私物化
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第二章
「それでもうね」
「万全か」
「そう、だからあなたはね」
無理をしないでというのだ。
「会長のままでいいけれど」
「社長職は譲ってか」
「仕事の負担を減らしたら?」
こう切実に言うのだった。
「それに会社も大きくなってきて」
「俺一人ではか」
「手に余るか負担が大きくなり過ぎてきてるでしょ」
「そんなことはない」
意固地に認めない言葉だった、誰が聞いても。
「俺がいてこそだ」
「会社はやっていけるっていうのね」
「何でも舵取りが必要だ」
彼の持論だ、いい会社は有能な経営者がいてこそというのだ。
「それは俺しかいないからな」
「いつもそう言うけれど」
「健康もだ。俺の身体のことは俺が一番よくわかっている」
「けれど無理は禁物よ」
「無理をしなくてどうする」
会社の経営にはというのだ。
「毎日寝てはいる、安心ろ」
「いつもそう言うから」
困った顔でだ、妻も言うばかりだ。そして。
森田は相変わらずだ、誰の言うことも聞かず仕事をし無理をしていた。自分の会社は自分がやると言って。
そうして働き続けているがだ、ある日。
その小松芳正。創業の頃から共にいて今は常務の彼が森田の部屋に行くとだ、その顔色が悪いことに驚いてだ、彼に言った。
「会長、今日はです」
「何だ」
「休みになられては」
「御前もそう言うのか」
「昨日も真夜中まで働いておられましたよね」
このことから言うのだった。
「本当に」
「それがどうした」
「あの、お顔の色が」
「何でもない」
憮然として応えた森田だった。
「御前の気にすることじゃない」
「ですが少しでも」
「俺のことは知っている筈だ」
創業の頃からいる彼はというのだ。
「そうだな」
「休むことはですか」
「誰がするか」
ここでもこう言うのだった、その黒ずんでしまっている顔で。
「経営者が休んでどうする」
「ですが休日もなく」
「休めばだ」
それだけというのだ。
「他の会社に遅れを取る、社員は休んでもいいがだ」
「経営者はですか」
「休んではならないのだ」
その主張を変えない、それも全く。
「俺の会社は俺がやる」
「この森田物産は」
「全てをな、だから休んでいられるか」
「そう言われますか」
「俺が創って育てた会社だからな」
こう言ってだ、彼はこの日も仕事に励んでいた。それも一心不乱に。
しかしその日の夜だ、家に帰ってだった。
彼は自分の部屋で倒れてだ、それを発見した妻にだった。
すぐに救急車を呼ばれて病院に運び込まれた、その結果妻からこう言われた。
「過労らしいよ」
「ふん、大したことはないわ」
「まだあるわ」
苦い顔でだ、郁恵はベッドで忌々しい顔で横になっている森田に告げた。
「胃癌よ」
「病気か」
「ええ、他にも身体のあちこちが悪いそうよ」
「ふん、それで俺は死ぬのか」
「癌は幸い初期発見だから」
それでというのだ。
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