提督はBarにいる。
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提督式・ニンジン克服プログラム その1
「はぁ、やっぱりお姉ちゃんは手強いのです……」
珍しく飲みに来た電が、ウィスキーの入ったグラスを眺めながらはふぅ……と溜め息を吐いている。
「どうした電ぁ、悩み事なら聞いてやるぞ?」
「司令官……べ、別になんでもないのですよ?」
嘘つけ、明らかに狼狽えてるじゃねぇか。どう考えても何か悩みを抱えてる。さてどうしたモンかと頭を捻っていると、
「電さん、悩みは人に聞いてもらうだけでも軽くなるそうですよ?どうです、店長に話すだけ話してみては」
と、グラス磨きを続けていた早霜からナイスアシストが飛んできた。
「そ、そうですか?実は……」
と、早霜から促されて口を開いた電の話を一通り聞き終えた。
「ふぅむ、暁の人参嫌いを直したい、ねぇ……」
「はいなのです……」
電曰く、暁の野菜嫌いは雷の懸命の努力によって大分改善されたらしいのだが、どうにも人参だけが食べられない。この間の花見の時に作った人参サンドも、人参が入っていると解った途端に、見るのも嫌だと遠ざけていたらしい。
「はぁ……そいつぁ筋金入りだなぁ」
「そうなのです。にんじんさんは身体にもいいので、電は好き嫌い無くお姉ちゃんに食べて欲しいのですが……」
「……ところで、何で俺に相談しなかったんだ?」
「え?それは、そのぅ……」
電はごもごもと言い澱んだ。うん?俺に言いにくい理由でもあるのか。
「司令官さんは、お料理がとても上手なので、好き嫌いとかに厳しいんじゃないかと思って、それで……」
「怒られると思ったのか?」
電は黙り込んでこくりと頷く。そんな怯えた様子の電の頭に手を乗せ、優しく撫でてやる。
「考えすぎだっつの、お前らは」
「ふぇ?」
「あのなぁ、野菜が嫌いになる要因の1つには料理の仕方が不味かった、って可能性もあるんだぞ?そう考えりゃあ好き嫌いを叱るよりも、直してやる方がよっぽど建設的だ」
だからもう少し頼る事を覚えろ、と額をコツンと小突いてやった。電は少し赤くなった額をさすりながら
「はいなのです!」
と元気よく返事をした。さて、こっからは俺の領分だ。暁の人参嫌いを直すには、俺だけでなく電達姉妹の協力も必要不可欠だ。その辺の仕込みを電にして、早速明日から実行してもらうとしよう。
~翌日・第6駆逐隊の部屋~
「んぅ……今日はお休みだからって、少し寝過ぎたわ」
総員起こしの時間を2時間以上過ぎた頃、暁が寝床からのそのそと起き出してきた。暁、一人前のレディを自称しながらも朝には弱い。特に休日の朝など起きなくてはと思うのだが、身体が言うことを聞こうとせず、眠気に逆らえずに二度寝を決め込んでしまう。普段なら3人の妹の誰かしらが見かねて起こしてくれるのだが、今日は誰も起こしてくれなかった。
「あら暁姉、おはよう……って時間でもないわね」
目を擦りながら起きてきた暁を見て、雷が声をかけてきた。
「おはよぉ~……っていうか、起こしてよぉ!」
「姉さんは一人前のレディなんだろ?それなら自力で起きるのが正しいと思うけどね」
「なのです……」
起こしてくれなかった薄情な妹達に文句をついてみるものの、それ以上の正論で論破されてしまった。言い負かされてぐぬぬぬ……と唸っていると、ダイニングキッチンのキッチン回りで3人が何か作業をしているのに気付く。
「ん?何してるの?」
「あぁこれ?この間のお花見のビンゴゲームで、ジューサー当てたでしょ?電が」
あぁ、あれか……と寝惚けた頭でぼんやりと思い出した暁。お花見のビンゴゲーム大会は鎮守府の予算と提督のポケットマネーから賞品のお金が出ている為か、無駄に豪華だったりする。家電やちょっとお高いお酒、間宮券の束、目玉としてバイクや中古だけど車が出ていた事もあったっけ?それで今年は電が高級なジューサーを引き当てていたんだった。他の3人?話に出てこない時点でお察しである。
「それで、使わないのも無駄だし?折角だから毎朝スムージーを作って飲もうと思って」
「スムージー!?それって、キレイなモデルさんとか女優さんとかが飲んでるヤツよね!とってもレディっぽいわ!」
「姉さん、安心してくれ。ちゃんと4人分作ってるから」
「暁お姉ちゃんはまず、お顔を洗って寝癖を直してきた方がいいと思うのです」
電に顔が寝起きのままだと指摘され、顔を真っ赤にしながら洗面所に駆け込んでいった暁。
「……行ったわね?」
「あぁ、大丈夫だ」
「さぁ、早く仕上げるのです!」
暁の分があるのも当然だ。何しろ、暁に飲ませる為に作っているのだから。
STEP1:まずは味を感じさせず、食べられたという実績を作る!
~昨夜:『Bar Admiral』にて~
「スムージー……ですか?」
「そうだ。まずは人参独特の味と香りを感じさせないように料理を作り、人参を知らず知らずの内に食わせる」
「そ、それは雷ちゃんも試したのです!ハンバーグに刻んで入れてみたりしたのですが、暁お姉ちゃんは気付いてしまって……」
「あ~すまん。言葉が足りなかったな。慣らすにはまず人参が入っていると思えない物に紛れ込ませるんだ」
提督の狙いはそこにあった。お菓子やジュース等、暁が好んでいて、且つ人参が入る可能性が低そうな物に人参を入れ、気付かせずに食べさせる。それで慣らした上で次の段階に移る。食べ物の好き嫌いを直すのは長期戦なのだ。
「まずは人参入りのスムージーだ。これなら毎朝の習慣に出来るし、レディを気取っている暁なら絶対に食い付く」
「司令官さん……辛辣すぎるのです」
とは言え、提督のやり方は有効なので電はレシピを貰って帰り、電と響に協力を要請して今に至る。
《ニンジン臭さを感じさせない!ニンジンとリンゴのスムージー》
・人参:1/2本
・リンゴ:1/4個
・豆乳(または牛乳):150cc
・レモン汁:小さじ1
・ハチミツ:小さじ1
作り方としては至極単純だ。細かく刻んだリンゴと人参を、豆乳、レモン汁、ハチミツと共にジューサーに入れて、滑らかになるまでジューサーにかけるだけ。ポイントとしては味の強いフルーツを加える事で人参の味を誤魔化し、ハチミツとレモン汁で甘味と酸味をプラス。水ではなく豆乳を使う事でまろやかさもプラスしてやれば、気付かれる可能性はかなり低くなる。飲む時に冷えている方がいいなら、氷を2つか3つ一緒に入れてジューサーにかけるといいだろう。味を変えるなら豆乳をヨーグルトに変えたり、合わせるフルーツを変えれば飽きも来ない。
「できたー?」
「出来たわ、リンゴのスムージーよ!」
雷がコップに移し代え、暁に差し出した。暁は疑う事もなく、コップを受け取ってグビグビと飲み始めた。飲んでいる最中に気づかれないかと固唾を飲んで見守る3人。
「ぷっはぁ!美味しいジュースねこれ!……あれ、皆飲まないの?」
「まっ、まさかぁ!飲むわよ、ねぇ?」
「勿論さ」
「美味しいのです!」
言えない。暁の様子を見守るのが忙しくて飲むのを忘れてた、なんて言えない。急いでスムージーを飲み始めるが、確かに美味しい。しかも人参の臭いがほとんどしない。これならイケるかも?と電達は思い始めた。
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