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スキュア

作者:
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第二話

 集合場所へ走る。走る。走る。名前の通り、今、俺は駆けまわっている。肩に槍を担ぎ、まるで俺だけがタイムスリップでもしてきたかのような異様な光景だが、誰もそれに気付くことはない。この寮から、集合場所までは地下通路によって繋がれているからだ。パット手元の時計に目をやる。集合時間には間に合いそうだと、安堵はしつつも気は抜かない。いや、正確には抜けない。それを引率する相手が相手なだけに。

「……すみません、お、遅れました……」
 もう既に二人が俺を待っていた。一人は真冬。もう一人は引率にして、恐ろしい男だ。まだ若いはずだが、眉間にしわを寄せ、少し青筋が浮かび上がっているのが見える。どこぞでカツアゲでも、いや、それ以上のことを平気でしていそうな強面で細目の坊主頭の男こそ、俺の恐れる相手である……。
「おうおう。いい度胸だな。俺の授業も寝てさぼってた男が社長出勤とはな」
 あれこれと考え事をしていたところに怒りのこもった声が突き刺さり、思わず思考が止まり、表情を歪める俺を見て、しばらくその表情を崩さなかった先生が少しずつ顔を歪め、しまいには少しだけ頬を緩ませた。本当に思う。……俺って面白い顔をしていてよかったなと。
「ま、冗談と茶番はいいや。揃ったし行くぞ」
「はい」
「へーい」
 緩い返事を返す俺と、まともな返事をする真冬。ちらりと真冬の方を見ると、もう俺のことなど眼中に入っていない様子である。最近は特にそうだが、こういう真剣な空気になると、なんだか体がむず痒くて仕方がない。最近の俺は死に対して慣れ合い始めているのかもしれない。そんなことを考えた自分に対して、血液に乗って怖気が駆け巡った。
「ほれ。これが今回の鍵だ。すぐに着くから準備しておけよ」
 目の前で鍵をちらつかせる。これは先生の能力ではない。話でしか聞いたことがないが、この学園のもっと偉い人のものらしい。この学園から遠く離れた場所でも、この鍵があれば移動に手間をとることもない。
「さぁ。行くぞ」
 先生は地面に鍵を突き刺す。その先生の肩に真冬と俺は手を伸ばす。瞬間、眩い閃光が俺たちを包み込む。この能力は分かりやすく言えば空間移動に含まれるのだろう。これによって学園から不審な目に触れることなく外に出ることができる。ゆっくりと鍵から放たれる閃光がやみ、景色が完全に変わったのを感じた。なにせ、地下には吹き込まない、いい風が吹き込んでいる。やわらかい日差しに当たっては、緊張状態に少しだけ和らぎを感じられる。
「おら。来るぞ」
 先生はベルトにつけてあったホルダーから拳銃を取り出し、撃鉄に親指を置く。真冬は先生と俺に背中を向けて鞄から輸血パックを取り出し、キャップを外しては辺りの様子に耳を傾ける。俺も槍を構えると、二人から十分な距離をとりながら、辺りを見回す。

 沈黙。沈黙。時折風の音が吹き荒む。誰も口を利かない。いや、この緊張感に口を開く余裕もない。途端、風を裂く高い音が耳に届く。そして地鳴りの音が耳に届き始める。
「――来たぞ!」
 ようやく先生が口を開くと共にけたたましい声が耳に突き刺さる。聞き続けると嫌気がさすような一定の高音が、鼓膜に不快な残響を残し続ける。目の前から現れた番人は身軽に俺たちの体を飛び越える。あまりのスピードに手の出ない俺たちとは異なり、頭上を越えた瞬間先生が数歩下がって拳銃の引き金を引く――!
 番人の腹に命中したのか、再びその超音波のような声が耳を傷めてくる。耳に片手を抑えつつ、番人の姿をしっかりと確認する。赤い瞳に細く引き締まった筋肉が俊敏に動くことを示しているような四足、鋭く尖った耳に明らかに肉食動物と思われる牙が見える。茶色の毛並みには時折斑点のような跡が見られ、その首には赤いマフラーがつけられ、腰に衣類のようなものが巻き付けられ、腕には光り輝く装飾が日光に照らされて輝きを放っている。
「気をつけろよ。相当なスピードだ」
 その言葉に気を引き締めつつ、距離を保つ俺たちと番人。足をゆっくりと動かして、その視線を送りあいながらゆっくりと足を動かしていく。先生を頂点に右に真冬、左に俺の三角形で互いに邪魔しない程度の距離をとって、じりじりと詰め寄っては、警戒体勢の番人も簡単に詰め寄らせてはくれない。睨み合う両者。手汗が俺の掌からグローブへ伝い、手元の不快感がぬぐいきれない。目の前の異形の番人が誰かに狙いを定めている。腹に負った傷に気をやるようにしながらも、それでも獲物を狩ろうとする本能が消え失せる気配はない。前足に力が入るのが見える。そして次の瞬間、番人は宙を舞う。そして、真冬の方へ荒い息とともに飛びかかる!
「真冬!」
 左足を軸足にし、素早く回転し、槍頭を真冬の方へと向ける。飛びかかる番人と輸血パックをぶちまけて盾を作る真冬の両方が視界に入ってくる。殺すか、殺されるかの瀬戸際を、文字通り横槍を刺すように俺は強く地面を踏みしめ、槍の先端を素早く伸ばし、そしてここで

 放つ――!!

 弱弱しい声と、大小さまざまな赤い雫があらゆる方向へと飛散する。俺が脇腹に開けた大穴の痛みが堪えたのか、空中で首を振り回す番人に弾丸と円錐状の赤い物質が貫通する。血液の盾の向こう側から指にコーティングした血液で爪を伸ばした真冬と、その光景に微動だにしない先生の銃口が静寂を生む。ピクリとも動かない番人に終わりを告げるように先生の銃口から煙が細く立ち上った。
「うえっ。口に血ィ入った……」
 俺はそう言うと、口の中の血を唾とともに吐き出す。特に毒素があることは言われていないが、それでも口の中にこの苦い味が広がる感触だけはどうしても嫌だ。鼻を突くような血の臭い、目を刺すほど刺激的な赤の世界のなか、横たわる番人、槍や掌に飛んできた血液の粒を見ていると、遠い昔に食べた朝食が胃の中から昇ってくるような嫌な感覚に襲われる。
「ちょっと有効範囲が伸びましたか?」
「かもな」
 真冬が血だまりを飛び越えて、俺の方に近づいてくると返り血のついた俺に手をかざしながら告げる。俺が返事を返している間に、体に付着した血液はある程度回収され、少しだけ綺麗になった自身の槍やグローブを見つめる。明らかに槍の届く範囲ではなかった。しかし番人の横腹に槍が突き刺さり、一瞬のスキを生み出すこともできた。あれはいわば俺の能力だ。俺の能力は突きを強化する、ただそれだけの能力だ。他の人に比べて多様性はないし、突きの有効範囲は素手でも及ぶので、情報化社会が進みタッチパネルのものが増えていく昨今では、その操作も満足に操作できない、正直不便な能力だが、この能力のおかげで近頃は鍛えるという趣味が増えたことには感謝もしている。

「まぁ、とりあえず帰ろう。亡骸は回収班に回しとけ」
 先生の言葉に真冬は凝集した血液をゆっくりと近くの草むらに落とし、俺は槍の先端を軽く布で拭くと、先端にカバーを被せて近づいていく。
「しかしまぁ、最近は随分増えたものだな。番人」
「先生。これでも隠しきれるものなんですかね」
 真冬は思ったままの疑問を口にする。真冬の血液から、奴らの肉体まで回収する回収班というやつらの腕がいいのか、それとも誰も通報しないという状況がよかっただけなのか。しかし、いつかはこうした血塗れの世界が表になる日は近い。それでもそれが表にならないことは俺たちにとっては長い謎である。
「さぁな。ただ今わかってるのは、これだけやってもやつらは微塵も懲りてねえってことだけだ」
 苦み走った顔で血塗れの死骸を見つめては、俺達の肩を叩くと、鍵が再び光を放ち、俺たちの視界が真っ白に染まった。 
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