もう一人の八神
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新暦77年
memory:13 廃墟の街にて
-side 悠莉-
世界大会も終わっていつもどおりも日常に戻ったとある日。
なんとなくでコースを決めながらランニングしていたのだけど……。
「やばいな……迷った。魔法の構成を考えるのに集中し過ぎた」
時計を見ると、どうやら一時間ちょっと考えに耽りながら走ってたようだ。
「まぁいいや。少しこの辺りを回ってみるか」
改めて辺りを歩き回ってみる。
道沿いに並ぶ店の数々はシャッターが閉められていてスプレー缶による落書きがあちらこちら。
目に入った街灯は電球が砕け、ショートして火花が散っているものがいくつか見られる。
建物もガラスが割られていて破片が地面に散らばっている。
ミッド周辺地域に比べてインフラが整備されておらず、これといって治安がいいとは言えすようなところではなかった。
人影は全く見えず、ただ気配がするだけ。
「なんというか…廃れた街、廃墟街って感じかな? ……人はいる感じはあるみたいだけど」
離れたところに後方に五つ、左右にも三つずつ、すぐ近く、前方には二つの計十三、か……様子見ってところだろうけど囲まれてるね。
何人かは武器を持っているみたいだし、街の様子や欲に塗れた殺気から考えて金目のものと暴力による快感が目的かな? 血の匂いが僅かだけどするし。
出来れば来てほしくないなー、私が手を汚さずに済むから。
「おいそこのガキ、ここいらじゃ見かけねぇー顔だな?」
「……はぁ」
「おいテメェ! 何人の顔見てため息ついてやがる! ケンカ売ってんのか!? ア゛ァ!?」
睨みを利かして凄んでくる下っ端A。
別にどうってことないので無視してチンピラどもを確認する。
鉄パイプが八でナイフが大小合わせて五、リーダー格がナイフに加え、懐に拳銃か。
リーダー格と下っ端A以外はそれなりに離れてるとはいえどうしようかな。
「で、何か用ですか? 何にもないのならさっさと帰りたいんですけど」
「まあそう言ってやるな。ガキ、ちょいとツラ貸してくれや」
そう言い、手を伸ばそうとした瞬間、声が聞こえた。
「耳と目を塞いで!」
足元に転がった物体、スタングレネードのようなものを見てその声に従った。
次の瞬間、閃光と爆音が一帯に広かった。
「お兄ちゃんこっち!」
閃光と爆音の中、誰かに手を引かれてこの場から離れた。
そしてしばらく走り続け路地裏まで来た。
「ハァ…ハァ…ここまでくれば、大丈夫なはず……お兄ちゃん大丈夫だった?」
「おかげさまでね。でもどうして助けてくれたのかな?」
「お兄ちゃん、あいつ等に絡まれて困ってたでしょ、だから……」
「自分の身が狙われるかもしれないってわかってるのに?」
女の子は頷いた。
「そっか、ありがとね。でもこう見えても私は強いんだよ?」
「あんまりそうは見えないよ」
「ありゃりゃ」
つい苦笑いを浮かべると女の子は笑った。
「それよりも君はここいらの地域に住んでる子?」
話を聞いてみるとその通りだった。
ここから少し離れたところで一部大人と子供が集団で暮らしている。
で、先ほどのチンピラどもはというと、以前この地区を牛耳っていた犯罪グループの残党らしい。
少し前にここを訪れたシスターや管理局員たちが上の人間を捕まえたのだがその時に討ちもらしだそうだ。
罪状は質量兵器の密輸入、麻薬の売買、その他にも殺傷…快楽殺人など諸々。
チンピラどもの被害にこの子が一緒に暮らしている人たちも被害に遭わされているらしい。
少し空気が重くなったのでこの子の話しの所々出てきたお姉さんについて聞いてみると、女の子は満面も笑みを浮かべて話してくれた。
「―――でね、お姉ちゃんはいつも私たちを守ってくれたんだ。さっきみたいな人たちや目がぎろぎろした大人たちから身を挺して……。だから私はそんなカッコいいお姉ちゃんみたいになりたいんだ」
「そっか。そのお姉さんは何処に?」
「ここにはいないよ。でもね、今日お姉ちゃんがシスターさんたちと私たちに会いに来てくれるんだ!」
まぶしいな。
さっきのチンピラどもと違ってまっすぐで綺麗な目をしてる。
「よかったね。それじゃあ早く戻らないとね」
「うん! お兄ちゃんこっちだよ!」
手を引かれながら路地を出た。
この時、周囲を警戒するのを忘れてしまった。
「見つけたぞ!」
数は先ほどより増えて三十人ほど。
全員が武器を持っていて、私たちを囲んでいた。
-side end-
-side other-
「ゴメン兄ちゃん、私のせいで……」
「気にしない気にしない。それよりも……」
先ほどとは異なり人数が倍以上に増えている。
この町に蔓延る仲間を呼んだのか。
「そこのチビか、さっきはよくもやってくれたな」
「うるさい! お前たちがこの町にいるからでしょ! みんなを傷つけているお前らなんかいなくなっちゃえばいいんだ!」
啖呵を切る女の子。
リーダー格はイライラを募らせながらも面には出さずに深く息を吐いた。
「はぁ、女の子に啖呵切られてキレそうになるなんて情けないな。それに限られた範囲内にいる子供二人を探し出せずに増援だなんて……さらに情けないな」
「……なんて言った?」
「お前ら全員聞こえなかったのか? それは残念な耳だな……ん? それとも耳に入った言葉が理解できないほど頭が残念なのか? それはすまなかった」
それを言うと殺気が膨れ上がった。
悠莉は殺気を感じると肩を竦めて「情けない」と呟いた。
「オイ」
リーダー格が合図をすると後ろからゆっくりと近づいてくる気配がした。
「お兄ちゃん危ないっ!」
女の子は叫びながら、そのままだと起きてしまう最悪の事態に恐怖し、目を力いっぱい閉じた。
周りのチンピラたちもニヤニヤとしながら事の行く末を眺めた。
振り上げられた鉄パイプが頭めがけて振り落とされ、鈍い音とともに血が流れると誰もがそう思っただろう。
しかし、いくら経ってもその音は聞こえない。
「……は?」
そんな間抜けな声がどこからか聞こえた。
女の子は疑問に思いながらゆっくりと目を開けると、
「……そっちから手を上げて来たんだ、それなりの覚悟はあるんだよね」
後ろを振り返らずに振り下ろされた鉄パイプを握る悠莉がいた。
「おい、そこのリーダー格、しっかり受け取れよ? ―――フッ!」
掴んだ鉄パイプを振り下ろして下っ端Bをリーダー格に投げ捨てた。
「……これが最後だ。今のうちなら跪いて謝れば命だけは助けてやるぞ」
青筋を浮かべ低い声で脅すリーダー格。
「金・暴力・快楽殺人大好物なお前たちはそんな気さらさらないくせに何言ってんだ。それに謝るのはお前たちの方、先に手を出したのはそっちだろ? 土下座で誤れば許してあげるかもよ?」
「クソガキがぁ! やれ!」
下っ端AとCが襲い掛かってくる。
「遅いよ」
下っ端Bから奪った鉄パイプでド突く。
「テ、テメェ……!」
「何を怒っている。自分たちも同じようなことをやって来ているんだろ? 嬢ちゃん、ちょっとあいつ等で遊んでくるからじっとしててね。この魔方陣の中にいれば安全だから」
「は、はい!」
「なめやがって……早くあのクソガキどもを始末しろ!!」
あーあ、とうとうナイフにまで手を伸ばしたか。
どちらかって言うと鉄パイプの方がリーチがある分いいとは思うんだけど…関係ないか。
それにしても連携がなってないから楽だな。
「……哈ッ」
襲い掛かってくる一人一人を軽く壊す程度に鉄パイプで打ち抜く。
胴を払い、腕を打ち上げる。
小手を打ち、みぞを突く。
「うーん、面倒だから五人以上にまとまてかかってきなよ、そっちの方が個人的には楽だからさ」
「クソが!」
リーダー格を除く全員が襲い掛かってきた。
鉄パイプを持つ下っ端の群Dの脇を続けざまにすり抜けて背中に一閃。
直後、地面を蹴る音と「死ね!」などと声が聞こえ横に体をずらしてナイフを避け、腹部を払う。
足元に転がる鉄パイプを蹴り上げて少し離れたところの下っ端の群Eにすべて投擲する。
一瞬にして半分以上が地面で呻き声をあげ、気を失っている。
「今度はこっちからいくよ」
下っ端の群F・Gの中に突っ込む。
斬撃を四人に打ち込み、吹っ飛ばす。
一斉に振り落とされる鉄パイプを避けて相打ちを誘う。
「そこまでです!」
「全員動くなよ!」
残りはリーダー格になった所で突然、この場にはいなかったはずの女性の声が聞こえた。
「シスター・シャッハ? それにセインも…どうしてここに?」
あ、そういえばあの女の子が言ってたっけ、今日はお姉ちゃんと教会シスターさんたちに会うんだって。
そのお姉ちゃんが聖王教会の関係者だったのか。
ということは二人の後ろのにいるあの子が嬢ちゃんのお姉さんに当たるのか。
二人も悠莉がこの場にいることに驚いた表情をした。
「クソッ! だったらこのガキだけでも!」
シスター・シャッハたちの姿を見て苦虫を潰したような顔のリーダー格は懐にしまってある拳銃を取り出して銃口を悠莉に向け、引き金を引いた。
「「「悠莉(ユーリ/お兄ちゃん)!」」」
「―――フッ!」
銃声の直後にキンッ、という金属音が聞こえた。
「は……? な、何をしやがった!?」
「ただ鉄パイプで弾を撃ち落としただけだ。何ならもう一度試してみるか?」
「クソォッ!!」
今度は乱射をするが一向に悠莉に届くことはなく金属音が鳴り響くだけ。
終いにはカチャカチャを弾切れの音が聞こえてくる始末。
「なんだ、これで終わりか?」
「く、来るな……………た、頼む! 命だけはっ!」
一歩ずつゆっくりと近づく。
虚勢を張ってたものの距離がだんだんと無くなるにつれて懇願に変わった。
「命乞いを無視していたお前が何を言っているんだ?」
「あ…あああ……っ」
リーダー格は目の前に立つ悠莉の顔を見て顔を真っ青にした。
「そんじゃ、さよならだ」
リーダー格が最後に見たのは悠莉の醜くも美しく嗤った顔だった。
「ん、これで終わりっと。シスター・シャッハ、セイン、悪いけどあとはお願いします」
-side end-
-side 悠莉-
後処理を二人に任せてベンチに座っていると私と同じ年くらいのシスターがやって来た。
「キミは…シスター・シャッハとセインと一緒にいた人だよね」
「あー…うん。そうなんだけどさ……」
頬を掻きながら何か言いた気で、だけどなかなか言い出せない様子だった。
だけど意を決した顔になると頭を下げられた。
「あの子を助けてくれてありがとうっ!」
「どういたしまして」
「へ?」
「? どうかした?」
何か変なこと言ったっけ? 普通に返したと思うんだけど。
「……それだけ?」
「どういうこと?」
「いや、だってセインが「変な要求とかしてくるだろうから気をつけなよ」って」
……ほーぅ、セインがねぇ……後でしめないと。
「あとでセインを絞めるとして、そんなことしないし」
それを聞いてホッとするシスター。
「なぁ、変なことを聞くけど…どうしてあの子を助けてくれたんだ? 赤の他人だろ……?」
「何でって言われても……。自分のの注意不足で巻き込んじゃったからね。それにああいった輩は嫌いであの子たちは好だからね」
何だか誤解しているような目で見て来られた。
「言っておくけど変な意味じゃないよ。醜くて冷たい、欲に塗れた人間が嫌いで、優しくて温かい、心がきれい人間が好きなんだ」
私の中に流れるもう一つの血から見ればなんだけどね。
「アンタ……」
「キミならわかってくれるんじゃないかな? この地域で年上の、大人たちの汚さを、姉と慕う子供たちの純心を見てきたキミ。そしてシスター・シャッハやセインや騎士カリムたちの優しさに触れたキミなら」
「そう…かもね」
互いに笑いあう。
元の世界でもこの世界でも変わらない人という醜く美しい生き物。
そんな人間の姿を見ている彼女を見たときに何となくわかっていた、この子はどこか自分と似ている、と。
「あ、そういえば互いに自己紹介してないじゃん」
「確かに言われてみればそうだね。私は八神悠莉、ただの学生。よろしく」
「鉄パイプで弾丸叩き落としといてただのって……まっ、いいや。あたしはシャンテ・アピニオン。聖王教会のシスターだよ」
-side end-
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