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人理を守れ、エミヤさん!

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お腹が空きました士郎くん!

 
前書き
青王コミュ 

 


青王とのコミュ回。




 ――カルデアに超級のサーヴァント『アーサー王』が召喚された。

 人理修復の戦い、聖杯探索に於いて戦力は幾らあっても足りるということがない。故に彼女のような強力なサーヴァントを召喚出来たことは、戦略的観点から見て実に喜ばしいことだった。
 だが、残念ながら個人的にはそうでもない。実際は複雑な因縁のために、手放しに喜べるものではなかった。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴンは万人にとって善き生活、善き人生を善しとする理想の王である。だからこそ十年前の己の罪業が重く圧し掛かって来て、個人的な後ろめたさのために彼女との再会を喜べないでいたのだ。
 ……しかし俺も子供じゃない。一身上の都合を聖杯探索に持ち込むような愚は犯さない。
 うだうだと迷い、惑うのは信条に反する。切嗣亡き後の衛宮家の家訓は「迷ったらやれ、決めたらやれ、倒れる時は前のめり」で。冬木から出た後、知り合った人間が「明日からやるよ」とか抜かすと、「明日(・・)って今さ!」と真顔で言って尻を蹴るのは当たり前だった。

 子供達のような保護対象以外に対して、割と傍迷惑な野郎であるこの俺は、いつだって決めたことはやり遂げてきたものである。『衛宮士郎』に成り切ったことだって決めた通りに達成できたのだ。今更うじうじするほど女々しくはないし、過去の己の所業から目を逸らすつもりも、後悔することもない。
 いっそのこと、過去は過去として割り切り、何も言わずに黙っておくことも考えた。人間としては最低だが、要らぬ軋轢を生まないようにするのは一組織人として、唯一のマスターとして当然の配慮である。
 大人しく罪を清算しよう――なんて殊勝なことも考えないでもなかった。しかしこの人類の危機の中で、個人的な罪悪感から裁きを受け、マスターとしての役割を放棄するわけにはいかない。

 俺は人としての道に反することなく、同時にカルデアのマスターとして責任ある態度を取ることを求められていたのだ。

 ――そんな、何時か何処かの時間軸。

 彼女から向けられる信頼の眼差しが痛い。邪気なく微笑む顔に見惚れてしまった。謂れのないマシュの威嚇に戸惑う姿には笑みが漏れていた。気づけば何も言えてなくて。その癖、無意識の内に彼女の姿を目で追っていた。
 こりゃダメだ、と白旗を上げても許されるだろう。処置なしだ、どうやら俺は彼女に対してだけは普段の自分を張り通せない。
 惚れた弱みと昔の罪悪感が絶妙にブレンドし、ほぼ完璧にイエスマンに成り掛けている。というかなっていた。これは困ったぞと切嗣に相談したが、

『アレとは反りが合わない。僕とアレは会わない方がいい。これは確信だよ士郎。僕は可能な限りアレと接触することはない。だからアレのことで相談されても何も言えないな。率直に言って、面倒くさい』

 と、取りつく島もなく追い返されてしまった。
 訓練しましょうと誘われたらほいほいついて行き、シロウのお酒は美味しいですねと言われたら彼女が反転するまで酌をして、話をしましょうと言われたらこの十年で磨いた話術で彼女を笑顔にし、なんやかんやと我が儘を受け入れて甘やかして青ニート化させてしまいつつあった。
 駄目人間製造機の面目躍如である。このままじゃダメだと奮起した俺であった。
 そんな矢先のことだ。マシュとの戦闘訓練を終え、厨房を借りて個人的な賄い食でもと料理していると、どこから匂いを嗅ぎ付けてきたのか青いバトルドレス姿のアルトリアがやって来た。

「シロウ、お腹が空きました」

 ――まるで餌付けされた子犬のように、見えざる尻尾をぶんぶんと高速回転させたオウサマが食堂に現れた。

「……」

 ぐつぐつと煮込まれている春キャベツの重ね煮。白菜と豚肉のミルフィーユ。
 シンプルだが味わい深い季節のスープと、熱々の炊きたてご飯の相性は抜群だった。
 俺は不思議と凪いだ気持ちで、自然とアルトリアを黙殺する。いつもの俺にはできないことだ。アルトリアもちょっと調子が外れて頭の上にクエスチョンマークを出していた。

「……む。これはなかなか……」

 春キャベツの重ね煮のスープを平たい小皿によそって、味見をし文句のない出来映えに自画自賛する。
 俺の百八ある趣味の一つである料理の腕は、メル友のフランス料理界の巨匠から太鼓判を押される領域に至っていた。是非後継者にと迫られた時は満更でもなかったが、あれは酒の席のジョークに過ぎない。流石に本気にはしてなかった。
 まだまだ料理は奥が深い。シンプルなものにこそ腕と知識、閃きが問われる。極めたとはとてもじゃないが言えたものではないし、真の意味で極められる者など存在しないと断言できた。
 食堂にいたアルトリアが「おお……」と感嘆したような声を上げる。厨房から俺の賄い食の薫りが漂ってきたのだろう。目をこれでもかと輝かせて厨房を覗き込んで来ようとして――瞬間、俺は激怒(・・)した。

「出ていけ」
「えっ?」
「神聖な厨房に、料理する(たたかう)者以外が踏み込むんじゃあない……!!」

 静かに激する俺に気圧されたように、セイバーはすごすごと引き下がっていった。
 ……今、俺は怒ったのか? セイバー、アルトリアに?  はたと冷静になり、俺はその事実を咀嚼した。
 確かに、俺は怒った。アルトリアのイエスマンと化していた俺が。アルトリアを甘やかすことママの如しと揶揄されたこの俺が、だ。

 恐る恐る食堂のアルトリアを見ると、可哀想なほど小さくなって、何やら怯えた子犬のように濡れた目で俺を見ていた。

「ッ……」

 罪悪感で心労がマッハだった。すぐ駆け寄ってお腹一杯になるまでオマンマを食べさせてあげたい衝動に駆られる。しかし、しかし、堪えろ俺……! 今のカルデアには、到底あの胃袋お化けを満足させるだけの物資は残されていない……!
 俺はぐ、と耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ。そして、俺は完成した俺専用の賄い食をお盆に乗せて、食堂のテーブルにまで移動した。……無意識にアルトリアのいる席に。

「し、シロウ……」
「……」
「すみません……私としたことが配慮に欠けていました。シロウのような料理人(戦う者)にとって、厨房とは神聖なものであるというのは気づいて当然のことなのに……どうにも、シロウには甘えてしまう。シロウなら許してくれると度し難いことを無意識に考えていました」
「……こっちこそ、すまなかった。突然怒ったりして悪かったと思う。こうやって怒ったりするのはあまりないことだから……正直、俺も戸惑ってる」

 なんだか妙な空気だった。互いに謝りあっている。俺にとって、厨房があんなにデリケートな領域だとは思っていなかった。保護した子供達は、何故か普段の構ってちゃんぶりの鳴りを潜め、遠巻きにしていただけだが……もしかすると俺の雰囲気がいつもと違うと悟っていたのかもしれない。
 反省せねば。俺が悪い。アルトリアは悪くない。

「あの、シロウ……これは……」

 ふと、気がつくと俺は自分の賄い食をアルトリアの前に置いていた。
 涎がスゴい。目が釘付けになっている。
 ……俺は苦笑した。

「――どうぞ召し上がれ。思えばアルトリアに振る舞うのは久し振りだもんな」
「し、シロウ……!」

 感極まったようにアルトリアは俺を上目遣いに見上げ、神に祈るように両手を組んだ。
 大袈裟な奴、と更に苦笑を深くする。……まあ、一食ぐらい抜いても大事ない。今回ぐらいは甘やかしてもいいかな、と思った。
 アルトリアは行儀よく両手を合わせていただきますと言って、箸を器用に使って食べ始めた。
 一口で、アルトリアの顔色が変わる。そして震える声で言った。

「シロウ――貴方が私の鞘だったのですね」
「おいそれここで言うのか」

 なんか色々台無しにされた気分だ。

「シロウは神の一手を極めた。私はとても誇らしい」
「その表現はなんか違う」

 あと、別に極めてない。料理に極まることなんてない。そこは間違えてはならない。
 本当に美味しそうに食べてくれるアルトリアに、俺は自然と笑顔になってその食事風景を眺めた。
 少し夢中になっていたアルトリアは、食べている姿をじっと見られていることに気づいて顔を赤くする。物言いたげな目をしていたが、それでも箸が止まっていなかった。
 いちいち味を楽しみ、頷きながら食べる姿に、懐かしい思いが甦る。
 そして、なんだか昔のことがどうでもよくなってきた。昔の関係を偽りだと感じるのなら、新しく始めてしまってもいいのでは、と、実に手前勝手で傲慢な考えに支配されたのだ。

 偽物を、本物にする。まあ、そう思うことは許されるのではないだろうか。だからといって過去のことがなくなるわけではないが。俺はアルトリアに嫌われたくないし、俺は俺のエゴで罪を忘れよう。
 最悪で、最低だが――人類を救うのだ、ちょっとぐらい多目に見てもらってもいいはずだ。

 一瞬、見透かしたような顔で微笑んだアルトリアには気づかず。

 俺は、世間話のようにアルトリアに提案した。

「なあ、セイバー」
「はい、なんでしょう」

 綺麗に完食し、流石に少しは弁えているのかお代わりの要求はなく。アルトリアは、見惚れるぐらい綺麗な姿勢で俺に応えた。

「ロマニだけじゃないが、カルデア職員の負担が大きすぎる。なんとか出来るサーヴァントを呼びたい。誰か、アルトリアが喚んだら来てくれないか?」
「……む。……それでしたら、適任の者がいます」

 一瞬考え込み、すぐにアルトリアは思い至ったのか円卓の騎士を推挙した。

「その忠誠に曇りなく、文武に長けた忠義の騎士。
 ――サー・アグラヴェイン。
 彼ならきっと、こんな私にも応えてくれます。円卓の中で彼ほど今のカルデアで助けになる者はいないでしょう」

 なるほど、ありがとうと呟く。
 マシュのあの盾を基点に、騎士王が召喚を呼び掛けたらきっと円卓なら狙って呼び出せる。
 個人的に円卓にいい印象がないので、出来るなら一人も喚びたくなかったが、ロマニの激務を一日だけとはいえ体験した今、見過ごせはしない。
 一人だけならいいかと思う。叶うなら、その騎士と上手くやれたらいいなと呟いた。

「シロウなら大丈夫ですよ」
「……何を根拠に?」

 胸を張って断言するアルトリアに、俺は問いかけた。

「だってシロウは鉄よりも固くて、剣よりも熱い。アグラヴェインは人嫌いですが、貴方の前では形無しでしょう」
「……そうか?」

 わかるような、わからないような……いや、やっぱりわからん。
 地頭が良くないのだ、妙な表現には首を捻ってしまう。
 まあいいや、と口の中で溢し。

「そうだ、アルトリア」
「なんでしょう」
「今夜、どうだ」
「――はい」

「酒にな、付き合えよ」
「――、……」
「……?」
「シロウ。あまり、私を怒らせない方がいい」

「???」





 
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