こんなこともあろうかと、立体ホロ変装装置を作っちゃったんだ。これでロマニのガワを被れてしまうのだよ」
「……ドラえもんかお前は。まあいい、ただし一日だけだぞ。俺も暇じゃないんだ」
「ドラ……? ……分かってる。ていうか、一日もやれるの? ボロ出ちゃわない?」
「舐めるなよ。敵地侵入の際に敵幹部に成り代わり、その仕事を恙無く果たしていたこともある。ロマニの仕事ぶりはもう何日も見た。一日だけなら、まあなんとかできる」
「いやー、なんだかんだ士郎くんも万能だよね。私ほどじゃないけど」

 物真似は得意だからなと呟き、士郎はダヴィンチの手から怪しげな腕輪の装置を奪い取る。
 しかし、これが言う通りの性能を発揮するならかなり便利なのだが――

「あ、それカルデアの中でしか使えないから」
「……シミュレーターの機能と繋いでるのか」
「その通り! さすがにそんなのをどこでも使えるようにはできないかなー。あと私クラスの天才が二人いたら違ってくるだろうけど」
「何をバカな。お前みたいなキワモノが早々いてたまるか」
「あっ、酷い! そんなこと言うのか士郎くんは」

 軽口を叩き合いながら、二人はロマニの部屋から離れていく。
 士郎とダ・ヴィンチはロマニの眠る部屋を一度だけ振り返り――小さく、おやすみ、と呟いた。

 ある日の小さな一幕。
 そんなこともあった、と彼は後に懐古した。






 
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