提督はBarにいる。
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お堅い教官に女殺しを・1
「神通を酔い潰してくれだぁ?無茶言うなよ那珂ぁ」
夏の欧州への打通作戦も終わり、鎮守府に平穏が戻って来た昼下がりの休憩時間。今日の秘書艦当番である那珂にそんな相談を受けた。
「そう、神通ちゃん最近お疲れモードだからぁ。ゆっくりと提督とお酒でも飲みながら休んで欲しいなぁって」
そう言いながら那珂は暴君ハ〇ネロの袋に手を突っ込み、鷲掴みにして口に押し込んでモシャモシャバリバリやっている。自称アイドルがそんな食い方でいいのか、と激しく突っ込みたいがそれはどうにか飲み込んだ。
「そもそも、あの神通をどうやって潰すんだよ。俺が言えた義理じゃねぇが……ありゃ中々の蟒蛇だぞ?」
神通は多数の艦娘の教官役を担っているだけあって、かなり慕われている。その為飲みに誘われる事も多いが、凄いところはその全てを断らない。そして最後まで付き合って飲み続けてほぼ素面と変わらないのだ。多少顔は赤くなるが、意識はハッキリとしてるし、帰りの足取りもしっかりしている。アレを酔い潰すとなると相当な覚悟と酒の量がいるぞ?
「ふっふっふ~、那珂ちゃんに秘策ありだよ!」
自信満々にそう言い放つ那珂だが、手に付いたハバネロパウダー舐めながらだから威厳もへったくれもない。まぁ聞いてやろうじゃねぇか、その秘策とやらを。
「提督さ、神通ちゃんが洋酒飲んでるの……見た事ある?」
うん?神通が洋酒を飲んでいるトコ、か……言われてみれば確かに無いかもしれん。ウチに飲みに来た時も日本酒か焼酎ばかりだし、大規模作戦の打ち上げで最初の1杯目のビールは飲んでるのを見るが、舐めるようにチビチビ飲んでいたり他の連中にやったりしてたっけな。
「そういや無ぇな。それがどうした?」
「実はね?神通ちゃんって洋酒にスッゴく弱いんだぁ。前に神通ちゃんと川内ちゃんで部屋飲みした時に、神通ちゃんたら私のジンロックを焼酎ロックと間違えて飲んだら、グラス1杯でノックアウトされちゃったんだよ?」
なんとまぁ、意外な弱点だなそりゃ。それでビールも避けてたのか。でもたま~にいるんだよな、日本酒とか焼酎はしこたま飲めるのに、ワインとかウィスキーなんかの洋酒が飲めない奴。体質的なモンなのかね?何でもござれのザルな俺には解らん感覚だが。
「後は提督、女の子を酔い潰してエッチな事するのは得意でしょ?それに明日は神通ちゃんの秘書艦当番の日だから大丈夫!」
「おい、人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ」
狙って酔い潰した事がないとは言わないが、如何わしい事をする為に酔い潰した事はねぇぞ?それだけは断言する。ただ、向こうが求めてきて尚且つそれがケッコンしてる艦娘なら拒まないだけだ。神通もケッコンしてるからな、求められたら拒まねぇよ?俺ぁ。
さて、その翌日。予定通り秘書艦は神通。実戦だけでなく事務作業も結構得意な神通の尽力もあって、執務はつつがなく終了。しかしよく観察してみれば那珂の言う通り、書類仕事をしながら肩を回してみたり目頭を抑えてみたり、溜め息を吐いてみたり……相当に疲れているらしい。これは那珂の提案が無くともやるべきだと判断した。
「あ~……神通?」
「はい、何でしょうか提督?」
執務を終えて机の上を片付けていた神通に声を掛ける。
「実はな、今年もお中元で大量に酒を貰ったんだ。しかし店に出すのも惜しい位な高級品も混じっててな……どうかな?今晩俺の一人酒に付き合っては貰えねぇか」
「そういうのは、正妻である金剛さんをまず誘うべきでは?」
「まぁ、それもそうなんだが……神通。お前ケッコンしてから俺に遠慮してるだろ?実は人一倍甘えん坊なお前が」
俺がそう言うと、神通は俯いて黙り込んでしまった。一部で鬼教官なんて言われてる神通だが、実の所人一倍寂しがり屋で甘えん坊な所がある。厳しい訓練を課すのも仲間を喪いたくないという怯えからだ。姉妹の他には付き合いの長い俺くらいにしか見せん顔だがな。
「それにお前だってカッコカリとは言え俺の嫁なんだぞ?たまには肩の力を抜いて、旦那に甘える事くらい覚えろ。な?」
「でしたら……今夜一晩、ご相伴に預かります」
「よっしゃ、決まりだ。んじゃ早速準備するかね」
執務室のドアの外側に『本日臨時休業』の貼り紙を貼る。元々趣味でやってる店だから、俺の気分で臨時休業になったとしても文句は言わせん。……ブーブー文句言う奴が居ないとは言ってない。むしろ沢山いるだろう。そして早霜にも臨時休業だと連絡を入れておく。後は執務室の内装をいつものバーカウンターモードにすれば準備は完了だ。
「さて、と。何してんだ神通?早くこっちこい」
「……え、カウンターに立つのではないのですか?」
俺は店内のカウンターではなく、テーブル席のソファに腰掛けて神通に手招きする。
「当たり前だろ?カウンター越しだとひっつけねぇだろが……よっと!」
「きゃっ!?」
近寄ってきた神通を抱き寄せ、隣にストンと座らせる。距離は密着しそうな至近距離……神通の顔がみるみる真っ赤に染まっていくのがよく見える。
「さて、乾杯はカクテルから行こう」
そう言って、目の前のテーブルにカクテルを作る為の道具類を支度していく。そして取り出したのは
「ブランデー、ですか……私洋酒はちょっと」
「まぁまぁ、甘めの味付けで飲みやすくするからよ。飲んでみてから判断してくれよ」
アルコール度数は低めとは言ってねぇがな。今宵の俺はちょっぴりオオカミさんなのだ。
《アレキサンダーのレシピ》
・ブランデー:30ml
・クレーム・ド・カカオ(ブラウン):15ml
・生クリーム:15ml
まずはこいつ、女性が好む甘口カクテルの定番『アレキサンダー』。イギリスの皇太子妃であるアレクサンドラがその名前の由来で、アレキサンダー大王ではない。作り方は簡単、3つの材料全てをシェイカーに入れてシェークするだけ。カクテルグラスに注げば出来上がり。
「さぁ、乾杯しよう」
「は、はい……」
グラスを軽くぶつけ合うと、甲高い音が室内に響く。神通も恐る恐るグラスに口を付けたが、一口飲んでその目を見開いた。
「あ、甘くて美味しい……」
「だろ?」
クレーム・ド・カカオと生クリームを混ぜ合わせる事でクリーミーなチョコレートのような味わいになる。そこにブランデーが加わる事で、お酒を包んだチョコレート菓子……チョコレートボンボンのような味わいとなって大変に飲みやすいのが『アレキサンダー』の特徴だ。しかしアルコール度数は高めなのでレディーキラーカクテルの定番とも言われてたりする。
お次はちと珍しいリキュールを使ってみるか。俺が取り出したのは緑色のガラスの角瓶。ラベルには十字架と鹿の首が描かれている。中々国内では見かけないデザインの瓶だ。蓋を開けると、薬膳酒のように複雑な物が混ざりあった香りが漂ってくる。
「珍しい香りのお酒ですね……?」
「あぁ、こいつはドイツのリキュールでな。名前を『イェーガーマイスター』……直訳すると狩りの名人、てトコか」
こいつはなんと言っても入っているハーブやスパイスの種類がスゴい。ミントやアニス等、有名なのからマイナーな物まで56種類も香りや風味付けの為に加えられている。そしてその全てが絶妙なバランスで、変な味に感じない。
「そしてコイツを美味しく飲むなら、オレンジ割りが一番なんだが……今回はちょいとアレンジでな」
《イェーガーオレンジのレシピ》
・イェーガーマイスター:45ml
・オレンジジュース:60ml
イェーガーオレンジの作り方も至って単純。氷を入れたグラスにオレンジジュースを注ぎ、その上にイェーガーマイスターを混ざらないように浮かべるだけ。飲む時に混じり合うようにという気遣いだな。しかし今回はオレ流アレンジ。オレンジジュースではなく、ミカンの絞り汁で割るぞ。ミカンが無ければポンジュースとかでもOKだ。
「凄く不思議な感じです……ミカンとこんなに合うなんて」
「オレンジジュースよりもミカンが甘いからな。その分飲みやすいのさ」
まだ神通は素面だな……ガンガンいこう。
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