八神家の養父切嗣
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四十五話:王の翼
地上本部と機動六課が襲撃を受けてから一週間。まるで何かを待つかのようにスカリエッティ側からは何一つして音沙汰の無い状況が続いていた。言いようのない不気味さを感じながらも管理局は各方面から調査、そして対応策を練り続けていた。
ヴェロッサ・アコース査察官とシスターシャッハもまた自らの能力と伝手を利用しスカリエッティの居場所を突き止めようと奔走していた。そこに以前から戦闘機人事件の痕跡を追っていたゲンヤと個人的にスカリエッティを追っていたフェイトの情報が合わさりアジトと思わしき場所を遂に見つけ出すことに成功していた。だが、それもまた相手にとっては誤差の範囲内に過ぎない。既に準備は整っているのだ。
「どうやらスカリエッティのアジトが見つけられたようだ」
「構わん、あそこは既に用済みだ。時は満ちた。聖王と共にかの翼を飛び立たせる」
「いよいよかね。ああ、ここまで長かったが遂に私達の悲願を叶える時が来たのだな」
最高評議会の面々が万感の思いを込めて語り合う。150年、彼らが世界を平定してからそれだけの時が経った。彼らの年齢は既に200に近い。人の生などとうに超越した時間を生きているがその確固たる意志だけは変わることはない。どれだけ記憶が色褪せ、摩耗しようとあの日の誓いだけは忘れないそう、例え地獄に落ちたとしても忘れない誓い。
「世界を平和に」
「誰もが争うことのない世界を」
「誰もが平等である世界を」
『我々の手の中に』
あれから随分と世界も自分達も変わっていった。一度の戦争で大地の全てを焼き尽くす質量兵器は無くなり、魔法に代わった。死者の数も少なくなった。戦争の数も管理局という抑止力があるおかげで法的処理に代わり争いは少なくなった。以前に比べて平和になったといえるだろう。
だが、しかし。争いが無くなったわけではない、完全なる平和を得たわけではない。大地が死にゆく戦争が消えたわけではない。罪なく死んでいく者達が居なくなったわけではない。失った対価に見合う平和はこの世になく、世界は相も変わらず争いと絶望で満ちている。自分達が変えなければならない。この手で世界を平和にしなくてはならない。
彼らの願いはそれだけであり、そのためなら如何なる悪も許容する。
「最後の仕上げはお前に任せたぞ」
「如何に争い無き世界であろうと変革の後には混乱が生じる。それらを束ねる絶対的なカリスマが管理局には必要だ」
革命の後には混乱がつきものだ。革命そのもので命を落とす人間の数よりも革命後の混乱の影響で命を落とす人間の方が多いものもあるぐらいなのだ。だが、最高評議会の望む完璧なる統治においてそのような不手際は許されない。
「心得ている。我らも三提督も過去の英雄。この先の体制を作るにはいささか弱い」
「それ故に新たな英雄を創り上げる必要がある。くれぐれもしくじるでないぞ」
「無論。常に余裕をもって優雅であれば失敗などあり得んよ」
ポッドの中に浮かぶ脳味噌に向かい一人の男性が語る。先端に宝石の付いたステッキのようなデバイスを持ち、完璧に整えられた身だしなみ。その姿は一言でいえば優雅。付け入る隙など存在せず自信に満ち溢れている。誰もがその男前に跪き従いたいと思うようなオーラが彼にはあった。
「では、頼んだぞ。我らが友よ」
「我らの悲願を叶えてくれ」
「勿論、世界が平和になったあかつきには祝杯でも挙げよう」
男は親愛の念を込め上品に微笑みながら盟友に背を向ける。願望の器を手にし、自らの願いを叶える為にゆりかごの下に歩き出す。後顧の憂いなど何もない。全ては順調である。だがらこそ、男は気づけなかった。自分の後ろ姿を敬礼して見送っている生命維持係の女性の顔が、本性を現すように残忍に歪んでいることに。
巨大なものを見た時、人はまずどのような感情を抱くであろうか。大人であればその壮大さに胸を打たれるかもしれない。作り手を思い、ただ感心するかもしれない。しかし、それは大人が自分の身は安全だと知っているからである。巨大な建造物を見ても襲い掛かってくるとは思わないし、大型犬を見ても可愛いと思うだけだろう。
それらは全て害はないと知っているから。では、子どもは、つまり人間の原初の姿であればどう思うのだろうか。幼児は自分よりも大きい犬を見れば初めは泣く。親以外の大人を見ればその大きさに怯えて近寄らない。成長するにつれそれらが敵でないと知り近づくようになる。人の本能は知らないもの、理解できないものを恐れる。
そして、巨大なものを見る時もまた―――人は恐怖する。
「古代ベルカに伝わる伝説のロストロギア……『聖王のゆりかご』こないな隠し玉をまだ持っとったんか」
【はやて! ごめんなさい。これは聖王教会の……いいえ、私の責任です】
「カリムのせいやない。普通は誰もこんなおとぎ話みたいな船信じんよ」
アースラの中からでもはっきりと肉眼で確認できる程の巨体を誇るゆりかごを見ながら呟くはやて。ただそこに浮いているというだけで多くのものが畏怖し、恐怖してしまうだろう。そんなことを考えているところにカリムから急ぎ通信が届く。話の内容としては自身の予言の解釈が間違っていたために止めることが出来なかった。
また、聖王のゆりかごという本来であれば聖王協会が管理しなければならないものが敵の手に渡っていたという事実への謝罪だ。しかしながらはやては分かる方がおかしいと逆にカリムを慰める。そして同時に事態は聖王教会の重鎮であるカリムが簡単に頭を下げなければならない程余裕のない状態なのだと改めて理解し、対応策を頭の中で張り巡らせる。
「とにかくあれをどっかに連れてくのが相手の目的やろうから、何が何でも止めな」
ゆりかごの軌道はこちらや首都に向かって攻めに来ているというよりは空に向かって高く飛んでいるというのが正しい。ゆりかごの情報は今無限書庫のユーノとアルフが急ぎ調べてくれているところだ。しかし、あれを目的地に到着させてはならないということだけは自身の勘が嫌な程教えてきていた。
「すぐに六課からも戦力を投入するしかないなぁ」
【教会の方からも準備ができ次第応援を派遣します】
「ありがとうな。それじゃあ、状況が進展次第連絡するわ」
【はやて、こちらクロノ。至急連絡したいことがある】
カリムとの通信が終わると入れ替わるように今度はクロノから通信が入る。いつもの戦闘服を着ていることからクロノも危険を感じ取り既に臨戦態勢に入っていることが伺える。
【先程確認されたロストロギアを見て本局も重い腰を上げた。直に次元航空艦隊がそちらに到着する】
「宇宙空間内で一斉攻撃をするわけやね?」
【ああ、その予定だ。しかし……問題は間に合うかどうかだ】
クロノが画面の向こう側で難しそうに顔をしかめる。次元航空艦隊からのアルカンシェルの一斉砲撃を食らえば如何にロストロギアといえどひとたまりもないだろう。しかしながらそれは射程距離に入る前に逃げ切られないという前提の下だ。
当然のことながら相手はこのことを察知している。さらにゆりかごには二つの月の魔力を浴びることでその防御力を爆発的に増幅させたという伝承が残っている。先に月の軌道上に乗られれば最悪の場合如何なる攻撃も防がれる可能性があるのだ。
【三提督が纏めてくれているおかげでこれだけの規模でありながら最速でそちらに向かっているんだが……恐らくはゆりかごの方が速いだろうな】
「……つまり私達は何とかしてゆりかごを止める。もしくは遅らせればええんやね?」
【そうだ。六課及び地上部隊には極度の負担を強いることになるが……頼むぞ】
「了解や。六課の底力、見せたる」
クロノとの通信を切ると共にはやては素早く指示を出していく。敵の主戦力である戦闘機人は地上を守るために建設中であったアインヘリアルを破壊している最中。恐らくは終わり次第に地上本部もしくはミッド中央街に攻めてくるだろう。
相手の全容が分からない以上はどこに戦力を割り振ってくるかまでは分からない。そのためはやてはできるだけ戦力を分け、尚且つバランスが良くなるように六課の面々に配置を考えていく。そして決定すると自身も共に戦場に赴くために隊員達が控えている会議室に足早で向かっていく。
「みんな、状況は頭に入っとる?」
『はい!』
「なら、ゆりかごには私となのはちゃんとヴィータが行く。地上ミッド中央の防衛戦にはフォワード三名とギンガ。スカリエッティのアジトへはフェイトちゃん、その先で教会の応援と合流。以上! 何か質問があるなら今のうちに言っとき」
じっくりと全員の顔を見るが誰も文句はないのか真っすぐに自分を見つめてくるだけである。それは自分の指示を信用してくれているということであり、自分の指示の誤り一つで部下が命の危機に晒されるということ。改めて感じる立場の重みを隠すようにはやては頷き出動の指示を出す。
「それじゃあ、各自最終確認が終わり次第すぐに出動!」
『はい!』
その言葉を合図に六課の隊員達は最後の戦場へと向かっていくのだった。
戦闘機人達の侵攻を食い止めるためにミッド中央の前線へと向かうヘリの中。ギンガは苦しそうな顔をしてブリッツキャリバーを見つめていた。
「ギンガさん……」
「ああ、ごめんなさいね。つい、考えちゃって」
ティアナに声をかけられたことでハッとして顔を上げるがその表情は暗いままだ。それも当然だろう。未だに妹のスバルの安否は分かっておらず、下手をすれば殺されている。あるいは人質として使われる可能性もあるのだ。もし、その時に市民の命と妹の命を天秤にかけるようなことがあれば自分がどちらを取るかが分からなかった。
「スバルはきっと大丈夫ですよ。人一倍しぶといですからね。もしかしたら自力で脱出しているかもしれませんよ」
「そうね……そうよね。私が信じてあげないと、お姉ちゃんなんだから」
励ますようなティアナの言葉に気持ちを入れなおすギンガ。スカリエッティは理由はどうであれ無暗に人を殺してはいない。ならば自身の技術が生きているスバルを傷つける可能性は低く見積もってもいいはずだ。
どこに捕らえられているかは分からないが一刻も早く見つけ出そう。あの子はいつも一人で転んでは泣いていたのだから。母がいない今は自分が手を引いてやらなければならない。懐かしい思い出に少し笑みが戻ったところではたと気づく。スバルはあの事故以来、一度も泣いていないことに。
「そう言えば、ティアナ。あなたはあの子が泣いているところを見たことはある?」
「スバルがですか? いえ、というかスバルって泣くんですか?」
「最近は泣かないけど小さい頃はすぐに私に泣きついてきてたのよ」
「なんだか、今のスバルさんからは想像できないです」
どこまでも真っすぐで心の強いスバルしか知らない三人は聞かされた話に目を丸くする。そう、スバルはあの日を境に変わったのだ。正義の味方という子供じみた願いを叶える為に強くなろうとした。もう泣いているだけで何もしないのはやめようと誓った。
そこに自分は泣いてはならないという強迫観念や自責の念があったかもしれない。しかし、妹の歩いた道に嘘偽りはない。だから、何も心配する必要はない。そう自分に言い聞かせギンガは軽く自身の頬を叩くのだった。
「みなさん降下ポイントに着きました!」
「じゃあ、行くわよ、みんな!」
『はい!』
ヘリから飛び降り四人は遂に戦場最前線に立つ。彼らの役目は地上本部に攻め込んでくる戦闘機人の撃退、もしくは時間稼ぎだ。数の上ではこちらが圧倒的に上であるがそのうちまともに戦闘機人及びガジェットと渡り合えるのは自分達しかいない。
その自分達ですら知らない能力を持っている個体がいるのだ。とにかく粘りに粘って情報を収集し後ろの防御陣に伝えるのが最低限の仕事だ。相手もそれは分かっているだろうがやり遂げるしか道はない。
「中央に向かって伸びるこの道を通ってくる可能性が高い……って言っている傍から来たわね」
「全員、ここを通さないことを最優先にしなさい。別の方に敵が向かっても無視。他の隊の人に任せるわよ」
「大丈夫なんですか、それで?」
「私達にできることをする。手を広げ過ぎても失敗するだけよ。それに、こういう時は信用しあうものよ」
遠くに戦闘機人の影を見とめ、四人の中で最も位が高いギンガが必然的に指示を出す。何とも大雑把な計画に大丈夫かとエリオが尋ねるがギンガの言うように四人でできることは限られている。相手の全ての行動に対処することはできない。
ならば最初からできることを絞ればいい。人間は小さな手の届く範囲でしか物事を行えないのだ。切嗣や最高評議会にとっては皮肉になるであろう指示にもエリオは納得しストラーダを構える。そして、戦闘機人達の顔を改めて見たところで驚愕に目を見開く。
「あれって……」
「うそ……でしょ?」
「そんな……」
彼女達に目に映ったのは四人の戦闘機人。以前に地下通路で襲ってきたノーヴェとウェンディ、さらに六課を壊滅させた元凶の一人ディード。そして最後に一人見覚えのある顔立ちに装備。ただ一つ違うのはその瞳。どこか機械的であった青い瞳が今は完全なる機械を思わせる黄金の瞳へと変わっている。しかしながら彼女は見間違えない。間違いなくその人物は―――
「ス…バル…?」
スバル・ナカジマ、ギンガにとって最愛の妹に他ならないのだから。
後書き
自分の意志なのか操られているのか。さて、どうなのか。
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