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Secret Garden ~小さな箱庭~

作者:猫丸
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∮序章――見捨てたのは神か人か∮
  『絶望の未来編』

森が燃え。轟々(ごうごう)と音をたて黒煙が空高く昇っている。

「おえっ。お、おえええ……」

 辺り一帯に漂うのは肉が焦げたクサイ臭い。そして脂が焼けたクサイ臭いは嗚咽し胃からこみ上げてくるのは消化しきれず原型をとどめたままになっている食べ物たち。皮を兎にカットされた半分溶けた林檎。その次に固形物のまま吐き出されたのは水を入れ練った小麦粉の生地に細かく刻んだ木の実などを混ぜて焼いた携帯食料。燃え盛る炎を背後にし黒く焦げた樫の木に片手をつき苦しそうな表情で胸を押さえ、薄い桜色の口から吐しゃ物をまき散らす。足元は自分が吐き出した食べ物でぐちゃぐちゃだ。

 だが胃の中に入っていた食べ物すべてを吐き出したおかげで少しだけ気分も楽になったようだ。身体の支えにしていた樫の木から手を離しよろよろとまた歩き出す。速度を徐々に早めて行く、早歩き、駆け足、そして最期は走る。追ってから逃げるために。

 空に輝く月。今宵は満月、こんな状況でなかったら仲間達といつものように楽しくふざけ合いお月見でもしたかったものだ。誰が多く団子を食べたなどくだらない喧嘩をし始め、殴り合いにまで発展してゆきみかねた母が最終的に愛の鉄拳を喰らわせ、渋々仲直りをさせられる。思い出すのはそんな阿呆な記憶ばかり……でもどこか懐かしくて愛おしい記憶。もしあの頃に戻れたなら――と願うがそれはもう叶わない願いだということを知っている。アーモンドのように大きな灰色の瞳から一粒の雫が流れ落ち、噛みしめた唇からは燃え盛る森に良く映える赤い血が流れ、月の光に反射し煌めく白銀色の髪の毛を赤く染めた。

 無我夢中で走り続けた。助けを求める相手などいない、この森には仲間の元へ一緒に逝けなかった自分を追う敵しかいないのだから。すぐ傍の木が火花を散らした。倒れる。折れた枝がまるで狙ったかのように一直線にこちらに向かって倒れて来る。

「…………っ」

 すぐさま立ち止まり身を翻した。ぐにゅり。足から伝わる厭な感触。ぬめぬめとした柔らかい何かを踏んでしまったような感触、これは動物の糞を踏んでしまった時の感触に似ているような気がした。そうだ。きっと誤ってまた糞を踏んづけてしまったんだ、そうに違いない。と、自分に言い聞かせ、地面に転がる"ソレ"に視線をやった。見なければ良かったと後悔する数秒前。

「……ぁ。あああ……そんな……ぁぁ」

 動物の糞か何かだと思っていた(思い込んでいたかった)それは動物は動物でも、人の死骸だった。ほんの数時間程前まで隣で一緒に戦っていた仲間、炎に焼かれ黒焦げ誰ったのか分からなった友の死骸。踏みつけてしまったのは人の頭部だったようだ。割れた頭からどろりとした液体のような固体物がはみ出した。まるで大福の中にしまわれている餡子が押されてはみ出してくるかのように。だがこの光景はとてもそんな食欲のそそるものではない、全て吐き出され何も残されていない胃はまた何かを吐き出そうとえずく。
目を瞑り無我夢中で走っていた為気が付かなかった(気が付かないままでいたかった)が目を見張り現実からそらさずに辺りを見渡せば、目の前にあった物は肉。肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉。真っ黒に焦げて香ばしい臭いを発する人の形をした肉の塊ばかり。個々の名称までは分からないが、大切な仲間だった物には違いない。まだかろうじて残っていた衣服や装飾品に見覚えがあった、目の前に一杯に広がる仲間の死骸。見るも無残な黒焦げの死骸。なんで自分だけが生き残ってしまったのだろうと自責の念にかられ、どうして一緒に逝かせくれなかったのだと怒りがこみ上げる。だけどここで闘う事を諦めるわけにはいかない、こんな時でも思い出すのはやはり母の怒号。

――この闘いは例えこの命を我らの神???様へ返すことになろうとも、絶対にやり遂げなくてはならないことだ。誰が欠けたとしても振り返るな、前だけを見ろ、任務遂行だけを考えて走り続けろ!!

 まだ幼く何も出来なかった自分を護る為に犠牲となった母の最後の言葉。最後だと言うのに怒りの言葉と言うのがなんとも生真面目で融通の利かない母らしい。くすりと笑みが零れた。
そうだ。自分はまだ立ち止まる訳にはいかない。こんなところで足踏みをしている場合じゃないんだ。そう新たに意気込むと、再び前を向いて走り出した。足元から伝わる感触は正直言って気持ちの良い物ではない。肉を踏むのはかなり気持ち悪いこと、それが仲間の物だと思えばなおのこと。だがそんな事で走る足を止めてはならない、何故なら。

グルルルル……グシャア!!

 追手がすぐ傍にまで迫って来ているから。聞こえて来るのは獣の咆哮。獣と言ってもなんの生物かは判らない。声の主は"本来この世界には存在しないはずの生き物"だから。地獄の鎌を開けやってきた獣声はかなり近いものだった、木々の枝をぼきぼきと折っている音が聞こえる。こちらに迫って来ている証拠だ。

「もうここまで来てんのっ!? 早すぎるんですけどっ!?」

 足の速さには自信がある。仲間達の間でも一二を争うくらいに速いのではないかと噂されていた程。だから敵との距離はかなり離していたつもりだった。だがその考えは甘かった。いくら自分の方が足が速かったとしても、この精神的ダメージが多く歩き辛い地面は自慢の速さを減速させるに十分だ。
 ぐにゅり。ぐちゃり。ぐにょり。踏み出した先は肉、次に踏み出した先もまた肉。せっかく新しく新調した橙と白の縞模様の靴が台無しだ。お洒落をした方が良いと言ってくれた仲間の提案を断ってまで選んだお気に入りの靴だったのに、靴よりももっと大好きだった仲間の血で赤黒く汚れてしまった。

 走っていると少し広らけた広場のようなところに出た。真上に輝く赤い満月の光は妖艶的でこれから起ころうとしている悪夢を予言しているようだ。

「見つけたぞ!」

 目の前に立ちふさがったのは魔術師を思わせる黒いローブを纏った男。顔は深々とかぶったフードで鼻元まで隠しているため分からない。両脇にある道、そして自分が走って来た背後の道からも同じような格好をした男達が現れた。彼らは自分を囲うように円形に並び四方の道を塞いだ。これでもう逃げる事は出来ない。

 「…………」

 顔を見合わせ頷き何かを確認をすると男達は、薄いベージュ色の唇を小刻みに動かしブツブツと小声で何かを唱え始めた。最初は聞き取れなかったそれは呪文だとすぐに解った。何故ならバラバラに唱えていたはずの言葉が少しずつ重なり始め一つの呪文となり、一つの詠唱となり、そして。

「さあ――来るのだ! 哀れな我が僕達よ!」

 魔導士達がは両手を天高く掲げ唱え終わると同時、赤い月が綺麗な星一つ無い夜空一面に藍色の直径一メートルほどの円、魔法陣が無数に出現し円の外側は古代文字(ルーン文字)がびっしりと事細かく書かれており、円の中には白い線で五芒星が描かれていた。この模様を自分は知っている。これは召喚の儀式、此処ではない世界から異物を混入させる為の儀式だ。

 グルルルル……グシャア!!

 空を覆いつくすほどの魔法陣から召喚されたのは無数にいる黒い影。ぼとりと鈍い音をたて目の前に着地したこれはコールタールを思わせ、表面はプルプル動き、一秒として同じ動きを保っていない。スライム種と呼ばれる液体と固体の間の姿をした魔物(モンスター)と呼ばれる生物だ。同じ姿を一秒たりとも保っていられないはずなのにどうしてだ、奴らが見覚えのある人の形をしているように見えるのは。

 ウウゥ……アァァ……。

 奇声をあげる者。呻き声をあげる者。
魔物達があげる声は様々なのにその声に聞き覚えがあるように感じるのは何故だ。どして魔物の声を聞くとこうも胸が締め付けられ涙がとまらない。

「あれは決して"外界"に出してはならぬ物。貴様に怨みなどは無いが、此処で消えてもらおうか」

 真正面に立つ魔導士は身に纏った赤いポンチョで隠すように肩から下げているショルダーバッグを指さし、それをよこせと吐いた。目元はフードで隠されているがきっとその瞳は自分を蔑んでいるのだろう。ニヤリといやらしく緩んだ口元がその証拠だ。

「……っ!」

 ショルダーバッグを握りしめキッと目の前にいる魔導士を睨み付けた。魔導士達の狙いがこのバッグの中に在るものだという事は最初から解っていた事、だってこれは奴らから奪い取った物だから。
自分に与えてられた任務はこれを文字通り命懸けで奪って来た仲間達全員の想いを背負い"ある人"に無事送り届ける事、そして願わくばこの誰も救われない絶望の未来を変えたい、自分は救われなくていいからせめて"あの人とその仲間達"だけでも平和な未来を歩んでほしい。

(だからあたしは――)

 自分にはまだ早過ぎる、似合わない、そんな大きな獲物をお前が扱いきれるのか、歴戦の戦士達から言われ続けた言葉。料理をする時でさえも包丁を握らない自分が誰かの命を奪う刃物を握る資格はないのかもしれない。だけどそれでも――背負っていた自自分よりもはるかに巨大な剣を柄を握りしめ振り上げると。

「こんなとろこで死んでる場合じゃないんだぁぁぁああ!!」

 グルシャアア!!

 のろのろとすぐ傍にまで迫って来ていた魔物をを真上から叩き斬った。響き渡るつんざくような悲鳴。地獄の底から鳴り響く断末魔はやはりこの世の生者が発するものではない。
縦真っ二つに斬り裂かれた魔物からは黒い、星の無い夜空よりも黒い液体が淋漓(りんり)のように噴き出し辺り一面吹きつけ、ゆっくりとまるでスローモーションのように別れ二つとなった"肉"は地面にぼたりと倒れると、じゅうぅぅ……熱した鉄板で肉を焼いているかのような音を鳴らし黒い煙となって後絶命し、完全にこの世界から消え失せた。目の前からやっと一体の魔物が消えてくれた。

 アアアア……あああ。

 辺り一帯に無数にいる魔物の一帯が目の前から消えたくれた。魔法陣から無限に召喚される魔物のうち一体だけが目の前から消え失せた……ただそれだけのこと。
魔導士達が詠唱を続ける限り魔物は召喚され続ける。奴らを止めないかぎりこの闘いは終わらない、この闘いに勝利などありえない、そうだとしても。

(絶対に勝ってやる! 待っててね――お父さん)

 強くそう心の中で想い、重たい大剣を振り回す。がむしゃらにだがしっかりと魔物を斬り裂いて走り出す先にいるのは魔導士。

「あんた達には怨みにしかないよ! コンチクショー!!」

 目からは大粒の涙を。鼻からは滝のように落ちる鼻水を。穴と言う穴から水を流すみっともない顔で振り上げた大剣を真っ直ぐに振り下ろす。死んでいった仲間達の無念の思いを乗せて、殆ど握った事の無い大剣をを振り回す。怒りや悲しみ全てをぶつけるように。

「うおおおおーー!!」



 最後に森に残るは――人か 魔物か 魔導士達か それとも別の存在か。それは神のみぞ知る事実であり、神の暇つぶしの遊戯である。
誰もが幸せな未来も。誰もが不幸な絶望の未来も、全ては神が振るう賽子(さいころ)しだい。この世界は謂わば神の用意した人生遊戯(じんせいげーむ)
 
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