グランバニアは概ね平和……(リュカ伝その3.5えくすとらバージョン)
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第80話:1からのスタートではなく、0からのスタート? いいえ、マイナスからのスタートですよ。
(グランバニア城:迎賓室)
ティミーSIDE
長旅から帰国して早々に、あの疲れる遣り取りを見せられるとは……
ホザックの連中にワザと間抜けな面を見せたのだろうけど、もう少し何とかならないモノだろうか。取り繕うこっちの身にもなってくれ。
以前まで何も無かった部屋だったが今や立派な迎賓室で暫くの間待っていると、ユニを筆頭にメイド等が紅茶とシュークリームを各人の前にセットしてくれた。
このシュークリームは先刻のだよね? 1個1G62Sの……
ユニ達が退室するとホザックの随行員(たしか“パンタリオン”って名前だったかな?)が鼻の下を伸ばして話しかけてきた。
「いやぁ……先程のユニと呼ばれる者は美しいですなぁ。殿下のコレですかな?」
そう言って自分の小指を立たせて見せてくる。
元々から我等に良い感情を持ってなかった4人の1人だが、先程の父さん等の茶番を見て、完全に舐めた態度になった。
「あ、いえ……そういうのではありません」
正直言えば力一杯ぶん殴ってやりたいのだけれど、それをやってしまっては外務大臣として最悪の結果を出してしまうし、父さんとウルフ君を喜ばせてしまいそうなので絶対にやらない。何なんだこの貧乏クジは!? 早く妻と娘(主に娘)に会いたいよ。
「ほほぅ、ティミー殿下の女ではないのですか……では今夜、私の部屋にでも来るように言っていただけますか?」
こ、このスケベ野郎……ギガデインでも喰らわしてやろうか!?
(ガチャリ)
僕の怒りが手に放電を促すと、迎賓室の扉が開いて父さんとウルフ君が入室してきた。
咄嗟に起立し最上位者の登場に敬意を表すと、それに続いてギルバート殿下等も立ち上がり頭を下げる。因みに手の放電は引いたよ。
「ギルバート殿下、待たせてしまって申し訳ない。改めて自己紹介をさせて戴く。私がグランバニア王、リュケイロム・グランバニアだ」
先程までのラフな格好から一転し、王者のマントを羽織り太陽の冠を被った父上からは威風堂々とした雰囲気が漂ってくる。
つーか先刻もこの状態で登場しろよ!
「さぁ皆さん、座って下さい。先程買ったばかりのシュークリームも遠慮無く食べて……」
上座に国王が座ると、王よりワンテンポ遅れて座ったウルフ宰相が、一変した空気に萎縮してるホザックの連中に寛ぐ事を薦める。
我々を舐めきってた随行員の4人も、国王の豹変ぶりに縮こまっている。
「さて……早速だが、ギルバート殿下は私の娘のリュリュと婚姻を結びたいのかね? 報告は受けてるが、何でも過去に出会った事があるらしいじゃないか。その時感じた恋心を今まで秘めて居たのかね?」
まぁ間違いなくギルバート殿下はリュリュの恋してるだろう。
ホザックに着いてリュリュと再会するや否や、初めて出会ったときの状況を事細かに語り、会いたかった事……再会できた事を嬉しそうに話してた。
更に言えば、リュリュも立場上ギルバート殿下に対して敬語を使っていたのだが、幼馴染み(一瞬じゃん!)を楯に自らをギルと呼ぶよう言い、殿下もリュリュと呼ぶ事を明言した。
その後にラングストンが空気を読まず(いや、あれは読んでの事か?)殿下の事をギルと呼ぶと、『何で君に馴れ馴れしく呼ばれなければならない?』と冷ややかに拒絶してた。
リュリュ個人は何時も通り、異性に対して無関心ではあるのだが、奴隷制度を未だに実施してる国に嫁がれるのは流石に嫌だなぁ……
でも父さんは何時も通り、リュリュの結婚相手の選考に対して何も言わないんだろうなぁ……
「私はねギルバート殿下……娘の結婚相手を勝手に決める気は無いんだよ。誰であろうと娘自身が選んだ相手なら、反対はせず結婚を祝福するし心から幸せを願うだろう」
やっぱり……父さんのスタンスは変わる事がない。
「だがねギルバート殿下……君と結婚すると言う事は、君の国……つまりホザック王国に嫁ぐと言う事になる。そうなれば結婚を認めても、親子の縁を切らざるを得ない……何故だか解るかね?」
「そ、それは我が国が陛下の拒絶する奴隷制度を敷いているからでしょうか?」
「その通りだ。この場の誰も経験した事はないだろうが、あの様な非人道的な扱いを容認する事は出来ない! だから貴国とは国交を断絶したのだし、我が国の友好国である“ラインハット”“テルパドール”更には“サラボナ通商連合”も、私の意見に賛成してくれて、貴国との交易を絶っているはずだ」
「では仮に、今すぐ姫様と結婚すると言ったら如何なりますか?」
「先程も言ったが結婚は認める。絶対に拒絶はしない……しかし私は、娘を1人失う事になるだろう。リュリュが親子の縁より、惚れた男を選ぶのだからね」
いきなり核心を突く父さんの発言に、一同沈黙を守っている。だがリュリュは小声で「誰と結婚するにしても、お父さんとの親娘関係だけは失いたくない!」と呟いている。勿論それはギルバート殿下にも聞こえているはずだ。
「で、では……将来に向けて我が国が奴隷制度廃止に向かっているとしたら如何ですか?」
「どの目的地に向かってるかは問題ではない。現状が如何なっているのかが問題なのだよ……」
その通りだ。ギルバート殿下は自国の奴隷制度を撤廃したがっている。しかしそれには時間が掛かるし、現状の殿下の権力では不可能だ。
「君の言葉からは奴隷制度撤廃の意思が強く伝わってくるが、そこに至るまでの道程をまるで解ってない。今まで奴隷制度で懐を潤わせてきた貴族や奴隷商人は、奴隷制度撤廃に強く反発するだろう。事によっては武力決起によるクーデターに発展するかもしれない」
「しかし国家の最高指導者に、そこまで反発するとは……」
「では誰もが奴隷制度撤廃を受け入れたとする。何人居るのか判らないが、突然大人数の奴隷が食いぶちに困る……これが何を意味するのか解るかね?」
「……いいえ」
「我が国の調べでは、貴国の奴隷は少なく見積もっても300万人はいるだろう。その300万人が一斉に職を失うんだ。今までは人間的な扱いをされなくても食事は心配せずに居られた。しかし奴隷である事を失った途端、彼等は明日の食事にありつく為に働かねばならない。これまで奴隷を扱ってきた農園等は、奴隷の代わりに給料を支払って働く労働力を入手しなければならなくなる。果たして手放した奴隷を全て丸々雇うだろうか?」
「や、雇わねば立ちゆかなくなるのでは……?」
何だこの男……こんなに甘い考えで我が国と手を結ぼうとしてたのか!?
王位継承権第二位だから、それ程深く考えることなど出来ないのか?
「経営者というのは、コストパフォーマンスを考えて経営にあたっている。奴隷と一区切りにしても中には年端のいかない子供や、足腰の弱った老人も含まれているだろう。そんな生産性の悪い連中を、高い賃金を出して雇うと思うのか? 奴隷の中には1人で2.3人分の働きをする存在だって多数居るだろう。そういったコスパの良い人材を優先して雇い、コスパの低い存在は誰も雇ったりはしないのではないかね?」
「で、ですが……私は人道と言う観点から……」
「人道ねぇ……職を失い食事が出来なくなるのに、人道もないだろ。人民を納得させるには、食事は必須だ。どんなに善政を敷いても、飢えを甘受できる人間は存在しない。先ずは空腹を満たしてやる事こそが必要なんだよ」
「で、では……グランバニア国王陛下も、奴隷制度撤廃に反対であると?」
そんな事は一言も言ってないだろ! 我が国に来て『奴隷制度撤廃したい』と嘯いてるが、そのビジョンが不明瞭だと指摘してるんだよ。
「そう聞こえたのなら私の言い方が悪かったな……ではハッキリ言うが、君が我が国の威勢を借りて自国の改革を行おうとしてる事に、グランバニア国王として同意できないと言っている。現状では君が国家改造を行う為に兵を挙げても、その兵は大多数がグランバニアの兵であり、我が国には無関係なホザック王国の内乱に巻き込まれてしまうからだ。我が国に何の益がある? 無駄に兵を失うだけだ……話にならんよ」
厳しいな……
ギルバート殿下も側近2人も、何も言えず俯いてる。
他の随行員4人だけは、冷ややかな目で殿下を見据えている。
「……と言う訳で、娘を娶りたい気持ちは解ったが、本人が私との縁を君より優先してる以上、口説いても無駄なのだよ」
「え!?」
先程まで国家間の統治問題を話していたと思ったが、父さんは突然リュリュとの結婚問題に話をすり替えた。
多分そうする事で、ギルバート殿下の帰国後の立場を守ったのだろうと思われる。
随行員4人も彼の事を『外国の女に入れ込む次男坊』とだけ印象に残るだろうから。
「じゃぁそんな訳で、難しい話は終わりにしよう。まだ夕食まで時間もあるし、各所の見学に行きたいでしょ? 晩餐は我妻が腕に頼をかけて持て成す予定だから、それまで自由にしててよ。ティミー、ウルフ……ご案内してあげて」
そこまで言うと我々の反応を待たずに退室する父さん。
重い雰囲気だったけど父さんの軽い口調に少し緩和され、皆困り果ててる。
あぁ、ウルフ君を除いてね。
「アイツ自分で買ったシュークリームを残しやがった。どうせ先に摘まみ食いしてるんだぜ。リュリュさん食べます……俺のとリュカさんの分?」
「あ、貰おうかなぁ……でもウルポンも食べないの?」
「甘い物食べてるリュリュさんの可愛い顔を見たいから……」
「じゃぁ今食べず、持ち帰ってウルポンが見てない所で食べるね♥」
サラリと口説くウルフ君も凄いが、それを手酷く返すリュリュもステキだ。
「さてと……リュリュさんに振られたところで、皆さんに話があります。特に随行員の方にね!」
「わ、我等に何用ですかな?」
突然のウルフ君の語り掛けに、対応したのは随行員の中で最上位者の……名前、何だったけかな? 忘れた。
「アンタ等がコソコソ言ってたの聞こえてたからな! 貴国には無い不思議な物が溢れかえる町並みを見て、気後れしないようにとワザと市井に紛れ虚け者を演じた我が国王に対し、『攻め込んでも容易く征服出来る』だとか『下郎の如く城下に出てきて、買い物も碌に出来ない』とか……普通言わないから。相手の国に来て、普通は発言しないからコレ」
「そ、その件に関しては真に申し訳ございません!」
バツの悪いギルバート殿下は慌てて立ち上がると、立場的に目下になるウルフ君に頭を下げて謝罪する。可哀想に……あれはこの二人の策略なのに。
「あと、そっちのスケベ面。アンタがユニさんついてティミー殿下に言ってた事も、ちゃんと聞こえてたからね。陛下怒ってたよ……入室しようとした時に、室内から聞こえてきたのが大切な部下を娼婦かの如く発言するアンタに。もし貴国との間に戦争が勃発したら、その一番の理由はアンタの発言だからね。自覚しといてね」
「そ、その件に関しましても「いや、もう良いよ」
再度ギルバート殿下が謝罪しようとするが、諦め口調のウルフ君はそれを遮り紅茶を啜る。
謝罪も受け付けて貰えなくなった殿下は、随行員に向けて厳しく睨み付けて威圧した。
「ところで……そちらのスケベ面さんはユニさんに性的好奇心を募らせてましたけど、彼女の生まれが何処なのか知ってますか?」
「い、いいえ……美しいから貴族令嬢なのかと」
無礼な随行員には何一つ喋らせないようにと、ギルバート殿下が率先して答える。
「生まれはホザック王国ですよ。もし帰国したら、彼女は貴方方が大好きな奴隷に早変わりだ(笑) 国交断絶の切っ掛けを作った奴隷商人が売りに来た少女がユニさんだよ。おいスケベ面、アンタは奴隷相手に性欲滾らせてたんだぞ」
あ~あ……国交再開の為に気を遣って外遊してきたのに、全部徒労に終わったな。
こんなに敵意を剥き出しにするのなら、何だってウルフ君はホザックの誘いに乗って、僕を派遣したんだ? ここまで断絶感を決定的にするのなら、ホザックに派遣しなくても良かったと思うんだけど……?
ホザックからの特使が来た時、嫌がる父さんを前国務大臣と共に一生懸命説得したのはウルフ君なのになぁ……
ここまで愚かな連中が来るとは思ってなかったのかな?
だからって今更掌を返すように敵視しなくても……
「はぁ~……ティミー殿下、そんなに不思議そうな顔をしないで下さい。私だってホザック王国との国交再開に賛成だったんですから」
僕の考えが読めたのか、ウルフ君が初期の気持ちを語ってくれた。
「ですが来訪した方々……特に随行員がこちらに良い感情を持ち合わせてないのじゃ、これ以上陛下を説得する事何て出来ないでしょう」
確かに他国に来て、その国の批判を小声とは言え言い続ける連中とは、とてもじゃないが友好的関係を築けるとは思えないけど……
「ギルバート殿下、失礼な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした。その事は深く謝罪させて戴きますが、これ以上リュケイロム陛下の心を動かそうとするのは無意味です。あとは我が国を見学して見聞を広める事に集中した方が良いでしょう」
「そ、そうですか……残念でありません」
心底残念そうなギルバート殿下を見て、何だか哀しくなってくる。
リュリュとの結婚は兎も角、国家間で友好的な関係を築いて、個人的にももっと仲良くなれたら良かったのに。
「さて、この後の事ですが……城下を見学する前に、この様な原因を作った奴隷商人の面でも見ておきますか? 彼の者は商売をしに来て囚われて以来、我が城の地下牢に投獄し続けてます。文句の一つも言ってやりたいのではないですか? リュリュ姫と結婚できない最大の要因を作った張本人でもありますし……」
普通、国賓を囚人が居る牢屋へ案内するなんて有り得ないだろう。
でもウルフ君でも如何にも出来なくなった父さんの説得に対する鬱憤を晴らさせる為に、彼が思い付いた優しさなのかもしれない……考えすぎか?
あとはギルバート殿下が何と答えるかだな。
如何考えても薄暗く不潔な場所に行きたくなるとは思えないけど、折角の申し出を断って気遣いを無碍にするのも考え物だ。
宰相の無礼な物言いを謝罪して、友好的な関係構築の意思を示してるのに……
ティミーSIDE END
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