ユキアンのネタ倉庫
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ダンジョンで死にかけるのは間違っていない 2
死にかけた翌日、神様にもロキ・ファミリアの皆さんにも言われたので暫くの間休暇です。蓄えはある程度あるので3日ほどは訓練もダンジョンにも潜るのは禁止されてしまいました。やることがないので神様と出会った噴水の近くにあるベンチで日向ぼっこと昼寝で体を休めます。
「ベル君?」
「むにゃ?」
うつらうつらと船を漕いでいた所に誰かに声をかけられた。
「ふふっ、眠たそうね」
「……エイナさん?」
寝ぼけている頭で声を頼りに相手を当てる。
「おはよう、ベル君」
「おはようございます、エイナさん」
寝起きでテンションが低いままエイナさんに挨拶を返す。殺気とか悪意を向けられないとすぐには頭が回らない。
「今日はお休みなの?」
「昨日は色々とありまして、三日程休養の予定です。休養が明けてもまた1、2階層で慣らし直しです。装備もバックパック以外は全部新調し直しになりましたから」
ロキ・ファミリアで貰った物は僕が使っていた物より多少良い物になってしまった。防具はともかく、武器は微妙に長さとか重心が変わったから慣れないといけないし、靴も新しい物だから馴染んでいないし、鉄板もまだ仕込んでいない。
「何かあったの?」
「昨日、ロキ・ファミリアの人たちが遠征から帰ってくる途中、ミノタウルスの群れを見つけて狩ろうとしたら全力で上層に向けて逃げ出したんです。で、そのうちの一匹と偶々遭遇しちゃって、追い詰められて、賭けに出たところでミノタウルスを挟んでアイズさんと衝突事故が起こりまして。レベル1とレベル5の衝突事故です。結果はご察しの通りで死にかけました」
「死にかけたって、本当に大丈夫なの!?」
「見ての通りですよ。まあ、念の為に三日程休養です。で、そうなると暇でこうやって日向ぼっこをしてたらそのまま寝ちゃってたみたいですね」
そう話しながら、頭を徐々に起こしていく。あれ、何か余計なことを言ったような?う〜む、完全に覚醒すれば何かミスが分かるはずだけど、まだ寝ぼけているみたいだ。
「ねえ、ベル君、この後暇?」
「見ての通り暇ですよ」
「じゃあ、デートしよっか」
「ほぇ?」
拝啓、天国のおじいちゃんへ。おじいちゃんの言う旗がいつの間にか立っていたみたいです。原因が分からずに思考がパンクしています。あまり嬉しいという感覚はないです。エイナさんは確かにきれいな人だけど、どちらかと言えばお姉ちゃんみたいに思ってます。お姉ちゃんなんて居ないけど。おじいちゃんの才能はこれっぽっちも持っていない僕にはハードルが高そうです。
『儂が一番努力した女の子との出会い方を天然で持っとるくせに何を言っとるんじゃ!!儂なんて努力と脚で出会っとったのに、普通に過ごしとるだけでレベルの高い娘と出会いおって』
そんな幻聴が聞こえた気がする。まだ寝ぼけているな。
エイナさんはデートと言いながらも僕の新しい防具を見繕おうと言って、バベルにまで連れてくる。
「エイナさん、僕のスキルの関係上ヘファイストス・ファミリアの武具とは相性が悪いんですけど」
レベルに合わせた武器を持っても、百人力で全部使い捨てにしなければならなくなることを考えると不壊属性の武具じゃないと意味がない。ぱっと見た感じヘファイストス・ファミリアの武具は性能は高いが耐久性はその分犠牲になっているみたいだ。僕の技量の問題もあるようだけど、斬るよりは叩くのが僕のスキルに合っている。無骨や棍とか、大剣とかだね。普段使いはナイフの方が良いんだけど。普通はサブウェポンだし、そのサブウェポンにすら手が届かないお値段だ。もしくは僕の本来の武器であるアレを使うなら買い換える必要すらなくなる。
「ベル君、自分には縁がないと思ってるでしょう?」
「まあ、駆け出しですし。それに趣味に合わないんですよね。おじいちゃんに影響を受けてるのもあるんですけど」
それに本当の本気の武器と防具は別におばあちゃんから貰ってるしね。
「おじいさんの?」
「おじいちゃんが言うには『武器はどう言い繕うとも命を奪う物だ。そんなもの着飾らせるなら」
「他人の女でも着飾らせておけ。目の保養にはなる』君のおじいさんはそう言っていたんじゃないのかい?」
赤毛で顔の右半分を隠す眼帯を付けた女の人が店の奥から出てきた。
「神ヘファイストス、ベル君のおじいさんをご存知で?」
「知ってるよ。君はあのバカの孫か。何処と無く雰囲気が似ているし、言ってることがまんまあのバカの台詞だ。今どうしてるの、あのバカは」
「先日亡くなりました。死ぬまで生涯現役の腹上死です」
「とことんバカだったか。そうか、亡くなったか。なら君に返すのが正しいようね。ちょっと待ってなさい」
ヘファイストス様は再び店の奥へと消える。
「ちょっと、ベル君。君のおじいさん、一体何者?」
エイナさんが小声で尋ねてくるので、僕も小声で返事をする。
「50年ほど前に痴情の縺れでオラリオから逃げ出した冒険者だって昨日知りました」
「それって都市伝説みたいに残ってる『心の怪盗』のこと?」
「らしいです。昨日ロキ様との世間話で知りました」
「待たせたね。これは君に返す」
店の奥から戻ってきたヘファイストス様から木箱を渡される。開けてみると、そこには一本のナイフが入っていた。柄には滑り止め用にモンスターの皮が巻かれ、ナックルガードとソードブレイカーが付いていた。一切の飾りはないおじいちゃんが好みそうなナイフだった。
「50年前にあいつが落としていった物だ。本人が取りに来てたら、いびってやろうと思っていたのだけどね。亡くなったのなら家族に返すのが筋でしょう」
「これ、物凄く良い物だと思うんですけど」
「買おうと思ったら6000万は堅いわよ。50年前のウチのトップだった娘があのバカに貢いだ物だからね。オリハルコン製の不壊属性が付いた一品よ」
「6000万!?しかも貢がせた!?」
おじいちゃん、一体何をしてるんだよ。
「それから、それは君が使ってあげて。絶対にお墓に供えようとは思わないで。『武器は」
「命を奪ってこそ本懐を遂げる。それが一番の誇りであり、尊重する唯一の行為だ』僕には勿体無い武器だとは分かっています。ですが、大切に使わせて頂きます」
「そうしてあげて」
「はい、ありがとうございます、ヘファイストス様」
「あのバカとは違って礼儀はちゃんと知っているみたいね。名前は?」
「ベル・クラネルです。礼儀作法は、その、おじいちゃんが連れ込む女の人に教わってました」
その切り返しにヘファイストス様とエイナさんが頭を抱えこむ。
「ベル君、君の知識が微妙に偏ってる理由はそれが原因なのね」
「あのバカ、自分の孫の教育をそんな風にしてたのか。感性がずれてるとは思っていたが、そこまでとは」
「感性がずれてる?」
おかしいな。そこまでおじいちゃんは感性がずれているように思ったことはない。
「駄目ね。完全に手遅れだわ」
「そうですね。ベル君、10日に1回でも良いからちょっと勉強しよっか」
重症判定らしい。ここは話題を反らそう。戦略的撤退だ。
「ロキ様も言っていたんですが、おじいちゃんって大分派手に活動していたんですね」
「そうね。『超遊び人3』なんて二つ名が付く位にはね。それでも、やる時はやる男だったと思わされたのはオラリオから居なくなった時よ」
「どういうことなんですか?」
「世間じゃ痴情の縺れで納得されてるけど、正確には神同士の争いから主神を守って逃げたのよ。まあ、元を辿ればあいつが女たらしだったのが原因だけどね。あいつの取り合いで主神が呪いに掛けられてね、それを何とかするためにオラリオを去ったのが真相よ。真相を知っているのはほんの一握りね。なんせ、情報が錯綜しすぎて何が正しいのかすらちゃんとは分かっていないのよ」
「だから『心の怪盗』なんて二つ名がつけられてるんですね」
「なんだかんだで面倒見の良い奴だったし、あいつの周りから笑顔が途絶えたことはなかったわね。まあ、怒声もよく上がっていたけど。オラリオを出ていってからは皆、違和感を覚えるぐらいにはオラリオの中心だったのよ。そこだけは素直に凄いと思えるわ」
「おじいちゃん」
「女癖と酒癖は最悪だったけど」
「……おじいちゃん!!」
涙で前が見えなくなりそうだ。
「昨日の今日でどうしたんや?えらい荷物を担いで」
「ロキ様に力を貸していただきたくて」
「改宗か?」
「いえ、ヘファイストス様にお礼と謝罪がしたくて」
「どういう経緯やねん?」
「その、昨日話しに上がってた『心の怪盗』おじいちゃんだったみたいで。おじいちゃんが落としていたものを50年間預かってもらっていて、それを返してくれたお礼と、色々と迷惑をかけていたみたいなのでその謝罪を」
「あー、なるほどなぁ。けど、なんでウチに相談に来るんや?ドチビに相談すればええやないか」
「それが、神様は神様で色々とお世話になっているから自分もお礼をするんだって別行動を」
「そう言えば世話になっとったな。あまりにアレで追い出されたんやっけ。それでも仕事とか住む場所も紹介されたとか聞いたような」
「……神様!!」
零細ファミリアの神様は生活費を稼ぐためにアルバイトをしていたりするのは聞いたことはあるけど、ヘファイストス様にそこまで面倒を見てもらっていただなんて。おじいちゃんの件と似たような理由で涙がこぼれそうです。
「あ〜、まあ、ドチビのことは置いとこうやないか。それで、そんな大荷物でどうしたんや?」
「あっ、はい。僕はまだ駆け出しなので高価なものとかを用意できませんが、おじいちゃん仕込みの調合とか裁縫とか色々な技術はあるんで、それで何かを用意しようと思ってるんですが」
「なるほどな。それはええ考えやろ。そんなら一番得意な物にするんが一番やろ。ヘファイストスやって、ベルが駆け出しなんは知っとるやろうから、高価な物を用意するより受け取りやすいやろ」
「一番得意な物だと化粧品ですね。3割増しでキレイになるって喜ばれてました」
「ただの化粧でか?ちょっと大げさやないか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ。ロキ様も試してみれば分かりますよ」
「そんなもんかいな?」
「そんなものです」
「まあええわ。試してみたろ」
「それじゃあ、ちょっと失礼しますね」
ロキ様の手を取ってみて疑問に感じた。見た目と触れた肌の質が違う。鞄の中からとある液体を取り出して、ロキ様の腕に一滴垂らして軽く擦ってみる。するとぼろぼろと汚れが落ちる。
「なんや、それ?」
「……ロキ様、今落ちていったの、身体に付着してる汚れです。しかも汚れを浮かしやすい液体を垂らしてちょっと擦っただけなのにすごい量の汚れが」
「……えっ、まじかいな?」
ロキ様の糸目が大きく開かれる。糸目より目を開いている方がかわいいな。それは今は置いておいて。
「あの、女性にこんなことを言うのはあれですけど、致命傷に近いです。化粧をする以前の問題で、ちょっと髪も失礼します」
髪も同じで見た目と質が全く違う。考えられるとすれば1つしか無い。
「髪もちょっと、危険域です。たぶんですけど、神様達は神気か何かで見た目が最低限保証されてる感じに近いんだと思います。それに加えて石鹸なんかが弾かれてるんだと思います。その、文字通り磨けば光るかと」
「……あ、あばばばば!?べべべ、ベル!?」
「えっと、とりあえずお風呂、いえ、先にサウナの方が良いです。毛穴を広げてこれで汚れを落としてからお湯で流して下さい。かけすぎると肌がボロボロになって逆効果ですから気をつけて下さい。それから身体の汚れを落としやすい素材の手袋です。髪の方はこっちで汚れを3回ぐらい洗った後に、これを30分ぐらい馴染ませて下さい。まずはそこからで」
「恩に着るで!!リヴェリア、ちょっと助けて!!マジで頼むさかい!!」
ロキ様が部屋から飛び出していくのを見送る。あっ、保湿用の液体を渡し忘れた。あとで誰かに持っていってもらおう。
それより先に他の化粧品を用意しておこうと思いカバンの中身を広げて必要なものを用意する。香水だけはロキ様の好みに合わせてその場で調合した方がいいので鞄にしまっておく。前に使ったのが1ヶ月前だけど道具に不備はない。これなら問題ないね。
「居た!!今すぐ私にもあれを寄越しなさい!!早く!!」
急に部屋に飛び込んできたティオナさんに顔が似ている人に胸ぐらを掴まれて振り回される。
「ふ、振り回さないで!?間違えて何を渡すか分からなくなるから!!」
なんとか放してもらい、呼吸を整える。
「それで、どれのこと?」
「ロキに渡した一式全部よ!!」
「えっ、ロキ様、一人で全部使っちゃったの?」
「他にも皆が使っちゃったのよ。だから寄越せ!!」
「まいったな。身体の汚れを落とすのと髪の汚れを落とした後になじませるのは少しだけなら残ってるけど、髪を洗うのはあれが最後だったし、調合しようにも材料が」
「材料は何!!」
「ちょっと待ってね、とりあえず全部の材料を書き出すから。液体系は出来るだけ不純物を取り除いて瓶に入れて持ち帰ってほしい。品質に差が出てくるから気をつけてね。それから身体を洗う手袋の方の素材も書いておくね」
材料を書いた紙を渡す前に保湿液を渡す。
「それをロキ様にお風呂上がりに全身に塗るように伝えてね。これの材料も書いておくから。採取の難しいものは方法も書いておいたから」
レシピを渡すと同時に駆け出していってしまう。
「皆、乱獲に行くわよ!!サポーターの半分は買える物を買い漁ってきて!!ロキ、風呂上がりに全身に濡れって!!」
遠くからそんな声が聞こえてきた。しばらく待っているとロキ様が戻ってくるが、明らかに神々しさが上がっている。
「見てやベル。見違えたやろ」
「ええ、本当に変わりましたよ。ただ、髪の乾かし方が雑です。放っておくと汚れが付きやすくなって、枝毛も出来るのでちゃんと乾かしておきましょう」
用意した椅子に座ってもらい、丁寧にタオルで水気を吸い取る。ついでに頭部のマッサージも忘れずにやっておく。神様に効果があるかは分からなかったけど、気持ちよさそうな声が漏れてるので効果はあるのだろう。
「それじゃあ、本番の化粧を施しますね」
市販の色が原色に近い物を使わずに全部その場その場で調合して施す相手の肌に近い色を用意して薄く自然な感じに健康的に見えるなるように化粧を施す。化粧を終えてから手鏡を渡して確認してもらう。
「こんな感じでどうでしょう」
「風呂上がりの時からさらに見違えとるやないか。冒険者辞めてこっちで食っていった方がええんとちゃうか?」
「それは置いておきましょうよ。それで、ヘファイストス様の件なんですけど」
「絶対に喜ぶ!!」
「良かった。あっ、香水はどうします?こっちも調合しますけど。あと、ヘファイストス様の好みがわかると良いんですが」
「ヘファイストスの好み、確かなんかのハーブティーが好きやって聞いた覚えが。ちょっと他の奴にも聞いとくわ」
「ありがとうございます」
「ところで、話は変わるんやけどな」
「大体予想はついてます。今、他の人達が材料を集めに行ってますから、戻ってきたらミアハ・ファミリアにまで持ってきてもらってもいいですか?大量生産となると本職に任せたほうが良いので」
「ミアハの所か、なんでまた?」
「色々とお世話になってまして。これで金欠がどうにかなればと思いまして」
「ミアハの悪い癖か。定期的に材料も持ち込むやろうから安定するやろ、きっと」
「そうあって欲しいです。あっ、そう言えばもう一つ」
「なんや?」
「時間がある時でいいので『心の怪盗』の、おじいちゃんの昔話を聞いてもいいですか?」
「それ位かまへんよ。ウチもオラリオからおらんようになってからの『心の怪盗』のことが聞きたいからな」
「ありがとうございます」
ロキ様に相談に乗ってもらった翌日、ナァーザさんに話を通して大量にお風呂で使う薬品を大量生産し、場所だけを借りてこの際だからと普段お世話になっている人たちの分を量産する。ナァーザさんとの契約で売上の1割が貰えることになったからついでにポーションも幾つか仕入れておく。化粧品も用意ができたのでヘファイストス・ファミリアに行ったのだが少し手が離せないらしくて3日後にアポだけとってギルドに向かう。
「エイナさ〜ん」
「あら、ベル君じゃない。どうかしたの?」
「いえ、日頃から色々とお世話になっているのでお礼の品を用意してきたんです」
「何かしら」
「おじいちゃんから教えられた特製のシャンプーとかですね。ロキ・ファミリアの人たちが材料を集めるのに血眼になるぐらいでしたからきっと喜んでもらえると思って」
昨日のロキ・ファミリアの人達が血眼になってダンジョンに潜っていったのが伝わっていたのか、ギルドの女性職員の視線が僕達に、正確には僕が渡したお風呂用品に集まる。
「えっと、その、ミアハ・ファミリアに生産と販売を委託したのでそちらの方にお願いします」
もう一回ナァーザさんに頭を下げよう。営業が結構厳しいかもしれないから数日は手伝おう。女性職員の何人かが職員の人数を数えて、仕事を他の職員に廻している。業務中だけど、購入か予約に走るのだろう。
「ベル君、次からは気をつけようね」
「はい、次からは気をつけます。それと、明日からダンジョンに潜る予定です。階層も3階層までの予定ですが、潜る時間を長めに取ろうと思ってます」
「うん、それが良いと思うよ。長く潜る分、アイテムはしっかりと用意していくんだよ」
「はい。準備は済ませてあります」
この休暇中に新調された装備の慣らしは済んでいる。あとは実戦で最適化を行うだけだ。まあ、ナイフと言うか、短剣と言うか、それほど刃渡りが長くないものに関しての扱いはおじいちゃんとおばあちゃんに叩き込まれたからすぐに慣れる。
だけど、やっぱり一番使いやすい武器を使いたい気持ちがある。ただし使った時点で面倒なことになるのは確実だ。今も時折視線を感じることがある。とある酒場なんて大嫌いな匂いで充満しているしね。特攻をかけて排除した方が気楽なんだけどな。僕が本気を出せば大抵のことは力づくでどうとでもなる。
父さんたちとは違う、僕だけの力を使えば神様達相手にも戦えるし、殺せる。殺すための武器もおばあちゃんに貰っている。何か仕掛けられたら嫌がらせは確実にしてやる。
「お待たせしました。ちょうどですね、ありがとうございます。ベル君、追加を早く!!」
「ちょっと待って下さい神様!!小瓶に分けるのが大変で!!」
「ええい、少々お待ちくださいね。今すぐにご用意しますから。ベル君、手伝うよ!!」
「完成品がそれとそれで、空き瓶はそこです!!」
神様と二人で瓶から香水を小瓶に移し替える。ある程度の種類と数が揃った所で神様が売り子に戻る。その間も次々と香水を詰めていき、とうとう小瓶が無くなってしまう。
「神様、小瓶を買ってきます!!」
「分かった!!」
近くの建物の屋根に飛び上がり、屋根から屋根へと走って飛び、ポーションなんかの瓶を売っている鍛冶系のファミリアを訪れる。
「すみません、昨日売ってもらったサイズの小瓶を追加で売ってもらいたいんですけど」
「ああ、昨日の。落として割っちゃた?」
「いえ、商品が売れすぎて、とにかく追加である分だけ売って下さい!!」
「余り物とは言え、昨日で大分在庫がはけちゃったし、それほど多くはないわよ。300程度しか残ってないわ」
「それでかまわないですから。あと、そのサイズ用の漏斗も10個ほど売って下さい」
「どんだけ売れてるんだか」
代金を払って用意してもらった小瓶の入った箱をロープを使って背中に担ぎ、袋に入った漏斗を手に持って再び屋根の上を走る。屋台まで戻ると何故か街中に怪物の死体が転がっていた。闘技場からこっちに向かって怪物が押し寄せているみたいだけど、それをレベル2以上の冒険者のお姉さんたちが薙ぎ払っている。とりあえずの安全が確保されている以上、僕のやることは香水を小瓶に詰める作業だ。
それと同時に余っている瓶の中の水を火にかけてお湯を作る。隣の雑貨を売っている行商人からタオルを大量に買い取り、それらをお湯に突っ込んで絞る。そして一通り怪物が居なくなった所で、大量のタオルを配る。
「お疲れ様です。濡れタオルですけど、よかったら使って下さい」
サービスで配っているので完全に赤字だけど構わない。怪物の匂いに紛れて大嫌いな匂いがこびり付いているから。それを片付けてくれた人へのお礼と考えれば安いものだ。
それからも香水の販売を続け完売してしまったので屋台を畳んで拠点に戻って売上を計算する。
「追加で購入した瓶の代金がコレだけだから、ファミリアへの献上金が2割と神様へのバイト代を合わせて31万4850ヴァリスが神様の取り分ですね」
「こ、こ、こ、こんなに!?こんなの受け取れないよ、ベル君」
「僕の懐にはそれ以上が入ってきますから遠慮なく受け取って下さい。献上金なんかはちゃんと最初に決めたとおりですから。これからファミリアを大きくしていったらこれ以上の収入を得ることになるんですから慣れて下さい。その分、支出も増えますから。ヘファイストス様にも相談してみて下さい。ヘファイストス様もさすがにこういうことに関しては相談に乗ってくれますから」
「でもだね、ベル君」
「神様、お金の分配に関してはきっちりしないと駄目です。それは神様の取り分、こっちは僕の取り分。おじいちゃんにもおばあちゃんにもこれだけは絶対になあなあで済ませるなと言われてますから。守れないのなら、僕はロキ・ファミリアに改宗しますよ」
「それだけは絶対に駄目だ!!分かったよ、これは僕が持ってもらっておくよ」
「そうして下さい。と言うより、僕のほうがお金を持ってるんですから、僕に対して使おうとしないでくださいよ」
「ギクッ!?」
「今回の稼ぎ以外に僕はおじいちゃんの遺産とかも持ってますから。正直に言って現金はそこまではないですけど、売れば今回の稼ぎが端金になるような物をいっぱい持ってますからね」
特におばあちゃんから貰った武器と防具は売れば本当に一生を遊んで暮らせる。売る気は一切ないし、手放す気もない。それらと僕に流れる血だけがおばあちゃんとの繋がりだから。
「今回の稼ぎである程度余裕ができたんですからファミリアの勧誘をがんばってくださいね。僕は僕でダンジョンの攻略に勤しむので」
「分かってるよ。まあ、その前に拠点を変えるか、修繕しないとね」
「そこら辺の方針は神様が決めてくださいよ。それじゃあ、僕は装備の整備があるんで」
今日の販売に使った瓶や調合器具を陰干しにして整備を始める。ナイフを研ぎ、プロテクターのほつれを修繕し、靴に仕込んだ鉄板を引き抜いて状態を確認し、靴紐を新しい物に交換する。バックパックの留め金やナイフホルダー、ポーションホルダーに問題がないかを確認し、一度装着を行なって問題がないのを確認する。
「う〜ん、やっぱりバックパックをもう少し大型の物に変えたほうが良いかな。靴底も大分すり減ってるし、こちらも買い換えないと。ナイフもちょっと良いのを買った方が良さそうだし。はぁ〜、結構お金が飛んで行くなぁ。また折を見て香水を売ろうかな」
ここ最近、探索系冒険者というより生産系冒険者のような気がしてきた。おかしい、おじいちゃんのように探索系に憧れていたはずなのに。あれ?そう言えばレベル2から3に上がるのにダンジョンに潜ってないって。もしかして探索は探索でも探索(女性)だったの!?
気付きたくないことに気付いてしまい、自棄酒のために酒場を目指す。
「おう、ベル。どうしたんや、そんなに急いで」
お酒とつまみを持ったロキ様に出会う。
「気付きたくないことに気付いてしまいまして、酒でも飲まないとやってられないんです!!」
「ほんならウチの拠点に来る?ちょうど宴会をやろうかとおもてんねん」
「ええ行きますとも。ついでに今日稼いだ泡銭も使っちゃいます!!」
ロキ様に連れられてお酒とつまみを買い込みロキ・ファミリアの拠点で飲み明かす。宴会の途中までは記憶もはっきりとしていたけど、途中で意識が混濁して倒れた。二日酔いの頭痛に苦しみながら起き上がり、ベッドに寝かされているのに気がつく。どうも、前回治療を受けた部屋のようだ。
「おっはよ~う、起きて、る?」
扉を思いっきり開けたティオナさんが困惑している。
「えっと、ベル君?」
「そうですよ」
「その目と髪の毛はどうしたの?」
「えっ!?」
慌てて髪の毛を触るといつもより長く、色は銀から紫に変わっている。ということは、目も赤から黄色に変わっているだろう。ついでに声も少し高くなってるだろうな。
「ないしょです」
「でも、この感じ、ロキ達に似てる」
あ〜、やっぱり気づかれるか。仕方ない、ティオナさんとロキ様だけには教えておこう。
「ロキ様を呼んでもらえます?ティオナさんとロキ様にだけ、ひみつ、教えます」
僕の体に流れる血の半分は女神メドゥーサの物だと。
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