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スキュア

作者:
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第一話

 
前書き
そんなに長く書いてあるわけでもないですが、読んでいただけたら嬉しいです 

 
 力強い一突きが風を裂いた。何振り目かはわからないが振るたびに自らの汗が飛び散る。先ほどから一瞬音が鳴り、再び世界は静寂に包まれる。ふと顔を流れる汗に手を伸ばし、汗をぬぐっては、小さな光がじわじわと空へ登っていくのを、男は茶色の瞳の視界の端に捉える。そのささやかな光を眩しそうに見つめ、さっきまで振りかざしていた三叉槍を肩に背負う。握りは八角形、胡桃の木が使われていて、柄の所々には自らの修練ですり減った痕があちこちに見て取れる。
「師匠から教わったこと、一日でもさぼるとこっぴどく怒られるからなぁ……」
 朝焼けを背に、近くの木にもたれかかっては、木の枝に槍頭を預ける。着け慣れたグローブを外しては、汗まみれの服に手をかけ、ゆっくりと服を脱ぎ捨てる。身にまとっていた大きなサイズの服も早朝の鍛錬ですっかり汗とほこりに塗れ、所々汗によってシミができてしまっていて、体も滴り落ちる汗が鍛えられた肉体から次から次へと噴き出して止まらない。短く切られた髪を軽く振り回しては、俺は静かにひと呼吸をする。
「今日は平日……学校かぁ。早く寮に戻らないとな」
 その時、頭の木の上から鳥のさえずりが聞こえる。森の中にいる生命たちの躍動が少しだが聞こえてくる。森に溶け込むように上げかけた腰を再び下ろす。
 服を自らの膝の上に置き、木に立てかけていた槍に目をやる。そろそろ研ぎ時であろうか、とじっくりと自らの槍を見ていると、どこから飛んできたのか蝶が一羽、何も知らずに木の枝のように槍の先端に静止した。随分と不思議な絵面にどうするでもなく、俺はただじっとその光景を見つめていた。

***

「お、起きてください」
 再び森の中。蝶を見ていてすっかり眠りこけてしまった間抜けな俺に声をかける一つの影。まどろみながら、眠っていた方が目を開け、声をかけた方を寝ぼけ眼で見る。
「こんなところで上半身裸だなんて、最新の日光浴も変わってますね」
「んな訳あるか。寝てただけだよ」
 寝ぼけながらも気にしないように大きなあくびを垂れ流しては、ぐーっと大きく伸びをする。ふと槍に目を向けると、そこには蝶がいた痕跡もなく、太陽も随分と高いところへと昇り始めていた。ひとまず膝の上の服を回収し、手元の時計に目をやると明らかにまともな学生なら学校にいるような時間帯だった。少しずつ俺の意識ははっきりと、そしてはっきりとするたびに重たい重圧がのしかかる。
「今日は平日ですからね」
 予想通り、嫌な予感が胸に突き刺さった。どこかおぞましい様な雰囲気の変わった相手に対して動揺しながらも、木に寄り添った男はどぎまぎしながら返答してみせる。
「……あぁ。わざわざありがとな。真冬」
 真冬、とは彼女の名前である。十六合(いざあい) 真冬(まふゆ)。少しは名の知れた金持ちの娘でもあり、解錠人でもある。その能力は「血液を操作できる能力」彼女にかかれば、血液でバルーンアートのような芸術作品を作ることも爪や武器といった戦うための能力としても活用できる。俺にとっては、よい修練の相手でもあり、よき理解者でもある。身長も168cmと女性にしては高めで、細身の体型を制服で覆い、茶色のウェーブがかった髪をまとめもせず、なびかせていて、真黒などんぐり眼がどこか中毒症状を引き起こすほど人をひきつけ、ぽってりとした唇は艶やかにその存在を主張している。言葉は丁寧というか、他人行儀なところもあるが、それもまた彼女の魅力ともいえるだろう。
「それじゃあ、お昼ご飯位はきちんと食べてらっしゃい」
 それだけ言い残すと、真冬は来た道を踵を返して学園の方へと向かっていく。俺はそんな彼女の後姿をぼけっとした顔で眺めたままでいると、彼女の姿はやがて小さくなり、そしてついには目に見えなくなった。
 虚しさを少し感じたのか、駆は先ほどまで根づいたように動かなかった重たい腰を上げて、ゆっくりと寮の方へと足を向けていく。まずは食事と服装をどうにかしないことには学校にも通えない。俺はのんびりと足を運びはじめた

***

 俺は歩いていた。名前からすれば勢いよく駆けていくという位の方が名が体を表すということも言えるだろうが、彼に言わせれば、全力疾走するというのは間に合うときくらい、もしくはエネルギーが十分に満ち足りているときのみで、後はできることならゆっくりと歩きたいという独自の信念に基づいている。その肩に背負った槍は彼の背丈よりも長く、時折木の枝に引っかかるように動きを止める。その度に駆の足は止まり、引っかかった木からの分離に躍起になる。彼が訪れるこの場所は森の中に木が生い茂り、あまり人の寄らないような区域に存在している。少なくとも通常の学生生活をしている中では、確実に森の中に入ったりすることもないだろう。
「ん……。相変わらず背の低い木ばかりだな」
 180cmはあろうかという体で、それ以上の長さの槍を持ち運ぶというのは常に頭上への注意を怠ることができない。かといって、肩に担がなければ、今度は木の幹に槍頭や石突に当たり、あちこちに不要な傷が入ってしまう。筋肉質で巨体な見かけによらず、俺の中身はどうでもいい所で繊細さを時折醸し出す。 森の凸凹道を抜けていくと、ようやく目の前に寮の裏口が見え隠れする。普段はその裏口から出入りをしているわけだが、どういうわけか、ここに来て以来毎日のように俺が出る少し前に誰かが出て行った跡がある。しかし、その誰かを駆は一度も目にしたことがないのである。一度待ち伏せてみたこともあるが、その時はネズミ一匹、その裏口を通ることはなかった。彼はその不思議をいまだ誰にも話せずにいる。どこかその異様なモノを誰の手も借りずに見てみたいと思う、単純な好奇心からである。

「あー……。腹減ったぁ」
 寮に入ると、まず、自分の体から、そしてゆっくりと槍を入り口に通し、そのまま階段を昇って行った。テスト期間でもない今の時期にはさすがに階段で人が混み合うこともない。仮に混み合ったとしても、この寮に関しては解錠人しか住んでいないため、特に変な目で見られることもない。階段を上ってすぐ右が俺の部屋だ。部屋に入ると、壁に作ってもらった槍置きに壁を擦らないように槍を置いて、ひとまずベッドに座り込む。冷静になって時計を覗き込むと現在の時刻は11:30。これほどの時間なら午後の講義には滑り込みセーフも可能であろう。ひとまず鞄の中をチェックして、いくつかの本を取り出すと、モノに溢れて散在したテーブルの上にそっと置き、鞄を近くに置くと、着替えとバスタオルを用意してシャワーを浴びることにした。すっかりと濡れてしまった居心地の悪いシャツを洗濯籠へと放り込むと、次々に服の山をこしらえ始めた。


「ここに来てもう2年……。時が経つのは早いもんだ」
 暖かい滝に体を浴びせては、ふと昔のことを思い出す。俺がここに来たのは、この番人の問題の初期も初期のころだった。彼らが現れたのが3年前、そして俺が能力に目覚めた2年前とほぼ同時にこの学園が設立された。本来、この学園は表向きこそ金持ち専用に近いところがあり、ほとんどの学生はそれにあてはまるが、その中に数人俺のような解錠人が紛れ込んでいる。政府の圧力により、こうした学園の第一号として生まれたのが、ここだ。まだまだ解錠人の数が少なく、そこまで多くの解錠人を育成するには至っていない。だからこそ、まだまだこの学園で十分に事足りてしまう。それだけに、どちらの解析も正直そこまで進んでいないというのが、現状の課題である。番人の目的も、解錠人を探すこともまだまだ難しいのだ。俺はお湯を止めると、風呂場を後にした。
 風呂を上がると、ケータイが規則正しく振動していた。技術が発達した現代でも、未だにメールが送られてくるのは、ほぼ一人しかいない。タオルで頭をぬぐっては、その画面を確認する。そこには文面でこう記されていた。

 ――番人発見。直ちに次の場所へ向かわれよ。場所は……

 そっとケータイの画面を閉じると、汗をぬぐっては壁の槍に目を移す。戦いのときは近い。
槍が窓から入る日差しに照らされて、ギラギラとした光を放った。
 
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