もう一人の八神
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新暦77年
memory:14 お礼
-side 悠莉-
廃墟の街から数日後、シスターシャッハに招かれて聖王教会を訪れた。
理由は簡単で、何でもあの時のお礼をしたいらしい。
別に気にしないでいいと伝えたのだが、半ば強引に連れて来られた。
そのせいで姉さん…というか、八神家全員に知れ渡ってしまった。
「シスターシャッハ、あのあと大変だったんですよ。騎士カリムが姉さんに脚色して伝えたみたいで……もう勘弁してほしいですよ」
「……申し訳ありません、カリムにはあとでキチンと言い聞かせておきます」
「お願いします。ところで強引に連れて来た理由を聞いても?」
それよりも、シスターシャッハがここまで頑なになるなんて疑問に思っていた。
いつもならここまで強行せずにてを引いてくれるはずなのに、そうではなかった。
「実を言うと、あの子…シャンテとカリムの発案なんです。あなたに以前のお礼をするための」
「以前って…もしかして廃墟の街のことですか?」
「その通りです」
詳しくは語らずにとある一室に入った。
案内されたのは騎士カリムの書斎で、中に入るとカリムに出迎えられた。
「よくいらしてくれました」
「お久しぶりです、騎士カリム」
椅子に座り軽く挨拶をする。
少し最近のことなどを話していると一度話を区切られ、騎士カリムが真面目な顔になった。
「聖王教会の騎士として、改めて前の件についてお礼を言わせていただきます。ユーリさん、ありがとうございます」
騎士カリムとシスターシャッハに頭を下げられた。
「ちょっ!? 頭をあげてくださいよ。私があの場にいたのは本当に偶然なんですから。それに、あいつらを倒すのだって、ただ私がムカついたからなので……」
「しかし、そのおかげであの少女を初め、多くの方々が助けられたのです」
「ですからシャンテとは別に私から恩賞、というわけではありませんが何かお礼を差し上げようと思っているの」
「と、言われましても……」
苦笑するシスターシャッハと何でも言ってねと笑顔の騎士カリムを頭を掻きながら困った顔で見る。
しばらく考え、一つの答えを出した。
「……じゃあ貸し一つってことにしてくれませんか」
「と、いうと?」
「申し訳ないんですけど今の私には何がほしいとか、何をしてほしいとか正直に言ってないんですよ。だから今後私が困った時や願いが出来た時に手を貸してください、出来るだけ叶えてください」
「構いませんよ」
「へ?」
即答する騎士カリム。
少し間抜けな声を上げ、シスターシャッハに視線を移すとシスターシャッハも頷いた。
「言っておいてなんですけど、そんな簡単に頷いたりして大丈夫なんです?」
「形はどうあれ、滅多にないあなたからのお願いなのですから多少の無茶でも聞き入れるつもりでしたから」
「うふふ、知ってますか? 少し前だったかしら…はやてから話、というより報告があったの」
「カリム、それは……」
「いい機会だしいいじゃない。それにユーリさんなら黙っててくれるわよ。ね、そうでしょ?」
いや、急にふられても……。
でも、まあ、
「よっぽどのことじゃなかったらですけどね」
シスターシャッハには珍しく「それもそうですね」とすぐに引き下がった。
「はやてから『やっと悠莉が私らにわがまま言ってくれたんよ』って聞いたのよ」
え……? それって一体……。
「前々から相談されてたのよ。姉としてどう弟と接すればいいかとか、こういう時にはどんなことをして上げればいいのかとか。はやてはあれで不安だったのよ」
「姉さんが……」
全然気付かなかった。
いつも笑っているからそんなことを言ってたなんて思ってもなかった。
「わがままを言わない悠莉が悪いというわけではありませんよ。ただもっと頼ったり、意見をぶつけ合ったりしてほしいのです。家族として、友人として、仲間として」
「そう思っているのはあの子だけじゃないはず。あなたのお友達やなのはさんたちもきっと、ね。もちろん私たちもそうですよ」
「シスターシャッハ…騎士カリム……ありがとうございます」
さっきまでお礼を言われてたのに今は言う方なんて、ちょっと変な感じだ。
騎士カリムとシスターシャッハも同じように思ったのか頬を緩めている。
「さて、みなさんの行きましょうか」
「そうですね。そろそろ準備も終えている頃でしょうから。さあ悠莉、私たちについてきてください」
「はい」
シャンテたちが準備しているというお茶会の会場へと向かった。
二人に案内されて中庭に足を運ぶと数人のシスターが準備をやっていた。
とは言っても全員に見覚えがある人たちだけど。
「おっ、ユーリ久しぶり!」
「うん、久しぶり。相変わらずだなセイン。オットーとディードも久しぶり」
「はい、お久しぶりです、ユーリ」
「元気そうで何よりです」
セイン、オットー、ディードの三人と挨拶を交わして用意された席に着いた。
騎士カリムたちも席に着くと目の前にティーカップが置かれた。
「ほいっ、冷めないうちにどーぞ」
「ありがと、シャンテ」
カップに口をつけようとするとシャンテから変な視線を感じた。
頭を捻りながらも紅茶を飲む。
「……ん? シャンテ、もしかしてこの紅茶ってシャンテが淹れた?」
「うぐっ!? ……いきなりすぎるよ。とゆーか、何でわかったのさ」
「ここに来たときにもらってるやつと香りや味が違ってるからね。それに、シャンテがジーーーッと見てるからなんとなく。もしかしてお茶請けも?」
多少焦げてたりするクッキーを見て聞いてみると顔を反らされた。
クッキーを一枚手にとって口に運ぶ。
「うん、美味しい。ちょっと焦げてて苦いところがあるけど、やっぱり美味しい」
「あったり前さ。何てったってこのシスターシャンテが作ったんだから」
と、胸を張りながら自慢げに語るシャンテ。
だけどその顔は少し赤みがかってるように見える。
そんなシャンテを見てセインが笑っていた。
「とか言って、この日のためにほぼ毎日私たちに隠れてこそこそ練習してたもんね~」
「せ、セイン!? 余計なこと言わないでよ!」
セインは席を離れて逃げ出し、シャンテはそれを追いかける。
それを見たシスターシャッハはため息を吐きながらも苦笑いでそれを見つめ、私を含む他の面々は一様に頬を緩めた。
「あははは。うん、やっぱり気持ちの籠ったクッキーは美味しいな」
デバイスを起動させ、それを振るうシャンテとギリギリで逃げ続けるセインを声を上げて笑う。
数十分後、シャンテとセインの追いかけっこがシスターシャッハの説教で正座に変わってしまったのはご愛嬌である。
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