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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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御落胤 (その1)

帝国暦 487年9月 30日   オーディン 新無憂宮 ライナー・フォン・ゲルラッハ


最近、皇帝フリードリヒ四世陛下は謁見を精力的にこなしている。以前は二日酔いで午後から謁見を行なう事もあったが、最近では遅くとも朝九時には執務室に入り執務を行い、謁見をこなす。

謁見には真実大切な用件が有って来る者もいるが、ただ単に皇帝に顔を覚えてもらうために謁見室に来る者も居る。以前はその手の謁見者は余り居なかった。陛下が政治に無関心なため覚えてもらっても意味がないと考えたらしい。

しかし、最近ではその手の謁見者が増えてきた。陛下が精力的に執務をこなすため、顔を覚えてもらえばそれなりの旨味があると考える貴族増えたらしい。

謁見者が多いか少ないかは皇帝が名君か凡君かを測るバロメータになる。名君であれば謁見者は増えるし、凡君であれば誰も期待しないため謁見者は減る。陛下は徐々にではあるが凡君として侮ってよい存在ではないと貴族たちに思われているようだ。

謁見室には必ず尚書が二名、上級大将以上の武官が二名同席することが定められている。今日は文官は私とリヒテンラーデ侯、武官はクラーゼン元帥、ラムスドルフ上級大将が謁見に立ち会う。

その他に女官が五名、執務室で待機する。彼女たちは私達の飲み物、食事の用意、その他細々とした雑務を手伝う事が義務付けられている。

この謁見に立ち会うのは結構大変だ。陛下は椅子に座っているが、我々は立っていなくてはならない。若いならば良いが、年を取ってからは辛い。時折休憩を入れながら謁見をこなす事になる。

ようやく一人謁見が終了した。こいつは自領の川が増水で溢れたと言ってきた。政府に河川工事と見舞金をお願いしたいと……。

ふざけるな! 税金を取っていないのだから自分でやれ! お前みたいなクズが帝国を駄目にしたのだ。リヒテンラーデ侯も同感だったのだろう。彼の願いはにべも無く却下された。ざまーみろだ……。いかん、最近過激になってきた。

いや、それでもヴァレンシュタインに比べれば大人しいほうだ。違う! 彼と比べてどうする。あの男と比べればみな大人しく見えるだろう。

「次の謁見希望者は誰じゃな」
「はっ、ヒルデスハイム伯でございます」
「ふむ、珍しいの」

陛下とリヒテンラーデ侯が言葉を交わした。ヒルデスハイム伯か、確かに珍しい。だが珍しいからといって歓迎できる相手でもない。こいつもどうしようもないアホ貴族の一人だ。一体何の用だ?

「陛下におかれましてはご機嫌麗しく、ヒルデスハイム、心より……」
ヒルデスハイム伯はひざまづくや大袈裟にジェスチャーを入れて挨拶を始めた。陛下は苦笑しているし、リヒテンラーデ侯は苦虫を潰したような顔をしている。

クラーゼン、ラムスドルフは不機嫌そのものだ。ヒルデスハイム伯、空気を読んでさっさと本題に入れ。だがこいつの挨拶は無駄に長かった。アホ貴族ほどナルシストで空気を読むことが出来ない。困ったものだ。


「ヴァレンシュタイン元帥のことでございます」
「元帥がどうかしたかな」
「お叱りを覚悟でお尋ねいたしますが、元帥は陛下の御血を引いてはおりませんでしょうか?」

アホ貴族は挨拶をようやく終えたと思ったらとんでもない事を言ってきた。執務室に沈黙が落ちる。何を言った? 元帥が陛下の血を引いている? つまりなにか、陛下の隠し子? そういうことか。

陛下は苦笑し、リヒテンラーデ侯は溜息を吐いた。クラーゼン、ラムスドルフは冷たい眼でヒルデスハイム伯を見ている。要するにあれか、平民である元帥に対して陛下の御信頼が厚いから、本当は隠し子ではないかという事か……。際限の無いアホだな、だんだん疲れてきた。

「面白いの、元帥が予の息子という事か。予が外で作った子という事じゃな。自慢の息子じゃ、良くぞ作ったと言うところかの」
「陛下、御戯れはなりませんぞ。ヒルデスハイム伯、たわけた事を申すな、控えよ」

上機嫌な陛下とヒルデスハイム伯に対して、リヒテンラーデ侯が不機嫌さを押し殺した声で注意した。最近の陛下は闊達と言うか、臣下の突拍子も無い話を面白がる所がある。しかし、御血筋の問題となれば、皇位継承にも関わる。ふざけてよい話ではない。

「良いではないか。ヒルデスハイム伯、何ゆえそのような事を考えたのじゃ」
「はっ、元帥の母方の祖父がはっきりしませぬ。それゆえ或いはと愚考いたしました」

まさしく愚考だ。お前などヨルムンガンドに食われてしまえ。そのくらいしか役に立つまい。

「なるほど、予の息子ではなく孫か……。予も品行方正とは言えぬ、若い頃は無茶もした。孫の一人くらいおってもおかしくないの。で、元帥の祖母の名はなんと言うのじゃ、予の知っておる娘かの」

陛下は楽しそうにヒルデスハイム伯に問いかけた。リヒテンラーデ侯は仕方ないと言ったような表情でこちらを見てくる。確かに仕方が無い、こうなったら陛下のお遊びに付き合うしかない。

「されば、フレイア・ラウテンバッハと言う名に御憶えは御座いましょうか」
「……」
「?」

ヒルデスハイム伯の質問に対し陛下は沈黙している。先程までの上機嫌な表情は消え、何処と無く困惑したような表情がある。どういうことだ、まさか、本当に憶えがあるのか? 思わず、リヒテンラーデ侯を見た。侯は陛下の顔をじっと見ている。

「陛下、御戯れはなりませんぞ」
リヒテンラーデ侯が低い声で陛下に注意した。なるほど、陛下の御戯れか、それなら分かる。だが陛下はその声に注意を払うことなく躊躇いがちに声をかけた。

「ヒルデスハイム伯、フレイア・ラウテンバッハとは、テオドール・ラウテンバッハの娘か?」
「!」

執務室に緊張が走った。リヒテンラーデ侯、クラーゼン元帥、ラムスドルフ上級大将と顔を見合わせる。皆信じられないと言った表情だ。まさか本当に憶えがあるのか? 元帥は本当に陛下の血を引いているのだろうか?

フレイア・ラウテンバッハの名を聞いてから、陛下は何処と無く困惑した表情を隠そうとしない。どういうことだろう、憶えはあるが、納得はしていない、疑問が有る、そういうことだろうか。

「答えぬか、ヒルデスハイム伯」
「し、臣には、分かりかねます」
「そちは調べたのではないのか?」

陛下は先程までの困惑した表情を捨て、強い口調でヒルデスハイム伯を問い詰めた。

「も、申し訳御座いませぬ、其処まで詳しくは……」
「誰なら分かるのじゃ?」
「ブ、ブラウンシュバイク公なら、あるいは」
「呼べ! ブラウンシュバイク公を呼ぶのじゃ、ヴァレンシュタインも呼べ」

その声とともに転げ出るようにヒルデスハイム伯が執務室から逃げ出した。考え込んでいる陛下にリヒテンラーデ侯が戸惑いながらも声をかけた。
「陛下、その女性に心当たりが御有りなのですな?」

「似ておる、確かにフレイアに似ておる、じゃが流産したと聞いた、違うのか……」
リヒテンラーデ侯の問いにも答えず、陛下は呟いた。しかし、流産?
「あれは、予の孫なのか、エーリッヒ、エーリッヒか……、そうか、そういうことか、危ういと見たか……」

陛下は低く呟きながら、考え込んでいる。私は、いや、私以外の人間も全て、口を開く事が出来ず、ただ何度も顔を見合わせ、陛下を見つめ続けた。

足早に近づく音と、太い声が聞こえた。
「ブラウンシュバイク公だ、陛下のお召しと伺った」
「入るが良い、ブラウンシュバイク公」

陛下の声が発し終わると共に、ブラウンシュバイク公が執務室に入ってきた。少し息が切れている。急いできたのだろう。
「挨拶は無用じゃ、公に椅子を与えよ、水もじゃ」

陛下の声とともに、女官が椅子と水を用意した。ブラウンシュバイク公は水を飲み干すとグラスを女官に渡し、挨拶をしようとしたが、陛下に無用と苛立たしげに止められ椅子に座らせられた。

公が椅子に座るのも待ちきれぬように陛下が問いかけた。
「ブラウンシュバイク公、フレイア・ラウテンバッハを知っておるか?」
「はっ。存じておりまする、ヴァレンシュタイン元帥の母方の祖母に当たりまする」

陛下はブラウンシュバイク公の答えに大きく頷くと身を乗り出して公に問いかけた。
「フレイアの父の名はテオドールか」


「! 陛下には御存知であられますか」
「そうか、では間違いなくあのフレイアなのじゃな……。公よ、フレイアの娘は何時生まれた、四百四十一年ではないか?」

部屋の中に痛いほどの緊張が走った。もしそうなら、元帥は陛下の孫と言うことになる。しかし、本当にそうなのか?

「四百四十一年でございます」
「……。そうか、間違いない、予の娘じゃ」
その瞬間、部屋の中にざわめきが起きた。顔を見合わせるもの、小声で呟くものがいる。リヒテンラーデ侯は首をしきりに振っていた。

「恐れながら陛下、陛下は当時、御歳十七歳かと存じますが?」
「そうじゃ、予がフレイアと出会ったのは十六の時じゃった、それがどうかしたか、ブラウンシュバイク公よ」
その言葉を聞くとブラウンシュバイク公は言いづらそうに言葉を続けた。

「陛下、フレイア・ラウテンバッハの傍には40代の男が居たそうです。その娘は陛下の御息女ではなく、その男の……」
「グリンメルスハウゼンじゃ」
「!」 

「その男はグリンメルスハウゼンじゃ。あの男は予とフレイアの事を知っておった。予に頼まれてフレイアの様子を見ていたのじゃ」
「……」

ブラウンシュバイク公は陛下を見たまま絶句している。グリンメルスハウゼン、陛下の侍従武官として常に陛下の傍近くに居た男。その男が若い二人を見守っていた……。

「ブラウンシュバイク公、娘の名はヘレーネじゃな」
「はい」
「娘ならヘレーネ、男ならエーリッヒ、予が決めた名じゃ。そうか、孫につけたか……」

そう言うと陛下はじっと目を瞑った。かつての若い日々の事を思い出しているのだろうか。四十年以上前のことを。リヒテンラーデ侯が躊躇いがちに陛下に問いかけた。

「陛下、先程流産と聞きましたが、それは?」
「グリンメルスハウゼンが、フレイアが流産したと言ったのじゃ」
呟くように陛下が答えた。

「何故、そのようなことを」
ラムスドルフ上級大将の問いに陛下は哀れむような視線を向けた。
「そちも分からぬか……、当時の予もフレイアに夢中で分からなかった。今なら分かる、ようも予を騙しおった……」
「……」

「皇族が名も無い平民の娘を愛する。そのような事を父オトフリート五世が許すと思うか? 兄リヒャルト皇太子、弟のクレメンツが認めると思うか?」
「……」

「アンネローゼでさえ爵位も持たぬ下級貴族と蔑まれるのじゃ。平民のフレイアがどのように扱われるか、その方らも想像がつくであろう」 
「……」

「到底許されまい。母娘ともに殺されよう。あのまま予がフレイアを愛し続ければ、必ず何処かで皆に知られたじゃろう。今なら分かる、グリンメルスハウゼンはそれを恐れたのじゃ」

そう言うと陛下は遣る瀬無げに首を振った。確かに陛下の言うとおり、フレイア親子の命は無かっただろう。グリンメルスハウゼンが隠したから親子は生き延びた。

だがヘレーネは夫、コンラートと共にカストロプ公に殺されている。陛下はそのことをどうお考えなのだろう。それとも未だそこまで考えが行き着かないのか。

そしてヴァレンシュタインは自分が陛下の孫だと知っているのだろうか……。その上で改革を唱えているのだろうか……。もし、ヴァレンシュタインが陛下の孫だと正式に認められれば帝国の皇位継承はどうなるのだろう……。



 
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