自然地理ドラゴン
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二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
第19話 アンデッド、襲撃
「町長! 大変です! 襲撃です」
シドウ、ティア、アランの三人と、町長の面会が始まった直後。
そう叫んで部屋の扉を乱暴に開いてきたのは、町の男性職員だった。
「またアンデッドが西門に現れたようです!」
やはり太っていたその若い職員は、丸い顔に汗を噴出させながら報告をしてきた。
それを聞いた町長の表情には、さほど変化がない。落ち着いた様子で、
「そうですか。わかりました。連絡ご苦労様です」
と返事をした。
知らせに来た職員は、またバタバタとどこかに走り去っていく。
「『また』ということは、よくあるんですか?」
妙に落ち着いている町長の様子に違和感を覚え、シドウはそう聞いた。
「はい。最近よく、まとまった数のアンデッドの襲撃を受けています。申し訳ありませんね。せっかくお話が始まったばかりなのに」
当然ながら、面会は強制終了である。
町長が陣頭に出るわけではないだろうが、情報収集や庁舎での指揮など、色々と忙しくなるのだろう。ここでゆっくり話している場合ではない。
「いえいえ、非常事態ですし。自分もこのまま現地に直行して、手伝わせていただきます」
「わたしも手伝うー」
「私も参加させていただきましょう」
「おお、皆さんも行ってくださいますか。それは助かります……が」
「?」
「シドウくんは、そんなに軽装のままで行かれるのですか?」
市長がやや怪訝そうにそう言う。
プッと吹いた隣のティアに対し、シドウは一瞬だけ抗議の視線を送った。
「大丈夫ですよ。いつもこんな格好で仕事していますから」
市長は三人へ礼を言って頭を下げると、車椅子を押されて退室していった。
「うふふっ。軽装だってさ、シドウ。そんな言い方もあるんだ」
「……嬉しそうだね」
三人もすぐ現場へ向かうことにした。
「シドウくん、言われるまでもないと思いますが。もし規模が大きかったときは……」
「あ、はい。死人が出る可能性がありそうなときは変身するつもりですよ」
なるべく変身を見られないに越したことはない。だが、死人が出るくらいなら見られて騒ぎになったほうがマシ――それは間違いない。
「できれば、この町では目撃される事態にならなければよいですね。シドウくん」
* * *
シドウ、ティア、アランの三人が到着したとき。
すでに西の門には三十人ほどの冒険者が集まっていた。
三人は防衛方針について特に意見はしなかったが、リーダーとおぼしき人物からは
「圧倒的に有利なので、打って出て一気に蹴散らそう」
とのことで、門外で野戦をすることになった。
敵は数十程度で、すべて下位種。
変身の必要はないと判断し、シドウは剣で臨んだ。
シドウは目の前のアンデッド――白骨化しておらず、一般的にゾンビと呼ばれている種――に対し踏み込んでいくと、構えた剣を振り下ろした。
それを避けようという動きはいちおう見られたが、ゾンビのスピードは遅すぎた。
肩に剣が命中し、そのまま鈍い音を立てて崩れ落ちた。
復活させないよう、その骨をある程度細かく砕く必要がある。
シドウはさらに振りかぶる。
「……!」
振り下ろす前に、横から火の塊が飛んできた。
ゾンビが炎に包まれ、瞬く間に灰となった。
その火の発射元は――
「私が今まで見た剣士と比較しますと、シドウくんの剣技はかなり基本に忠実ですね」
赤毛の魔法使い、アランである。
剣技を評論しながら近づいてくる彼に対し、シドウは頭を軽く下げることで礼の代わりとした。
「ハッキリ『上級のわりにあまり上手じゃない』と言ってくださっても、俺は大丈夫ですよ」
「私もあまり剣のことはわかりませんが、下手ではないはずですよ? 素直で綺麗だと思います。まるでシドウくんの顔や髪を表現したような剣技です」
「よくわかりませんがありがとうございます」
「私は倒したアンデッドの後始末に回りますね。魔法使いとしてはそのほうが効率がよさそうですから」
そう言いながら、他の冒険者が倒した近くのスケルトンに手のひらを向ける。
一瞬でそれを炎に包んで灰にすると、アランはまた次の燃料を探すために移動していった。
シドウは周囲を見渡す。
他の冒険者も、それぞれがアンデッドと戦っている。
彼らの半数程度は町の人間だろう。肥満体型なので一目瞭然である。
さすがに動きはあまりよくないが、死人が出そうな雰囲気などはない。
ティアも、少し離れて戦っていた。
シドウは過去にチェスターの森で、彼女が上級アンデッドを見事ノックアウトするところを見ている。
よって最初からあまり心配をしていなかったが、やはり見事な戦いぶりを披露していた。
集まっていた冒険者では唯一の女性前衛職だったため、非常に目立つ。
近くで戦っていた他の冒険者たちも、チラチラとティアの戦いぶりを確認しているようだ。つい見てしまうのだろう。
使用武器も左手に着けた籠手爪であり、剣ではない。
リーチも剣に比べれば狭いのだが、黒い長髪をなびかせながらスルリと間合いを詰め、一撃を決めてゆく。
鮮やかな体捌きだ。
――そういえば。
彼女の右腕の手首に近いところ。やや幅があり、頑丈そうな金属製の腕輪が装着されている。
注意して見ていなかったので記憶が少しあいまいだが、以前にチェスターの森で一緒に戦ったときも、確か着けていたような気がした。
――あれも武器なのだろうか?
シドウはそのまま彼女の戦いを見つめた。
彼女はまた一匹、スケルトンを爪で倒したようだ。
そして崩れた骨に対し、他の魔法使いから火が飛ぶ。骨は炎に包まれた。
彼女はその炎を確認すると、すぐ近くにいた別のスケルトンに向かって間合いを詰めていく。
だが、そのスケルトンは少し前から彼女に狙いを定めていたようだ。詰められる前に、剣を繰り出してきた。
高い金属音。
彼女はそれをかわすことなく、右腕の腕輪で受け、弾いたのである。
そして一歩だけ間合いを詰めると、頑丈な靴が着けられた左足でハイキックを放った。
見事に右首に命中し、頸椎が飛んだ。
スケルトンの体は、積み木が崩れるようにその場で崩壊した。
――なるほど。
あの腕輪は、盾のような使い方をするモノだった。
相手の攻撃をかわしきれない、もしくはかわさず受けたほうがよいケースで使うものなのだ。
シドウから見ると、一歩間違えば前腕に怪我を負うため、怖い弾き方にも見える。
だが、当の本人は涼しい顔である。相当慣れているものと思われた。
――あ、いけない。戦わなければ。
つい観察に没頭してしまったシドウは、我に返ると、次の敵を求めて動こうとした。
だがそのとき――。
「……っ!」
左腰に鋭い痛み。
そして振り返ると同時に頭に大きな衝撃があり、シドウは意識を失った。
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