SAO-銀ノ月-
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想起
前書き
本日(5/18)はこの作品のメインヒロイン! メインヒロイン!(強調)であるリズの誕生日ですよ誕生日
「昨日……」
スリーピング・ナイツたちとの一件の際に、新アインクラッド第二十六層に設えられた、リズベット武具店の二号店の店内にて。客が入って来れないような設定にしながら、俺はうつむくルクスと二人きりで相対していた。
昨日、俺がレインの家に行った後、彼女たちに一体何があったのかを。
「ショウキさんがいなくなった後、すぐにキリトさんを呼んだんだ。でも……キリトさんが来る前に、ランダムイベントとしてボス戦が始まってしまった。そこには、あのノーチラスって人もいたんだ」
《オーディナル・スケール》のボス戦と、ノーチラスが現れるのは午後9時。無意識にそう思っていた俺たちは、突如として始まったというボス戦に対応出来なかった。もちろんそのランダムイベントに登場したボスは、フロアボスではないもののSAOのボスではあった。そしてアスナたちはノーチラスに怯むことなく、ボス戦に参加しながらもノーチラスを問い詰めた。
「だけど全く答えてくれなくて……そこで一歩近づいたシリカを、ノーチラスがボスの方に弾き飛ばしたんだ」
とても人間だとは思えないノーチラスの力を思い返し、確かにシリカ程度の重さなら、軽く弾き飛ばすことが出来るだろう。そして恐らく問い詰められたから弾き飛ばしたのではなく、ボスの前に弾き飛ばすという方が重要だったのだろう、ボスは当然ながら無防備なシリカを狙った。
「そこでアスナさんがシリカを庇って……倒れてしまったんだ」
「…………」
リズと同じく、オーディナル・スケール中の謎の失神。それからアスナの介抱にルクスたちがボス戦から離脱すると、ノーチラスは既にどこにもいなかったという。それからバイクを走らせ到着したキリトが、即座にアスナを病院に連れて行くと――
「……アスナも、リズやレインと同じ……」
「ごめん……」
――その身に起きていたことは、先の二人と同じような記憶障害。原因は脳の記憶領域に強制的なスキャンが加えられた結果、そのスキャンが負荷となった一時的な記憶障害、とのことだったが……そんなことは、門外漢の上にどうでもよかった。問題は、その症状がどうすれば改善するのか、どうすれば悪化しないのか……だったが、そう簡単に判明したりはしなかった。とにかく症状に前例がない為に、いつ回復するのかもさらに記憶をなくしてしまうかも、全く分からない状態とのことで。
「……リズのことは私たちも心配だなんて、大口叩いておいて……」
「いや……」
ルクスの消え入りそうな謝罪を聞きながら、何を否定しているのかも分からずに首を振る。ルクスにシリカたちのせいじゃないなんて、優しい言葉をかける余裕はこちらにもないし、彼女たちもそれは望んでいないだろう。
「あとは任せて、ルクスはシリカの方に行ってくれないか」
とにかく、これ以上の被害者を出す訳にはいかない。何とか絞り出した言葉は、アスナに庇われたシリカのことを心配する言葉だった。もちろん心の底からの言葉だったが、その裏にはもう《オーディナル・スケール》には関わるな――という意志を込めて。
「でも……ああ、そうさせてもらうよ」
ショウキさんまで記憶を失ってしまえば――というルクスの心配そうな視線が突き刺さったものの、俺はこの件から降りる気はないとばかりに目を逸らすことはなく。こちらの決意が伝わったのか、ルクスは寂しそうな笑顔を浮かべながら、そのままこの世界からログアウトしていった。
「クソッ……」
誰もいなくなった空間に俺の舌打ちが響き渡りに、無意識に髪の毛をガリガリと掻いていた。シリカはルクスに任せておくとして、これから自分はどうするかという考えが、グルグルと脳内で無数に回っていく。ただし回るだけでまとまることはなく、ひとまずはアスナの記憶を取り戻そうと、浮遊城の中を回っているキリトを待つことになりそうだ。
「――ショウキ!!」
「……リズ?」
――そこに突如として入ってきたのは、見慣れた姿のままのリズ。こちらの驚きにも構うことはなく、リズはそのまま店内にずかずかと入ってくると、鬼気迫る表情のまま両手で俺の肩を掴んできた。
「どうしてこっちに……」
「そんなことはどうでもいいの! アスナが……アスナがあたしと同じようになったって本当!?」
リズの記憶を取り戻そうとしたら、アスナの記憶をも失ってしまった――などと言えるわけもなく、わざわざこの二号店の方でルクスに会っていたというのに。どこから伝わったのか、鬼気迫る表情から涙目になっていくリズに顔を逸らしながらも、肯定だとばかりに小さく頷いた。
「SAOの記憶がなくなるなんて、あの子が耐えられる訳ないじゃない……!」
「ッ……!」
……アスナが人一倍、あの浮遊城について思っているということは、誰にでも分かる周知の事実だった。親友であるリズならなおさらだろう、アスナの身に起きていることに涙を流すリズを見て、俺は――どうしようもなく声を荒げた。
「どうして人の心配をしてるんだよ! こんな時まで、お前は!」
「……だってそうでしょうが! アスナは一番、あのゲームの記憶を大事にしてるんだから!」
自分だって全く同じ状態だろうに、それでも他人を心配するリズに、どうしてか無性に腹が立った。こちらの糾弾に一瞬だけ虚を突かれたように黙り、俺の肩から手を離したリズだったが、すぐにこちら以上に声を荒げて言い返してきた。
「それともあんたは、記憶失って怖くて何も考えられない……なんて、部屋の隅で縮こまってる方が好みだった? なら残念だったわね!」
「そんなことを言ってるんじゃない! アスナのことだけじゃない、お前は……お前は怖くないのかって聞いてるんだ!」
「……怖いに決まってるでしょ!」
――リズの絶叫が響き渡り、店内は水を打ったように静まり返った。ある日突如として大事な記憶を失い、原因も分からないなどと、リズも怖いに決まっている。そんな当たり前のことをわざわざ蒸し返すなんて、気が立っていたにしろ……と、しばしの間にこちらの頭もクールダウンしていく。
「……ごめん」
「ううん。確かにあんたからしたら、なんでアスナのことをって感じよね」
こちらの謝罪に対して、同じく落ち着いたリズも申し訳なさそうに首を振った。そうして抱き合えるような距離のまま、リズは涙目でこちらを見上げてきた。
「あたしらしくなくさ、怖いの……ALOのことも忘れちゃうんじゃないかって。でもそれ以上に、SAOのことを思い出せなくて、あんたに申し訳ないの」
「それは……」
「あんたに初めて会った日……ううん、SAOであんたと過ごした日のことなんて、絶対に忘れたことなかったのに……このまま、あんたのことを全部、忘れちゃうんじゃないかって……」
とつとつと語り出すリズに何か声をかけるより早く、リズは震えながらこちらの手を握り締めていた。まるで身体の芯まで冷えた者が、体温を取り戻そうと暖かいものにすがるように。震える手を力の限りに握り返すと、ようやくリズの顔に微笑みが浮かんでいた。
「……だから、あんたにはこんな思い、して欲しくない」
「え?」
こんなこと言うと、またあんたに怒られちゃうだろうけど――と、リズは続けながら、こちらの疑問に答えた。
「あとは菊岡さんとかに任せて、あんたはもう手を引いて? あんたの記憶までなくなったら、あたし……」
レイン、リズ、アスナ、そして恐らくはクラインたちも。さらに全国でも少数ながら同様の被害が出ているこの事件は、キリトの手引きもあって確かに菊岡さんが捜査を始めているだろう。もしも狙いがSAO生還者であるのならば、もちろんその中には俺も含まれる。
「ね? ショウキ、お願いだから……」
「……ごめん、リズ」
「え?」
いつになく弱気になって、震えながら懇願するリズを前にしてしばし逡巡したものの、断腸の思いでそのリズの手を振り払った。本当なら自分だって、ここで永遠にリズを慰めていたい。自分たちが初めて会ったことを、物語のように聞かせてやってもいい。新しい思い出を作ってやろうと、どこか冒険に出かけるのもいいだろう。なんなら、このまま震えるリズを抱きしめてあげることだって。
「俺は……逃げない」
――それでも。リズに手を出された以上、俺に手を引くという選択肢が存在することはない。例えそれが、リズを苦しませる
ことになろうとも。
「あんなクソゲーの記憶がなんだ。お前が忘れて苦しいなら、俺だって何だろうと忘れてやる!」
「――ショウキ!」
SAOで俺たちが過ごした日々を思い出せなくて苦しいのなら、俺だってSAOの記憶など何も惜しくはない。そんな心中をリズの前で発露しながら、彼女の表情を見ないようにしつつリズの制止を振り切り、俺は店から出て行って街頭に紛れ込んた。
二号店が設えられたこの第二十五層《ギルドシュタイン》は、かつてはSAOのクォーターポイントだっただけあって、NPCも含めてかなりの大都市だ。背後から聞こえてくるリズの声を聞こえないようにしながら、周りを気にするだけの余裕がないリズを撒くのは容易いことだった。
「ふぅ……」
そうしてリズ独特の気配が去ったところで、俺は一息ついて立ち止まった。どこか近くの宿でログアウトするかと、あまり来たことのないこの街を見渡すと。円型の広場の中央には小さなステージがあり、NPCの楽団が弦楽器でBGMを奏でているようだった。
「ん……?」
いつもなら何とはなしに通り過ぎる場所だったが、どうしてか俺は立ち止まっていた。どこかその風景に既視感を感じたのか、広場の中に入って心が指し示す場所に歩いていく。
「ここは……」
もう二年以上も前のことだろうけれど。確かに自分は、この場所に立っていたことがあった。景色は多少は変わっているものの面影があり、かつての記憶をどうにかして思い返そうとして。
「ここで、誰かと話してた……?」
……それ以上のことは思い出せなかった。ただ、この景色を眺めていたのは俺だけではなく、もう一人いたはずだった。もしかすると、ノーチラスが語っていた、俺が殺したという《ユナ》というプレイヤーについての記憶……?
「……ショウキ?」
「あ……ああ、キリトか。アスナは?」
そこで思考が打ち切られるかのように声がかけられ、まさかリズに見つかってしまったかと身を固めるが、そこに立っていたのはキリトだった。アスナの記憶を取り戻すべく、ユイと三人で浮遊城を回っていた筈だったが、そこにはアスナの姿が見当たらなかった。
「ああ……ここって昔、血盟騎士団の本部だっただろ? 一人で行きたいって」
言われてみれば、設立してすぐの血盟騎士団はこの層に本部を置いていて、かつての自分もアイテムを卸しに行った覚えもある。それと同時にキリトとアスナがコンビを解消していた時期であり、確かにアスナが一人で赴くべきだろう。
そして一人で赴いているということは、アスナの記憶はまだ取り戻されていないということだ。
「なあ、ショウキ」
キリトから問いかけられる。その揺るぎない眼差しには怒りの感情が秘められていて、恐らくは俺も同様の瞳をしているだろう。その視線の交錯だけで分かっているだろうが、再確認のためにキリトは口を開いた。
「諦めてないだろうな」
「当たり前だろ」
――聞かれるまでもない。レインにアスナ、リズの記憶は俺たちが取り戻すとばかりに、お互いに意志を口に出しあった。
そして時刻は夜と呼ぶに相応しくなり、俺はユイのボスの予想出現ポイントに到着した。アスナが記憶を失ってしまったことは、皮肉にもこのボス戦にノーチラスが現れることの裏付けになっていた。
問題は複数のボス出現ポイントのどこにノーチラスが来るか分からないことで、手分けして……と言いたいところだったが、もう被害者を出すわけにはいかない以上、人手は俺とキリトだけだ。カバー出来るポイントは少ないが、こればかりは祈るしかない。
「くっ……」
「相変わらず、余裕がない時は酷い顔してるわね」
ボス戦が始まるまでの短い時間、ノーチラスを探すべく走り回ったものの、もちろん簡単に見つかるようなことはなく。息を切らせながら舌打ちを放つ俺に対して、心の底から呆れたような言葉が向けられ、すぐさま振り向くとそこには。
「死銃の時もそんな顔だったわよ、あんた」
「シノン? なんで……」
「私はSAO生還者じゃないもの。奪われる記憶なんてそもそもないわ」
そこに立っていたのは、腕組みしてこちらを見るシノンだった。確かにこの記憶障害は、今のところSAO生還者にしか発生しておらず、その点では心配ないと言えるが……ひとまずは、酷い顔というのを意図的に直した。
「まあまあ、さっきよりマシね。見栄を張るなら最後まで張りなさい」
「……アドバイスに助太刀、色々どうも。キリトの方には――」
「直葉が行ってるわ。お兄ちゃんを守るんだーってね」
予想はしていたが、ARに不向きなキリトの方には直葉が行っているらしい。すこぶる気合いが入っているだろう直葉の姿と、困惑しながらも押し切られそうなキリトの姿が浮かんできて、微笑むぐらいの余裕を取り戻した。そしてふと、《オーグマー》を眼鏡と噛み合わないようにセットするシノンの横顔を見て。
「何?」
「いや……キリトじゃなくて悪かったなって」
「は? 別に、家が近い方に来ただけなんだから。関係ないわよ」
……そういうことにしておこう。そうして時刻は9時となり、シノンとともに端末を構えると。
『オーディナル・スケール、起動!』
――その言葉とともに、世界は拡張現実に侵蝕されていく。近くにあったドームは完全に消失し、代わりのように逃げ場をなくすビル群が周囲に散乱して、まるでそれは擬似的なドーム内部のようだった。
「甲殻類ね……」
そしてそんなビル群に囲まれた広場の中央には、巨大なヤドカリ型のボスモンスターが鎮座していた。SAO第十二層ボス《ザ・ストリクト・ハーミット》と名前が表示され、横にいたシノンがGGOの際に使っていたヘカートに似た狙撃銃を構えた。
目当てのノーチラスがいなかったとはいえ、またいつかのように途中から参戦してくることも考えられる。またどちらにせよ、ノーチラスと戦うためにオーディナル・スケールのランキングを上げるのは必須だと、俺も油断なく日本刀《銀ノ月》に変化した端末を強く握り締めていた。
「定石通りにいくわよ!」
そんなシノンの言葉通りに、まずは銃持ちプレイヤーによる一斉射撃がストリクト・ハーミットを襲う。弱点を正確に狙い撃つ必要があるこのオーディナル・スケールにおいて、その射撃は大したダメージにならないものの、最初から狙いは威嚇ついでの牽制だ。それでもストリクト・ハーミットは自らの肉体を甲羅の中に隠すと、銃弾を全て堅牢な甲羅で防いでみせた。
いや、ただ防いだだけではなく。甲羅に入ったまま回転し始めたストリクト・ハーミットは、そのままこちらに向かって体当たりを敢行してきた。
「に……逃げろ!」
誰かが言ったその言葉に全員が言われずとも従い、スピンしながら体当たりしてくるボスから一目散に撤退した。巻き込まれるだけでひとたまりもないと確信できたが、終わったあとは隙が出来るはずだと近づいていく。
「そこだ!」
幾人かの逃げ遅れたプレイヤーを巻き込みながら、ボスが回転を止めながら立ち止まった。そこで甲羅から姿を現すタイミングに合わせて、日本刀《銀ノ月》の突きが炸裂する――が、先に甲羅から出された堅牢な鋏によって弾かれてしまう。
「っ!」
ボスもこちらが膠着した隙を逃すことはなく、もう一本の鋏ですぐさま俺を狙うが、今度は弾かれてしまうのはあちらの番だった。正確には、シノンが狙撃によって無理やり鋏の軌道を逸らしたというのが正しいか。
「せやっ!」
シノンの援護に感謝しながら、一跳びで露出した本体に近づくと、手痛い斬撃をボスに喰らわせた。ボスも苦しみから暴れだすものの、巻き込まれないようすぐに逃げだしていく。
「よ! 絶好調だな!」
「どうも」
「でも……うおっと!」
逃げだした先にいたのは、虎頭のプレイヤーことネコ大佐。回転しながらの体当たりでこちらを追撃してきたボスを避けながら、肩に担いだバズーカの使いどころを探っているようだったが、思うように放つことは出来ずにいた。
「あの栗色の髪の子はいないのか? あの子なら、いい感じの作戦考えてくれそうなもんだけど!」
「いや……今日は欠席、だ!」
「ユナちゃんもいねぇしハズレだなオイ!」
当然、事情を知らないプレイヤーにこのゲームで記憶を失った、などと言えるはずもなく。言ってわかる筈もない多少の苛立ちを込めながら、もう一度こちらに来たボスを二人で避けた。どうやら先に一撃を見舞ったからか、完全に狙われているらしく、囮になるべく走ってネコ大佐から離れていく。
ネコ大佐が言う栗色の髪……アスナというよりも、あのボスへの対抗策としては、心中ではリズのことが頭から離れなかった。いくら堅牢な甲羅とはいえ、リズがいれば一撃の下に砕いてくれるだろうに、と。
「くっ!」
「っしゃあ!」
そんな女々しい思考を自分から追い出しながら、ボスの回転体当たりをなんとか三回避けると、こちらを振り向きながらボスは止まる。それからゆっくりと甲羅から本体を出していき、そこにネコ大佐のバズーカが炸裂するものの、やはり鋏に防がれてしまう。
「今だ!」
ただしバズーカの弾丸は白煙を出していき、鋏を中心にボスの視界を奪っていく。視界を封じられたからか身動きすることのなくなったボス相手に、ようやく出番が来たとばかりに、近接武器を持ったプレイヤーが殺到した。
「堅いわ!」
「やっぱ本体か!」
ただし白煙はプレイヤーの視界も奪うために、本体には攻撃出来ずに足や甲羅を破壊しにかかるが、そのいずれもが堅牢な装甲によって刃は通らない。やはり甲羅に隠れた本体を狙うべきかと、白煙が晴れた瞬間の一斉射撃を狙って、プレイヤーたちはボスの近くに集結する。
「よし…?
鋏による一撃を警戒してか隣にはタンクも控えていて、白煙がボスから晴れるまでの、永遠かと思われるような一瞬が空間を支配する。ボスの回転体当たりを避け続けて上がっていた息を回復し、自分も攻撃に参加しようかと近づいた瞬間――
「……逃げろ!」
――何かを吸い込むような、そんな音が聞こえてくる。一瞬の思索の後、その音の正体にたどり着いた。
「え? うおっ……!?」
あの浮遊城でモンスターが放っていた、ウォーターブレスのチャージ音。白煙が晴れた瞬間に生じたのは、ボスの鋏による一撃でもなく、プレイヤーたちの総攻撃でもなく、ボスの口から発せられたウォーターブレスだった。
「っそー……」
視界を封じられたボスがずっと動かなかったのは、先のウォーターブレス準備をしていたかららしく、その一撃はチャージ時間に比例したものだった。なんとか防いだタンクプレイヤーを除いて、近接戦を挑んでいたプレイヤーは全滅してしまったらしい。
「やっ……助けてくれ!」
リズのように倒れたプレイヤーがいないことに安堵しながらも、もしもあの中にSAO生還者がいたら被害者が増えていたことに歯噛みする。これ以上死なせるものかとボスに接近し、タンクプレイヤーに襲いかかる鋏の一片を日本刀《銀ノ月》で斬り払う。
「早く逃げなさい!」
しかして二本あるうちの一本だけしか斬り払えなかったものの、残る一本は雷のように接近した弾丸によって、無事タンクプレイヤーが逃げるだけの隙を作る。もちろんその一撃の主はシノンであり、二度目の射撃音とともに俺の目の前にあった鋏も吹き飛ばされ、一瞬だけ本体への道が開かれた。
「うわぁぁ!」
「せっ!」
HPが減って逃げるタンクプレイヤーをカバーしながら、深々と突き刺すまでの隙はなかったが、本体に一撃を振るうだけの時間はあった。ようやく二撃目が炸裂すると、またボスが苦しみとともに暴れ出し、二対の鋏が俺を標的に突き刺さんと襲いかかった。
「っ……!」
ボスのヘイトを稼ぎすぎてしまい、逃げられる隙もなく、近接戦を交代するような相手もいない。日本刀《銀ノ月》を油断なく構え直し、ボスの乱舞を防ぎきるべく息を吸う。
「せぇぇぇっ!」
一撃、二撃、三撃、四撃、五撃――鋏の乱舞を全て見切りながら、日本刀《銀ノ月》は全てを致命傷から外すように弾く。裂帛の気合いによる防御にボスの攻撃が届くことはないが、削りダメージが徐々に俺のHPを削っていく。
さらに俺の頬を、背後から放たれた雷が掠めた。
「そのまま!」
その雷は俺を通り越してボスに炸裂し、甲羅の中に隠れていた口や目にピンポイントに叩き込まれていく。そのまま第二射や第三射が、俺の背後から吸い込まれるようにボスを狙撃していき、少しでも射線がズレていれば蜂の巣になっていたのは俺だっただろう、と思わせる。
「ショウキ!」
回転体当たりをしているならともかく、足を止めて俺に構っていれば、シノンにとっては止まっているのと同じだった。俺がボスの乱舞を防いでいる隙に狙いをつけていたシノンにより、急所を的確に撃ち抜かれたボスが、こちらへの攻撃を取り止めて逃げ出そうと甲羅の中に入ろうとする。
「はぁっ!」
ただ、俺とてそれを見逃すはずもない。退避を優先した為に攻撃が薄くなった隙をついて、日本刀《銀ノ月》の突きが弾痕まみれの本体に炸裂すると、ボスである《ザ・ストリクト・ハーミット》はポリゴン片となって消えていく。それを引き金にしたかのように、拡張現実は元の現実に戻っていき、どうやら本当に今日のボス戦は終わったようだった。
「お疲れ様」
「お疲れ。ありがとうシノン、助かった」
あいにくと目的だったノーチラスはいなかったが、今回のボス戦によってまたランキングが上がったため、ボーナスも増えてどうにか戦いにはなりそうだ。《オーディナル・スケール》を終了しながら、援護からメイン火力まで全てを行ってくれたシノンに感謝する。
「お礼なら、そこの自販機の飲み物でいいわよ」
「ちょうどクーポンが当たったところで何よりだ」
《オーディナル・スケール》のランキングが上がったボーナスとして、自販機の無料クーポンが《オーグマー》による視界に表示される。他のプレイヤーにも手で挨拶しながら、もう一度ノーチラスがいないか見回るついでに自販機を探すと、戦闘ステージすぐ向こうという計算されたかのような位置に発見する。
「何がいい?」
「じゃあ……紅茶。ストレートの」
「はいよ」
自分の分の緑茶とともに、シノンにリクエストされた紅茶を手渡して。まだ5月とはいえ夜にしてはなかなかの陽気に、冷たい飲み物が身体の中に染み込んでいく。
「ノーチラスって奴、いなかったみたいだけど……SAO生還者の記憶を奪っているのだとしたら、何が目的なのかしら? SAOへの復讐?」
「いや……SAOへの復讐というより……」
あいつはもっと、違う何かを目指しているような気がする――という推論を口にするより早く、シノンの背後にある人物を見かけていた。
「どうしたの?」
シノンもこちらの視線が自身の背後に向けられていることに気づいたのか、紅茶を飲みながら振り向いたが、既にそこには何もいなかった――いや、シノンが振り向く一瞬前までには、すぐそこにいたはずなのに。
「アレは……」
白いフードを被った儚げな少女。先日、アスナとのボス戦の帰りで見かけたものの、すぐに消えてしまった幽霊のような少女。先日は後ろ姿しか見ることが出来なかったが、今回はフードの下の横顔を見ることが出来た。
――そして、つい本日に違和感を感じたばかりの、浮遊城第二十五層の景色と白い少女が合致する。お互いに感じていた既視感と違和感が、まるでパズルのピースのように合致していき、脳内で記憶が自動的に連想される。二十五層のステージをいつか共に見た少女と、かつて目の前にいた白い少女の姿が一致していく。
あの白い少女は、二十五層のステージで話していた少女は――
「……《ユナ》……?」
後書き
思い……出した!
誕生日のメインヒロインは、現在メインヒロイン力チャージ中ですので、しばらくお待ちください(なおry
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