和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
第52話 韓国対日本 後編(vs 高永夏)
大盤解説会場 解説:倉田厚七段 聞き手:香川いろは女流
「微妙なタイミングでこういう利かしを打つのも和-Ai-の特徴だな」
「特に今打つ必要はないよね?」
「けど高永夏の手に対しては鮮やかに切り返した。
黒は先ほど配慮した手が、ここになって明確に咎められた恰好だ」
「白のサバキが成功?」
「ああ、さらに白は右下の黒を厳しく狙ってる」
「黒も強く外から受けてるけど?」
「白は右辺の味の悪さをしっかり追求してる――ここまでを白の利かしと見ることができるな」
「じゃあ中央が強くなったところで堂々と逃げる?」
「ああ。こうなっては黒も仕方ない」「形勢は?」
「黒地は……約60目か。左下隅の1子孤立している負担が大きいな。コミが出そうもない」
「白は三々を消して、左上隅を固めつつ攻める?」
「黒も左辺を手抜いて頑張っているけどな――」
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関係者検討室
中盤も過ぎ、終盤のヨセに入ったところで塔矢行洋が検討に加わる。
日中韓のプロ棋士3人に岸本と韓国人通訳と高永夏のマネージャの計6人がそれぞれ座っている。
「黒は良いタイミングで中央消し」「中央のヨセ打ちながら左辺を睨む」
「黒もさすがに手を戻した」「しかし白が大きな取りだ」
「白は確実な手を選び続けている」
「切れば取れるが、この方が得なヨセ……なるほど」
「そういえば塔矢先生は秀作の本因坊秀策の碑には参られましたか?」
複雑なヨセについていけず暇を持て余した岸本が行洋に尋ねる。
中国語教師繋がりで、だいぶ前から面識だけは少なからずある。
「ああ。今朝、進藤君と一緒にね」「進藤君と?」
行洋からの返答に岸本が意外な声をあげる。
「進藤君は北斗杯のときもでしたが、秀策に対するこだわりが人一倍あるようですね」
その話題に安太善や他の人間が加わってくる。
「テソン、高永夏はどうなんだ?
記者の質問に本当は『本因坊秀策が今現れたらトップ棋士に引けを取らない』と言ったと聞いたけど?」
「歴史ある棋士に敬意を払っているとは思いますが――」「まあ彼は未来を向いてるタイプだな」
「塔矢先生はどうですか?」
「先生はネットのsaiを秀策が蘇ったような人物だと言われてましたよね?」
「楊海君にはたしかにそう言ったね」「saiですか? Aiではなくて?」
「ええ。Aiほど知られてはいませんが、saiも正体不明のネットの棋士です。三年ほど前に話題になっていました」
「しかし去年の春でしたか? Aiに敗れてからはネット碁で姿を見ることはなくなりましたね」
「先生はAiよりもsaiに対してこだわりがありますね」「ああ。私はもう一度彼と打ちたい」
「その理由は?」
「そうだなsaiもAiも強さだけを見せつけて未だに正体は不明というのは同じだが――Aiには敬意が足りない」
「私はやはり和-Ai-の碁を認められないのだよ――ヨセを見たまえ」「どうしました?」
「――いつの間にか和-Ai-の挙動がおかしい!」
「そう。たしかにここらで2、3目の差があれば不動の差ともいえるが」
「和-Ai-は勝利を確信して手を緩めている?」
「そうだ。Aiのネット碁での棋譜を見たときに思ったことだが、白を持った碁では先番に比べ僅差の作り碁になることが多い。
アキラの対局と同じであれば本局も最後は半目勝ちだろう」
「たしかに少し余裕がある状況から、わざと損をして半目勝ちにしようとする傾向が、Aiにはあります。
オレが開発してる囲碁のモンテカルロプログラムに元々ある傾向に近い」
「モンテカルロプログラムというのは?」
「形勢判断を勝率を計算して行っているから、打った手による勝率の計算はしても、何目差なのかは気にしない」
「なるほど。まさしく和-Ai-の終盤に似ているな」
「ここもそうだ。ユルんだのではなく凡ミスだったのではと思わせる手順が終盤にいくつかある」
「半目でも勝てればいいからと終盤の手順は適当に打っていると?」
「それだけ形勢判断とヨセの正確な計算を行い正しい数字を導き出しているといえるが――」
「なるほど。だから敬意がないと?」
「そう。Aiの碁にはsaiと違って碁に対する敬意や愛を感じないのだよ。そこに最善の一手の追求もない」
「では先生はsaiがこの世に現れたのは私と打つためだと言いましたがAiは?」
「わからんよ。桑原先生が言っていたが秀策よりも上の碁の神様の悪戯かもしれないな」
「面白い話ですね」
「では秀策所縁の場所で、秀策の縁で反発し合って戦った日韓の若き棋士が、こうやって再び向かい合うのも――碁の神様の悪戯ですか?」
「そうなるな。だからこそ高永夏も進藤君の前で途中であきらめて投げ出すなんてことはせず、常に逆転を狙って最善のヨセを最善の一手を追求し続けた……想いは半目届かなかったが――」
「もし和-Ai-がヨセでもゆるまず最大差で勝つ様に打ってきたら?」
「我々の勉強のためには非常に助かるのだが――もしかすると多くのプロ棋士がプロを辞めるかもしれないな」
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本因坊秀策生家 対局室
半目差で敗れた高永夏を対面の進藤ヒカルが見つめる。
進藤の視線で高永夏は自分が薄っすらと悔し涙を流していたことに初めて気づき顔をそらした。
「フン。今度はオレが笑ってごまかす立場になったな」
「和-Ai-を打ち破って韓国の強さを、いやオレの強さを世界に示すつもりだったが――。
大口を叩いてたオレも結局は自分の力不足を思い知ることになったな」
「半目差だったんだ充分――」
「進藤! 和-Ai-のヨセを代りに打ったオマエにはわかってるんだろ?」
「北斗杯の最後に言ってたよな。遠い未来と、遠い過去を繋げるため――」「ああ」
「オレ達はみんなそうだ」「そうだな。オレは、オレ達は、誰もが――」
「けど、これからはオレは“いま”の歴史を創っていく」「“いま”を?」
「和-Ai-の強さはホンモノだ。想像してた以上のバケモノだった。
誰にも敗れることなく今年中に囲碁の世界から去るだろうさ。来年には過去になるだろう」
「オレは来年にはタイトルを取る。韓国のタイトルも勿論だが――舞台は国際棋戦だ。
今年も三星火災杯、春蘭杯の参加が決まっているが――」
「近い将来“いま”世界最強の棋士は誰かと聞かれたらオレの名前が挙げられるような棋士になる」
「高永夏……」
「オレもいつか遠い未来からしたら遠い過去になるだろうさ」
「だが遠い未来に名が残るような棋士になるには“いま”活躍し結果を残すしかない」
「進藤、オマエが本因坊秀策のように誰もが知る棋士になれるか楽しみに待ってるよ。じゃあな」
対局室に独り残った進藤ヒカルは秀策が――虎次郎が碁を打ったという押し入れを見つめる。
「佐為、ごめんな。オレ、敵も討てなかったよ。
けど必ずお前に胸を張れるような棋士になるから――待っててくれ」
「約束するよ。本因坊のタイトルもオレが取る。
連覇して、いや、本因坊の座にあり続けて永世称号の名前も得るよ。
藤原佐為の名は歴史に残ってないけど、本因坊秀策の名前と碁は歴史に残り続けてる。
だからオレもsaiの名の代わりに、本因坊佐為としてオマエとオレの名前と碁を歴史に残す。
オマエと同じ本因坊になったら――いつか一緒に打てるかな――また何処かで」
そのとき押し入れの中に飾られた秀策母子が愛用という碁盤で囲碁を打つ――
藤原佐為と現代の着物を着た女性の姿が見えた――――気がした。
第二部「北斗杯編」終
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