Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
開かれし魔眼、射貫きし魔丸
解かれる眼帯。開かれる双眼。
時間が遅延していくような錯覚の中、オレやフェンサーだけでなく、魔力や大気をも含めた全てがその眼によって凍りついた。
灰色の水晶のようなソレは、視覚機能を司るモノとしてあまりに異質、あまりに異形。
角膜、網膜、瞳孔、虹彩。
眼球を構成するあらゆる部位が、通常の人間のものとはかけ離れている。
かつての古に神が与えたもうたその眼は、たとえ呪いであろうと祝福であろうとまるで宝石のように麗しい。
宝石──────つまり魔術協会の定めた基準において、最高位に属するノウブルカラーと呼ばれる魔眼だ。
魔眼とは本来受動的な機能しか持たぬ眼球を、能動的な機能を持つように魔術回路として作り変えたもの。
魔術師が行う一工程の魔術行使と同等の効力を持ち、視界内に存在するものに問答無用で魔術をかけ、標的にされた対象が直視すれば効力は飛躍的に増大する。
その隠匿性と能力から魔術師間では一流の証とされるが、実際はせいぜい魅惑や幻像、簡易な暗示程度の力しか持ち得ない。
強力な魔眼は人工的に作ることはできず、現存するそれは元々生まれ持っていた者だけが保持しているのみ。
人の身では再現し得ず、天性によって授かることでしか手に入らない神秘。
どのような効力であっても、他者の運命に介入する魔眼は特例とされ、その中でも最高位とされるものが石化の魔眼。
石化の魔術を扱える魔術師さえ極めて少ないというのに、それを視認するだけで可能とする事がどれほどの神秘なのか。
神代に存在した聖霊、魔獣しか持ち得なかったとされる魔の瞳。
視線だけで人を石にしたと伝えられる、女神メデューサの証である魔術宝具。
それこそが今現在相対している、ライダーが保有する石化の魔眼であり、彼女の正体だった。
「く、マズい…………!!」
眼帯封呪から眼による何らかの干渉魔術を発動するものとは想定していた。
だからこそ彼女の眼の直視だけは避けていたものの、これほどに強力なものを眼を逸らしていただけでは回避など出来ようはずがない。
高まっている抗魔力と魔術刻印が自動的に発動したレジストによって、膝下までで石化の侵食は止まっているが、これの解呪には短くはない時間を要する。
前以て稼いでいた時間では足りず、このままでは竜牙兵に包囲されるのは火を見るより明らかだ。
それ以前に身動きの取れなくなったマスターなどサーヴァントからすれば木偶同然。
竜牙兵による数の暴力に潰されるよりも早く、訪れるのはライダーによる瞬殺の未来しかありえない。
「くそッ、フェンサー!」
前衛を張っているフェンサーを呼び寄せる。
彼女は石化するまでの影響は受けていないようだが、魔眼による重圧で能力が抑制されている。
軽くはない代償だが、それだけで敗北の要因になることでもない。
共振増幅していなければ致命的な痛手になっただろうが、フェンサーが自由に動けるなら打つ手はある。
「5分以内に解呪する。それまで防衛を頼む」
「わかったわ。キャスターの使い魔にまでは気を割けないから、そっちはどうにかして」
付かず離れずの距離を保ち、防戦態勢に入った。
ライダーの身体がゆらりと揺れる。
手に携える鉄杭から伸びる鎖の音が耳障りな音を立てる。
確実にオレを狙って放たれた鉄杭を、フェンサーは振り上げた剣で弾き返す。
こちらの様子を見るように狙う箇所、投擲方法を変え、ライダーが幾度も牙を飛ばす。
「ッ……」
繰り返される投擲はどうということはないものだ。
どれだけ攻め続けたとしても、このままでは一度たりともオレまで届くことはない。
だが、フェンサーが浮かべるのは苦々しい表情。
逡巡する刹那、それがどういうことなのかを理解する。
ついさっきまで目まぐるしい速度で疾走し、剣戟を交し合う二人を見ていたからだろう。
フェンサーの剣速は明らかに遅くなっているのが見て取れた。
いや、動作による速度だけでなく、反応速度も鈍っているように見える。
重圧による能力抑圧の影響か? …………いいや違う。
それは彼女の武器である最速の概念が、その能力を発揮できない状況にあるからだ。
曰く、この絶対速度の概念による優位性は使いどころが難しいと言った、フェンサーの真意はここにある。
常に最速を実現するということは、常時相手の速度を上回り続けるということ。
現在の相手の速度を常に更新し続けているために、その時々の相手の速度によってこちらの速度も常に変わる。
時速100キロで駆ける相手ならば時速101キロ以上で駆けられるが、その相手が減速した場合、こちらもそれに準じた速度にまで落ちる。
素の身体能力以下になることはないものの、そもそもの能力が高いわけではないフェンサーにとって、速度の恩恵は大きいものだったはずだ。
ここまでの戦闘でそれを悟ったのか、今の鉄杭による単調な攻めはその考えが確かかどうかを洞察するためか。
鉄杭で緩急をつけた攻撃を仕掛けるのも、フェンサーの速度強化の概念がどういうものかを調べるため。
概念が最大限に発揮されずとも、鉄杭の攻撃に対処できる程度には強化されるのだろうが、遅すぎる攻撃ならば基のフェンサーの能力で対応できる。
恐らく最初の戦闘時に有り得ない速度差で斬り伏せられたことを、ライダーはずっと疑問に思っていたのだろう。
彼女はその疑問の解を模索しながら戦い続け、ここにきてその答えに至ったのだ。
だがそれだけで詰みを取られるほど、サーヴァントとは甘いものではないということも事実。
「しょうがないわね…………」
フェンサーはそう呟くと、僅かに微笑した。
まるでそれを口にすることが嬉しいと言わんばかりに。
万感の思いを込めて、その呪文を囁いた──────
「set……EtherDrive……聖遺物・概念実装!!」
(…………なんだと?)
それはオレの、オレだけのものであるはずの起動呪文。
記憶の夢で見た青年も同じ起動呪文を口にしたが、フェンサーまでもが同じ言葉を口にするなどということが有り得るのか。
被ることがないとは言い切れないし、青年と親しげだったフェンサーなら同じ起動呪文を使ったというだけのことかもしれない。
けれど後に続く呪文は、発動された魔術は、紛う事無き黒守の魔術だった。
黒守の魔術…………それは魔術礼装に内包された概念、神秘を実行するという魔術。
黒守の初代が一生を掛けて構築した魔術理論。
特殊な概念を内包した魔術礼装を媒体、媒介とした理法。
元々は決められた事柄を実行するだけの限定礼装から概念のみを取り上げ、魔術として行使するというコンセプトに基づいて生み出された。
そこから少しずつ修正を繰り返しながら、そのために必要な魔術刻印を一代ずつ積み重ね、理論的にそれが完成したのは200年ほど前だ。
ならば彼女はこの200年の間に存在した黒守の一族の誰かなのか?
現代に呼び出されるサーヴァントたちが、全て過去から喚び出されているという固定観念がそもそも間違っていたとしたら?
英霊となった彼らに、時間の概念というものはない。
祀り上げられ、人々の信仰によってそうなったものでもそうでないものでも関係はなく。
共通するのは等しく世界の埒外、時間概念さえも超越した法理の外にある座へと置かれるという点だ。
そしてもう一つは貴き幻想と呼ばれる、自らの生涯を象徴する宝具を持っているということ。
貴き幻想……物質化された奇跡である破格の魔術礼装であろうと、彼らサーヴァントが持つ宝具とは一種の概念武装だ。
伝説になり、後世にまで語り継がれし英雄。
彼らが持っていた武具の逸話、能力を現実に再現することを可能にさせる。
故にその真銘を、神話魔術と云う。
そこで初代が概念実装魔術理論から派生させたのが、その概念武装との同調から秘められた奇跡の力を利用すること。
座に存在する英霊の象徴となる聖遺物を介して、彼らとの間に経路を開き、根源へと至るというものだ。
開いた後にどう根源へと辿り着くかは仮説ながら幾つかの手段が記されていたが、実際に開く段階まで到達できれば自ずとその方法は知れるはずだとも書いてあった。
それは間違いなく黒守にだけ伝わる魔術であり、それを他の魔術師が知っている、扱えるということだけは絶対に有り得ない。
神秘の隠匿を第一意義とするのは魔術師として当然。
今日までに黒守の魔術が外部に漏れたことなどなく、今までに有り得ないならばその可能性があるのは未来だけということになる。
オレの代以降の黒守が英霊となったのか、それとも誰かに魔術を知られてしまったのかまではわからないが。
少なくとも夢の記憶で見た青年、もしくはフェンサーは黒守に縁のある人間なのだろう。
だからこそ魔術によって宝具の真価を発揮させることができ、内包する概念を自身に実装することが出来たのだ。
「────────」
銀の聖封から宝剣が解放される。
纏っていた光と同じ白銀の煌きを湛えた剣、それこそが彼女の持つ宝具の真実の姿。
これまでは剣に内包されていた絶対速度の概念を自身に実装していただけだったが、今は宝具の概念そのものを解放している。
敏捷に属する能力が強化され、フェンサーの動きにキレが戻る。
依然としてライダーの方が速いが、速度差によるアドバンテージは均衡を保たれたことになる。
しかしライダーは直接攻めて来ない。
こちらの加速原理を知ったからというのもあるだろうが、彼女の狙いはそんなものではない。
────時間稼ぎ。フェンサーを防戦一方にすることで、竜牙兵が集う時間を稼いでいる。
どうあってもオレはしばらくの間動けない。マスターの防衛に回らなければならないという状況を活かし、自分に有利な戦場を作ることを念頭に置いている。
いくら足止めを食らったからといって、人形の群れ程度にやられることなどない。
フェンサーも防戦せざるを得ないとはいえ、ライダーに押し切られるということはないだろう。
ならライダーが人形共に合わせて、乱戦、攪乱を主戦法として攻めてきた場合はどうするのか?
竜牙兵にまでは気を割けないとフェンサーは言った。それはライダーから目を離すことが出来ないからだろう。
自分がやられれば済し崩し的にオレまでやられるし、オレが竜牙兵を捌いているときにライダーから攻撃を受ければ対応できない。万が一に竜牙兵に押し切られても終わりだ。
俺たちが取れる手段は、石化が解けるまで防衛し切るという受け身な選択肢しかなかった。
こちらに寄ってくる竜牙兵との距離は、凡そ20メートル。
魔術で射抜くにしても最低10メートル以内まで引きつけなければ、性能の悪い人形といえども回避行動が間に合ってしまう。
さらに言えば距離が遠いことによる威力減衰によって、核を破壊しきれないともっと面倒なことになる。
背後から近づく奴も感知はできるが真後ろを振り返ることができないため、広範囲魔術で吹き飛ばすしかない。
校庭のど真ん中ってのは、思ったよりも不利な立ち位置だった。
(頼むぞ、フェンサー…………)
身動きの取れないオレには、ライダーからの攻撃をフェンサーが防ぎきってくれると信じることしかできない。
考えている暇もない。その間にも竜牙兵は迫ってくる。
今は手緩いライダーの攻めも、竜牙兵の接近と同時に、もしくはオレの注意が竜牙兵に向いた瞬間に激しさを増すだろう。
3メートル……2メートル……1メートル…………
竜牙兵が射程圏内に入った瞬間に、射撃魔術を連続発動する────!
「Orb Blight! Blitz Shot, Halberd Ignition!!」
拡散射撃では威力まで分散してしまうため、直射砲で竜牙兵を薙ぎ払うとともに吹き飛ばす。
潰し切れていない人形など後回し、今はこちらを包囲し迫ってくる100体近い人形を片っ端からぶっ飛ばすしかない。
刹那、視界の隅に紫の髪が流れるのが見えた。
「ちょこまかと────ッ!!」
どうやら旋回しながら攻撃してきているらしい。
人形を隠れ蓑に、または障害物としながら、暗器のようにその双牙を飛ばしてくる。
しかもその走行軌道は円を描きながらも、その間合いを少しずつ狭めてきている。
ギリギリまで距離を縮めた後、オレが反応できない所まで近づいて一撃で決めるつもりか。
フェンサーも今なら神速の特性を発揮できようが、オレという足枷があるせいでそれもかなわない。
そんな状況分析をゆっくりとしている余裕もなく、オレは確実に自分を狙っているライダーから目を離さざるを得なかった。
「はあぁっ──!!」
共振させた魔力の発露。ここまでで既に、魔力総量の内の3割から4割は消耗している。
フェンサーに共振増幅して供給した分を差し引いても、あまり長期戦に持ち込むわけにはいかないかもしれない。
肉体への負荷が増えるが、共振回数を増やすべきか。
普段は5度の共振によって凡そ3倍強の魔力を生成しているが、共振回数を多くすればその分倍加する魔力も多くなる。
そして共振回数を増やせば身体への負担も増え、普通は放出するはずの魔力を何度も循環させることにより魔術回路も焼きついてくる。
最大放出量にも限界があるし、無闇な増幅は効率が悪いのだが…………こんな状況ではそうも言っていられない。
「っ!?」
右から左の敵へと狙いを変えようとした瞬間、眼前まで飛来した鉄杭を寸でのところで銀剣が弾く。
振り返らないままなら後頭部、正面からなら眉間を貫いていたであろう位置。
当たれば絶対に死んでいただろう攻撃に驚きはしたものの、何故か自分がここで死ぬかもしれないという感じはしない。
あまりの状況に、危機回避やら生存本能やらが壊れたのか。
それともフェンサーへの信頼故か、単にオレが自信過剰なだけなのか。
わからないが、それでもこの勘は信じていい。
今まで死ぬほど恐ろしい目に遭ったことは何度かあるが、そのいつでも自分がそれで終わると思ったことはなかったのだ。
直感的に死ぬと思わなければ、大抵のことはどうにかなる。
余計な感情や感傷と同じく、恐怖や怯懦などといったものは、戦闘時には不必要なものなのだから。
たとえそれらを消しきれなくても。たとえそれらを拭いきれなくても。
大切なのは、判断を誤らないこと。
だから鉄杭の投擲と同時に迫るライダーを視界に捉えていても、オレがそちらに気を割く必要などない────!
「セッ、やぁッ!!」
上段と下段から喰らいつく牙を防ぐ銀の軌跡。
走り迫るライダーが、飛んでいく鉄杭から伸びるその糸を掴む。
弾け飛んだ鉄杭を鎖で引き寄せ、間髪いれずに放たれる第二投…………!
「く……!?」
両側面から挟み込むように飛来する双牙。
それを返す刃と蹴りで再び弾き返す。
このとき、予想外だったのは。
銀剣に弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいく鉄杭を。
フェンサーの脇を高速で走り抜けたライダーがそのままキャッチし、攻撃に転じたことだった。
「ッ、こっのォ……!!」
振り返りざまに繰り出される斬り上げ。
それはオレの心臓目掛けて繰り出された鉄杭を見事に迎撃した。
これだけの手を尽くして仕掛けられた想定外の奇襲を受けて、なお防ぎきるフェンサー。
ライダーから守り切ると言った意思は生半可なものではなく、これほどの連撃を凌ぎ切る鉄壁の防御。
だが強固な意志、揺らがぬ精神だけではどうにもならないことがある。
斬り上げから反転させた刃で袈裟懸けに斬り込むも、信じられない反応速度で飛び退るライダー。
そしてギリギリの攻防で後退しながらも、鉄杭と繋がる鎖を巧みに操り、鉄杭が再び襲い掛かる。
「っ、レイジ────!!」
寸分違わずオレに向かって飛来するその死の牙を、急所から外すことができたのはフェンサーが呼びかけてくれたおかげだった。
「つぁ……ぐっ……!」
左肩を突き抉る杭。
肉が潰れ、骨が砕ける音。
自分の身体から耳へと響く不快なそれを聞きながら、刹那にこのままではマズイと判断する。
士郎はこの状態から鎖で引きずられていた。
あれと同じようにされては、最悪石化している両足を引き千切られかねない。
刺さった痛みに呻く声を抑え込み、すぐさま引き抜く痛みにも耐える。
ボトリ、と、塊のような血が肩に空いた穴から流れ落ちる。
痛みも精神制御である程度はどうにかできるが、さすがにそのせいで石化の解呪に集中できなくなっては意味がないので、痛覚遮断のレベルを上げた。
魔術刻印の術式を使用して止血と組織閉鎖を行い、引き抜いた鉄杭を適当に投げ捨てる。
「レイジ、傷は────!?」
「構うな。魔術回路としての性能に支障はない」
左肩の使用不能は痛手だが、脚が無事なら運動能力の低下はそれほどでもない。
魔術師としての能力……魔術回路としての損耗は無いに等しく、今すぐどうこう騒ぐほどの傷じゃない。
人間としての機能よりも、魔術師としての性能を優先する。
もとより多少動けたところで、オレにはライダーに抗する手段などほとんどない。
ならば重視すべきは魔術回路が無事かどうかであり、肩に穴が開いた程度のことは瑣末事だ。
「おまえも急所以外を狙った攻撃は無理に防がなくてもいいぞ。その部位が完全に消失しなければ、後からどうとでも修復できる」
「……………………」
どう見ても納得していないという顔をしているが、そんなもの知ったことじゃない。
無意味な言葉や意見は無視する方針だ。
勝利への布石、行動以外に余計な気を割くくらいなら、ライダーとの戦闘に集中してもらった方がまだマシだ。
さすがにフェンサーもオレの考えに異を唱えることはない。寧ろより鋭い目つきでライダーを睨みつける。
そして口にされた言葉は、この局面において当然とも言えるもの。
「マスター、宝具の使用許可を。
本当は温存しておきたかったのだけれど……もういい、ここで二つ目も使うわ」
既に詳細が判明している誓約された不敗の剣と、残る二つの宝具の内のどちらか。
士郎と凛の二人のマスターが存在し、キャスターが監視しているであろうこの状況で己が宝具を解禁する。
後々に戦況が激化してきた際に、宝具の能力を知られていることは不利な要素となる。
先程のオレの推測が当たっているとすれば、宝具の判明によって彼女の真名が知られることはないだろうがそれでもリスクは高い。
危険な選択であることは確かだが、そんな出し惜しみで敗北していては意味がない。
だからこそ、オレが出す答えは一つ。
「了解だ。タイミングは全て一任する。足の石化も後1分以内に解呪出来る」
必殺を期して挑んだ強襲を防がれたライダーは再び間合いを取り、こちらの様子を見ている。
連続して攻め込みに来ないのは、攻撃の合間に緩急をつけて、フェンサーを必要以上に加速させないことにあるのだろう。
だがそれが、今度はライダーの命取りになる……!!
「聖遺物・概念実装────真名開放!!!」
両手に握っていた宝剣を右手に。
次いで左腕から袖を突き破って、大型のバリスタのような機械弓が展開される。
矢を射るのではなく、手頃な弾丸になるモノをただ射出するためだけの機構。
弓というよりは投石器のような役割を果たすそれが、フェンサーである彼女が持つ第二宝具。
その真名、その真価がここに顕現する。
「灼光の魔丸────!!」
放たれるはタスラムと呼ばれし魔丸。
ダーナに連なるケルト神話において、太陽神ルーが撃ち放ち、視ただけで誰でも殺すことが出来たと云うバロールの邪眼を破壊した光の弾丸。
それは弓矢であったとも、投槍であったとも、投石であったとも伝えられているが、タスラムの真の姿はそれではない。
タスラムとはただの射出機。装填された物体に魔眼を撃ち貫くという性質を付与する、固定概念を付与する武装。
それは最上級の魔眼殺しの宝具であり、威力自体はさほどではないものの、魔眼の属性を持つ相手には絶大な効果を発揮する。
宝石と謳われる魔眼すら殺すこの魔丸は、メデューサであるライダーにとって天敵ともいえる対人宝具──────!!
「っ────!!?」
紫の大蛇は、音速に迫るその一撃を紙一重で回避する。躱した勢いのままに10数メートル飛び退がる。
一瞬の安堵と共にライダーは顔を上げた。
けれど甘い。どうしようもなく甘い。
避ければ当たらないなどという劣悪な代物ならば、最上の魔眼殺しとは呼べぬのだ…………!!
「A tathlum, heavy, fiery, firm,
Which the Tuatha De Danann had with them,
It was that broke the fierce Balor's eye,
Of old, in the battle of the great armies」
二重、三重と響く重続詠唱によって唱えられる、瞬間契約にも匹敵する多重長節の呪文。
通常なら詠唱終了までに1分──凡そ60秒は掛かると言われるその魔術式法の発動を、僅か十分の一以下の時間で完了する。
高速詠唱と二重詠唱による並行詠唱によって、信じられない速さでそれを完成させた。
間違いなく現代の魔術師には真似することの出来ない技術、力量であり、なまじどうやっているかの理屈が理解できるからこそ、その異常さが窺い知れる。
その言霊が響き終わるとき、ライダーを掠めることすらなく飛んでいった魔丸が急速に方向を変えて舞い戻る。
射出した際の7倍に値する速度で再度飛来する魔丸は、正確無比にライダーの目へと飛来し────
「あ、っ…………あぁああッ!?」
その美しきライダーの宝石を、問答無用に、無慈悲に破壊した。
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