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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第十三話 雪鳴なりの決着

 マンションを出てすぐの所にある公園。

 俺はフェイトに買い物と嘘をついてそこへ向かった。

 それは料理中、ある人から念話が届いたからだ。

 話しがあるから公園で待っていると。

「悪い、待たせたか?」

「今来たところ」

 無表情でこちらを見つめる、水色の髪の少女。

 雪鳴だった。

 まだ午後の授業を始めている時間にも関わらず、制服の姿で公園にいるということは、

「授業、サボってきたのか?」

 俺の予想に頷いて返す。

「授業に集中できなかった。 だから会って、どうにかしたかった」

 そう言っている雪鳴の表情は、分かりづらいけど辛そうだと思った。

 昨晩、お互いに納得のできる会話もできず、別れてしまったのが尾を引いており、俺も今朝、フェイトとのトラブルが過ぎて以降はそのことで頭がいっぱいだった。

 雪鳴が呼ばずとも、放課後の時間帯を狙って俺の方から呼んでいたと思う。

 話すべきことはとっくに決まっていたから。

 ただこの場所だと説明するには不十分だと思った俺は、雪鳴と共に目的地に向かって歩き出す。

 昨日よりほんの少し空いた距離に微妙な気まずさを感じつつ歩いていると、先に口を開いたのは雪鳴だった。

「昨日はごめん」

「謝ることじゃないさ」

 短いながらも思いの籠った言葉に、俺は彼女の方を向かずに返事をする。

「けど、一方的な言葉で終わったから」

「柚那の方が正しかったさ。 五年間、何の連絡もしなかったのは俺だったんだからさ」

 結局はそこが今回の問題の根源なのだろう。

 昨晩、柚那に向けられた怒りや悲しみ。

 そして想いを込めた言葉で気づかされたことが沢山ある。

 俺は昨晩、柚那の言葉に対して何も言い返せなかった。

 再会した雪鳴は大人びて、優しくて、積極性のある少女に変わっていて、俺は驚きを隠せなかった。

 会わずにいた五年という月日はそれほどまでに劇的な変化を起こしていた。

 それを知らず、平気な顔をして彼女たちに接していたのだとしたら、悪いは俺だ。 

「でも……」

「それに」

 雪鳴の言葉を遮るように俺は声を発する。

「俺は、雪鳴に……いや、みんなに隠してることがあった。 ほんとはもっと早くに話しておくべきだった、大事なことを」

「え……?」

 雪鳴が疑問符を浮かべ、しかし俺は彼女と顔を合わせずにただただ前を向いて歩き続ける。

 その光景は五年前の、道場にいた頃に近しいものを感じた。

 雪鳴の面倒を見るようになってから、柚那とも知り合う機会があり、三人でなにかしている日々が多かった印象がある。

 雪鳴が俺を信じて追いかけて、柚那が小さな歩幅で俺たちに付いていき、そんな二人のペースに合わせて俺は進んでいく。

 そうして山に登ったり、川や海に行ったりした。

 あの頃が一番、三人一緒にいて幸せだと感じた時間だった。

 それを壊してしまったのが俺だとしたら、取り戻すのも俺のするべきことなのだろう。

 責任を取るっていうのは、きっとそういうことだと信じてる。

 アマネの言葉じゃないけど、アマネに意見を求めたわけじゃなく、俺自身で考えて出した答えだけど、その答えに責任を持ちたい。

 また皆で笑い合うために、仲良くするために、今俺がするべきこと。

 それをするための場所に俺達はたどり着いた。

 海鳴大学病院に。

「病院?」

「ああ。 もう少ししたら、ちゃんと全部話すよ」

 雪鳴の問いに冷静な声音で返し、俺は再び歩き、雪鳴はそのあとを追う。

 まだこの世界に来て数日だけど、病室には行き慣れた感覚がある。

 それはきっと、今までに色んな治療のために色んな病院を回っていたからだろう。

 似たような設計だし、機材や医者の服装だってどこもかしも変わらない。

 それを五年も見て通っていれば、世界が変わろうと驚きや新鮮さはあまり感じられない。

 病院の中を移動する間も、俺たちの間で会話はなかった。

 騒ぐつもりもなかったし、あまり周りに聞かれたいことじゃない。

 俺に起こった五年間の出来事は、そういうことだから。

「ここだよ」

「……これ」

 目的の病室。

 ドアの隣に書かれた病室番号。

 その隣に入院している人のネームプレートが用意されており、そこに表示されていた名前で雪鳴は勘付いたように声を発する。

「『小伊坂(こいさか) 海嶺(あまね)』って、もしかして」

「ああ。 俺の姉さんだよ」

 俺は問いに答えながら、ドアノブに手をかける。

 姉さんがいる病室に入った俺は、姉さんの前で話し始める。

 俺と姉さんが今に至るまでのお話しを――――。


*****

 午後の授業が終わったと同時に教室を飛び出し、紺色の髪を靡かせながら廊下を駆け抜ける少女が一人。

 彼女の担任の教師は、そのあまりの速度に一瞬何が起こったのか理解が追いつかず、廊下を走ったことに注意することを忘れてしまった。

 それだけ彼女/逢沢(あいざわ) 柚那(ゆずな)は焦っていた。

 原因は本日最後の授業が終わる十分ほど前のこと。

 姉の雪鳴と帰ろうと思い、彼女のいる教室に向けて念話を放ったところ返事がなく、彼女の気配を探っていた。

 同じ血縁関係、そして誰よりも同じ時間を過ごした柚那と雪鳴。

 二人は二人限定で互いの現在地を特定することができる。

 海鳴市一帯であれば、どこにいても分かるほどの高い感知能力で雪鳴を探したところ、彼女が学校を抜け出して街中を歩いていることを知る。

 しかも雪鳴の隣に、雪鳴ほどではないがよく知っている存在を感知した。

「小伊坂、黒鐘……!」

 忘れもしない、憎むべき存在の名前を呟く。

 同時に心の中で湧き出した膨大な量の怒り、殺気。

 下唇を噛み締め、その感情を無理やり押さえ込む。

 そうでもしないと、彼に対する感情で暴れてしまいそうになるからだ。

 そんな彼が今、自分の姉と一緒に行動している。

 想像するだけで怒りが増すのに、現実に起こっているのだから尚の事腹が立つ。

 彼が今更何を思って雪鳴と共にいるのかなんて想像できない。

 しかし、平気な顔をしてまたいつも通り仲良くしようなんて都合のいいことを言い出していたとしたら、きっと柚那は彼を殺しにかかるだろう。

 なぜなら彼は五年前、何も言わずに柚那と雪鳴のもとから離れていったから。

 そのせいで雪鳴がどれほど傷ついたか、柚那はよく知っている。

 彼から受けた悲しみを振り払うために必死に努力しているのも知っている。

 そして激しい修練の末に大怪我までしてしまったことも知ってる。

 それら全ては、小伊坂 黒鐘が原因だ。

 あまりにも許せなかった。

 雪鳴を変え、傷つけた彼を殴りたいとどれだけ思っただろう。

 そのために柚那も努力した。

 だが、それぞれが強くなれた理由は異なる。

 雪鳴は寂しさと悲しさを乗り越えるため。

 柚那は、大好きな雪鳴を守るため。

 もう二度と、同じ痛みを与えないために強くなろうと思ったのだ。

 それだけの願いと想いで強くなった。

 雪鳴が大怪我した際も、真っ先に柚那がそばで面倒を見ることを選んだ。

 そのために家事一通りを覚えた。

 料理にも挑戦し、今は二人で生活していて不自由のない日々を送れている。

 そんな日々でも少しは気にしていた。

 小伊坂 黒鐘は今、どこで何をしているのかなと。

 どれだけ怒りを抱く相手であろうとも、それを抱くだけに彼がどうしているのか気になる。

 この気持ちをぶつけられずに終わるのが嫌だったから。

 ――――そして再会は柚那にとって、あまりにも呆気ない再会。

 まさか魔法が存在しない管理外世界で、一般人に混じって暮らしている彼がいるとは思いもしなかった。

 しかも一番傷つけた相手である雪鳴と肩を並べ、笑っていた。
 
 五年間の苦痛も知らず、何もなかったかのように笑っていた。

 あれだけ傷つけてよくそんな真似ができるものだと思った。

 彼にとって五年前は所詮、五年前。

 過去の思い出の一つでしかないのだろう。

(だとしたら、思い知らせてやる……!)

 五年分の想いを、全部――――、 

「っ、なに!?」

 突如、雪鳴がいる場所とは真反対の方向で大気が揺れるような轟音が鳴り出した。

 反射的に振り向くと、そこには昼間にも関わらずエメラルドグリーンの光が輝きを放ち、街を包むほどの高さまで広がっていた。

 街の人々も何事かと思い、その光のほうを見つめる。

「あの光……なんなの?」

 初めて起こった現象に、柚那も困惑した心境でその光の輝く方を見つめる。

 そしてしばらくして光が徐々に消えていくと、今度は光の中から巨大な、本当に巨大な樹が現れた。

 この地球と言う世界には存在しないであろう大きさ……それこそロケットや超高層ビルよりも大きな樹の出現に、街の人は徐々に事態の深刻さと不気味さを理解していった。

 対して柚那は冷静に、今目の前で起きている状況に対して分析を行っていた。

(このエネルギーの感覚は、魔力に凄く似てる。 だとしたらこれはこの世界の人によるものじゃなくて私たち寄りの人によるもの……?)

 この世界で柚那と同じ魔導師が存在する世界の出身者は姉の雪鳴と、もう一人。

(まさか、アイツが!?)

 他に魔導師と言えば、と聞かれれば柚那の中では小伊坂 黒鐘を置いて他にはいない。

 だが今、彼は雪鳴と一緒に行動している。

 となればこれは……、

(私の足止め?)

 あの巨木が何をもたらすか、現在は皆目検討もつかないが、あれをそのまま放置する危険性の高さは分かる。

 あれをどうにかできるのは今、柚那を持って他にいないのだとしたら……。

(誰が犯人だろうと関係ない。 私は魔導師として、あれをどうにかするだけ!)

 雪鳴のことは心配だが、彼女だって強い魔導師だ。

 もし黒鐘がなにかしてきても対応できるはず。

 そう信じ、柚那は巨木に向けて走り出した。

 人目のない所へ向かい、建物の屋上まで壁伝いに駆け上がり、屋上から屋上へ飛び越えながら移動していく――――。


*****


「――――っ」

 黒鐘の話しに私/逢沢 雪鳴は全身に鳥肌が立つほど、驚愕した。

 五年前、黒鐘の身に起きた事件。

 それで失った者。

 失って選んだ道。

 そして今に至るまでの全て。

 私は黒鐘と、黒鐘の姉/海嶺の二人を前に、ただただ立ち尽くしていた。

 言葉が見つからない。

 何を言えば良いのか、

 何が適切な言葉であり、適切な単語なのか分からなかった。

 だから黒鐘の話しが終わってからの静寂に耐え切れず、彼から目を逸らし、俯いてしまう。

「雪鳴、本当にごめんな」

 私の心情を察してか、彼は謝罪の言葉を発し、そして深々と頭を下げた。

 そこには心の底からの反省と言う想いが伝わって、私を更に混乱させる。

「五年前、俺は雪鳴や柚那にこのことを言えなかった。 気にして欲しくなかったから、心配して欲しくなかったから、失ったって……自覚したくなかったから」

 黒鐘の視線がほんの僅か、下に落ちた。

 そして言葉から伝わる、五年前の黒鐘の姿。

 五歳~六歳で両親を亡くし、姉が意識不明に陥って黒鐘は一人になった。

 あの時のその時、私や柚那が側にいたら彼は甘えてくれたと思う。

 一番辛いその時に居てくれる人に甘えたくなる気持ちは、私もよく知ってる。

 だけど私たちは『その時』に居てあげられなかった。

 結果、黒鐘は辛いその時を一人で乗り越えてしまい、私たちに甘えると言う選択肢を捨ててしまった。

 だとしたらきっと、

「黒鐘は、何も悪くない」

 私は黒鐘の顔を真っ直ぐ見つめた。

 彼の揺れる瞳が、少しずつ私に焦点を合わせて、互いの視線が重なる。

 きっと誰かが悪いなんてことはないんだと思う。

 黒鐘は被害者で、私たちは部外者。

 五年前、黒鐘が一度に家族を失って、一人残されてしまった。

 五年前、私と柚那は黒鐘の帰りをずっと待って、孤独に耐えていた。

 それは私達三人の物語に見えて、本当は別々のお話し。

 なのに私達がいつまでも折り合いをつけられなかったから、黒鐘を苦しめる結果になった。

 自分のせいで私たちを苦しめた、なんて考えなくいいのに。

「五年前、私は確かに寂しかった。 嫌われたのかなって、ずっと思ってた。 でも、たった半年の関係だからっていつの日か折り合いをつけて、修練に励んだつもり……だったの」

 結局、折り合いなんてつけられなかった。

 修練の理由も、いつか彼と再会しても隣に立てるくらい強くなりたかったから。

 彼が教えてくれた、私だけの強さを信じて頑張ってきた。

 今日までの全ては、黒鐘を想う気持ちがあってこそのもの。

 だとしたら私は結局、折り合いなんてつけられなかった。

「私がいつまでも折り合いをつけられなかったから、柚那は黒鐘を恨んでしまった。 私の迷いが、柚那を変えた」

「いや、それは違う」

 対して彼もまた、ハッキリと否定した。

「柚那が俺を恨むのは、柚那が雪鳴のことを大切に想ってるからだ」

「その優しさが、私の迷いであなたを恨ませる結果になった」

「家族が家族を大事に想うのは当然だ。 仮に俺が柚那の立場だったとしても、きっと俺みたいな奴は許さなかった」

「でも、私が強かったら黒鐘を苦しませなかったし、柚那があなたを恨むことなんてなかった」

 柚那の優しさも、黒鐘の優しさも知ってる。

 だけど五年前の私は、そんな二人の優しさから目をそらした。

 柚那がいるのに、独りだと思い込んだ。

 黒鐘は家族でもなければ恋人のように親しい仲でもないのに、独りにされたと思い込んだ。

 結果、柚那は黒鐘を恨み、黒鐘一人に私と柚那の想いを抱え込ませてしまった。

 それは全部、私の責任。

「いや、俺が」・「いいえ、私が」

「いや、絶対に俺が」・「いいえ、絶対に私が」

「なんで自分のせいにする!?」・「なんで自分のせいにするの!?」

「だって俺が悪いだろ!?」・「だって私が悪いでしょ!?」

「「………………」」

 ここが病院で、病室であることも忘れ、私と黒鐘は怒鳴り合う。

 こうして声を張ったのは何年ぶりだろう。

 ふとそう思いながら、私と黒鐘は睨み合った。

 黒鐘と喧嘩をしたのはこれが初めて。

 こんなにも本音をぶつけたのも初めてで、気づくと――――、

「……ははっ」

「……ふふっ」

 お互いに恥ずかしくなって、笑い出してしまった。

 さっきまで罪悪感や後悔、怒り、悲しみ、孤独……色んな感情が渦巻いていたのに、こうして声を上げたら霧散してしまった。

 残ったのは不思議なまでの清々しさで、きっと黒鐘も同じ状態なのだろう。

 普段あまり表情が表に出ない私ですら、微笑みを抑えきれなかった。

 そして色々スッキリしてみて、改めて気づいたことがある。

 それもまた黒鐘も同じと言った表情。

「そうか、俺達はきっと――――」

「ええ、私達はきっと――――」

 五年間、色んな想いが渦巻く日々だった。

 考え方、感じ方が違う日々で起こったことはとても単純なこと。

 私と黒鐘は違う考え方、違う感じ方でたどり着いた結論を口にする。

「「ただ、ほんの少し空回りしただけ」」

 ほんの少しの空回りは、しかし私たちを苦しめるには充分だった。

 だけど私と黒鐘はこうして言葉を交えて、ぶつけ合って、分かり合えた。

 たったそれだけのことをしてこなかったから、こうして間違えてしまった。

 きっとそういうこと。

 あとは、

「あとは、柚那の誤解を解かないとな」

「私も手伝う」

「ああ、頼りにしてる」

 私のために怒ってくれた妹を止めるのは、怒らせた黒鐘だけのことじゃない。

 姉である私もまた、柚那を止める責任がある。

 私と黒鐘は決意を確かめ合い、そして微笑みあった。

「ただ、やっぱり最後に一回、ちゃんと謝らせてくれ」

 真剣な表情でそうお願いする黒鐘の表情に暗いものは感じない。

 ただただ心の底から満足するために、礼儀として行いたいんだと思う。

 でもそれは、何も黒鐘だけではない。

「なら、私も謝らせて。 私も、これで最後にする」

 私と彼の五年間に確かな決着をつけるために。

「「ごめんなさい」」 

 私と黒鐘の声は重なり、病室の中で反響する。

 反響が終わると共に顔を上げ、そしてまた笑いあった。

 私と彼の五年間に確かな決着がついた。

 そして私はここから再び歩き出そうと思った。

 もう、五年前の私とは違うと言うことを――――、

「――――っ!?」

「これ、は……!?」

 窓の外から差す、エメラルドグリーンの光を前に、決意したのだった――――。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

投稿が遅くなってしまって申し訳ございません。

完全なるオリキャラ回なので少し手間取ってしまいました。

次回は原作キャラ混じえての回としたいですね。

それでは次回もまたお楽しみに。
 
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