剣士さんとドラクエⅧ
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109話 満身創痍
--武器を下ろせ。
ギリッと歯を鳴らしたのは誰だろうか、めいめい構えていた武器は人質を前にしてはなすすべもなく下すしか、ない。黒犬の足元から人質を掻っ攫おうっても、間に合いそうもない。
言われたとおりにガランと剣を地面に離した。隙が現れたとしたら……私は素手の方が早いから。エルトは槍を持ってた方がいろいろ便利だろうけど、私は一瞬の隙でもいいから欲しかった。それを理解しているレオパルドがグルルと歯をむきだしているのがとてもとても不愉快だった。
周りには忌ま忌ましいダークウルフェンが控え、こっちに警戒しながら唸る姿は最早見慣れている。噛み付いては来ないようだけど……だからなんだ。噛み付かれなくたって、噛み付かれたって、動けやしないじゃないか。
「なんだいなんだい、……これは」
「メディさん!……危ないですから、どうか」
とは言ったものの息子が人質にされているのに黙っていられるわけがない。それはわかる、わかるんだけど……何も出来ない自分が腹立たしくて、それ以上止められなくて、本当に悔しい。
あぁ、分かってる。私がこの憎きラプソーンなら同じ手を使う。人質は最悪の、卑劣な手段だけど限りなく有効だ。それも……血の繋がった息子を使う。戦略としては悔しいほど完璧だよ。
だからこそ腹立たしい。
「フン、あんたがこの人たちが探していた黒犬かい」
――息子を殺されたくなければこちらへ来い。
メディさんはレオパルドを睨みつけ、そして、何かを投げた!下手に動けない私たちは呆然と見ているしかないのだけど……あれは、何だろう。赤い、粉?
レオパルドは首を振って必死に振り払おうとしているみたいだ。そして、その瞬間注意が逸れた。
「おいき、バフ!」
私たちが動けば何をされるかわからないからか、ただの犬だと見くびられていてノーマークだったらしいバフがグラッドさんをこちらへ引きずる。
「……っ」
そして、一番メディさんの近くに立っていたエルトが、メディさんに何かを渡されて。あぁ、駄目だ、何の粉かわからないけど目と鼻をやられたレオパルドの殺気が高まっていく。駄目だ、メディさん。殺されてしまう。
……グラッドさんはバフが守ってくれると私は信じよう。
「でりゃぁぁぁあっ!」
メディさんが忌々しい杖に切っ先を向けられ、狙われた瞬間、私は跳んだ。杖を蹴り飛ばし、メディさんから逸らす。そのまま回し蹴りをレオパルドに叩き込もうとして……私たちを取り囲んでいたダークウルフェンに阻まれた。ちらりとみんなの方を見れば、きちんとグラッドさんもメディさんも守ってくれている。陛下も姫も結界の中。
なら、憂いは、無い。強いて言うならみんなもこの有り得ないほどの数のダークウルフェンに襲いかかられていること、だろうか。
申し訳ないけどここまで一緒に魔物の大群に巻き込まれてきたんだから一緒になんとかしよう、今回も!
賢者の子孫をこれ以上死なせるわけにはいかないんだ!そしてメディさんは私たちの命の恩人であり、そうでなくたってこんなにも温かい人を死なせるわけには……っ!
投げ捨てた剣を拾うこともできないほどのダークウルフェンの数。忌々しい遠吠えが響く事にますます数が増えていく。仕方なしに手袋から久しく使っていなかった双剣を取り出し、襲い来るやつらを斬り捨てる。それでもちっとも間に合わなくて、腕を、足を、めちゃくちゃに噛まれる。関係ない、そんなこと!
あっちもこっちも乱戦だ。メディさんとグラッドさんを結界に逃がそうとした手酷く噛み付かれ、ヤンガスがグラッドさんから引き剥がされる。それを見たエルトが素手のままグラッドさんを抱え、ぶん投げる。……手荒すぎる。
でもその甲斐あってかグラッドさんは無事に安全地帯に逃げられたよう。その間にもククールのベホマラーが何回も炸裂し、噛み傷や引っ掻き傷がみるみる癒される。けれど、間に合ってはいない。
傷は蓄積していく。熟練した回復魔法の使い手の全力もってしてもこの場は敵が多すぎるんだ。だんだんと、メディさんを守ることは出来なくなっていく。
痛みか怒りか、むちゃくちゃに暴れるレオパルドの尻尾にぶち当たった私は肋骨が弾けたかと思い、気づいた時には地面に叩きつけられていた。同じく吹っ飛ばされ、隣で伏せているのは、ゼシカ?!彼女を抱き起こす。あぁ良かった、起きれるみたい。
起き上がり、また私は目の前の獣の肉を抉る。いつもは腕がイカレない程度のことは考えているからこうはならない。でも、今はそんな事考えていないから……剣はずぶりと奥まで刺さる。柄なんて無視。腕まで刺さるし、斬り抜けば腕でも肉を裂く。でも足りない。力が足りない!
むちゃくちゃな攻撃にギシギシと軋む体、勢いが少しでも衰えれば引き倒そうとのしかかる獣。それでも関係ない、力で無理やりやつらを吹き飛ばして斬りかかる。激情のまま真っ二つに両断してやる。蹴り抜けば脳みそが散る。そうすれば敵は死ぬ。横に動くなら五匹はすり潰さないと、生き延びれやしない!
あぁ、でもこんなにだるくなったのは、初めてかも。どこか世界が遠い。脳内麻薬はとっくに限界みたいで、どこもかしこもめちゃくちゃだ。あっちは大丈夫かな。エルトとヤンガス二人が守るメディさんの方を見……て……。
「やめ……っ!」
久方ぶりの大怪我で、満身創痍の私の手なんて届かない。それでも真っ赤な手を伸ばした先にいたのは、……。
リーザス像の記憶の中のサーベルトさんのように、オディロ院長のように、杖で串刺しにされて、崩れ落ちるメディさんの姿だった。
私は全身の激痛を、その瞬間は忘れた。
ねぇ、怒りの先には何があるんだろう。悲しみの爆発のその先には?悲鳴すら出ない、そんな時は?
私は、レオパルドに斬りかかっていた。
過程は、わからない。あれだけの傷を負っていたから動けたわけがない、とどこかで諦めた私が心の中で呟いたぐらいだ。でも、私は跳んでいた。跳べていた。斬りかかっていた。
翼を生やし、いつぞやのドルマゲスに似た姿になったレオパルドが躍り出た私を見て嗤う。嫌な笑いだった。
――自分から来るとは好都合だ。
私の剣は、見えない力で弾かれる。それに逆らって指がもげ取れそうになっても、私は剣を離さない。ならば次と斬りかかる。ブチブチと肉が耐えきれずにちぎれる音が聞こえるようだ。骨がミシミシ悲鳴をあげる。銀色に染まった髪は、レオパルドの瞳の中では光っているみたいだった。
ずぶり。
視界が、妙にクリアだ。そして、なんでだろう、動けない。
「……ぁ」
なんでだろう、すごく、痛いなぁ。エルトの叫び声が聞こえるのはなんで?何かが引き抜かれて、……何が?
口からごぶり、血を吐く。痛い。痛いよ、どこが痛いかも分からない。
痛いだけだ。視界が今度は暗くなる。メディさんの、仇を討たないと……。殺さないと、こいつを。
「てめぇッ!」
赤い人影が、崩れ落ちる私を支える。飛び去っていくレオパルドに向かって人影が思い切り十字を切った。眩い光が、一直線に向かう。神々しい光景に痛みの中でも素直に感動できた。
眩しいなぁ。ククール、いつそんなすごい魔法、覚えたの……。
・・・・
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