| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

精神の奥底
  69 希望の末路

 
前書き
今回は彩斗とディーラーサイドです。
数話前に倒れた彩斗のその後についての話ですが.......彩斗のセリフはありません(笑) 

 
夏から秋へと季節は移り変わった。
先程までの焼けるような暑さなど忘れ去られ、身体の芯から冷えていく。
空は雲で覆い尽くされ、冷たい雨が降りしきる。
決して豪雨というわけではないが、止む気配を全く感じさせない。
街ではそれに釣られるように、悪意が活発になっていく。
そして遂に恐れていた事態に発展していた。
街中でパトカーと救急車のサイレンが鳴り響く。
まだ中央街や電気街といった都市機能を担う中心部は被害が出ていないが、プライムタウンはほぼ壊滅、数カ所のネオン街を中心に広がっていることは明らかであった。
不良はもちろん半グレの連中は銃器を振り回し、恐喝して金を巻き上げる。
そしてネオン街を根城にした暴力団はValkyrieから入手したユナイトカードで縄張りを広げるべく抗争を始めた。
更に一般市民同士が争い、電波変換した人間には警察も歯が立たず、被害者が増え続けている。
実際に事件が発生しているのは僅か数カ所であっても同時にこれだけのことが起こるなど前代未聞だった。
巻き添えを食った人々はこの世の終わりを見た心境だった。
身体の傷は大したことがなかったとしても、心に負った傷は一生消えない。
そんな絶望を抱いたまま助けが来るのを待っていた。
そしてここにも1人、身体と心に傷を負った少年がいた。
まだ死んではいないが、とても生きているようにも感じられない。
安らかな表情を浮かべ、身体だけを置き去りにして何処かへ行ってしまったようだった。
そしてベッドの周りには彼の帰りを待つ者たちがいた。

「……今、なんて言ったの?」

アイリスは自分の耳を疑った。
メリーと七海もその言葉の意味が分からず、返す言葉が思いつかない。

「だから……冬眠」
「冬眠……?」
「今のこの状況を一言で簡単に言い表すなら、そこのあなたが指摘した通り、シンクロナイザー、いえ、彩斗は動物で言うところの冬眠している状態に近い」

ハートレスは七海を指差しながら、いつも通り顔色一つ変えずに言い切った。
しかし流石の異常事態に声にその焦りは顕著に現れていた。
いつもの声のトーンよりも低い上に少し鼻声だ。
自分でも今、彩斗が置かれている状況を完全に把握できていないし、対処の方法も全く考えつかないのだ。
淡々と検査機器を操作しながら冷徹な仮面の下では唇を噛んでいるのはこの場にいる誰もが察していた。

「だからさっき体温が」
「でも人間が冬眠するなんてことがあるの?」
「理屈上は不可能ではないわ。雪山で遭難した人間が冬眠に近い状態になることでエネルギーの消費や酸素を節約して無事に救出された話もあるし、今では医療分野で人為的に冬眠状態を作ることで治療を行おうとする研究も行われてる」
「冬眠で治療?」
「それ知ってます!例えば心臓病を抱えている患者は発作が起これば、酸素を得ることが困難になる。だったら身体が酸素を必要としない状況を作ればいい。前に医者だった祖母から聞いたことがあります」

七海は知識はあるものの、やはり信じられずにベッドで横になっている彩斗に近寄った。
今朝方から完全に別世界に連れてこられたかのような感覚がまだ抜けておらず、置かれている状況も完全に把握できてはいない。
ただの同級生だと思っていた少年が強大な何かと戦っていたというだけでも現実味が無いと言うのに、今いるこの場所もかなり非日常的だった。
広大な地下ガレージに中央部に設置されたデスクは市販のものでは考えられないレベルのスペックのPCと大量のディスプレイで常に何かがモニタリングされており、数台の車両が並ぶ。
更に振り返れば、テレビでしか見ないようなスーパーコンピューターやサーバー、武器の数々がこちらを睨みつけている。
しかし反面、地下水の流れる川のようなものと、観葉植物が並んでいるなど人工的ながらも何処か自然が混じっている。
その光景はスパイ映画の秘密基地を想像とさせる。
状況を飲み込みきれていない七海であったが、とんでもない世界に足を踏み入れてしまったのだけは理解していた。
そんな七海を尻目にハートレスは続ける。

「そう。そしてこの子はちょうど心臓に爆弾を抱えてるわ」
「え?」
「もちろん、薬は投与してるし、それが直接の原因とも思えない」

ハートレスはそもそも彩斗の身体のことを把握していなかったメリーと七海に『W.O.A.』の入った注射器を見せた。
アイリスは彩斗の身体に何処か異常があるのは薄々は感づいていたものの、その予感が的中したことに不思議と悔しさを覚えた。

「ここからは私の勘だけど、恐らくこの冬眠もどきは副産物に過ぎないわ」
「冬眠が副産物?」
「今、この子の脳と身体は繋がっていない」
「え?」
「正確には脳の神経伝達物質が途絶えている。つまり脳から身体への命令が送られていない」
「じゃあ、自分で起き上がることは疎か、喋ることもできないってこと!?」
「お腹が空いても食べられないし、口も利けない」

ハートレスは彩斗の頭に触れた。

「じゃあ、原因は?」
「さっき、この子が不良連中と喧嘩したって言ったわね?恐らくそれが…いえ、きっとそれだけではないのでしょうけど」
「……」
「この子、口ではこの街なんて無くなった方がいいなんて言う割に、心の何処かで真っ当な街に戻って欲しいと思ってたんでしょう。恐らくあの高垣美弥という少女との出会いが本人も気づかないうちにそれを決定づけさせた」
「ミヤさんが……」
「彼女が襲われて、復讐に走ったことで彩斗は沢城アキとしての人生を続けることができなくなった。それでもなおValkyrieと戦い続けたのは……きっと」
「ミヤさんや真面目に頑張って生きてる人たちの居場所を守るため」
「そして私やアイリスさん、そして自分の帰る場所を守るため…ですか?」

「そんな藁にもすがる思いで戦っていたのに、それをValkyrieでもなければディーラーでもなく、よりによって街の住人に全否定するような仕打ちを受けたのだから……それは堪えたことでしょう」

ハートレスはゆっくりと椅子にもたれ掛かった。
その様子はかなり珍しいものだった。
ハートレスは基本的に他人事は何処まで行っても他人事だ。
だがここまで誰かのことで明らかに肩を落としている。

「シンクロ能力を持っているっていうことは、多くのものを感じ取れる反面、心と身体が普通の人間以上にリンクしているのよ。だから心へのダメージが身体にも出やすい。でも身体が遂に限界に来た」
「それじゃあ……」
「これ以上の身体へのダメージを回避するには、心と身体を分離すること。具体的には脳からの神経伝達物質の活動が極端に抑えられている、つまり脳から何の司令も出されていない状態」
「だったら動けないし、意識を取り戻すことも……」
「そしてその副産物として、自分で動くことができず、食事を摂ることもできなくなった身体はそれでも可能な限り生き延びようと酸素と栄養の消費や活動を極端に減らした。その結果、体温も下がったし、上げる必要性も無くなったってこと」

「どうしたらいいの!?」

メリーは大声を上げた。
いつもの丁寧語など忘れ、10歳前後の1人の少女に戻った。
怒りにも近い感情を爆発させているが、ぶつける相手がいるわけでもない。
強いて言えばデンサンシティという街が憎いが、憎んだところで彩斗が目を覚ますとも思えない。
泣きそうなのを必至に抑えながら、安らかな顔で眠る彩斗の方を見る。

「私はこの状態になった人間を1人、知ってる」

ハートレスは明らかにいつもと違う様子だが、平然を装いながら口にした。

「その人は……どうなったの?」
「眠り続けているわ。もう7年?いや8年以上も」

その一言がその場にいた全員から希望を奪った。
しかしアイリスだけは違った。
メリーが絶望に打ちひしがれて泣き続ける中、心の何処かで彩斗が戻ってくるような気がしていた。
今のハートレスの話が理解できなかったわけではない。
完全に理解した上で尚、彩斗が再び普段は見せない屈託の無い笑顔を見せてくれると信じていた。
トラッシュを含めても、恐らくここにいる者の中で一番付き合いの短いはずなのに、アイリス自身も不思議だった。
それだけ出会ってから僅か数日が彩斗という人間を知るには濃厚過ぎたのだろう。
確かに彩斗は年相応の純粋さを持った繊細な少年だ。
しかし同時に芯の強さを兼ね備えている。
父親の厳しさも母親の優しさも知らず、不条理な暴力と孤独、そしていつ人間で無くなってしまうか分からない恐怖の中で苦しむ人々を救い続けたのだ。
そんな誰よりも強い心を持った彩斗がここで終わるとはアイリスにはどうしても思えなかったのだ。
もちろん、こうあって欲しいという理想論だと言われれば反論できない。

「……サイトくん」

アイリスは僅かな希望に縋るように彩斗の手を握る。

「点滴を続けたまま部屋に移しましょう。残念ながら今の私たちが彩斗にしてあげられることは何もないわ」

それに対し、ハートレスは現実を受け入れていた。
本当はアイリス同様に心の何処かでは彩斗が目を覚ますのではないかという希望を持っていた。
だがそんな希望にこれまで何度も裏切られてきた。
そして悟った。
現実を受け入れなければ前に進めないと。
何度も何度も希望を抱いては、かけがえのない人も自分自身の愛も何もかも失った。
その忘れることのできない記憶がハートレスに現実を受け入れさせていたのだった。











 
 

 
後書き
今回も短めです。
他の方の作品も読ませてもらったりしたのですが、結果、僕の1話一話が長いな...と。
1話あたりが長い方がいいという意見ももらったのですが、これからの展開が彩斗たちディーラーチームと炎山たち反逆者チームの話が同時並行で進み、映画のように数シーンごとに入れ替わる展開にする予定だったのもあって、実験的ではありますが、少し短い話が続きます。
ご了承くださいm(__)m 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧