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青砥縞花紅彩画

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10部分:新清水の場その十


新清水の場その十

南郷「さて。(ここで右手を見る)」
南郷「何やら怪しげな男が二人程いる様子。あの二人、お上の手の者か。だとしたらここで何とかしねえとまずいな」
 そう言いながら右手へ去る。入れ替わりに右手から典蔵と主膳が姿を現わす。
典蔵「そなたも会うたか」
主膳「(頷いて)はい」
典蔵「わしは前髪立ちのやけに強い男だったが」
主膳「接写は若い男でしたぞ。どうやら二人程いるようですな」
典蔵「(それを聞いて考え込み)ふむ」
主膳「如何思われまする」
典蔵「どうやら何かよからぬ動きがあるようじゃな」
主膳「と言われますると」
典蔵「うむ、我等が三浦様と結びつくのを快く思わぬ者がいるのではなかろうかと」
主膳「それは」
典蔵「信田の家の者じゃ。実はわしが会った前髪立ちの若者じゃが」
主膳「はい」
典蔵「信田の家の者だった。あちらの奥方をお救いしようとしておったのだ」
主膳「それはまことでござるか」
典蔵「そうじゃ。そしてその茶屋にいた男ももしかすると」
主膳「(考え込んで)ううむ」
典蔵「気をつけねばな。御家の為にも」
主膳「はい」
典蔵「とりあえずは姫様を御守りせねばな。何かあっては話にもならん」
主膳「はっ」
 こうして二人は左手に消える。忠信がそれと入れ替わりに右手から出て来る。
忠信「どうも長居をしてしまったわ。(上を見上げて)まさかここで月を見るとは思わなかったのう(言葉を続ける)」
忠信「花見がてらにぶらぶらとしているだけで金も入った。(ここで袖に目をやる)これだからこの生業はやめられねえ」
 忠信が中央まで行くと南郷が右手から出て来る。
南郷「(忠信に声をかけて)もし」
忠信「(振り返り)拙者がことでござるか」
南郷「(頷いて)はい」
忠信「何ぞ用でござろうか」
南郷「いえ、実はね。先程の茶屋のことですが」
忠信「(それを聞いて顔を曇らせる)あの時のことがどうしたか」
南郷「いえ、あそこで我が主が危ないところだったのですが」
忠信「(とぼけて)そうだったかのう」
南郷「それを助けて頂いて。まことにかたじけのうございます。(と言いながら頭を垂れる」
忠信「(鷹揚に)いやいや」
忠信「人助けは武士の勤め、何ぞ感謝されることはありませぬぞ」
南郷「(顔を上げて)左様でございますか」
忠信「うむ」
南郷「そして他にもお願いがあるのですが」
忠信「何じゃ」
南郷「先程貴方様が小田の家の方より貰い受けた百両のことです」
忠信「(それを聞いてまた顔を曇らせる)それがどうかしたか」
南郷「いえ、それをあちら様に返して頂きたいのですが」
忠信「(ムッとして)何故じゃ」
南郷「それが信義だと思うからです」
忠信「妙なことを申すのう」
南郷「妙でござるか」
忠信「その通り、これはあちらから譲り受けたもの、どうして返す必要があろう」
南郷「それでは道義にもとりますが」
忠信「わしの道義では誤りではない」
南郷「世の道義とは違うと思われますが」
忠信「はて、ではわしが世の道義に逆ろうておるとでも言うのかな」
南郷「残念ながらそうなりまする」
忠信「(にやりと笑って)確かにそうかも知れぬな。だがわしのいる世界ではこれは道理」
南郷「といいますると」
忠信「日本駄右衛門という者を知っておろうな」
南郷「名前だけは。何でも千人の手下を抱える盗人の大親分だとか。盗みはすれど非道はせずの男だそうですな」
忠信「左様、その手下の一人に忠信利平という者がいるのは知っていよう」
南郷「日本駄右衛門の手下の中でもとりわけ腕が立つとか。主に寺や神社に押し込むとか」
忠信「その通り。そしてここは寺じゃな」
南郷「はい」
忠信「そしてその忠信利平の姿形はご承知かな」
南郷「残念ながら。剣の腕前だけは伝え聞いておりまするが」
忠信「今何処にいるか知りたいか」
南郷「出来ることでしたら。こちらも興味がありますので」
忠信「そなたの目の前じゃ」
南郷「(あっと驚いて)何と」
忠信「左様、忠信利平とはわしのことじゃ。(笑いながら言葉を続ける)」
忠信「近頃まとまった仕事もなかったがこうして上手く手に入ったのじゃ。おいそれと渡すわけにはいかぬぞ」
南郷「(がらりと態度を変え)成程、そういうことかい」
忠信「(その様子に何かを見て)ほう、お主も只の侍ではあるまい」
南郷「わかったようだな。南郷力丸を知っているか」
忠信「海賊のか。相当派手に暴れているそうだな」
南郷「それがこの俺よ。相手があの日本駄右衛門の手下だからといって引き下がると思うてか」
忠信「面白い、やるつもりか(そう言いながら刀を抜く)」
南郷「やらいでか(ここで後ろにあった開帳札を引き抜いて構える)」
忠信「行くぞ」
南郷「おう」
 二人は互いに睨み合う。ここで月が隠れて舞台は闇の中となる。
忠信「むっ」
南郷「月が隠れたか」
 中でだんまり模様の立ち回り。月が出て来た時には忠信は左の出入り口の側にいる。南郷は右手の出入り口の側。
南郷「どうやらお流れじゃな」
忠信「南郷よ、また会おうぞ」
南郷「その時こそその百両貰い受けてやる」
忠信「できるのならな」
 忠信はそのまま左手へ消える。南郷はそれを黙ってじっと見ている。ここで拍子木の音、幕がゆっくりと降りてこの場は閉幕となる。
 
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