転生・太陽の子
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少女に自由と幸せを
RXは変身を解き、光太郎の姿に戻った。
激情に駆られ、ついやり過ぎてしまったかもしれない。光太郎は辺りを見渡してそう反省した。床はヒビ割れ、窓ガラスは全て割れている。しかし光太郎はどうしても許せなかったのだ。イヴの心を鎖で縛り付けるようなトルネオの行動が。それを思うと今でも怒りが込み上げてくる。
これはきっと、転生元となった本来の光太郎の性格に影響されているのかもしれない。しかしイヴを助けたいと思ったのは今の自分の本心だ。
自分の腕の中にいるイヴに視線を落とすと、イヴはじっとこちらの顔を見上げていた。
「・・・恐いかい?」
「ううん・・・おにいさんは・・・こわくない」
先程の人間離れした自分を見ても、イヴはそう言ってくれる。その言葉は単純に嬉しかった。
「ちょっと、どうなってるのよ! トレイン、あんた何しでかしてくれてんのよ!」
不意にヒステリックな女性の声が耳に届いた。そちらに目をやると、美人なタイプだが恐そうな女性と、白スーツに身を包んだ眼帯の紳士がトレインに近づいている。女性に詰め寄られたトレインは全く動じておらず「悪わりい、やっちった♪」と逆にあっけらかんとしている。
「トレイン、説明はしてもらうぞ? ここで何があったのか。そして・・・そいつらは何者なのかを、な」
眼帯紳士の鋭い目が光太郎たちを射抜く。ただの通りすがりで誤魔化されてくれる相手ではなさそうだ。どう説明したものかと光太郎は考え込んでしまった。
その後は女性ことリンスレット・ウォーカーがトルネオが進めていた生体兵器の研究資料を発見するも、全て焼却処分したらしい。そしてトレインの相棒スヴェンはトルネオを捕らえるチャンスであったが光太郎に説得され、トルネオは放置されることとなった。イヴに警察の手が伸びるのを防ぐためだ。RXの攻撃の余波はトルネオの屋敷に留まらず、付近にも影響が出てしまっており、すぐ近くに警察がやってきていたからである。あの場はイヴを連れて退散するしか、イヴを守る手段はなかったのだ。
5000万イェンを逃したスヴェンは最後まで肩を落としていたが・・・。
翌日、トルネオは武器密輸など他にも多くの余罪があり、あの後駆けつけた警察によって逮捕されたらしい。危惧していた生体兵器やイヴに関しては全く報道されず、とりあえずはホッとした。
現在はカフェで俺、トレイン、スヴェンの3人で顔を合わせていた。ちなみにイヴはリンスと一緒に買い物中である。
「・・・お前が同じ掃除屋っつーことは分かった。まぁ、あの子のことを考えれば、今回の決断は正しかったんだろうな」
スヴェンはコーヒーを一口飲み、そう語る。
最初に会った時は分かり合えるか不安であったが、こうして話してみるとなかなかの優しさをもつ人物で助かった。しかしスヴェンは厳しい表情を崩さない。
「それで、お前はあの子をこれからどうする気だ? 作られた存在であるあの子には身よりもなければ帰る場所もない。帰る場所はお前が奪ってしまったからな。掃除屋なんて危ない仕事をしている身で、あんな子供を連れて歩く気か?」
スヴェンは本当に優しい人だ。イヴを生体兵器としてではなく、ひとりの女の子として扱ってくれている。それが嬉しかった。もちろん、自分もスヴェンの言う通り、わざわざあの子を危険な目に合わせるつもりはない。この世界にも日本(外国からはジパングという呼び名らしい)が存在していた。危険な銃が蔓延っている国々よりは、日本の方が安全と思えるのは自分が日本人だからだろうか。光太郎としての記憶の中に残る人々。それがこの世界の人であるのか分からないが、優しい人たちがいる。喫茶店キャピトラのマスターや佐原夫妻のように・・・。そのような人に預けることができれば、イヴも幸せに暮らせるのではないかと考えている。
だがトレインの考えは違うらしい。
「別に一緒に連れていきゃーいいじゃねぇか」
「しかし俺はあの子に幸せになってもらいたいんだ。それに俺と一緒にいたいなんて思う訳ないさ。子供は子供らしく、安全な場所にいるのが一番さ」
「それもあのお姫さまがどうしたいか、だな。光太郎はあのお姫さまを『自由』にしてやった。それを選ぶのも自由になったお姫さま次第だぜ?」
トレインがそう言うと、ちょうど買い物を終えた二人が帰ってきた。
「た、ただいま…」
イヴはそう言って俺の元に駆け寄ってきた。そのイヴの姿は午前中の黒一色の服とは違い、年相応の可愛らしいおしゃれな服に変わっていた。
「おー、可愛いじゃないか! とっても似合っているよ。その服どうしたんだい?」
「リンスが…かってくれた」
イヴは僅かながら嬉しそうな表情を浮かべている。
うんうん、やっぱり女の子はこういうおしゃれができると嬉しいものなんだ。
「リンスさん、ありがとうございます。代金、いくらくらいですか? 支払いますよ」
「別に構わないわ。トルネオの屋敷からしっかりくすねてきたもの♡」
そう言って胸元を開けるリンス。そこには大量の紙幣が入っていた。俺は思わず目を伏せるが、トレインとスヴェンは「ずるい」と文句を言っていた。
「イヴ、これから俺はキミの家族になってくれる人を探そうと思ってるんだ。俺はジパングで探すつもりだったけど、イヴが住んでみたい場所とかあるかい?」
「ちょ、ちょっとあんたー」
俺がイヴにそう尋ねていると、突然リンスが割って入ってきた。
急に何事かと思ったが、イヴの表情が崩れているのに気付いた。
「い、イヴ、お腹でも痛いのかい? り、り、り、リンスさん、早く病院に連れて行かないと!」
「落ち着きなさい! イヴちゃんは普通の病院じゃダメ…って、そうじゃない!」
そうだ、リンスさんの言う通り。こういう時こそ落ち着かなければならない。
「イヴ、どこか痛いところはあるかい?」
「…ここ」
イヴはそう言って胸を抑える。
「心臓か! リンスさん、やっぱり病院にー」
「わたしは…こうたろうと一緒がいい…」
慌てる俺の傍でイヴがそうぽつりと呟く。その小さな声が聞こえ、俺はイヴをじっと見つめる。
「こうたろうは…わたしと一緒はいや?」
「そんなことないよ。ただ、俺と一緒だと苦労させてしまうだろうし、楽しいことも少ないと思うんだ。もっと幸せな家族の元なら、美味しい物も食べれるし、おしゃれもできる。学校に行けば同年代の友達だってできるんだぞ?」
しかしイヴは首を振ってそれを拒否する。
「それよりこうたろうと一緒にいたい」
「で、でも…」
「いや。こうたろうはわたしを自由にするっていった。わたし…すきなことしたい」
イヴは全く引く姿勢を見せない。その姿勢に俺は思わず返す言葉が無くなってしまった。その俺たちのやり取りに、リンスさんは「イヴちゃんその調子! 押しの一手よ」と妙なアドバイスをしているし、トレインはやけに嬉しそうな表情でミルクを飲み干していた。スヴェンだけがやや諦めた体でタバコを吹かしている。
結局、俺にイヴの決意を諦めさせることはできず、同行を許可せざるを得なかった。俺がそう認めた瞬間、イヴは嬉しそうに抱きついてきた。
リンスさんはトレインたちとはトルネオの件のみの同盟だったらしく、新しい仕事がある、と去っていった。
「いいこと? イヴちゃんを悲しませないこと! あと分かってるとは思うけど、手を出すんじゃないわよ?」
最後にそう言い残していたが、どういう意味だろうか。要領を得ず、手を出してイヴの頭にポンッと乗せてみる。…何だか違う気がする。
トレインとスヴェンは今回仕事にならなかったため、新しい仕事を探すらしい。またいつか会えるといいな。
俺は現在イヴを後ろに乗せ、バイクで次の街に向かっているところだ。いつかは日本にも行ってみたいが、今はイヴにいろいろな物を見せてやりたい。生まれてきて良かったと、思ってもらいたいのだ。
「きもちいいね」
「だろ? 俺の自慢の愛車さ」
体を切る風が心地よく吹いていた。
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