| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

私物化

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二章

「それでもうね」
「万全か」
「そう、だからあなたはね」
 無理をしないでというのだ。
「会長のままでいいけれど」
「社長職は譲ってか」
「仕事の負担を減らしたら?」
 こう切実に言うのだった。
「それに会社も大きくなってきて」
「俺一人ではか」
「手に余るか負担が大きくなり過ぎてきてるでしょ」
「そんなことはない」 
 意固地に認めない言葉だった、誰が聞いても。
「俺がいてこそだ」
「会社はやっていけるっていうのね」
「何でも舵取りが必要だ」
 彼の持論だ、いい会社は有能な経営者がいてこそというのだ。
「それは俺しかいないからな」
「いつもそう言うけれど」
「健康もだ。俺の身体のことは俺が一番よくわかっている」
「けれど無理は禁物よ」
「無理をしなくてどうする」
 会社の経営にはというのだ。
「毎日寝てはいる、安心ろ」
「いつもそう言うから」
 困った顔でだ、妻も言うばかりだ。そして。
 森田は相変わらずだ、誰の言うことも聞かず仕事をし無理をしていた。自分の会社は自分がやると言って。
 そうして働き続けているがだ、ある日。
 その小松芳正。創業の頃から共にいて今は常務の彼が森田の部屋に行くとだ、その顔色が悪いことに驚いてだ、彼に言った。
「会長、今日はです」
「何だ」
「休みになられては」
「御前もそう言うのか」
「昨日も真夜中まで働いておられましたよね」 
 このことから言うのだった。
「本当に」
「それがどうした」
「あの、お顔の色が」
「何でもない」 
 憮然として応えた森田だった。
「御前の気にすることじゃない」
「ですが少しでも」
「俺のことは知っている筈だ」
 創業の頃からいる彼はというのだ。
「そうだな」
「休むことはですか」
「誰がするか」
 ここでもこう言うのだった、その黒ずんでしまっている顔で。
「経営者が休んでどうする」
「ですが休日もなく」
「休めばだ」
 それだけというのだ。
「他の会社に遅れを取る、社員は休んでもいいがだ」
「経営者はですか」
「休んではならないのだ」
 その主張を変えない、それも全く。
「俺の会社は俺がやる」
「この森田物産は」
「全てをな、だから休んでいられるか」
「そう言われますか」
「俺が創って育てた会社だからな」
 こう言ってだ、彼はこの日も仕事に励んでいた。それも一心不乱に。
 しかしその日の夜だ、家に帰ってだった。
 彼は自分の部屋で倒れてだ、それを発見した妻にだった。
 すぐに救急車を呼ばれて病院に運び込まれた、その結果妻からこう言われた。
「過労らしいよ」
「ふん、大したことはないわ」
「まだあるわ」
 苦い顔でだ、郁恵はベッドで忌々しい顔で横になっている森田に告げた。
「胃癌よ」
「病気か」
「ええ、他にも身体のあちこちが悪いそうよ」
「ふん、それで俺は死ぬのか」
「癌は幸い初期発見だから」
 それでというのだ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧