Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
幻想天舞(1) ~天翔けし白翼~
ライダーの足元に血が滴り落ちる。
目を押さえる手の下からは止めどもなく血が流れている。
解呪寸前で消滅した石化の魔力。
フェンサーの能力を抑え込んでいた重圧が消えた事実は、彼女の魔眼が完全に破壊されたことを意味していた。
魔丸は眼球のみを破壊するに留まったが、それでもその被害は甚大だ。
サーヴァントならば眼球を破壊されても時間さえかければ修復はできるだろうが、今は戦闘の最中。
眼を潰されてもある程度の行動は可能だとはいえ、戦闘に支障がないわけがない。
互いに魔力を消耗し、宝具を一つ使用した後とはいえ、視覚を失ったライダーにこれ以上の戦闘続行は不可能だ。
だからといって逃走しようにも、目の見えない状態で慎二まで抱えて逃げることはさらに無理がある。
この戦いは既に決着したも同然。
「く、あっ…………」
再び眼帯を巻きつけることで止血をするも、それでどうにかなるような負傷ではない。
両眼が弾け飛んだ衝撃のダメージは抜けきっていないのだろう。
何とか立ち上がるもライダーの足はフラつき、しっかりと地面を踏めてはいない。
もうその美しくも禍々しい眼を見ることはできないが、彼女の眼窩には空洞が出来ているはずだ。
通常の人間なら撃ち抜かれた衝撃と激痛で即死しかねないが、サーヴァントに限ってはまだ存命可能な範囲内。
英霊が現界するための霊核である頭部か心臓を完全破壊するまでは、相手を確実に殺したとは言えないのだ。
あの時森で倒したライダーがこうして生きていたように。
故にこれより。
トドメを刺すために。ライダーを完殺するために────フェンサーはその手に携えた宝具を、解放する準備に入っていた。
「聖遺物・概念実装────」
下段に構えた宝剣が、聖なる白銀の光輝に満ちる。
充填され充溢する魔力の胎動が、風の唸りとなって咆哮する。
宝具の使用には基本的に膨大な魔力が必要だが、先に放たれた灼光の魔丸は魔力消費が少ない利点がある。
それ単体の連続使用は勿論のこと、他の宝具などとの併用や前後に使用した後からの更なる宝具の解放さえも可能。
そもそもフェンサーはキャスタークラスのサーヴァントに匹敵するほどの魔力を保有している。
タスラムの数倍分以上の魔力を消費する誓約された不敗の剣でさえ、彼女自身の魔力だけで3度以上の使用が可能なのだ。
前回のような失敗がないように、殺し損ねることなどないように、フェンサーが取った手段。
それ一つだけでも強力な武装である宝具……その二つの連続解放。
両眼を破壊したからといって勝ったわけではない。勝負は最後の最後までその勝敗の天秤を揺らし続けるもの。
だからこそ目を潰そうと、腕を、脚を断ち切ろうと、それこそ霊核を砕いたとしても決着がつくまでは気を弛めない。
ここからは白兵戦で十分だなどという油断はせず、霊核を破壊して倒すなどという生易しいことはせず。
──────誓約された不敗の剣の一撃を以て、ライダーを完全に消滅させる。
真名解放によって最速を発現する彼女の宝具から、抗し逃れ得ることはほぼ不可能だ。
同威力の宝具の撃ち合いによる相殺か、空間転移や次元干渉レベルの防衛手段で防ぎ切るか。
あるいはランサーが持つ魔槍のような宝具ならば威力や特性に関係なくこちらを殺せるが、その時はお互いに宝具の一撃を受けて相討ちになる。
前回の戦いでランサーとフェンサーがお互いに宝具を解放しながらも、相手を仕留め損ねたのは奇跡的な偶然に過ぎない。
先に放たれれば必ず心臓を刺し貫き、後出しでさえ悪くても引き分けに持ち込める時点で、ランサーの槍が破格の宝具であることは疑いようもない。
しかし総てを凌駕する神速を以て、事象すらも断絶する彼女の宝剣もまた、強力な宝具であることに間違いはないのだ。
「終わりよ、ライダー」
タスラム使用からの連続解放故に魔力の再充填に少しの時間を要していたが、それも今臨界に達しつつある。
後はフェンサーがあの白銀の剣を解き放つだけで、ライダーはその存在ごと極光に断たれて消滅するだろう。
両眼を押さえて俯いていたライダーが、フェンサーの声に顔を上げる。
その表情は苦痛に歪んでいるのか、死を目前に絶望の色を宿しているのか。
「ふ……ふふ…………」
そうして再び見えた彼女の顔は、負になど捕われていない笑みで彩られていた。
(……何がおかしい? この状況で勝機なんて有り得ないはずだ)
それこそ奇跡を起こす宝具であったとしても、逆転の可能性など皆無に等しい。
もはや死を待つだけの身であるはずのライダーの微笑みに、オレは言い知れない悪寒を感じていた。
ここで選択を誤れば、逆にこちらが窮地に立たされるかのような………………
「おい、フェンサー……」
「大丈夫よ、マスター」
自分でもよくわからない不安に胸中が掻き立てられる。
こちらの危惧をわかった上でフェンサーは大丈夫と言ったのだろう。オレも彼女と同じく勝利を確信している。
そのはずなのに──────
対峙するライダーが、いつのまにか持ち直していた鉄杭を掲げる。
今までオレを幾度となく襲ってきたその牙が。
まるで時間が遅くなったようにゆっくりと、彼女自身の首へと突き立てられ。
胸の奥で何かが警鐘を鳴らすようにざわついているのを感じる。
飛散する鮮血。零れ落ちる流血。
眼窩からだけではなく、今や首からも大量の血を流すライダー。
その彼女を守るように前面に紅い血の方陣が描かれていく。
見たこともない式陣、複雑に入り組み乱れながらも何らかの法則によって編まれた幾何学的な紋様が展開される。
この紅血の魔方陣によって何が起こるのか、何が出てくるのか。
「無駄よ。たとえ何をしようと、その抵抗の術ごと断ち切るわ」
もう待ちきれんとばかりに魔力の咆哮を上げるその宝剣を、フェンサーが解き放つ体勢に入った。
背筋を這う寒気は消えない。胸に渦巻く嫌な予感が消えてくれない。
だがそんなオレの胸中の思いなど関係なく、フェンサーの宝剣が解放された。
「真名解放──誓約された不敗の剣──────!!!!」
白銀の極光が世界を覆った。
学園ごと消し去らぬよう威力と範囲は絞られているが、間違いなく総てを断ち切る必滅の一撃。
眼球を潰されたライダーが命を削りながら描き出した最後の紅血方陣も、その起動の瞬前に方陣ごと宝剣の光に飲み込まれる。
クラウ・ソナスという宝具に伝えられしは、鞘から解き放たれると同時に相手の命を断ったという伝説。
その真実は時間逆行や因果干渉に類するものではなく、ただ相手より速く、何よりも疾く剣を振るうが故の神速断絶だ。
その神速の法則により、ライダーが方陣を発動するよりも疾く宝剣の一撃は振るわれる。
並大抵のモノならば発動以前にその術技ごと斬り捨て、万が一発動が間に合ったとしてもそれは圧倒的に後手となる。
魔術の前提として、術者自身が存在しなければ魔術は発動することはできず、また発動後であっても術者がいなければその効力を発揮し得ない。
方陣を描いたことや発動手順から、恐らくライダーが最後に発動しようとしたのは神秘や呪い、宝具等ではなく魔術に属するものであるはずだ。
たとえライダーの魔術が間に合ったとしても、彼女自身にクラウ・ソナスを回避するだけの力は残っていない。
術の発動後に術者であるライダー自身が消滅する以上、描かれた方陣は何の意味も成さず、効果を発揮する前に消えるだけだ。
そのことを踏まえても、もはやライダーには勝機どころか生き残る手段を見出すことすら不可能……そう、確信していたはずなのに。
「殆ど賭けのようなものでしたが……どうやら、私の勝ちのようです」
「──────まさか、ね」
現存する学園の結界。消えていない紅血の魔力。
そして遥か上空より、微笑するように響いた彼女の声。
目の前に広がる光景を、まるで夢か幻であるようにしか思えない。
だが否定しかける意識を差し置いて、本能がそれを強制的に認識する。
圧倒的なまでの魔力の奔流、神大たる幻想の顕現。
矮小な人間ごときが目を逸らすことなど許さない、不敗の剣の光すら霞むような、厳然たる神秘がそこには存在していた。
自然と視線が上空へと誘われていた。
聞こえるのは羽ばたき。羽ではなく翼、それも大翼が空を叩く音。
紅血結界に覆われた紅い世界に在りながらも、その威厳を全く失わない圧倒的な純白。
ライダーの眼窩から流れ落ちる赤。
血涙を流す女神を背に乗せて天を舞うは、神話に語られし伝説の幻想種。
勝利の確信に満ちた微笑を湛え、ライダーが手綱を駆る天馬が流星のように翔け落ちる────!!
「ぐっぅッッ!!」
何かが光ったとしか感知できなかった。
何かが通り過ぎたことしかわからなかった。
しかしギリギリの域で捉えたその認識ですら、敵の攻撃の数秒後に理解したのだという事実に戦慄した。
数瞬の後、耳に響く金属音。地面に音を立てて転がる白銀の宝剣。
見間違えようもない、己がサーヴァントであるフェンサーの宝具。
サーヴァントが宝具を手放す筈はない。ならばその持ち主たるフェンサーは、一体何処に消えた?
「かッ、は……ぁ…………」
そうして────オレはフェンサーがどうなったのかを、ようやく把握した。
「ッ! フェンサー!!」
校庭のほぼ中心に居たはずのオレとフェンサー。
だが今彼女が居る位置はグラウンドの端、距離にして数十メートル以上。
今の一瞬、恐らく天馬による突撃……ただの体当たりで、彼女は数十メートルもの距離を吹き飛ばされ壁に激突した。
校庭端にある学園敷地を仕切る壁が、ダンプカーでも突っ込んだかのように崩壊している。
人の知覚が及ばない速度での突撃の威力などもはや語るまでもなく、その衝撃はただの人間であれば粉々に砕け散っていたであろう。
どれだけ防護の手段を講じようと、生半可なモノでは壁にすらならない。
そもそも存在していることが既に神秘である幻想種相手に、半端な魔術や守りなど通用するはずもない。
一撃で潰されていない以上直撃だけは避けたのだろうが、フェンサーが負ったダメージは決して軽視できるものではなかった。
「さて……それでは、先にマスターの方を潰しましょうか」
「っ……!」
女神の殺意と天馬の敵意がこちらに向けられたのを感じた。
フェンサーを轢き飛ばした勢いのまま、天上を翔ける彼女らの次の標的は自分。
「逃げられませんよ。たとえ私の眼が無くとも、敵の居場所はこの子が教えてくれる」
咄嗟に退避しようとするも、体が動かない。
見れば先ほどの衝撃で半身だけになりながらも、オレの脚に組み付く竜牙兵が2体。
天空で旋回するライダーが、一度こちらに狙いを定めて加速を始めれば後は一瞬だ。
悲鳴をあげる間もなくオレは天馬の突進で粉砕され、纏う光熱の魔力によって蒸発するだろう。
残された時間は十秒もない。
魔術を練り込む時間すらないと判断し、近くに転がるフェンサーの剣を手に取った。
その動作だけでも時間を取ったが、拾った勢いもそのままに足元に群がる竜牙兵を一気に薙ぎ払う。
「はぁ────!」
宝剣による薙ぎ払いで砕け散る竜牙兵。
幸い先ほどの天馬の突撃で、周囲の竜牙兵共はあらかた吹き飛ばされている。
迎撃も防御も回避もほぼ不可能。だがたとえどれほど困難であろうとも、まだ可能性のある回避に全力を費やさなければならない。
こちらからは何も届かせることのできない遥か上空、天の高みからオレがいる此処へと向き直る天馬の姿。
瞬間的に視認できない速度、校庭端の壁にフェンサーが激突した衝撃の規模から見て、天馬の最高速度は凡そでも時速数百kmは出ているだろう。
しかし最初からそこまでの超高速で動くということはありえない。
どれだけ最大速度が計り知れずとも、物体の運動とは初速から加速へと段階を踏み、徐々に最高速へと到達するのが普通だ。
ならば初速のさらに前段階、初動を読んで回避行動を取る。
むしろ向こうは速すぎるが故に、微細な動きや急激な方向転換は恐らく効かない。
それに天馬がライダーの眼の代わりをしているとは言っても、手綱を握っているのは彼女自身。
彼女と天馬も万全な状態ではない。精細に手綱を繰る技術にも、僅かながら綻びが生まれるはずだ。
天馬による突進の直撃だけは絶対に防ぐ。
余波で吹き飛ばされるにしても、その場所さえ選べば壁に激突するようなことは避けられる。
空中を旋回し、向き直った天馬がこちらへと敵意を放つ。
翔ける勢いをそのままに墜落の準備を──────瞬間、天馬に明らかな溜めの動作が見て取れた。
(ここだ……ッ!!)
大発火の魔術を己が立つ地面にぶつけた。
それによる自身へのダメージなど忘却の彼方に追いやる。今必要なのはこの爆炎と爆煙、土の粉塵による目眩ましを利用した全力の回避。
どれだけの効果を発揮するかなど分からないが、何もしないよりはマシだ。
自分自身の視界さえも塞ぐ土煙と火炎の中を、考え得る最善の回避地点まで全力で走る────!!
「無駄な事を……」
煙幕を突き破り、女神と天馬は再び天へと翔けていく。
もう一度旋回して地上へと舞い降りるには、少しだが時間が掛かる。
そのあいだに校舎内か、もしくは校舎自体を盾に出来る場所まで逃げ切れば当座の安全は確保できる。
ただひとつ、失敗だったのは。
神代に生きた神秘そのものである天馬と、その操者であるライダーを侮っていたこと。
レーシング競技などで目にすることがあるドリフト走行。
意図的にグリップを失った状態を作り、車体の向きをコントロールする技術。
そのドリフトよろしく、天馬はあろうことか急激に身体の向きを変える。
速度調整、姿勢制御、熟練した業による方向転換により、進路を逆転した天馬が再びこちらに敵意を向ける。
そんな何でもない技術が、天翔ける存在にも適用できるなどと想像できようものか?
車によるドリフト走行の存在は知っていたし、そういう技術があることも知っていた。
それを彼女らにも可能であると考えなかったこと、いやそれ以前に発想することすらなかったことが俺の失態だ。
もとより空中における物理法則などに詳しいはずもなく、そも天空を走る存在に地上での法則を当てはめること自体愚昧であると言えるのかもしれないが。
「チィッ!」
校舎までは凡そ10メートル弱、進入出来る場所を考えれば距離以上の手間がある。
その距離を人間が走り抜けるまでの時間で、天馬は地上と天空を何往復できるだろうか。
振り返ればそこには、既にこちらを射程圏内に収めているライダーがいる。
数秒の加速の後、そこにはオレの粉々になった姿……もしくは蒸発して消え失せる未来が待っているだろう。
だが万策尽きたなどと諦めるつもりは毛頭ない。
まだ数秒間の猶予があるんだ。ならばこの数秒の間に、生存するために打てる手段の模索を頭の中で駆け巡らせる。
…………時間が遅くなったような感覚。
すぐに訪れるであろう天馬の衝突はなく、後ろのライダーを視界に捉えながらそれが未だ先の事であると知覚する。
刹那に十を超える術策を仮想するも、どれも現状を打開出来るものではない。
死の間際の走馬灯に等しい錯覚の中にありながら、それでも自身の死はすぐ間近まで迫っている。
そうして来る最後の瞬間。
天馬が空を踏み、宙を翔ける音を聞きながら死を覚悟した瞬間──────
オレを救ったのは、先ほど見た魔眼潰しの魔丸だった。
「ッ!?」
虫の知らせか天馬からの警告か、背後から飛来するモノに気づき急速旋回と方向転換で弾丸を回避する
既に両眼を失っているライダーに追尾の特性は発揮されないのか、弾丸は校舎の壁の中へと減り込み止まる。
そしてオレも救われたとは言っても、完全無傷とはいえない状況にあった。
「ぐ……ふっ……!!」
至近にて旋回する天馬の突進の余波を受け、それにより生じた魔力流と風圧だけで校舎へと叩きつけられた。
このとき運が良かったと言うべきか、幸いだった事が幾つかあった。
宝剣の加護故か、最悪でも受身の姿勢を取れたこと。壁ではなく窓を突き破る形で、校舎内へと弾き飛ばされたこと。
そして窓を突き破った先でも教室の扉が僅かながら緩衝材となり、そのまま教室の中へと投げ出される形で最小限のダメージで済んだことだった。
それでも被ったダメージは軽視できないが、五体満足でありまだ動ける状態で居られたのは僥倖だ。
本来であれば直撃を避けたところで天馬が纏う魔力によって蒸発するか、校舎壁に激突して潰れる…………最低でも、内臓破裂程度の損傷は受けたはずだ。
まだ運はオレを見放していない。
少なくとも、勝負の天秤はその勝敗の行方を未だ揺らしている。
だったら──────
「立って…………戦わなきゃ、いけないだろ…………」
手にはちゃんと、彼女の宝具が握り締められている。
意識ごと消し飛びそうな状態にあっても剣を手放さなかったのは、無意識にでも戦う意思を捨てていなかったからだと信じる。
剣を床に突き立て、支えにして立ち上がる。
ダメージは抜けていないが、今すぐに動けないことはない。
魔術刻印から肉体強化、損傷補填の補助魔術を起動し、無理やり動ける状態までに身体を取り繕う。
そろそろ身体のダメージを誤魔化すのも限界だ。
魔術効果も無限ではない。効力が切れかける度に再度掛け直してはいるが、無を有には出来ないように、即時回復や永続補填は不可能なのだ。
次に決殺を図るときこそ、勝負の決着の時だ。
けれど、今の状況で有効な策はあるか?
クラウ・ソナスに及ばないとはいえ、タスラムも直撃させれば勝負を覆す威力はある。
しかし一度対象を貫いた魔丸は追尾特性を発揮できず、直線上を飛ぶ弾丸にしかならない。
近接武器ではあるが真名開放を視野に入れれば、クラウ・ソナスでも天上の敵を切り裂くことは出来るだろう。
しかし肝心の宝具はオレの手元にあり、これの使用を考えるならば問題点はまずフェンサーに渡すところからだ。
校舎からフェンサーが吹き飛ばされた位置までは、軽く見積もっても数十メートルは離れている。
遮蔽物のない地上から天空までを自由に行き来するライダーが居る以上合流など出来るはずもなく、剣を投げ渡すなんてのも現実的ではない。
フェンサーに校舎内まで来てもらう手も無くはない。
だが現状獲物が分断されているからこそ、オレを消し損ねたまま標的がフェンサーへと移っているが、オレとフェンサーがまとまって校舎内に居る状況になれば、校舎ごと轢き飛ばしに来るかもしれない。
校舎を盾にオレたちが逃げ回るのは結構だが、その被害は他の人間に及ぶ。
今校舎内では数百人もの生徒が、衰弱した状態で各教室ごとに密集しているのだから。
何より凛と士郎が対峙しているであろうキャスターも居る以上、校舎内が絶対安全領域という保証もない。
出来るなら今すぐに行動を起こし、ライダーを打倒する手を打たなければ、より最悪な状況に陥らないとも限らないのだ。
校庭では天馬からの突撃にタスラムによる弾丸で応戦しながら、必死に戦い続けているフェンサーの姿。
それはそうだろう。フェンサーに残されている抵抗の手段は少ない。
どれだけ卓越した魔術であろうと、神秘そのものである天馬に抗し得る手段にならないのは明白だ。
タスラム以外のもう一つの宝具はオレが今手にしている宝剣であり、残るは未だ正体不明である3つ目の宝具のみ。
それに天馬の最初の突進を受けて壁に衝突したダメージも然ることながら、クラウ・ソナスの解放とタスラムの連続使用による魔力の消耗。
タスラム自体魔力消費の少ない、連続使用に耐える宝具であるのは利点だったが、それでもフェンサーの残存魔力はそう多くはない。
平均的なサーヴァントに比べれば破格の魔力総量を誇ってはいるが、戦闘中の魔術行使と宝具の連続使用により、その魔力も疲弊し始めている。
しかしこの予想外に苦戦を強いられた戦況に在って、局面を打開する手段は明らかで。
ある種オレが予想した通り、フェンサーから届いたのは許可を求める声だった。
(マスター、最終宝具の使用許可を。アレならこの状況からでも、確実に勝ちに行ける)
防戦一方ながらにも、未だ戦い続けているフェンサーからの嘆願申請。
もしかしたらオレよりも戦況を読んでいるであろうフェンサーが断言する以上、残った宝具はそれほどの能力を持ったモノなのだろう。
けどそれは甘えじゃないのか? 本当にそれ以外に可能性はないのか?
今ここにはキャスター、さらには凛と士郎二人ものマスターが居る。
ライダーを倒すものとしても、計3人ものマスター、サーヴァントにこちらの宝具を曝け出すこと。
宝具の能力を知ったからといって対処するのは簡単ではないし、宝具の真名からオレでさえ知らないフェンサーの正体が割れることもほぼないだろう。
許可を下すのは簡単だ。一度GOサインを出してしまえば、後はフェンサーが宝具を解放するだけ。
けれど宝具を見せるのは危険な賭けだ。逼迫した局面において、決してリスクの低くはないカードを切ることと同じ。
しかしそれでも現状打破の為に必要な手段といえばその通りで、他に有効な手立てが思いつかないのも事実。
故にここは、マスターたる自分の判断が今後の総てを左右すると言っていい。
決断に時間はかけてはいられない。刻一刻とフェンサーは削られている。
許される猶予の中で、最大限、最高率で思考思案を駆け巡らせ、オレが出した結論は───────
後書き
遅くなりました、最新話です。
先週……先々週末かな? に更新の予約してたのに、失敗してたのか昨日更新できてないのを確認したときは焦った…………
時間が取れればもう少し早い間隔になるかもしれませんが、基本的には気長にお待ち頂けたらと思います。
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