渦巻く滄海 紅き空 【上】
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百四 一騎当千
「――愚か者」
怒りに満ちた声が闇を劈いた。
その声音に、項垂れていた四人の肩が一様にビクリと跳ねる。
黄泉配下のクスナ・セツナ・ギタイ・シズクの四名は、鬼の国の巫女抹殺の失敗報告を今し方済ませたばかりだった。
目の前に座する主人の顔を仰ぎ見れば、どろんと濁った眼窩がクスナ達を見下ろしている。
処刑台に上がる直前の罪人の如く、息を殺して主人の様子を窺っていたクスナ達は、ふと鼻に付く臭いに、顔を歪めた。
黄泉の身体から臭うコレは、おそらく……。
「貴様らの僅少なチャクラ量では無理があったか…仕方がない」
部下の所作など気にも留めず、おもむろに黄泉が左腕を掲げる。途端、その袖からうぞうぞと何か細長いモノが飛び出してきた。
一際ビクリと身体を震わせたクスナ達の視線の先。其処には見るもおぞましい生き物が地面を這っている。その存在に、クスナ達は皆眼を見張った。
蛇のような外見だが、昆虫の外皮で覆われている不気味なソレは【チャクラ蟲】と呼ばれるもの。
「コレを持っていくがいい…」
「しかし、これは…っ」
蟲を前に、クスナは思わず声を荒げた。
確かに目の前のチャクラ蟲は、チャクラの補給が出来る貴重な代物だ。その上、使い手の身体関係なくチャクラの性質を変えられる。
例えば火のチャクラ属性の人間に、水のチャクラを宿した蟲を与えれば、その人間は強力な水遁の術を扱う事が可能となる。
しかしながら人にはそれぞれ相性のいいチャクラ属性というものがあるので、無理矢理別のチャクラを流し込んでもろくな結果にならないのは目に見えている。
よって別チャクラを身体になじませる必要不可欠な存在が、このチャクラ蟲なのだ。
(だが、その分リスクが高いから危険だ、と黄泉様は常々仰っておられたのに…)
伏せた顔の陰で、クスナは唇をギリ、と噛み締めた。地面を跳ねたチャクラ蟲が彼の胸元へ迫り来る。
不意に周囲へ視線を走らせれば、自分と同じように苦み走った顔で俯くシズクの姿が目に留まった。
反して、強大な力が手に入ると、セツナとギタイは喜々とした表情でチャクラ蟲を見ている。
不気味な蟲が己の体内へ入ってくるのをどこか他人事のように思いながら、クスナは主の意向に添うべく地面を蹴った。共に地を蹴ったセツナ・シズク・ギタイの三人が己の後ろからついて来るのを背中で感じる。
三人の青年を従え、鬼の国の巫女を消すという目的を胸に駆けるクスナの脳裏に、何故か巫女抹殺を邪魔したあの金髪少年の姿が過ぎった。
いつまでも鼻に付く死臭により、かつての主であった黄泉の死を悟りながら。
「さァ、祭りの始まりだ…ッ!」
そう言うや否や、幽霊軍団の中へ突っ込んでいく。崖を一気に下り、首切り包丁を振るう再不斬を他の面々は聊か呆れた眼で見遣った。
「なんなの?再不斬先輩、ストレスでも溜まってんの?」
「戦闘狂なんだろ。鬼人と言われてるぐらいだし」
ストレスの主な元凶である水月と多由也の会話に、比較的常識人のドスと次郎坊は溜息をついた。
ナルトがいない今、必然的にこの一癖も二癖もある少年少女達をまとめなければならなくなった再不斬の苦労は目に見える。現在戦闘にすぐさま身を置いているのも単なるストレス発散に近いだろう。
山岳地帯にある鬼の国。
山々に囲まれた其処で幽霊軍団と対峙する彼らは、再不斬・多由也・次郎坊・水月・香燐・ドス・キン。
おびただしい軍団に僅か七名で挑んだ忍び達は、多勢に無勢であるにもかかわらず、どこか楽しげに笑みを浮かべた。
「ナルトに足止め役を頼むと言われたけど…べつに倒しても構わないんだろ?」
「倒せるもんならな」
ギザギザに尖った歯を覗かせて嗤う水月に、香燐が面倒臭そうに肩を竦める。
周りの怪訝な視線を受けながら、彼女は無造作に軍団の武人一体へクナイを投げ打った。武人の堅い鎧に当たって、カキン、と弾かれたクナイはそのまま無残に踏まれて粉々になる。
そのまま峡谷に足を踏み入れていく軍団を追いながら、得心がいったとばかりにドスが頷いた。
「どうやらちょっとやそっとじゃ、傷つけられない代物らしいですね」
「あ~…でも再不斬先輩、普通にバッサバッサ斬りまくってるけど」
顎でしゃくってみせた水月の視線を追って、早々に戦闘を始めた再不斬を見れば、首切り包丁で武人の胴体を横薙ぎにしている。
真っ二つに分かれた武人の身体は空洞で、中に人がいない事実が見て取れた。
「…要するに、破壊力のある攻撃なら壊せるってわけか?」
「そういうことだな」
キンの言葉に相槌を打つなり、次郎坊が地面を叩いた。
「――【土遁・土陵団子】!!」
その術を合図に散開する忍び達。
各々が印を結ぶ中、次郎坊の怪力で掘り返された土が幽霊軍団の一部を埋没させる。その傍らでドスが【響鳴穿】による音の衝撃で武人達を破壊してゆく。その一方で【水化の術】の応用を用いた水月が腕を肥大させ、怪力を奮っている。
男性陣が術や怪力で幽霊軍団の数を減らしていくのを呑気に眺めていた多由也が、胡乱な眼つきで己と同じ女性陣を見遣った。
「――で?てめぇらは何が出来んの。眼鏡女とヒステリー女」
「誰が眼鏡女だぁ!?舐めんのもいい加減にしろ!!」
「ヒステリーって私の事かよ!?そっくりそのまま返すわ!!」
香燐とキンが喚き散らすのをよそに、多由也は口寄せの術を結ぶ。
三体の怒鬼を笛で操り、幽霊軍団を蹴散らしながら、彼女は視線で香燐とキンを挑発する。
あまり攻撃に向いていない非戦闘員の二人は苦み走った顔をしつつも、迫り来る武人達へ果敢に挑み始めた。
「―――【火遁・鬼燈籠】!!」
印を結んだ香燐が発動した術により、無数の鬼の顔をした火の玉がぼぼぼっと宙に現れる。それらはまるで幽鬼のように自在に飛び回り、武人の身体に飛び火していく。
背中合わせに戦っていた多由也が珍しく口笛を吹いてみせた。
「へぇ…ただの眼鏡女かと思ってたけど意外な術使えたんだな」
「だからその呼び名やめろって言ってんだろ!!」
香燐の出身地である草隠れに伝わる火遁の術――【火遁・鬼燈籠】。
その火の玉を操って武人達を溶かしていく香燐と、笛の音で怒鬼を操り幽霊軍団を蹴散らす多由也を尻目に、キンは自分の指に結んだ鈴の糸を見下ろした。
その先に繋がれてる方向とタイミングを見計らって、彼女は「ちょっと」と戦闘に夢中な面々に声を掛ける。
「巻き込まれるわよ」
瞬間、糸を思いっきり引っ張る。同時に四方を囲む山々から一斉に鈴の音が鳴り響いたかと思うと、上方から小石がパラパラ降ってきた。
足元に振動が伝わり、ようやく異常を察した再不斬達が周囲に視線を這わす。やがて鈴の美妙な音に雑ざって、何やら妙な地鳴りが聞こえ始めた。
「おいおいおいおい…」
「キン、まさか…」
ドスの問いに当然の如く頷き返して、キンは自慢の艶やかな黒髪を靡かせた。
地を蹴った彼女に倣って、跳躍した忍び達が一際高い崖へ駆け上る。
刹那、幽霊軍団がいる峡谷目掛け、周囲の山々から土砂が崩れ落ちる。土ごと根こそぎ滑り落ちてきた土砂は軍団の全身を全て覆い尽くしていく。
前以てキンが四方の山に数多の鈴を仕掛けておいたのだ。
手元の糸の先には、山々のあちこちに仕掛けておいた鈴と繋がっている。それらの鈴を共振させ、地面の中を振動させる。生じた音波を共鳴により増殖させ、地鳴りに導き、基盤の岩石と土の境目を緩くさせる。
以上により、キンは鈴の音で、土砂崩れを引き起こした。
以前、中忍予選試合にてシカマルと闘った際、キンは後頭部を背後の壁に強打して負けた。その敗因から、状況や地形を把握する事を学んだ彼女は、今回周囲の自然を活かしたのである。
「キン!前以て言っておいてくださいよ!」
逸早く音による攻撃だと気づいたドスがキンを咎める。反して、土砂崩れの被害から免れた多由也達は意外そうにキンを見遣っていた。
「ま、これくらいでやられる軍団だったら、苦労は無いがな」
崩れた峡谷の土砂から平然と姿を現してくる武人を次々と薙ぎ払いながら、再不斬が呟いた。
「まぁでも土砂から出てくるところを仕留めればいいんだから、さっきよりはマシじゃない?」
再不斬の隣で水月が軽口を叩く。「それは、そうですけど…」と渋々同意を示したドスだが、直後反論した。
「ですが、このままじゃじり貧です。我々のチャクラが切れたら終わりなんですから」
「それなら問題無い」
同じく、幽霊軍団を蹴散らしていた次郎坊がだしぬけに印を結ぶ。
「【土遁結界・土牢堂無】!」
ドーム状の土壁に何体かの武人を閉じ込める次郎坊。その円形の土壁に片手を添えた次郎坊が、もう片方の手をドスのほうへ伸ばした。
すると減ったはずのドスのチャクラ量がみるみるうちに増えていく。
「これは…っ!?」
「チャクラが無くなりそうになったら敵から吸収すればいいだけの話だ。だが、その間俺自身は無防備になるから、背中は頼んだぞ」
【土遁結界・土牢堂無】は、土の牢獄に相手を閉じ込め、その中にいる敵のチャクラを吸収する術。それを自分のチャクラにするだけではなく、味方に渡す事も出来ないかと次郎坊は試行錯誤したのである。
その結果、両手は使えなくなるが、味方にチャクラを分け与える事が可能となったのだ。
もっともその場合、無防備になってしまう自分を味方に守ってもらわなければならなくなるのが欠点だが。
「ほう…面白い術、持ってんじゃねぇか」
次郎坊とドスのやり取りを目にして、再不斬がにやりと笑う。
チャクラ切れの心配が無い事を知って、思う存分暴れられるな、と彼は更に獰猛な笑みを口許に湛えた。
如何に不死身の幽霊軍団と言えど、その正体は妖魔【魍魎】にチャクラを与えられただけの、おびたたしい数の傀儡人形だ。
一体は生け捕りにしてナルトへの手土産にしてやるか、などと考えているぐらいには再不斬達はこの戦闘を愉しんでいたのだった。
夜の帳が静かに下りる。
いつものように野宿の準備をしていた白と君麻呂が、ナルトにこっそり耳打ちした。
「ナルトくん、足穂さんにはもう帰っていただいたほうが賢明かと…」
「我々だけなら数日走り続けても大丈夫ですが…」
二人のもっとも言い分に、ナルトは薄闇の中、苦笑を返した。
結局、紫苑の主張を聞き入れず、彼女の付き人たる足穂はナルト達の後を追い駆けて来た。
勿論一般人が、忍びであるナルト達の足の速さに敵うはずもない。それでも辛抱強く追って来る足穂の心中を汲んで、ナルト達はあえて足穂が追いつける速度で進んでいた。
もっとも、ナルトが本気を出せば、あっという間に沼の国に辿り着けるのは明白だったが、背中に背負う紫苑の負担を考えての事である。
当の本人たる紫苑は足穂を置いて先を急げ、と息巻いていたが、彼女には彼女なりの思うところがあるのだろうとナルトは察していた。
(だが、そろそろ潮時だな…)
湧水の傍で蹲る紫苑と、それを気遣う足穂に視線を遣りながら、ナルトは静かに眼を細める。
輪をかけて我が儘を言う紫苑を宥める足穂の顔に、濃い疲労の色を悟って、ナルトは不意に自分達が今来た道を視線で辿った。
遠方に望む鬼の国に、幽霊軍団の足止めを頼んだ再不斬達の気配を微かに感じ取る。
「わ、私はまだ平気じゃ!早く沼の国へ…っ」
「紫苑様、封印の術は体力に大きく左右されます。いざという時に力を発揮出来ねば、事はなりません」
淡々とした声で自分を宥める足穂を、紫苑は暫しじっと睨みつけていたが、やがて諦めたように顔をぷいっと逸らした。
「もう、寝る!」
寝入った紫苑を白と君麻呂の二人に護衛させ、ナルトは足穂の元へ向かった。
正直なところ、互いに対してやけに敵対心を抱いている二人の任せるには少々不安だったが、これも任務の内だ。白と君麻呂も理解しているだろう。
不寝番についている足穂に、ナルトは朗らかな笑みで「体力がもちませんよ」と携帯食を手渡した。「かたじけない…」と礼を述べる足穂の顔はやはり憔悴している。
「それで?」
「はい?」
「何か…話があるのでしょう?」
どこか覚悟していたといった風情でこちらを見遣る足穂に、ナルトは苦笑を浮かべる。
聡い足穂は、口にせずともナルトが言いたい事を察しているようだった。
「一刻を争うというのに、私が足を引っ張っているのは重々承知しています。ですが、私の一族は紫苑様の母君にただならぬお世話になっております。紫苑様をお守りする事が出来るなら、この命、喜んで投げ打つ所存です」
「……ふぅん…」
決意を告げた足穂の耳朶を打ったのは、ナルトの冷ややかな声だった。
今まで和やかな笑みを浮かべていたとは思えない、冷めた瞳でこちらを見据えてくるナルトに、足穂は動揺する。
しかしながら、その緊迫めいた空気はほんの一瞬で、先ほどと変わらぬ穏やかな表情のナルトを見た足穂は、今のは錯覚だったのだろうかと眼を瞬かせた。
「…我々の任務は、妖魔【魍魎】を封印するにあたって、それを妨害する者達から巫女を守る事です」
唐突に、さも当たり前の事を口にしたナルトを、足穂は訝しげに見遣った。
「紫苑様を沼の国の祠まで無事送り届ける事……そして、彼女を守る事。端的に言うなら、要人警護ですね」
任務内容を確認するように淡々と述べるナルトの言葉に、足穂は頷きを返す。
ふと立ち上がったナルトに倣って、顔を上げると、朝陽が瞳の中に飛び込んできた。
「我々が守るのは紫苑様だけじゃない。貴方もですよ、足穂殿」
重要な地位にいる人という意の要人。無くてはならない意の必要。
全く違う意味だが、誰かに必要とされている人物は、その人にとっては重要な人間と同じだとナルトは暗に告げた。
立ち込める朝靄の中で。
「貴方も鬼の国にとって重要な人物で…」
地表から昇り来る金の帯が、ナルトの金色の髪を眩く輝かせてゆく。
光芒の閃きがその顔を一瞬、切なげに歪ませた。
「―――必要とされている人間なのだから」
曙の空の下、かつて『必要』という言葉に誰よりも焦がれた少年が寂しく微笑んだ。
後書き
大変お待たせ致しました!!今回も捏造多数です。再不斬さんのストレス発散に付き合っていただき、ありがとうございます(笑)タイトル思いつかなくてわざと「多勢に無勢」ってしてたんですが、やっぱり変えました。後ろに(笑)つきそうですね。
香燐の術はオリジナルではありません。NARUTOの別映画で草隠れの術として使われていたものです。
また、キンの用いた手はあまり深く考えないでほしいです…幽霊軍団も弱すぎる気がしますが(汗)
大変申し訳ございませんが、ご了承願います!
次回もどうぞよろしくお願いします!!ありがとうございました!!
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