魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十九話 アイデンティティ
「……」
気が付けば、俺は海の底に沈んでいる最中だった。
かなり深く沈んでいるようで、空から差し込む光すら、届かない真っ黒で無音の世界に俺はいた。
そんな俺の両腕両足は、やっぱり真っ黒な鎖が巻きついていて、それは海底から伸びているのか、俺はそれに引っ張られるように沈んでいく。
あの時。
アイツとの戦いの中で突如現れ、俺を縛り付けた鎖の正体。
それを俺はようやく理解した。
この鎖は、俺の運命なんだ。
俺と言う人間が目指し、登り、そして至るべき場所。
そしてその果てなんだ。
(俺は、あの場所に辿り着いたのか)
俺の父や、雪鳴と柚那の父、そしてケイジさんが駆け抜けて目指していった、剣士としての頂きに。
そして沈んでいるのは、これ以上登る先がないから。
これ以上登り続けることを、運命が、神様が許してくれないからだろう。
だけど、途方もないと思っていた場所に至ることができた。
誰もが憧れ、目指し、挑戦し、挫折し、それでも立ち上がり、それを何度も何十、何百も繰り返して、選ばれた人がいつかたどり着く場所。
持てる全てを振り絞って、何度も限界を超えて、今や指先を動かすことすらできないほどに尽くした。
五年で覚えた四つの『天流』も使い切った。
尽くしきった。
空っぽで、スッカスカになるまで戦って、俺は達人の至るべき場所に至った。
例えその状態から立ち上がれたとしても、指先で軽く突かれただけで倒れ、ちょっとした風で飛ばされてしまうだろう。
それだけ、やれることは全部やった。
満足だ。
充分だ。
剣士として、魔導師として、やれることをやり尽くしたんだ。
こんなに嬉しいことはない。
それでも負けてしまったけど、それはしょうがない。
アイツの頂きはまだまだ先にあるのだから。
仕方ないことだ。
むしろ、凡人の分際で頑張ったほうだろう。
天才の度肝を抜き、何度も渡り合ってみせたのだから。
逃げたりせず、臆したりせず、勇気と覚悟を持って立ち向かった。
誰に見せても恥じることのない、納得のいく敗北だ。
満足のいく敗北。
納得のいく戦い。
悔いのない人生。
――――そんな上辺だけの安っぽい感情は、俺の中には一つ欠片も存在しなかった。
「っ……っ!」
鎖が擦れ合う音が、無音の海底で響き始める。
魔力も体力も尽きた俺の身体は、しかし右腕を伸ばす。
こちらまで迫り、途切れている光の線に向けて。
だけど運命の鎖がそれを許さない。
強引に俺の腕を引っ張り、俺の行動を否定する。
「っ……ぁ」
ほんの僅かに漏れる吐息が泡となって上に……陸に、空に昇っていく。
それを追うように、俺は鎖に抵抗しながら右腕を伸ばす。
なんとか伸ばしきったその腕は、しかしそこまでだった。
腕は伸びないし、伸ばしただけで浮上はできない。
俺の右腕を縛る鎖の量が増え、再びその腕は下に引っ張られる。
より多くの鎖が、俺の運命はここまでなのだと主張する。
星そのものに引っ張られるような、抵抗しきれないほど圧倒的な運命。
それに抗うだけ無駄な努力だ。
右腕はより強い締めつけで血を流し、激痛を走らせ、力を奪っていく。
――――無駄よ。
誰かが俺に向かってそう言っているような気がした。
「ぅ……ぁっ」
構わず、俺はもう一度、右腕を空へ伸ばす。
先ほどよりも数の多い鎖に抗うために、先ほどよりも強い力を込めて、何もかもを使い果たしたはずの身体を動かす。
――――何故、そんな無駄なことをするの?
――――何故、そんな無駄なことができるの?
――――何故、そんな無駄なことをしようと思うの?
女性の声が、俺に問いかけてくる。
何故、と。
自分の可能性を全て、自分の持てる全てを使い尽くしても尚、なぜ身体を動かし続けられるのか。
小伊坂 黒鐘の身体を突き動かすものは何なのか。
魔導師として、剣士としてのプライドか?
いや、そんなものはとっくに使い切って燃え尽きた。
自分が大切と言った少女たちへの見栄か?
いや、最初から張れるような見栄なんてない。
亡き父、そしてケイジ・カグラへの憧れか?
いや、そんな理由で戦い続けられるほど大きな憧れでもない。
――――なら、あなたが伸ばす手は、何を掴もうとしているの?
その問いに、俺は伸ばしきった右手をゆっくりと握り締めて伝える。
小伊坂 黒鐘が全てを使い切って、使い果たして、燃え尽きて、何もかもが尽きても、尽くしきれない想い。
五年では尽くしきれないほど果てしない感情。
魔法と剣術に対する、果てること無き情熱だっ!!!
「っ……ぉ、ぉぉ」
俺は思うんだ。
もし、魔法に出会っていなかった。
もし、剣術に出会っていなかった。
両親が魔法も剣術も知らない、地球の人たちで、姉さんも頭が良いだけの人だったら。
きっと俺は、ここまで心を燃やすほどの熱を、抱けなかったんじゃないかって。
家族とどこにでもある普通の幸せに、人生を費やしていたんじゃないかって。
普通に学校に通って、普通に友達を作って、普通に遊んで勉強して、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に子どもが産まれて、普通に育てていく。
恵まれた当たり前の人生になったんじゃないかって。
そんな人生も悪くないし、憧れるけど、今はそうありたいとは思わない。
だって俺は、出会ってしまったから。
出会って、触れて、実際に使ってみて、――――好きになってしまった。
傷ついて、傷つけて、辛い思いをして、辛い思いをさせた。
だけど、その分だけ価値のあるものを得て、大切にしたいと思えて、大切に思ってもらえて、そんな出会いと再会を起こしてくれた全てのきっかけ。
――――俺は、魔法と剣術が大好きなんだ。
この世界の誰よりも、俺はそれを大好きだと叫べる。
だから、こんなところでサボってる暇はないんだ!
「ぁぁァ……ぁああああああああっ!」
軋む身体を無理やり動かし、海底で藻掻く。
右腕しか動かなかった身体は、力を取り戻したように再び動き出す。
だけど、それだけでは運命の鎖を壊せない。
海底から更に無数の鎖が迫り、俺の全身に巻きついて強引に沈めてようとする。
全身を締めつけられ、骨が軋む。
皮が剥げ、肉が削げ、骨を砕こうとする。
今までにない激痛と、星そのものが重りのような重力が俺の全身を襲う。
――――無駄です。
――――あなたにはもう、登りきったのです。
――――至るべき頂上に至ったのです。
――――これ以上、先は用意されていない。
――――あなたは、ここで終わりなんです。
(知るかっ!)
心の底で強い怒声を上げる。
ここが頂点?
そんなことはどうでもいい。
ここが終わり?
勝手に決めつけるな。
この先がない?
そんなわけないだろ。
どれだけ言葉を並べられたって、それは俺の歩みを止める理由にはならない。
どれだけ大量の鎖が俺を縛ろうと、それは俺が諦める理由にはならない。
頂きにいるからこそ、俺には分かる。
まだ、あるじゃないか。
目指すべき山々が。
その頂点で、俺のことを待ってる人たちがいるんだ。
俺の大好きな世界で、待っている人たちがいるんだ。
これから更に多くの人が、多くの魔法と剣術を編み出していくだろう。
それは歴史として語り継がれていき、大樹は広がっていく。
俺はそれをただ見つめている側でいたくない。
俺だって、その大樹を育ててみたい。
俺の中にある可能性は、一本じゃないのだから。
そう。
剣術は、何も刀だけが全てじゃないのだから。
魔法は、何も銃だけが全てじゃないのだから。
無限に広がる世界の、無限の可能性。
ほら、あるじゃないか。
俺が伸ばせる可能性が、こんなにも。
だから足掻く。
手を伸ばす。
空へ。
俺が目指すべき、新たな頂きへ。
そのために、燃やせ。
湧き上がる無限の想いを燃料に、情熱を、もっと強く!
その想いが、俺を更に一歩、新たな場所へ踏み込ませてくれる。
できないはずがない。
どれだけの理不尽と言う運命を突きつけられてもなお、刀を振り続けていた俺だからこそ。
確かに、天才と凡人じゃ運命に差が出るだろう。
だけど、それ以上に『想い』がなければ踏み出すことすらできないんだ。
想いは、別に理屈っぽくある必要はない。
誰かを納得させる文言を並べなくたっていい。
誰かに否定されても構わない。
エゴでいいんだ。
たとえ、どれだけ大切なものを失っていったとしても。
たとえ、立ち上がることもできないほど苦しくても。
たとえ、思い出したくもないほど大きな敗北をした悔しさがあっても。
全てを背負っても、立ち向かおうとし続ける強い想い。
それがあるならば、きっとできるはずだ。
神様が定めた運命だって、切り伏せてその先へ行けるはずだ。
だから、踏み出せ。
さぁ、行こう!
溢れて、爆発しそうな膨大な想いを力に変えて。
たとえどれだけ深い海の底に堕ちたとしても。
空へ羽ばたく翼が折れてしまっても。
這い上がってみせよう。
空へ羽ばたいてみせよう。
どこまでも。
果てを超えて、更なる果てへ。
これからも。
いつまでも。
右手で握り締めているはずの、相棒と共に!
「いくぞ――――アマネぇえええええ!!」
瞬間、全身から湧き出た膨大な量の魔力が、俺の全身を縛り付けた運命の鎖を引きちぎり、破壊して、
天まで続く、黒き光で海底を照らした。
*****
「え……っ!?」
「っ!?」
「な……っ!?」
「うそ……っ!?」
モニターの光景が変わった瞬間、少女たちは驚きの声を上げた。
画面を覆い尽くしていた黒炎が晴れると、二人がいたはずの建物は完全に崩壊し、その姿を失っていた。
しかし海底から空にかけて真っ直ぐに、黒き光が伸びていた。
それは闇のように暗いものではなく、夜のようにどこか明るいような黒。
恐怖よりも安心感のある黒い光。
それを出せるのは、彼しかいない。
少女達の想像通り、光の中から彼は現れた。
小伊坂 黒鐘。
海底に沈んだ彼は、自らの魔力光を追いかけて空まで昇ってきたのだ。
全身から黒き光を纏うように放ち続け、そこにいた。
「なんでだ……坊主はもう、登れねぇはずなのに!?」
転移場所に向かうのをやめ、モニターに向きを変えたのは、彼の限界にいち早く気づき、その結末を悟っていた男性、ケイジ・カグラだった。
目の前の光景を、信じられないとばかりに唖然として見つめる。
彼が紡いできた物語は、ここで終わるはずだった。
人が生まれながらに与えられていた運命。
その終わりが訪れ、抗うことなんてできず、受け入れることしかできないはずの運命。
ケイジは今まで、それを抗おうとして藻掻く人を数えきれないほど見てきた。
だけど結果は変わらなかった。
誰も、神が定めたことを否定することは叶わなかったのだ。
運命には逆らえない。
それが常識になっていた。
なのに、
「坊主はなんで登り続けてんだっ!?」
彼は常識を打ち破り、尚も成長していた。
今まで多くの人がぶつかり、足掻き、そして散っていった場所で彼は、笑みを浮かべながらそこにいた。
*****
この現実に誰よりも驚いていたのは、彼の相手をしていたイル・スフォルトゥーナだった。
「何が起きてんだ……あぁ?」
ケイジの言葉通り、彼は全てを使い果たしていた。
イル自身、自身の持つ最強の一撃を彼に直撃でぶつけた。
それで決着だと確信していた。
彼が立ち上がることなど不可能だ。
にも関わらず、彼は再び、目の前に現れた。
傷だらけの体で。
左手は力なく垂れて、右手だけが刀を握っている姿で。
だが、
「なんで魔力まで回復してんだぁ……テメェは!?」
失っていたはずの魔力を取り戻し……いや、最初にあったはずの魔力量を完全に上回っていた。
回復を超えて進化している。
そんな光景に困惑するイルに対し、
「イル・スフォルトゥーナ」
黒鐘は彼の名を呼び、刀の切っ先をイルに向けた。
「俺は、負けない」
微笑みながら真っ直ぐイルを見つめ、そういった。
「……はっ」
その言葉に、イルは全身が一気に鳥肌が立つほどの刺激を受けた。
それは恐怖か?
いや、違う。
それは間違いなく、歓喜だった。
「はははは……最っ高だよお前。 本っっ当に最高だァっ!」
全身の血が滾る。
人生史上、最も興奮する瞬間が間違いなく今だ。
きっとこの先の人生をどれだけ必死に生きても、ここまで興奮できることはないと確信できる。
何度も味わった絶望も死も、全部切り伏せて立ち上がる。
不可能なんて乗り越えて、新たな可能性を紡ぐ。
そして何度切り伏せたって立ち上がり、最強の敵として目の前に現れる。
だから認めよう。
イル・スフォルトゥーナにとって小伊坂 黒鐘は、生涯をかけて倒すべき好敵手であると。
「ああ、やってやるよ。 テメェとの殺し合い、心行くまで楽しもうぜぇっ!!」
黒鐘の強さに応えるように、イルは吼える。
それに合わせて全身から膨大な魔力が漆黒の炎となって溢れ出し、黒鐘を巻き込んで二人のいる空間を球体のように包み込む。
漆黒の炎が生み出した灼熱の世界。
「ムスプルへイム。 脱出不可能の獄炎の世界だぁ」
かつて九つ存在したと言う世界の一つ。
その世界で生まれたもの以外、そこで生きることができなかったと言われるほどの灼熱世界。
黒鐘は抜け出せなくなった炎の空間を見渡し終えると、
「脱出不可能って言っても、所詮は魔法なら術者を倒せばいいんだろ?」
挑発的な笑みをイルにぶつけた。
逃げ場を失ったことへの動揺は一切見受けられない。
むしろそれがどうしたと言わんばかりの余裕すら感じる。
先程までの彼とは明らかに違う。
だが、今までの彼の中で最もイルを刺激するほどの何かを秘めていることは間違いなかった。
「確かに俺を倒せばこの世界は消える。 ……それができりゃの話しだがなぁ?」
「できるさ。 ――――行くぞ」
言葉を交わすのはここまでだ。
二人は頷き合い、互いに武器を構え。
最後の戦いを始めた。
後書き
というわけで、次回遂に決着です。
前回の話しのあとがきで、私は我々は大切なことを忘れていると書きました。
全クリして改造やチートとか入れてやり尽くしたゲームは、確かにやらなくなるだろうし、終わりです。
でも、ゲームが本当に好きな人間なら、それで全てのゲームをやらなくなるなんてことはありません。
終わったならまた次のゲームをやればいいんです。
一つのことを一生懸命取り組むのはもちろん良いことですし、それを否定はしません。
でも、限界を感じたり、やることを見失った時は、それとは全く別のことに手をつけてみることも大事なんじゃないでしょうか。
ゲームなら、別のゲームソフトをゲーム機に差し込めば、それだけで新しい世界が待っていることですしね。
でもそれは、ゲームが好きじゃなきゃやらないことだと思います。
だから、なんだかんだで大事なのは『好き』って感情だと思い、小伊坂 黒鐘と言うキャラを作りました。
幼い頃から好きなことを見つけ、楽しく取り組めた時間。
でも家族を失うことで忘れ、好きという感情に封をした彼がぶつかった限界の壁。
それを超える為に必要だったのは、原点の好きって感情だった。
……少年漫画っぽいご都合主義ですね。
なんて思いつつも、それが真理とも思い、彼の物語を描き続けてきました。
次回、限界を超えた彼が見せる可能性を描けたらと思います。
長文になりましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
ページ上へ戻る