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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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ちゃんと見てると、彼女は言った


列車の中の空気は、最悪の一言に尽きる。
それは別に埃っぽいだとかそういう意味ではなく、ただ単純に列車に乗る前のやり取りが原因で2人とも口を閉ざしているというのが理由だった。

「……」
「……」

向かい合って座る。隣という選択肢もない訳じゃないが、そこまで親しくなった覚えはない。序でに言えば、今のこの空気で隣を選ぶのは結構厳しい。
頬杖を付いて窓の外を眺めるアルカと、足を組んで俯き気味に顔を逸らすミラ。2人の間に会話はなく、ただ列車の揺れる音だけが響く。傍から見ればなかなかにお似合いなカップルのようで、実際にはそんな関係性とは最も縁遠い場所にいる事を知っているのは、この場では当の本人達だけだ。

「…なあ」

そんな空気を打開するように、口を開いたのはアルカだった。声をかけられれば会話をする気はあるようで、ミラもどこか面倒そうではあるものの顔を上げる。

「ミラはさ、オレのどこが嫌いなんだ?」

頬杖を付いたまま、顔はこちらに向けて。僅かに眉を寄せ不思議そうに問う彼に、ミラは密かに溜息を吐く。先ほどといい今といい、この男は随分と嫌われている事を気にしているらしい。そんなに万人に好かれたいのか、と出かかった言葉はどうにか飲み込んだ。相手がアルカとはいえ、無闇に傷つけたい訳ではない。
少し間を置く。はぐらかすか正直に答えるかを僅かに悩み、隠す必要もないと素直に答える事にした。

「顔」
「え」

予想外の答えだったのか、疑問めいた音はない。顔を見れば大きく目を見開いていて、こんな顔もするのかと少し意外に思った。ミラの記憶の中の彼は、いつ見ても笑っている印象ばかりが強い。

「あー…え、顔?マジで?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「だよなあ……顔かあ。おっかしいなあ、自分で言うのもアレだが女性人気はそこそこの顔のはずなんだけど」
「自分で言うか普通!?」
「将来有望って雑誌に書かれたんだぜ?これでも」

確かにアルカの顔は、分類するなら整った方になるのだろう。華があるというか、人前に出ての仕事に向いていそうな顔だ。現に週刊ソーサラーからモデル撮影の話が時々入ってくる、らしい。オレの本業魔導士なんだけどなあ、と言いつつも、優しいが故に断り切れずにいる姿を思い出す。

「それにしても顔って…整形でもしなきゃダメか……?いや、変身魔法でどうにか…けど魔力の消費がなあ」
「言っとくけど、私は別にお前の顔そのものが嫌いって訳じゃねえよ」
「え!?」

今度は驚き混じりの疑問音。ぱっと上がった顔にうっすらと歓喜の色を見た気がして、ミラは少したじろいだ。先ほどからミラの一言で表情をころころと変えていくのが、どこかくすぐったい。
小さく芽生えようとした何かに気づかないまま、どういう訳だか彼を直視出来なくなって顔を逸らす。

「べ…別に、だからって好きでもないからな!?私はお前の笑った顔が嫌いだってだけ!何かあるといつも無理して笑って、その感じがよく解んねえけどイライラするってだけで……」

無性に恥ずかしくなって捲し立てる。勢いのまま最後まで言い切ろうとして、ふと彼の反応が気になって目を向けた。ころころ変わる表情が今どんな色をしているのかが気になった、ただそれだけの理由だと、誰に対してのものか解らない言い訳を用意して。

「…え……」

そして、ミラは見た。
真正面から、見てしまった。

「……そっか」

そう呟いた声は、無理に返事を用意したように聞こえた。何か返さないと妙に思われるから、と引っ張り出して、結局違和感を植え付けたそれ。
アルカは、どれとも断言出来ない感情を滲ませた表情をしていた。笑っているようで泣き出しそうで、ここまでなら泣き笑いといえるのに今にも怒り出しそうでもあって。糸で無理矢理吊り上げたようにどうにか笑みの形を作る口角は、笑っているはずなのに空っぽだった。感情が顔に出ているのだから無表情とは呼べないのだろうけど、中身がないのだから無表情としか呼べないとも言える、そんな顔。

「ごめんな、苛つかせて」

それだけ言った。それ以外は何も言わないで、何事もなかったかのように頬杖を付いて窓を外を眺める。
何でそんな事言うんだよ、と責めるような口調じゃなかった。悪かった、と申し訳なさそうに言う訳でもなかった。ただ穏やかで、起伏のない声。責めも咎めもしない、何を思って吐き出した言葉なのかが読めない声色。

「……」
「……」

また、沈黙。
いくらか苦じゃなくなった静寂の中で、つられるように窓の外に目を向けたミラは思う。



あの声はまるで、何もかもを諦めてしまったようだった、と。







「上手く行ってるかなあ、ミラ姉とアルカ」
「行ってないとしたら帰って来たと同時にぶん殴ってやるわ」
「暴力はダメだよー」

テーブルの上の皿は2つとも既に空。今日も今日とて喧しいギルドの端のテーブルを陣取る少女2人―――ミラの妹リサーナと、アルカの相談相手であるティアは、今頃列車を降りたか依頼先に到着したかであろう2人を思い浮かべた。
仲が悪いというよりはアルカが一方的に嫌われているともいえるこの状態をどうにかしたい、と提案したのはティアだが、乗り気なのはリサーナの方だ。確かに彼女はアルカに懐いているから、姉とも仲良くしてほしいと思ったとして不思議ではない。
けれど、ここまで珍しくも協力体制でやって来たティアには解っている。だから、何気なしに問いかけた。

「ねえ、リサーナ」
「何?」
「アンタ、気づいてたんでしょう。アイツがミラに惚れてるって」
「うん。というかギルドの皆が知ってると思うよ?」

あまりにもあっさりと頷かれ、しかもまさかの事実が降ってきた。これは流石に予想外過ぎて、一瞬ティアの動きが止まる。それでも驚きを顔に出さない辺りは彼女らしい。

「……それ、本当なの?」
「アルカって案外解りやすいトコあるからねー、ミラ姉と話した後とか1番よく解るよ」
「あー…なるほどね」

そうかもしれない、と納得する。ミラと話した後という事は、言い方を変えればティアに相談する前の事だ。それなら「またやっちまったよ……」と暗い顔をしているだろうし、それが毎回となれば気づかない訳がない。
もちろん気づかない奴―――例えばマフラー巻いた火竜とか―――もいるだろうが、その辺りは女子故か察しの早いリサーナである。この計画を持ち出す以前からやたらと2人の距離を縮めようとしていたのはその為だろう。

「だから今日の仕事で仲良くなれればいいなって思って。まあ、上手くいくかはミラ姉達次第だけど……」
「何とかなるでしょ。アイツ等だって魔導士だもの、仕事に私情を挟みやしないはずよ」
「でもティアは仕事だとしてもナツと喧嘩してるよ?」
「あれは向こうが突っかかってくるだけでしょうが」







さて。
そんな話をされているとは全く知らない2人は、列車を降り依頼先に到着し、既に仕事に取り掛かっていた。無駄な会話が一切ない為にここまでスピーディーなのだが、それはさておき。

「ソウルイクスティンクター!――――アルカっ」
「はいよ…っと。そーれ、大火弓矢(レオアロー)!」

そしてティアの想像通り、先ほどまでの気まずさはどこへやら、むしろぴったりすぎるほど息の合う2人がそこにいた。その通ってきた道にはヒレだけが消えたグリードウィングが十数匹力なく地に落ちている。
自身の魔法によってその身を悪魔へと変えたミラが突撃し、周囲を警戒しながらアルカが後方から攻撃する。その攻撃は炎であったり砂であったりしたが、とにかくここまで2人は傷らしい傷も負わずに着々とヒレを回収していた。
たった今戦っていたグリードウィングからヒレを切り取って、躊躇なく袋に放り込む。手に血が付いたが、この程度で悲鳴を上げていては魔導士は務まらない。

「ま、こんなモンか」
「これだけあれば十分だろ。とっとと終わらせて帰ろうぜ」
「えー、土産買わねえの?リサーナとエルフマンにさあ」
「……何かあったらな」

回収したヒレを袋に詰め、借りた台車に乗せて運ぶ。なかなかに重量がある為共同作業だが、かといって一緒に引っ張る訳ではない。アルカが引っ張り、ミラは後ろから押していくと決めてある。

(いや、オレとしては一緒に引っ張るってのもアリなんだけど)

運のいい事に、この地点から依頼人の待つ場所までに坂はない。ひたすら平坦な道を真っ直ぐに進めば辿り着く、道に迷いやすいルーでも何とかなりそうなルートだとアルカは思った。

(けどなー、オレ嫌われちゃってるからなー……しかも顔。1番直せねえトコ。加えて、無理して笑ってるとか図星頂いちゃってさあ…)

吐き掛けた溜め息をどうにか飲み込む。

(そういや昔、似たような事ティアにも言われたっけ)






『アンタ、何なの』

初対面、本来なら初めまして辺りから始まる付き合いは、彼女のこの一言で始まった。
別に何か妙な行動をとった訳ではない。ただ今日から世話になるギルドの、一緒に仕事をする事になるであろう魔導士達に挨拶をしていく中で、最後の最後に声をかけたのが彼女だったというだけで。
彼女を最後に回したのだって、大した理由じゃない。熱心に本を読んでいるようだったから読み終わってから声をかけた、それだけだ。

『えー…っと、今日からこのギルドで世話になる、アルカンジュ・イレイザーです。名前長いんで、まあ好きに略してくれれば』
『別にアンタが誰であれ関係ないから自己紹介なんざいらないけど』

一息で言い切った少女は、後に知った事だがアルカの2つ年下だった。けれどギルドの空気に慣れ切っている先輩のように思えるからか、それとも魔導士としての勘が「コイツはヤバいぞ」とでも伝えているのかは解らないが、どうしても砕けた口調で話せない。自分より何歳も上のオヤジや、マスターにでさえ敬語なんて使わなかったのに。

『じゃあ、どういう』
『そうやって、へらへら中身のない笑い方しないでくれる?見てて不快だから』

先ほどからこちらの言う事を全て遮って、言葉通りに不機嫌そうな彼女の青い目がアルカを真っ直ぐに見上げていた。

『私、嫌いなのよ。出来もしないくせに表情作ろうとするのが。それをやってる奴を見るのも嫌い。別に笑わなくなって生きていけるし、それで軽蔑して来る奴がいるなら付き合わなきゃいいだけよ。上辺だけで笑ったって、本当にアンタを見てる奴にはきっと通じない』
『上辺だけって……オレは…』
『ええ、それがアンタなんでしょうね。アンタにはそれが骨の髄まで染み込んでるんでしょう。だったらそれでも構わないわ、私に関わりさえしないでくれれば』

私と無関係でならどんな顔しようが気にならないもの、と付け加えて、興味が失せたのかくるりとアルカに背を向ける。
他のメンバーから聞いてはいたが、確かにある種自己中心的な少女だった。同時にかなりの我が儘でもある。更にばっさりと言い切る口調にはっきりとした言い方、一言一言がアルカを突き放しにかかっているようだ。

(何だコイツ。……オレだって、好きで笑ってるんじゃねえよ)

そう言ってやろうかと考えて、止める。だったら止めればいいでしょう、と言い返されるオチが、まだ10分も経っていない付き合いだが予想出来た。
好きで笑っている訳じゃない。ただトラブルを回避したくて、誰かが怒鳴る声を聞きたくなくて、編み出した解決策。誰かが怒った後のどうしようもない空気が嫌で、嫌な事があると解っているならそれを避ければいいと思いついた結果。

(怒りたい時だってあったし、怒鳴りたいとだって思ったし)

気づけばそれが癖になって、そうなれば人間関係は良好だった。アイツは怒らないから、と近所の同年代に何をされても、「止めろよ」と冗談交じりにも取れる声で返すだけだった。
多少の悪戯は許してくれる奴だから、とそれが徐々にエスカレートしていっても、僅かな苛立ちさえ顔に出さなかった。許すなんて、アルカは1度だって口にした事はないのに。

(けど、もう癖で。頑張っても抜けなくて。どうしようもねえから、オレだって苦しいのに)

面倒事を避けたかった、怒鳴る気力が無駄だから―――そんな理由でもあったけれど、根本は単純に、皆で笑っていられればそれでよかったのだ。楽しければそれでいい、その為なら多少の犠牲を払うとしても仕方ないと、アルカはずっと思っていた。
ずっと楽しいのが理想だけれど、そんな事がある訳ない。ある訳ないものをあるものにするのだから、何かしらの犠牲は必要なのだ。

(今日会ったばっかりのお前に、何が解るんだよ……!)

――――そんな彼の手は、気づけば青髪の少女に引かれていた。







暮れかけの太陽が水面を煌めかせる。
掴まれた手を振り払うように離されて、辺りを見回す。それでようやくここが河川敷で、知らないうちに彼女に連れ出されていたのだと知った。

『っ…何だよ、突然連れ出しやがって』

どうにも崩れなかった敬語がいとも簡単に崩れていたが、それに気づく余裕はない。
対面する少女は変わらず真っ直ぐすぎるくらいにこちらを見ていて、負けじとアルカも彼女を睨む。

『つーか、お前こそ何なの。何で初対面のくせにずけずけ入ってくんの?オレの事なんて1ミリだって知らないくせに、何がへらへら笑うなだよ。不快だとか嫌いだとか、何にも知らねえのに言ってくんな!』

ふつふつと静かに煮えていたものが、一気に爆発したようだった。急激に体温が上がっていくような感覚、僅かに揺らめくのは陽炎だろうか。
力任せに彼女の華奢な肩を掴む。胸倉を掴み上げるのは止めた方がいい、と冷静に判断する自分がどこかにいた。小さく見開かれた青い目がすぐに退屈そうなそれに戻るのが、尚更油を注ぐ。

『オレだって好んでへらへらしてねえよ、止められるなら止めたいんだよ!赤の他人のお前からすればとっとと止めりゃいいって話なんだろうがな、そんなに上手くいくなら最初から悩んでねえんだ!直したいって思ってんのに直らねえ、人並み程度に出来ればいいのにそれすら出来ねえ!誰も彼もがお前みたいに、出来なくたって生きていけるなんて割り切ってる訳じゃねえんだよ!』

怒りっぽくなりたい訳じゃないし、泣き虫になりたい訳でもない。笑うだけのままでいたくもない。どれもこれも平均点の、特に取り立てる部分のないそれでいい。
割り切るなんてそんな頭のいい真似も出来なくて、止めてしまいたいと思うのに直らない悪循環に頭を抱えて。その苦しさを打ち明ける相手は誰もいなくて、誰より身近な人達は誰より遠い、アルカの知らない場所に行ってしまった。

『悩んでんだよ、これでもさあ!苦しいし辛いし直したいんだよ!お前にとってはただの不快なツラで、オレからしても見たくねえけど、だからって不快だって突き付けられて平気な訳ねえじゃんか!』

1度だけ、誰かが話しているのを聞いた事がある。
いつも笑ってて気味が悪い、何に対しても真面目にやってない、と陰口を叩かれた事がある。
それを聞いた日、それ以上アルカは笑えなかった。笑った顔以外を見せるなんて出来なくて、部屋に閉じこもって枕に顔を埋めて泣いた。家族にすら泣いた事実を隠そうとして、結局どこかでは知られていたようだったけれど。

『どうしろってんだよ』

出た声は無理矢理絞り出したように細くて、震えていた。

『不快だって言われて、直したくても直せなくて、気味が悪いだの不真面目だの陰口叩かれて!オレはっ…オレはさ、面倒事なんて御免だって思っただけなんだ。怒鳴ったって疲れるだけだって思って、ギスギスしたくなかっただけで……』

肩を掴む手が震える。俯いて髪で隠れた顔から、ぽたりと涙が落ちた。必死に嗚咽を堪えて、歯を食いしばってから叫ぶ。

『皆が皆揃いも揃って、誰彼構わず笑っていられりゃよかったんだ!なのに…なのにさあ……!』

どこで間違えてしまったのだろう。そんなのアルカには解らない。今までやって来た事が正しいと信じてきたアルカには、間違いに気づく力なんてない。
その答えを、初対面の彼女に望む訳ではなかった。ただぼんやりと、呆れられてるんだろうなとだけ思った。答えをあっさり無償で用意してもらえるような仲ではない。
彼女の肩から手を放し、右腕で目元を隠す。少し間を置いて、ソプラノが問いかけた。

『……で、その話を私にして、アンタはどうしてほしいの』
『…そんなの、解んねえよ』
『嘘仰い。アンタは解らないんじゃなくて考えてないんでしょう』

ぴしゃりと言い返されて、けれど反論は出来ない。

『どうせ、初対面だの何だのって事で私が何も答えないとでも思ってるんでしょう。私が何もしないって、アンタだって私の事は1ミリだって理解してないのに思うんでしょう』

その通りだ。アルカはこの少女を勝手に冷たい奴だと思っているけれど、それは思っているだけに過ぎないのだから。
その冷たさが上辺だけかもしれないなんて、微塵も考えていなかった。

『確かにアンタの顔は嫌いよ、見ていて不快だわ。序でに言えば直せないって事に対して可哀想だとは思う。だけど、それが直らなくてアンタが苦しんでるって知った今でも、私はさっき言った事を取り下げない。だって不快なものは不快だもの』

冷たく突き放す高い声。滑らかに尖って突き刺さる言葉の1つ1つを、自分でも驚くくらい静かに受け止められていた。
それは頭が冷え切っていて冷静になれているからかもしれないし、投げつけられる声の中に冷たさ以外の何かを見つけたからかもしれなかった。

『けど、アンタはそれで止まらないじゃない』

ふと、声が柔らかくなった気がした。
導かれるように下ろした右腕、開いた視界には青髪の少女。不機嫌そうな表情だった顔には、挑発的でこちらを小馬鹿にしたようで、それでも慈しむような色を滲ませた微笑みが浮かんでいる。

『ギルドで私が“私に関わらないならそのままで構わない”って言った時、アンタは私と関わらずに過ごすって選択をしなかった。本当ならそれが1番今まで通りのはずで、アンタからすれば何も変えなくていい最も楽な道なのに、アンタはそれを選ばなかった。それどころか私に苛立って見せて、ここまで怒鳴って泣いて。――――よくもまあ、こんなに豊かな感情を笑うだけで隠していられたわね?』
『は…何、言って』
『アンタは出来ないんじゃなくて選んでないだけなんじゃないの?怒るか笑うかで笑う方選んで、それを続けてきたから出来ないって思い込んでるだけで。それか人より怒るのに時間がかかるか…案外、その程度かもしれないじゃない』

いや、オレむしろ人より短気だと思うんだけど。
そう頭に浮かんで口に出そうとして、結局口は開くだけだった。ぽかんと口を開くアルカにくすくすと笑みを零して、少女は秘密だとでもいうように自分の唇に人差し指を当てる。

『もう1度言うわ。私はアンタの顔が嫌い…だけど、アンタって人間そのものは嫌いじゃない。別にそれは誰かの為に何かが出来るからだとか、そんな御綺麗な理由からじゃないわよ?結局アンタは自分の言いたい事を真っ直ぐに言うから、その辺りに好感が持てるってだけ』
『……あんだけ嫌い嫌い言ったくせに』
『顔は、ね。……私、やりたい事を出来ないのが何より嫌いだから。で、言いたい事言えないのも、言いたい事を言わない奴も大体嫌い』
『我が儘すぎだろ…どこのお嬢様だよお前』

その時僅かに彼女の表情が陰った気がしたが、見間違いだろうと思い込む。それだけ小さくて一瞬の変化だったのだ。

『…だから、そのアンタが何かを望むなら、少しくらい力を貸してやってもいいわ。必要ないと捨てても構わないけど』
『別に…助けてほしい事なんてねえよ』
『本当に?』
『本当に』

つい意地を張ってしまう。
本当は、アルカにだって解っているのだ。今ここですべきなのは意地を貫き通す事ではない事ぐらい。彼女に縋るのが正解ではないのも解っていて、それでも本当に言いたい事は言えないまま。
多分、彼女は解ろうとしてくれている。初対面の奴から溜め込んでいたものを正面からぶつけられて、それを受け止める必要もなければ受け止めてもらえる関係性でもないのに、思うままに吐き捨てた言葉の1つ1つを、さも当然のように受け止めてくれている。
けれど、だからって素直に手を取るなんて出来ない。初対面だからとかまだお互いをちゃんと知らないからだとかではなく、アルカのちっぽけなプライドからだった。

『あれだけ助けてって叫んだのに』
『そんなの一言も言ってねえ』
『どうしたらいいんだって喚いたくせに』
『お前にだって解んねえだろ、張本人が解ってない事なのに』
『第三者でこそ解る事もあるでしょうに』

何を言っても返される。必要ないなら捨てろと言ったのは彼女なのに、捨てさせる気を全く感じさせないのは何故だろう。

『……赤の他人だ』

だから、アルカも徹底的に突き放す事にした。
心のどこかで伸ばされた手を掴もうと指先に触れた気がしたが、無理矢理抑え込む。望む事を押さえつけるのは、何より大得意だった。

『お前にオレを助ける理由はねえし、オレだって助けられる理由がない』

ただ思うがままに声に出す。

『助けてくれる確証だってないし、そんな不確かなものに頼りたくねえし』

言いながら、内心に広がる苦さが懐かしかった。
朝起きて、いつも通りが来ると思って、けれどいつも通りになんてならなかったあの日。紙切れ1枚を残して消えた家族と、捨てられた事に対する胸の重い痛み。
何で今更、と思って、ふと納得する。それは誰かに陰口を叩かれた時と同じ苦しさだった。

『そんな口約束信じられないし』

面倒事は御免だった。皆が笑っていればそれでよかった。
けれど―――それと同じくらい、自分が感情を露わにする事で誰かが離れて行くのが怖かったのだ。いつも笑っているはずの自分が怒って、それで周りから誰も彼もいなくなってしまったら。
その程度で終わるよう付き合いなら止めてしまえ、と他人は言うのだろう。けれどアルカは、人を失う事に敏感だった。周囲に誰もいない事が何より恐ろしかった。

『オレの“助けて”に、お前が振り回される必要も、理由も、関係も…何にも、ねえだろ』

だから。
そんな一時の同情で、そこから来る優しさで、こっちを本気にさせないでほしい。
いつか離れて行くのが解っていて、それに縋って捨てられるのはもう嫌だから。

――――だから、もう。





『私は、助けてって言った奴を助けずに見捨てたりしないのに』

囁くような声は、どことなく寂しさを感じさせた。青い瞳が、何かを訴えている。
けれど、その寂しさはアルカに突き放された事に対して向けられたものではない気がした。突き放された程度で彼女はこうはならない事くらいは、もうなんとなく解る。

『言ったでしょう。アンタが上辺だけで笑ったって、アンタを本当に見てる奴には通じないって』

泣きそうな訳ではなかった。そうなると解っていた事を思い知らされて、それでもそう思わずにはいられないような、真っ直ぐにはいかない色を声に滲ませていた。

『捨てられたくないなら捨てないって約束してあげる。理由がなくて私に頼れないなら幾らだって理由を作ってやるし、関係が必要ならアンタが望むだけの関係になってやるわ』

突きつけられる言葉を聞きながら、アルカの頭は疑問でいっぱいだった。
どうして彼女はここまで言うのか。初対面で、嫌いだと言った相手で、勝手に感情をぶつけられて、そのくせ勝手なプライドで遠ざけようとされている。そうなるかも解らない想像に怯えているだけの自分に、決して優しくない少女は何をしてくれるというのだろう。

『…何なんだよ、本当に』
『結局、言いたい事は1つだけど』

何度目になるか解らない言葉を吐き出せば、青髪の少女は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
そのたった1つの言葉の為に彼を怒らせ、傷つけ、苦さを思い出させ、ちっぽけなプライドすら持ち出させた彼女は、それらの行動を全て償うかのように、幾分かの明るさを持ってこう言った。

『私はアンタをちゃんと見てる。―――笑ってないアンタも、全然悪くないわ』







(要は、オレが笑う以外も出来るようになるまでサポートする、みたいな助けじゃなかった訳で。つーかあれを助けといっていいものか……いやまあ、それで昔よりは何倍もマシになったし、ティア様様なんだけどさ)

今なら解る。彼女が言いたかったのは「アンタが何を思ってても私には筒抜けで、隠すなんて無駄だと知れ。無駄なんだから隠すのを止めろ」という事なのだ。かなり横暴な言い方だが、結局のところこういう意味である、とアルカは思っている。

(隠すの止めろとかさー、それが主流だったオレに言う事じゃねえよなマジで。しかも解りにくいから何言ってんだコイツ状態だったし。今だから解るけど……あれ、もしかしてつまりは「私が解ってやるから大丈夫だ」って意味、だったりして)

考えて、即座に否定する。相手はあのティアだ。そんな優しさなんてないという訳じゃないけれど、かといってそんな意味を持たせるとも思えない。

(あの時連れ出してくれたのも、きっと通じてないのが解ったからだろうし。まあ普通はあの一言だけで通じる訳ねえんだけどな…)

“上辺だけで笑ったって、本当にアンタを見てる奴にはきっと通じない。”
彼女はそう言って、最初から言いたい事は言っていて、なのにあそこまで付き合ってくれたのだろう。どうしてあそこまでしてくれたのかは解らないままだけど、きっとただの気まぐれなのだ。

(ティアってそういう奴だし。本当、どこのお嬢サマだよ)






「くしゅっ」
「ティアどうしたの?…はっ、もしかして風邪!?そ、そうなの風邪なの熱でもあるの!?うわあああどうしようアルカいないのに僕1人でどうしろっていうの――――!?」
「別に風邪なんて引いてないし……でもまあ、私の為に何かしたいなら…そうね」
「なあに?僕にも出来る事ある!?」
「しばらくの間黙ってなさいな。真隣でぎゃあぎゃあ喧しいったらありゃしないわ」






「……アルカっ」

鋭い声で名前を呼ばれ、思い出に浸っていた頭が覚醒した。その場で止まり、意識を集中させる。
こちらに注意を促したミラにも聞こえているであろう、けたけたと笑うような声。何重にもなって聞こえてくるそれは、ゆっくりと近づいてきている。

「…何かいるな」
「姿は見えねえけど、結構いる。……?」
「どうした?」

声はどんどん近づいているのに姿を見せない相手は、魔物なのか人なのか。どちらであっても対処出来るように何パターンかの戦闘準備を同時進行していたアルカの目に“それ”が見えたのは、その手に炎の剣を具現しようとした、まさにその時だった。
いくらかの距離を取って見えたそれを、空いた左手で指す。その先を見たミラが、確認するなり叫んでいた。

「砂煙……―――――ビックマウスか!」




砂煙を巻き上げ、地中から飛び出してきたのは。
その名に違わず大きな口を持った、殻に覆われた巨大な芋虫――ビックマウスの群れだった。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。


……大っ変長らくお待たせいたしましたああああああああ!
しかもこれで終わってないとか本当に申し訳ありません!


3か月ですよ3カ月。いやもう本当に申し訳ない…。
とりあえず次回でアルカ編は終了の予定です。…ちょっと「そういやアルカがティアに出会うシーンがないなあ」とか思ったのが全ての始まりでした……!その結果がこれだよ、内容支離滅裂か!

と、ここで大事なお知らせをいくつか。
まず、緋色の空には今、危機的状況が襲いかかっております。

―――そう、FT熱が冷めている、という。

いや、嫌いではないんですよ?ただ昔ほど「FTー!うおー!」ってならないだけで、ディバゲでFTコラボとなれば大喜びでスクラッチするし(ゼレフ引けたぜやっほい)、最近FTブレイブサーガ始めましたしコミックスは買うしまだ妄想出来るし。
脳内がオリジナル作品ブームで熱狂中といいますか、以前ほどEМTやら百鬼憑乱やらエターナルユースに意識を回せなくなりました。
なので、これからも更新速度ががくっと落ちると思われます。下手したらオリジナル作品を投稿し始めるかもしれません。3か月に1回くらいは更新するつもりですが、お約束は出来ません。申し訳ない。


続いて2つ目。
現在短編集(という名の短編じゃないもの達)を書いていますが、今回のアルカ編と“どうしても今しか出来ない話(予定では2本)”を書き終え次第、一旦終了します。それ以外の話はまた時期を見て投稿させて頂きます。書かないという選択肢は最初からありません。
何故かといいますと、「定期的に更新する」というリズムが乱れつつあるので、一旦原作に戻って「幾分かの資料が手元にあって書ける状態」でリズムを取り戻すところから始めようかな、と。

―――そう、つまりはエドラス編の到来なのです。


とはいえまだアルカ編ラストと必要不可欠なもの(予定では2本)がありますので、まだまだエドラス編は遠い彼方なのですが。
そんなこんなでいろいろご迷惑をおかけするかもしれませんが、「まあ緋色の空ってそういう奴だよね」と思って頂ければ幸いです。

感想、批評、お待ちしてます。
……序でにミラちゃんがアルカに言った告白の台詞のアイデアも可能なら募集させて頂きたく。な、何度考えてもここで迷ってストップしちゃうのです…! 
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