魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第十四話 裏腹
エメラルドグリーンの光から生み出された巨木へ走ると、周囲の環境が変わっていくのを感じた。
魔法による広域結界の展開。
それによって一般人は姿を消し、人気のない海鳴に変化していた。
魔導師や、魔導師になっていないながらも魔力を持つ者以外が干渉できない空間。
結界の展開は彼女/柚那が発動させたものではない。
黒鐘や雪鳴が展開すると言う考えもあったが、二人の魔力はこちらに迫っているだけで周囲に広がっていない。
結界から感じるのは知らない人の魔力。
「他にも魔導師がいるってこと……?」
魔法文化がなく、ロストロギアレベルのものが存在しない世界で他にも魔導師がいる。
なんの事情もなく訪れるような世界じゃないだけに、その存在は柚那にとって疑問になることだった。
答えが出ないうちに巨木まであと数十メートルと近づいた所で巨木が行動を起こす。
二本の枝が鞭の様なしなりを起こしながら柚那に振るわれた。
「――――っ!?」
突如襲ってきた鞭のような枝に対し、柚那は驚きながらも咄嗟に地面に着地、そこから枝がギリギリまで迫った所で横に飛んで回避する。
着地して迫ってきた枝を見ると、空を切ってそのまま地面を叩きつけた。
そこには大きな穴ができ、周囲に瓦礫が散る。
「どうしてこんなこと?」
ただの巨木であれば、迫る柚那に対して攻撃なんてしない。
巨木ななぜ柚那を敵とみなしたのか。
そもそもなぜこんなものが生まれたのか。
疑問はいつまでも増すばかり。
……が、一つだけ変わらない答えがある。
“これ”は放ってはいけない存在であり、これを壊せるのは魔導師である自分なのだということ。
「なら、考えるのはあと! 斬り散らせ、――――風月輪!」
迷いを振り払い、柚那は両手を左右斜め下に広げ、掌に意識を集中させる。
瞬間、新たに迫った複数の枝を前に、柚那の両手に真ん中に穴があいた円形型の刃が現れ、握り手の部分を掴む。
更に全身の衣服が鮮やかな翠の光に包まれたと思うと、詰襟で横に深いスリットのあるワンピース……所謂チャイナドレスと言われるような服装に変わっていた。
――――逢沢家の出身世界/第54管理内世界・クレアスペアーレには、デバイスとは似て非なる武器――――固有魔装と書いてデバイスと読む武器が存在する。
クレアスペアーレで採れる素材で作られた固有魔装は、『契約』と結ぶことで魔力に変換され、契約者の体内に取り込まれる性質を持ち、そして契約者が望めば魔力から武器形態になって顕現し、武器に合った服装へ変化する。
小伊坂 黒鐘が姿を現さなくなってから二年が経過した頃、柚那は現在の固有魔装/風月輪と契約した。
逢沢家の道場は剣と刀が王道の道場だっただけに、当初は全く違う方向性の武器を選んだ柚那を良く思わない人が多かった。
しかし柚那は自分に最も向いた武器を選び、自分が最も強くなれると思う武器を手にした。
全ては小伊坂 黒鐘を倒すために――――。
そして大切な姉/逢沢 雪鳴を守るために――――。
柚那の想いに応えるかのように彼女の周囲を竜巻が発生、迫る枝は竜巻に触れた瞬間に切り刻まれていく。
柚那の周囲に発生した竜巻は彼女の魔力変換/風と円月輪を回転させることで発生させたもので、円月輪の刃が竜巻に含まれているが故に触れたものは全て切り刻まれることとなる。
だが、それだけで勝つことはできない。
竜巻の中で柚那は左足を軸に全身を左回転させ、
「斬り裂け――――!」
回転の勢いをそのまま、二つの円月輪を巨木に向けて投げた。
近接戦のみならず、投擲としての役割も果たせる刃物。
それが柚那の選んだ戦闘スタイルだった。
放たれた円月輪は高速回転のもと、進行上にある全ての枝を斬り裂いていく。
そして本体である巨木へ直撃――――、
「――――っ!?」
が、風月輪は巨木に数センチ刺さったところで動きを停止する。
柚那は巨木すら斬り裂くつもりで円月輪を放っており、途中の枝を斬り裂く過程で減速することも考えての威力だった。
しかし巨木の持つエネルギーが柚那の想像以上に多く、結果として巨木の硬さを破ることはできなかった。
驚く間もほとんどなく、完全に柚那を攻撃対象と判断した巨木は十数本の枝を鞭のように振るい、柚那に向けて一斉に放つ。
固有武装を今から自分の手元に戻しても、距離と速度的に間に合わない。
先ほどと同じように竜巻による防壁も張れるが、風月輪がなければ守れても斬り裂くことができない。
本来であればここで万事休す。
「確かに驚いたけど――――」
柚那は落ち着いた様子で一歩前に出る。
同時に足元に翠色に光る円形の魔法陣が展開される。
「円舞――――」
さらに柚那が握り拳を作ると、指と指の間にCDほどの大きさと薄さを持った同じ形状の魔法陣が現れ、迫る枝に向けて一斉にそれを投げた。
小さな魔法陣は風月輪と同じ回転をしながら枝とぶつかり――――斬り裂いていく。
休まず再び指と指の間に魔法陣を作り出し、左右で合計八枚の魔法陣を一斉に投げる。
手裏剣のように、絶え間なく放っていくことで迫る全ての枝を斬り裂く。
そして枝が底を尽きても放たれたそれは、無数の刃となって巨木に突き刺さっていく。
雨のように絶え間なく降り注ぎ、狙った全てを斬っていく逢沢 柚那の戦技――――、
「――――風時雨」
円舞・風時雨。
風月輪なしで使用できる戦技の一つ。
柚那が風月輪と出会う前から覚えていた技の一つで、魔法陣と言う魔法を発動する上で必須の、そして魔法を発動させるほどの絶対的存在故の強固さを利用し、風月輪と同じ投擲武器として扱うことで同じ刃物にすることができる技。
幼い頃から魔法を行使できた柚那は、黒鐘がいなくなった頃から自分に合う魔法をいくつも編み出していた。
そのなかで『投擲』と言うのが何より自分に合うものだと見出し、風月輪と契約を結んだ。
これが逢沢 柚那が風月輪を手にする最大の理由。
剣や刀ではどうしたって男のほうが強くなる。
さらに柚那には小伊坂 黒鐘と言う倒すべき相手がいる。
剣や刀で劣るのであれば、素直に別の道で戦えばいい。
接近戦もでき、遠距離でも戦える、柚那だけの戦い方を見つければいい。
そしてたどり着いたのが、風月輪――――チャクラムと呼ばれる種類の投擲武器だった。
全ては、彼を超えるため――――。
「行くよ、風月輪!」
巨木から抜けだし、手元に戻った風月輪に魔力を込める。
再び発生した竜巻の防壁により、柚那に迫る全てのものは斬り裂かれていく。
だが、今度の柚那は行動を起こした。
前へ、巨木へ向かって突撃を仕掛けたのだ。
全身を魔力で強化し、加速をつけた柚那は迫る枝を回避又は風月輪で斬り裂きながら突き進む。
迫れば迫るほど力と数が増える枝を相手に、柚那は考える。
(近づけば近づくほど強くなるのは厄介だけど、どのみち枝を斬り続けてもジリ貧になるだけなら、やることは変わらない!)
距離を取ると放たれる枝の力や数が減ると言う特徴に気づいた柚那だが、枝を相手にしても意味はなく、そして柚那の投擲もまた距離が伸びれば結局減速をしてしまうため、こうして接近戦に切り替える行為は間違ってないと判断した。
本来であればもう一人、接近戦に特化した人がいれば投擲によるサポートができたのだが――――。
そう思って脳裏を過るのは、姉の雪鳴。
そして――――小伊坂 黒鐘。
(――――って、なんでアイツが出てくるの!?)
ふと脳裏を過ぎってしまった彼の笑顔を振り払い、怒りそのまま巨木に到達する。
すると露出している根っこに青い宝石が三つ落ちており、そこから放たれる光が血液のように木に流れ込んでいた。
「これが、ロストロギア……」
親指と人差し指で測れるほどの小さな宝石。
たったそれだけの宝石三つで巨大な木を生み出したと言うことは、それだけこの宝石、ロストロギアには膨大なエネルギーが存在すると言うこと。
だが逆に言えば、ロストロギアと木との接続を切ればいい。
そう判断した柚那はロストロギア目掛けて風月輪を投げる。
――――すると今までにない程の数の枝、蔓、根っこが前方に現れ、ロストロギアを守る壁となって立ちはだかる。
そこまでは想像していなかった柚那の放った風月輪は弾き返され、再び手元に――――、
「っ――――きゃあああああ!?」
戻る風月輪に向けて手を伸ばしている隙を突かれ、地面から二本の蔓が柚那の両脚を捉え、予想もつかなほどの怪力で持ち上げ、目的の方向に持ち主がいなかった風月輪は地面に突き刺さる。
「うっ!」
脚を持ち上げらた影響で身体が上下真逆になり、視界が反転、宙吊り状態になった柚那のスリットが下に落ちていく。
「きゃ……」
反射的に柚那は両手でそれを押さえ、頬を赤く染めながら巨木を睨みつける。
が、顔もなければ眼も存在しない意思だけの存在を睨みつけた所で何も変わらず、巨木はさらに数本の枝を柚那に向けて伸ばした。
「ひっ!?」
てっきり叩きつけてくるのかと思い、全身に魔力の膜を張って防御に専念した柚那の予想とは違い、枝は柚那の身体を舐めるように這う動きをする。
ぞわり、と血の気が引き、全身に鳥肌が立つほどの生理的嫌悪感を催す。
それが集中力を奪い、魔法の発動を妨げる。
「き、気持ち悪いぃ……」
つま先から太ももへ絡みながら伸びる枝。
指先から首筋に伸びる枝。
腹部から脇へ這う枝。
複数の枝が一度に全身を刺激し、羞恥で顔が真っ赤に染まる。
――――柚那は実戦経験は多いが、その全てが対人戦のため、こうした自然との相手は初めてだった。
人間相手ならば複数人が相手だろうと対応できるが、こうした状況に置いての対処法は未経験のために混乱を招いていた。
「ひゃんっ!」
枝が首筋と脇の両方を同時に刺激され、甲高い声を上げてしまう。
それが更なる羞恥を与え、脳内で混乱を生む。
年齢的な意味で未だ“そういったこと”への免疫がない柚那にとって今の刺激は初めてで、故にどういう言葉で表せばいいのかすら判断できない。
だが一つ、反射的に思った感情を言葉にすれば――――、
「イヤだ……」
気持ち悪い以上に、イヤと言う拒絶反応だった。
そして一度その拒絶反応が出た所で柚那の思考は、戦う意欲よりも体を弄り回す枝への恐怖心が支配しだした。
「やめ、て……んっ……い、いやだぁ……ひゃん」
体の至る所を刺激され、全身から力が抜けていく中、恐怖心から涙が溢れ出る。
その姿は戦う戦士ではなく、一人の怯える少女の姿があった。
なぜこんなことをしてくるのか。
そんな疑問を抱くが、恐怖心がそれすらも塗りつぶしていく。
「たす、けてぇ……」
そして口から漏れたのは、助けを求める言葉だった。
怖いことがあったとき、いつも助けてくれる人のことを必死に思い出してしまう。
自分を助けてくれる、ヒーローは――――、
「お兄、ちゃん――――」
ふと脳裏を過ぎったのは姉の雪鳴ではなく、憎んでいたはずの小伊坂 黒鐘だった。
ヒーローと言う単語が、男性の人を連想させたからだろうか?
ハッキリした理由は分からないが、柚那にとって助けてくれる、助けて欲しいと思った相手は小伊坂だった。
こうして自分が恐怖に飲み込まれ、絶望に染まってみて初めて気づいたことがあった。
五年前、黒鐘が姿を見せなくなったことは雪鳴に多大なストレスを与えたのを柚那は側で見ていた。
雪鳴は黒鐘のことが大好きだったから、いなくなったことが辛かったのだろうという事はすぐにわかった。
だからそんな雪鳴を悲しませた黒鐘を許せないと言う感情があったのは事実だ。
――――ならば、黒鐘が姿を見せなかったことに対して柚那本人はどんな感情を抱いていた?
雪鳴の悲しみを置いて、柚那自身の感情はどうだった?
柚那もまた、黒鐘と一緒にいる時間を過ごした一人だ。
彼といる時間が楽しかったし、彼のことを兄のように慕い、いつしか『お兄ちゃん』と呼んでいた彼が姿を見せなくなった。
それに対して柚那は何を思った?
――――寂しかった。
柚那もまた、雪鳴と同じく寂しかったのだ。
大好きな兄が帰ってこない。
側にいてくれない。
それは柚那だって寂しいと感じ、寂しくて涙を流したこともあった。
また会いたい。
会って、一緒に遊びたい。
そう思っていた。
だけど雪鳴が悲しみ、苦しんでいる姿を見てその感情を押し殺してしまった。
いや、彼を憎み、恨むことで寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。
そして修練に励んでさらに気を紛らわせて、忘れようとした。
大好きな気持ちを。
お兄ちゃんと慕う感情も、何もかも。
だけど、本当は――――、
「お兄ちゃん……お兄、ちゃん……」
服の隙間に入り込んだ枝が肌を刺激する。
もはや抵抗する力もなく、涙と声だけが漏れるだけ。
涙と絶望で視界が歪み、現実を否定するために目を瞑る。
視界が黒で染まった時に柚那は悟る。
(アタシ、死ぬの?)
このまま枝に侵食され、締め付けられて死ぬのだろうか。
自分の人生はこのまま終わってしまうのだろうか。
こんな、中途半端で裏腹な想いを抱えたまま、全部、終わってしまうのだろうか。
(アタシ、馬鹿だ……)
溢れるのは死の恐怖ではなく、今までの後悔。
自分の感情を押し殺したりしなければ、きっと今は変わっていたのだろう。
黒鐘に対する想いを抑えなければ、再会した時に仲直りできて、今も彼と雪鳴の三人で一緒に戦っていたのかもしれない。
雪鳴と黒鐘が仲良くしている光景も見られただろう。
全部、自分の行動が狂わせてしまった。
そんなことへの後悔。
そして反省。
(ごめんなさい、お兄ちゃん)
心の中で、彼に謝った。
大好きな彼へ、謝った。
(アタシ、本当はお兄ちゃんのことが大好きなの)
そして自分の気持ちに正直になった。
今更、手遅れだと思いながらも。
(ごめんなさい……お兄ちゃん――――)
ふと浮かんだのは、笑顔でこちらを見つめる黒鐘の姿。
「柚那ぁっ!!」
「え――――!?」
耳に響くいくつもの斬撃音と、自分の名を呼ぶ聴き慣れた声が届く。
不意に強く抱きしめられた感覚に、柚那は目を見開いた。
その人は――――、
「お兄、ちゃん……」
「捕まってろ!!」
「っ!」
強い口調で言われ、咄嗟に彼の言葉通り、彼の胸に抱きついた。
懐かしい声、懐かしい匂い、懐かしい温もりが柚那の絶望を振り払っていく。
心は落ち着きを取り戻し、そして懐かしい鼓動に変わっていく。
熱を持ち、ほんの少し早い胸の鼓動に――――。
そんな柚那を抱きしめ、彼は――――小伊坂 黒鐘は、迫る全ての枝を刀に変形したアマネで斬り裂いていく。
そして接近を諦め、距離を取るために走る。
「お兄ちゃん、どうして……」
未だ目の前の状況が理解できない中、柚那は黒鐘の顔を見上げるように見つめる。
「……お兄ちゃんなんて、五年ぶりに聞いたよ」
すると彼は優しい笑みを浮かべてこちらを見つめ返した。
それは五年が経過して少し大人びたが、五年前と変わらない懐かしく、柚那が大好きな笑顔だった。
その笑顔にドキッとしつつも、柚那は僅かに余裕ができた思考で問う。
「だ、だから、どうしてここに……?」
「どうしてって、あんなデカイ木が現れたらそりゃ来るだろ?」
「……そっか」
黒鐘の返答に、柚那は少し残念そうに頷く。
「それに、柚那の声が聴こえたからさ」
「え……」
「声が聞こえたとかそんなんじゃなくて、なんかこう、助けてって聴こえた気がしたんだ」
「っ……」
少し照れくさそうに視線を逸らす彼を見て、自分の胸がさらに熱を発していることに気づく。
心臓の鼓動は増し、頬は蒸気して彼から視線を逸らせない。
それが嬉しいと言う感情だというのはすぐに気づいた。
最初、彼は巨木を見てこちらに来たから、柚那のことは思考に含まれていないのだと落ち込んだ。
が、自分の助けてって声が届いて、彼はそれに応えてくれたと思うと、自然と嬉しさがこみ上げてくる。
「間に合ってよかった」
「え……?」
「もし間に合わなかったら俺……一生後悔するところだった」
柚那を抱きしめる手に、僅かばかり余分な力が込められる。
少しキツく感じるほど抱きしめられる中、黒鐘は不安そうな表情で言葉を紡ぐ。
「謝りたいこと、話したいこと、沢山あるんだ。 仲直りしたかったし、また雪鳴も混じって三人で笑い合いたかった。 間に合わなかったら、それができなくなるところだった」
「あ……」
柚那の頬にポツリと、雫がこぼれ落ちる。
それは黒鐘の瞳から流れた、心からの涙だった。
「もう、嫌なんだ。 大切な人が、俺の目の前からいなくなるのは、嫌なんだ……」
「お兄ちゃん……」
その言葉には、柚那には理解しきれないほど深い苦しみや葛藤があるように感じて、柚那はこれ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
だけど、誰かのことを心配して、誰かのために必死になって、誰かの為に涙を流して……そんな姿は、五年前から何も変わってなくて。
(そう、なんだ……)
五年という月日は、確かに色んなものを変えてしまった。
良いものも悪いものも、良いことも悪いことも、全部が変わってしまった。
だけど、小伊坂 黒鐘にとって自分は妹のような存在として見てもらっている。
それは決して子供扱いなんかじゃなくて、大切な家族のように思っているもので――――そして、そう感じるのはきっと、
(アタシも、なんだ……)
恨むとか、憎むとか、許せないとか。
どんなに負の感情を抱こうとも、五年前のことはなかったことにはならなくて。
小伊坂 黒鐘にとって自分がどれだけ大切な存在かを思い知らされる。
――――五年前、彼に憧れや親愛を抱いたのは何も雪鳴だけじゃない。
柚那もまた、自分のことを大切にしてくれる黒鐘のことが大好きなんだってことを改めて思い知る。
(お兄ちゃん、ありがとう)
声に出せないながらも、柚那は心のなかでそっと……彼に感謝の言葉を述べた。
黒鐘はそれから涙をこらえながら巨木から離れ、人気ないマンションの屋上に到着する。
そこには姉である雪鳴も居て、さらに白いバリアジャケットを身に纏った魔導師がいた。
「お姉ちゃん……」
「柚那、心配した」
「……ごめんなさい」
黒鐘はそっと柚那を下ろすと、柚那は雪鳴の胸に飛び込んだ。
対して雪鳴はぎゅっと抱きしめて受け入れる。
雪鳴の胸の中で柚那は声を抑えながら、涙を流す。
先ほどまでの恐怖心が、再会できた喜びが、様々な感情が一気に押しおせてきたが故の涙を、雪鳴は受け止めてあげた。
「雪鳴。 柚那のこと、頼む」
「そっちはお願い」
「ああ、任せろ」
そんな二人に背を向け、黒鐘は巨木の方へ向きを変える。
「高町。 行くぞ」
「うん!」
巨木の存在に気づいて合流した高町 なのはも気合いをいれ、黒鐘と共に屋上から飛び降り、飛行魔法で巨木まで向かう。
二人を見送った雪鳴が、柚那に声をかける。
「柚那、聞いて欲しいことがある」
「……なに?」
鼻水をすすりながら、柚那は雪鳴の言葉に耳を傾ける。
「黒鐘のこと」
「それって……」
「黒鐘が私たちに会わなかった……会えなかった理由」
そう言って雪鳴は語りだした。
黒鐘が五年間の時の中で何を経験したのか。
先ほどの言葉に込められた深い悲しみや葛藤の正体を。
「……そん、な」
雪鳴から明かされた真実に、自分が今までしてきたことがどれほど愚かだったか思い知らされる。
彼が雪鳴を傷つけた?
彼が柚那を傷つけた?
そして彼が無責任な笑顔を振りまいていた?
勘違いも甚だしい。
黒鐘は、柚那達を傷つけないために黙っていたんだ。
そして自分も傷ついていたから会わなかったんだ。
無責任に笑顔を振りまいていたんじゃない。
笑顔でいないと、辛い現実に押しつぶされそうになるから笑っていたんだ。
五年前と何も変わらない?
違う。
彼は変わらなかったのではなく、変われなかったんだ。
恐らく黒鐘の時間は、五年前の事件の時から進んでいなくて。
「私、最低だ……」
怒りが自分自身に向く。
五年前、黒鐘が姿を見せなくなったことで雪鳴も柚那も悲しい思いを経験した。
けれど二人は一緒にいたし、両親や門下生の人の支えもあって立ち直ることができたし、色んな目標を見出すこともできた。
励まし、励まされて、立ち直れたんだ。
――――しかし、黒鐘は違う。
励ましてくれる親を失い、姉も意識不明になった。
支えてくれる家族を失ったせいで、分かち合う人が一人もいなかったのだ。
しかも柚那達とは異なり、一番身近にいる『家族』を失った。
当時の彼は5歳。
まだ家族に甘えたい時期だし、家族のことが大好きだって心の底から思っている時期だ。
将来の夢や目標、それに向けた努力を家族と一緒に考えたりできる時期に、その全てを失った。
そして犯人を捜すために管理局に入隊という道しか選べなかった彼は、一体どれだけ重たい荷物を背負ったか。
柚那は雪鳴と、そして家族や門下生の人たちと共に成長した。
支え合う仲間と共に努力し、皆で一緒に少しずつ前に進めた。
そんな柚那達の五年間を黒鐘はたった一人、帰る場所を失い、後悔に押しつぶされそうになりながら耐え、変わることすらできずにいたのだ。
一体どれだけ悩み、苦しみ、自分を呪っただろう。
その苦しみは、先ほどの彼の言葉からもハッキリとわかる。
――――『もう、嫌なんだ。 大切な人が、俺の目の前からいなくなるのは、嫌なんだ……』。
あの言葉から感じた、あまりにも深い所にある感情。
それは彼が積み重ねてきた五年間の想いに他ならない。
「お兄、ちゃん……」
そして彼は今も変わらず……いや、これまで以上に自分達のことを大事に思ってくれている。
そんな彼を敵対視してしまったことは強い後悔だった。
「お兄ちゃんって、久しぶりに聞いた」
雪鳴は懐かしむように微笑し、柚那を見つめる。
そう言えば五年前からいつの間にか、こうしてお兄ちゃんと呼ぶことをやめていたと今更になって自覚する。
それも結局、彼を忘れるための小細工だった。
でも今は、彼に対して正直な想いを伝えたい。
「お姉ちゃん」
「うん」
「アタシ、お兄ちゃんに許してもらえるかな?」
「もちろん」
雪鳴は自信を持って即答する。
――――同時に、巨木の方から轟音が響き渡る。
それは巨木によるものではなく、
「だって黒鐘、柚那を傷つけたアレに対して怒ってるから」
そう言って雪鳴と柚那は見つめた。
黒鐘が戦う、その姿を――――。
後書き
どうも、IKAです。
今回はツンデレキャラの逢沢 柚那ちゃん一人に視点を置いたお話しとなりました!
柚那「つ、ツンデレじゃない!」
雪鳴「むしろデレてばかり」
柚那「デレてもいないよ!」
雪鳴「でも黒鐘が助けたときにドキッとしてた」
柚那「そそそ、それは、あの、あぅ……」
雪鳴「やっぱり柚那、お兄ちゃん大好きっ子」
柚那「あぅあぅ……そ、そんにゃことぉ……」
雪鳴「お兄ちゃん、大好き?」
柚那「……だ、大す――――」
黒鐘「ごめん、遅刻した!」
柚那「にゃあああああ!?」
黒鐘「うお!? ど、どうした!?」
柚那「にゃにゃにゃ、にゃんでもにゃい!!」
黒鐘「ど、どうして猫語……?」
雪鳴「流石黒鐘。 バッドタイミング」
黒鐘「え? 何が?」
柚那「あぅあぅ……」
てなわけで次回、黒鐘と久しぶりの登場となる高町 なのはとのコンビ戦です!
柚那「お、お兄ちゃんのことなんか、大好きじゃないもん」
雪鳴「素直じゃない」
アマネ《素直じゃありませんね》
IKA「だがそこがいい!」
黒鐘「……なんの話し?」
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