自然地理ドラゴン
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二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
第18話 町長
「ちょっと異常だ」
そうシドウが呟くように言ったのは、冒険者ギルド兼宿屋二階の部屋に入り、三人きりになったときである。
宿屋は四人部屋で、ベッドが頭側を壁につけるように並べて置かれていた。
ティアは一番窓側のベッドの上に座り、アランはベッドがある側と反対側の壁に寄りかかって腕を組み、そしてシドウは備え付けの机にある椅子に座っている。
「みんな太ってるなんておかしいよね。まー、見てるぶんには面白いけど」
ティアは枕を両手で抱え、少し笑いながらそう言う。
すれ違う町の人間は、程度の差こそあれほとんどが肥満体型。冒険者ギルドの中には細身の人間もいたが、それは町の外から来た者だった。
この町の人間は、ほぼ肥満と見て間違いない――そう思われた。
基本的には上流階級でもなければ、肥満にはならない。
三人にとって、マーシアの街中の景色は極めて異様なものに映った。
「不自然さは感じますね。食べ物の値段もやたら安かったですし」
アランもそう感想を述べた。
食べ物を販売している店の値段もおかしく、他の町よりもはるかに安い値が付いていたのだ。
この町は魔王城の食糧庫として、農産物や海産物を搾取され続けていた歴史がある。一階にいた冒険者の話では、魔王軍解散の影響で供給過剰になってしまっているらしい。
どうしても『あれば食べてしまう』のが人間である。肥満が量産されているのもうなずける。
どうやら、この町は『飽食の町』となってしまっているようだ。
「肥満だからといってダメな人間になるとか、そんなことはないけど。これだけ極端だとあまりよくない気がする」
「たしかにあまり美しくはありませんね。私のように引き締まった体でないと、シドウくんのお眼鏡にかなわないでしょう」
「アラン、それ冗談で言ってるんだよね?」
ティアが突っ込みを入れる。
「ふふふ。ティアさんに殺されそうですので、冗談であると言っておきます」
「なに訳わかんないこと言ってんだか……」
ぷいっとそっぽを向くティアだったが、シドウはそんな掛け合いは上の空で、真剣に考えていた。
「うーん……」
「美容の観点以外にも、何か思うところがあるのですね? シドウくん的には」
「そうですね。外見だけの話ではなく、何か計り知れないような問題が出てきてもおかしくない気がするんです。自然界の生物って、飢餓に近い状態が一番バランスが取れているわけですし」
「え。なんで飢餓がバランスいいの?」
いつの間にか視線を復帰させていたティアが質問を挟んできた。
「逆に聞くけど。ティアは太りすぎの野生動物を見たことある?」
首を傾けて斜め上を見上げ考えたティアは、納得した表情で顔を戻した。
「なるほど。ないかも」
「冬眠するために食い溜めする種を除けば、野生動物が肥満だらけになることは基本的にないんだ」
「ふむ……それは、自然界の法則というものですか」
「はい。自然界では食べ物が余るということがありません。どの種も生きるためのギリギリの餌しか手にすることはできないんです。もし餌が豊富なら個体数が増え、また飢餓ギリギリのところで落ち着くようになっています」
――この町は歪んでいる。
歪んでいるということは、どんなことが起きても不思議ではない。
そうシドウは考えていた。
「明日、町長に何か問題が起きていないのか聞いてみるのも良いかもしれません。できそうであれば提言もしてみるとよいでしょう」
「そうですね。町にとっては余計なお世話かもしれませんが、そうしてみます」
一階の冒険者ギルドにもすでに挨拶を済ませていたが、上級冒険者が町にやってくるのは珍しいのだろう。ギルド長から「ぜひ町長に挨拶を」と言われていた。
明日の午前中に面会予定となっている。
「でも不便だね。食べ過ぎると全部体のお肉になっちゃうなんて。捨てられればいいのに」
そうなったら好きなだけ食べることができる! とティアは言わんばかりである。
「どの生物も、栄養を捨てる仕組みを持つようには進化していないよ。捨てる必要がなかったんだから。だから摂った栄養は体に蓄積されて、食べれば食べただけ太ってしまうんだ」
「私はそのあたりの分野に疎いですが……。この町のように人口の増加以上の食糧供給があって、食べ物が余る状態が続けば、そのうち栄養を捨てられるように進化するということはないのですか?」
「……あと何万年か、何十万年か……何百万年かすれば、進化するかもしれません」
「はは。さすがにそれは遠すぎますね」
* * *
翌日。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの町の長です」
「……!」
応接室の扉から現れたその町長の姿に、ソファーから立ち上がっていた三人は一様に驚いた。
おそらく二十~三十代であろうという若々しい顔に対して、ではない。やはりお腹が出て太ってしまっていることに対して、でもない。
町長には、足がなかったのだ。
木製の車椅子姿。両足とも膝から下は存在しなかった。
やはり肥満の若い職員が後ろを押し、車いすのままテーブルにつく。
「このような姿で申し訳ありません」
「あ、いえ。こちらこそ驚いてしまい申し訳ありません」
シドウは慌てて陳謝し、礼をすると三人はソファーに腰掛けた。
「まだお若いのに上級冒険者であるとお聞きしました。立派なものですね」
やや吊り上り気味の目、中央で横分けされた髪、綺麗に剃られたヒゲ。そして服もビシッと決まっていた。痩せてはないものの、あまり鈍重そうな印象はない。
眉を寄せていないのに眉間に皺が見えるが、それはそれで頭がキレそうな雰囲気を醸し出していた。
「わたしだけはまだ初級なんだけど、一緒に来ちゃった」
ティアが黒い長髪を片手で梳き、若干恥ずかしそうに笑って言った。
シドウとアランは上級冒険者であるため、彼女は三人の中で一人だけ級が落ちる。もちろんティアの昇級速度が遅いわけではなく、シドウやアランが速いというだけのことだ。
「いえ、女性で冒険者ということがまずご立派ですよ。お会いできてうれしく思います」
町長はそう言うと、車いすの手すりで器用に体を支えながら、ティアに向かってあらためて礼をした。
ティアもつられて頭を下げる。
「そうか。ティアは女だもんね。言われてみればたしかに珍しいのかもしれない」
「ちょっと! 『そうか』って何よ!」
「ふふ。シドウくん、さすがにそれは言葉選びが迂闊ですよ」
「ハハ、これはまた仲がよさそうで。うらやまし――」
――!?
部屋の外から、何やら大きな声が聞こえた。
この場にいる全員が応接室の入口に目をやると、その扉が勢いよく開いた。
「町長! 大変です! 襲撃です」
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