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青砥縞花紅彩画

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13部分:神輿ヶ嶽の場その三


神輿ヶ嶽の場その三

日本「そこもとが持たれているもの、それは胡蝶の香合ですな」
弁天「(とぼけて)何でしょうか、それは」
日本「小田家が信田家に結納として御贈りしたもの、御存知ないとは言わせませぬぞ」
弁天「(怖い顔をして)何故それを知っておられる」
日本「先程のことは拝見させてもらっておりましたので」
弁天「ほお」
日本「それを拙者が譲り受けたいのですが」
弁天「わしが嫌だと言えば」
日本「こちらにも考えが」
弁天「あいや、よくわかった」
日本「それは何より。では香合を」
弁天「誰が渡すか。盗人が手に入れたものを手渡すとでも思っているか」
日本「ほお、化けの皮を剥いだか。その方が似合うておるわ」
弁天「戯れ言を。貴様も同じであろう。只の坊主ではあるまい」
日本「如何にも(ここで立ち上がる)」
弁天「名乗れい、何者じゃ(弁天も立ち上がる)」
日本「(不敵に笑い)聞きたいか」
弁天「斬る前に聞いてやる。さあ名乗れい」
日本「よかろう。日本駄右衛門の名は知っていよう」
弁天「(驚いて)何っ、それじゃあ貴様が」
日本「そうよ、東海道にその名を轟かす賊徒の調本日本駄右衛門とは俺のことよ」
弁天「ほう、ここであの大親分に出会えるとは縁起がいいや(ふてぶてしい顔で笑う)」
日本「わしの名を聞いて驚かぬか。これはまた見事な肝っ玉じゃな」
弁天「褒めたって何も出ねえぞ」
日本「綺麗な顔をして殊勝なこと。では貴様も名乗れい」
弁天「弁天小僧ってのを知っているか」
日本「この鎌倉を根城にする盗賊じゃな。何でも女に化けるのが上手いというな」
弁天「それがこの俺よ(自分を親指で指差して言う)」
 ここで見得に入る。
弁天「ガキの折から縁あって岩本院に稚児奉公、手習いかなんぞそっちのけで賽銭をくすねて島を追い出され、あっちこっちと巡る中に持ったが病の昼稼ぎ、元が江ノ島で育ったところから誰言うとなく弁天小僧、名も音羽屋の祖父さんに由縁ある菊之助という。冥土の土産に知っておけい」
日本「ほう、見事なことよ。では香合を渡してもらおうか」
弁天「嫌だと言ったら!?」
日本「無理にでも手に入れるまで」
弁天「こっちも相手が日本駄右衛門だといって引かねえぞ」
日本「わしが引くとでも思うか」
弁天「面白い、じゃあやるか(ここで脇にさしている刀を抜く。駄右衛門も腰にある如意を出す)」
弁天「行くぞ」
日本「望むところ」
 二人は打ち合いをはじめる。弁天も強いが日本駄右衛門にはかなわない。そして遂に刀を落とされる。
日本「勝負あったな」
弁天「くっ」
日本「さあ香合を渡してもらおうか」
弁天「ふん(ここでどっかりと腰を下ろす)」
日本「(それを見て)どういうつもりじゃ」
弁天「殺しなされい」
日本「どういうつもりじゃ」
弁天「この弁天小僧、負けたとあってもじたばたしねえ。さあ一思いにやりなされ。そして香合を盗りなされ」
日本「負けたから死ぬと」
弁天「(頷いて)左様」
日本「(考えながら)ふむ」
弁天「さあどうぞ」
日本「いやはや、増々殊勝な心掛け、気に入ったわい」
弁天「それはどういう意味でござろう」
日本「他でもない、わしの手下にならぬか」
弁天「(ぎょっとして)何と」
日本「その腕前に心掛けいたく気に入った。頭分として迎え入れたいのだが」
弁天「頭分ってえと」
日本「そうじゃ、忠信と同じじゃ。これからはわしの手足となるがいい」
弁天「まことですかい」
日本「この日本駄右衛門、天下を股にかけておる、嘘は言わぬ」
弁天「それでしたら。(ここで頭を下げる)」
弁天「こっちもその強さと度量に感じ入りました。是非末席に加えて下され」
日本「よし、これでお主もわしが手下じゃ。これから宜しく頼むぞ」
弁天「へい(ここで懐に入れていた香合を出す)」
日本「どうしたのじゃ」
弁天「手下となったからには頭に差し出すのは道理」
日本「(首を横に振って)それには及ばぬ」
弁天「何故ですかい」
日本「手下となったからには手前の働き、貰うには及ばぬわ」
弁天「左様ですかい」
日本「うむ。それよりも連判じゃ。ここではちと暗い。場所を変えようぞ」
弁天「わかり申した」
 ここで二人は見得を切る。そして暗転。舞台が暗闇の中に。
 その間に切り替わる。川の側である。谷底稲瀬川の場に移る。
台詞「山の端にいつしか月も木隠れて、暗き谷間は鷲のほう法華経の声絶えて、紅蓮の氷解けやらぬ八寒地獄に異ならず」
 明るくなる。そこには千寿が倒れている。
千寿「(起き上がりながら)ここは」
 側に流れる川を見て言う。
千寿「三途の川?(そう思い辺りを見回す)」
 そこへ三人が左手からやって来る。見れば夫婦連れである。千寿は三人を見て起き上がる。そして声をかける。
 
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