ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
第226話 森の家
前書き
~一言~
こんなに早くに投稿出来るとは……。マザロザ編を待ち望んでいたから、ですかね? 笑
でも、よかったです! ただ、主人公であるりゅーきくんの出番がちょっと少ない珍しい話になっちゃってますので、ちょっとご注意? です……。
まだ、話は始まってもいなく、入口に立ってる程度なので、今後きっと出てきますよ!! っというか出てこないと、物語的に破綻しますw
前話の続きを楽しみにしてくださっていたら……、ほんとすみません………
あのお話は 恐らく想像していると思いますが、過去のお話となってますので、時系列的には。今後、妄想を膨らましながら、絡めていこうと考えてます!
最後に、この小説を読んでくださってありがとうございました! 今後も頑張ります!!
じーくw
~2026年 1月6日 新生アインクラッド第22層~
もう時刻はALO内では夜。
月明かりに照らされた空からは、しんしんと 雪が降り注いでいた。つい数分前までは 雪の勢いもそれなりに強く、視界も悪かったんだけど もう 落ち着きを取り戻し 雪に彩られた、鮮やかな森や湖畔が目に映る。
それを見て楽しむのもよかったのでけれど、生憎今は違う。
ひとりひとりに、しなければならない事が多くある為だ。
それは、勿論《冬休みの宿題》である。学生であれば誰もが通る道であり、それなりに共通して思うのは、誰もが先延ばしにしてしまいそうになる、と言う所だろう。
難しい顔をして、課題とにらめっこしたり、集中して 本を読んでいたり、そして……
「ぅ……ぅん………」
当然ながら、眠たそうに うつらうつら、とさせている者もいたり、だ。
因みにもう今にも落ちそうなのが シリカだった。大きめのソファに腰を下ろし、宿題をしていた。アスナとレイナの間の間に座っていたシリカだったが、次第に限界が来たのか、アスナの肩に ぽふっ と頭を預けた。
そんな愛らしい姿を眺めるのも一興だと、癒しだと思えるのだが、今こちらの世界で眠るのはあまり宜しくはない。 ふふっ と笑顔を見せるレイナとアスナ。
「こーら、今寝ちゃうと 夜、眠れなくなっちゃうよ?」
「ん、ん………~」
「あはは」
今にも意識シャット、寝落ちをしかけたシリカの耳を指先で突き、何とか回避をさせた。
シリカの姿は この世界では猫である為、耳を刺激されるのがやっぱり効果的なのだろうか、ぴこぴこ と三角耳を動かしつつ、何とか閉じかけた瞼を少し開ける事が出来た。
「冬休みも後3日だし、宿題、頑張らないと」
「そーだよ、シリカちゃん。シノンさんは もう 帰省前に終わらせた~って言ってたしね? やっぱり すっきりして、登校日を迎えようよ」
アスナとレイナの2人に諭されて、シリカは 寝ぼけた頭ではあるものの、しっかりと意識を保とうとした。両手をいっぱいに広げて大欠伸。猫らしい八重歯が見えるのも非常に愛らしい。
「ね、眠いですぅ……」
でもまだ、眠気には中々完全勝利とはいかない様だ。それを見たアスナは軽く笑った。
それにしても、アスナやレイナは シリカを含む、猫妖精族の知り合いは、皆この《アスナとキリトの家》に来ると、眠ってしまうことがよくあるので、ひょっとしてそういう種族的特性でもあるのだろうか? と少なからず疑ってしまう。
だが、それもまだ妖しい。
この家から、数10m離れた場所に、《レイナとリュウキの家》もあって、変わりばんこで勉強会なり、お楽しみ会なり、作戦会議なりで利用をしているのだが、その家では そこまで眠気を誘われたりしていないのだ。
つまり、この家だけの現象。……不思議な事もあるもの、と僅かに頭を過ぎらせつつ、レイナはシリカのホロウインドウを覗き込んで言った。
「もうすぐそのページも終わりだよ? がんばって、やっつけちゃおう」
「ふ、ふぁ……い……」
寝惚けシリカを見て、アスナは更に笑いながら言った。
「あははは……、部屋、暖かすぎたかな? 温度、下げようか?」
そう訊くと、今度は正面で対面出来る様に合わせた同じく大きめのソファに座っていたリーファが笑いを含んだ声で言った。
「いえ、そーじゃなくて、きっと アレのせいだと思いますよー」
にこやかな笑みで指をさす。
「アレ……?」
反射的に、アスナが視線を向けた。レイナはシリカのフォローをしていたから、見ていない様だ。
「……ああ、ナルホド………」
アスナは、そちらを見て深く納得しながら頷いた。
視線を向けた先には、赤々と燃える暖炉。そして、その前には磨きこまれた木製の揺り椅子がひとつ。その椅子に深々と沈み込み、眠りこけているのは、黒髪の《影妖精族》の少年、キリトだ。そして、そこにいるのはキリトだけじゃない。眠る彼の腹の上では、水色の羽毛をもつ小さなドラゴンが体を丸め、心地よさそうに眠っている。シリカの相棒である《ピナ》だ。
そして、そのピナの和毛に包まれた体をベッド代わりにして、更に一回りは小さな妖精があどけない寝顔を見せている。キリトとアスナの大切な娘であり、リュウキとレイナにとっては大切な妹でもある《ユイ》だ。
三段鏡餅の様に重なって眠っている姿は、本当に心地よさそうだ。
「あはは……キリトくんらしいね?」
レイナもアスナの視線の先の光景を見て納得をしていた。SAOでも よく眠っている姿は見た事があるから……。
一緒にリュウキと暮らし始めてからは、リュウキの方が多いかもしれないけれど、総合をすれば キリトだって負けてない。所構わず、とまではいかないが、安全地帯で、そして心地よい場所を見つけては横になる姿を何度か見ているから。
「うん。GGOから戻って以来、ずっと頑張ってるもんね。仕方ないかな」
「あっ、あれでしょー?」
リーファの隣で本を読んでいたリズが補足をした。
「この間、エギルの店で見てたユイちゃんの」
と、まで言った所で、リーファは、はいっ と挙手をするかの様に手を軽く立てて。
「何とかニクス!」
と、自信満々に答えたのは良いが、それでは答えになってないだろう。
少々呆れた顔を含めたリズ、苦笑いをする2人の姉妹が正式名称を口揃えていった。
「「「メカトロニクス」」」
「あ、あはは……」
苦笑いをしつつ、リーファは続けた。
「でも、ほんとに気持ちよさそうに眠ってますよねー? こっちまで眠くなりそうで……」
そこまで言った所で、丁度 リズもシリカの様に大きく欠伸をし、更に場が笑いに包まれる。
「だねー。これでリュウキくんも眠ってたら……あはっ」
レイナは、あの時の事。キリトが木の陰で、リュウキが木の上で眠っていた時の事を思い出し、思わず笑っていた。
「レイー? 愛しい旦那様がお仕事で忙しいからって、そ~んな 恋しがるんじゃないわよ~? ちゃーんと帰ってきてくれるって」
「っ/// も、もー からかわないでよーー」
「あはは……」
リュウキは外せない用事が出来た、と言う事で席を外しているので 現在はログオフ中である。
確かにレイナは少なからず残念がってはいたものの、仕事の事はよく判るから ちゃんと割り切れているのは当然? だった。いろいろからかわれるのは、仕方ないが……。
そしてここで、この《22層》と《新生アインクラッド》について語ろう。
アルヴヘイム・オンライン史上最大規模のアップデートによって、新マップ《浮遊城アインクラッド》が実装されたのは8ヶ月程前――2025年の5月の事だった。
この世界、ALOは元々デス・ゲームとなってしまったSAOの複製システム上で稼働していた為、そのサーバーにはSAOの舞台であるアインクラッドのデータがそっくりそのまま保存されていたのだ。
ある男たちの凶行のせいで、《レクトプログレス》自体は、壊滅的なダメージを負い、一時はVRMMOと言うジャンルは、最大の危機を迎えていたのだが、世間体では まだまだ風評被害はあるものの、技術面、安全面を置いては 保証されている、と言う様々な分野の専門家も謳っており、否定的な意見も勿論あるものの、問題はなしと言う結論に至っている。
1人の男のおかげで……親社である《レクト》は生き残る事が出来た、という話は また別だが 最終的に、この世界に生命の息吹をもたらしたのは、なんと言おうと、各プレイヤーたちだった。
沢山大変な事があったけれど、この世界を愛している人が多かったからこそ……、《世界の種子》と言う種が蒔かれ、様々な世界が生まれたと言っても良いのだ。
そして、――何よりも待望したのが、この22層の開通だった。
この22層の為に、今まで頑張ってきた、と言っても過言ではない。
水妖精族の治癒術士兼細剣使いのアスナ。
音楽妖精の歌姫、吟遊詩人兼細剣使いのレイナ。
2人は かつての SAO時代、血盟騎士団だった頃ばりに、遮二無二にコルを集めて備えてきたんだ。
そして、――その時は来た。
とうとう待ちに待った世界への入口が 12月24日の夜に開かれた。
その日、事情を知るメンバーたち、キリト、リュウキ、クライン、シノン、リズベット、シリカ、リーファたちの9人でパーティを組み、解放を祝うファンファーレが響き始めたときにはもう上層への階段を駆け上がっていた。
かつての22層は、ほぼ森しかない過疎なフロアだ。主街区の村にも、プレイヤーハウスは幾つも用意されている為、湖畔の傍にあるログハウスを狙うライバルは……、互いを、姉妹を除けばいないだろうと思われる。
現に、以前も人気があまり無かった為、容易に《静かで人気の無い森の家》を新居として購入出来たのだから。
兎も角、ノーム領土空に移動をしているアインクラッドに押し入り、突風の如き速度で21層フィールドを駆け抜けた。ほかの攻略パーティと共同で、迷宮区のフロアボスに挑んで……、構成的に言えば、半分以上が治癒術士と言うビルドでありながらもこれまた疾風怒濤の勢いでフロアボスのHPを削っていった。
かつてのSAOとは比べ物にならない程の強さを備えられているフロアボスなんだけど……? と運営側の声が、空から聞こえてきそうな気がしたが、まるで気にしない。
早々に、ヒーラーの役割を放り捨てる様に、アスナは超接近。
レイナに至っても、歌声を響かせながらも、移動をし、超接近戦に備えている。
両者の姿は圧巻だった。
中でも音妖精族は その場にはレイナしかいなかった事もあり、姉をおいて1番目立っていた、と言えるだろう。……どんなパフォーマンスだ? と周囲は思えるが、それでも美しい声を響かせるから、プレイヤーたちの間を縫って、歌を披露する姿は、ライブなのか? と錯覚をしてしまう程だ。
岩石巨人の姿のフロアボスを、最終的には目も眩む閃光の如き速度で繰り出した一撃。いや、殆ど同時に放った一閃が、死後のHPゲージを喰らい尽くした。
『昔の血盟騎士団の副団長殿とその補佐殿よりも全然すごかった』
と、後々にクラインが称したのも言うまでもない。
今回は、残念ながらパーティメンバーから溢れてしまったエギルも。
『補佐殿は、副団長殿を抑える役目だった気がするケド……、今回、どっちがどっちか判らなくなった』
とまで称していた。
元々の容姿もあるだろうけれど、それでも、それ以上に肉薄していた様だった。
――………動きも、そして何より、想いの強さも。
そして、フロアボスを倒し、もう……夢にまで見た。ずっと描き続けた。――……きっと待っていてくれる、と信じ続けた 22層。
あの森の家までの、障害はもう無い。……何も、無い。
『いっちばーんっ!』
まず、22層の地に足をつけたのは、シリカだった。駆け足で、勢いよくジャンプして。
シリカに続き、次々と22層に足を踏み入れる。足を踏み入れた事が、到達感をよりいっそう実感させてくれた様で、其々が『22層到達だ!』と 手を上げた。
SAO経験者であれば、懐かしささえ覚えるだろう。そしてそのメンバーが多いパーティだ。この層は、森しかない層で、攻略も全く苦じゃなかった事から、覚えている事自体、少ない者が殆どだろう。
約5名を除いて……
「………………」
「………………」
黄金色に染まる空の下で、湖畔を眺め続けている2人がそこにはいた。
怒涛の勢いで 戦場を駆け抜けたバーサクの姿ではなかった。その背を見ていたのは リズだ。
リズの目には、2人の事が……まるで 迷子の子供が 漸く……漸く、家を見つけて、帰る事が出来た。そんな風に想えてならなかった。2人は大切な友達、親友であると同時に、よく想う、まるで妹の様な気持ち。保護者的な感情が大いに刺激される。
だから、軽くため息を吐くと、2人に向かって言った。
『アスナーっ、レイーっ。行っておいで。この層の転移門の有効化は、あたし達がやっとくからさ』
リズの言葉を訊いて、アスナもレイナも はっとして、改めて皆を見た。
皆、其々が頷いてくれた。 そして、キリトの背をリズが。リュウキの背をシノンが、思い切り押す。笑顔で、見送りをしてくれている。
『『うんっ!』』
その笑顔に答える様に、赤く染まる夕日を背に、其々の想い人の手をとって、翅を広げた。勿論、アスナの肩にはユイがいた。
ユイにとっては、4人とも皆、大切な家族。でも、今回はキリトとアスナの家に、との事だった。それは、レイナもリュウキも事前にそう言ったのだ。
2人はアスナとキリトの家で、ユイと出会った。……だから、家に帰るのであれば、間違いなくユイの家は そこだから。『会いにいくよ』とリュウキから。そして レイナからも言われて、ユイは 目に涙を貯めて喜んだのだった。
4人は、この22層の空を飛ぶ。
空から見た22層は初めてなのだが、違う視点からでも、ひとつひとつの風景が、思い出せる。
釣り大会をした湖の畔。一緒に湖を一周した時に見つけた違った種類の並木。森林が広がっているのだが、その中の林道を辿っていくと、やがて見えてくる少し開けた草原。
ひとつひとつが目に入って、その度に彼の手を握る。もう、涙を流しそうになってしまっているが、まだ 堪えた。
――……あの家に、たどり着くまで、取っておこう。
そう思った。……2人ともが同じ気持ちだった。いや 皆同じ気持ちだろう。
暫く飛行を続け、やがて 湖畔を超え……森林に囲まれた場所。22層の端に建つ、ログハウスが見えてきた。森林の隙間から顔を出すかの様に、一定間隔空いた先に、もう1軒。この層の一等地……と言う訳ではないが、5人にとってはそれ以上の場所だ。
『っ! ぁ……っ』
『うんっ……!』
見えたその瞬間には、もう 我慢できなかった。
『キリトくんっ!』
アスナは、まるで あった、あったよ! と言わんばかりに指をさし。
『リュウキ、くんっ……っ!』
レイナは、涙をずっと堪えている。姉のアスナよりも涙腺がやや弱いレイナ。これ程まで我慢できたのが奇跡だと思える程だった。
キリトもリュウキも其々の想い人の元へ。
――また、後でな。
と互いに視線を交わした後、手を取った。
2つの家は、50mも離れていない。
同じ層だったからと言うよりも、それ以上に互いの家が近かったからこそ、対面した時は驚いたものだった。その時の記憶も鮮明に覚えている。
やがて、飛行の際に出来る輝き。飛行機雲の様な輝きは、二又に分かれた。
其々の家へと飛び込んだのだ。
レイナは 翅を収め、地上に降りたその直後から走り出し、家の門を潜った。リュウキもレイナと同じ様に門を潜り、《FOR SALE》と書かれた看板の前に立つ。
――これを、押せば……。
看板を前にしたレイナは、もう堪えられなかった。大粒の涙が ぽた、ぽた、と地面にこぼれ落ちる。歓喜の涙で、手元も震えてしまう。視界もボヤける。
そんな彼女の手をそっと握ったのはリュウキだ。
『りゅう、き……く、んっ』
『……ああ』
穏やかな表情をしているリュウキの目にも……光るものがあった。愛すると言う事を教えてくれて、そんな人と共に、幸せになりたいと誓った場所。期間はとても短かった。だけど……故郷と呼べる家。
レイナにとっても、勿論そうだ。本気で好きだと思った相手と。沢山の苦難の果てに、結ばれる事が出来た場所。幸せな日々を過ごした場所。――そして、それだけじゃない。
真の意味での《ホーム》。現実世界に於いても、心の何処かでは探していた居場所。それが、この場所だった。心の還る家だったんだ――。
『ただいま……っ』
それは、心からの言葉だった。
何度思い返しても、目頭が熱くなる思い出となった。
そう、いろいろと、思い描いている間に………。
「ちょ、ちょっと アスナさんっ、レイナさんっ 2人とも、眠っちゃダメですって。わ、シリカちゃんも起きてーっ」
いつの間にか、アスナとシリカは寄りかかり合い、レイナは 崩れ落ちる様にシリカの膝の上にぽふっ と頭を乗せて眠っていた。
そして もう1人、リズも持っていた本をアイマスクにして 眠っていた。
「ああ、リズさんまでっ!」
慌てて、リーファが皆を起こしたから、何とか全員は寝落ちと言う難を逃れたのだった。
「はぁ、アレ見てると……な~んで こんなに眠たくなっちゃうのかね~? ひょっとして、スプリガンお得意の幻惑魔法じゃないだろうなぁー?」
「ふふふ、まさか」
リズの言葉だったが あながち冗談とも思えないから不思議だ。キリトの寝顔には、それ程の効力がある様に感じるから。
「いーや、判んないわよ~? 今度、リュウキに見てもらったら?? 面白いかもしれないよ」
「あはは。リュウキくんも眠っちゃうのかな??」
レイナはリズの言葉を訊いてそう笑っていた。
共に過ごしてきた間は、リュウキも随分と普通? になったが それまでの生活は、考えられないものをしてきたのだ。『睡眠30分』『連続5日は普通。と言うより睡眠いらない』とまで言ってのけていた衝撃は未だに忘れられるものじゃない。
「そーだ。もし リュウキが眠っちゃったら、イタズラしちゃおっか? 寝顔にそっとラクガキしたり~」
「そ、それは ちょっと……」
流石に寝ている所に……と思ってしまうのはレイナだ。リュウキは本当に気持ちよさそうに眠る。今眠っているキリトにも負けない程に。頬を軽く、本当に軽く指先でつついたり、寝顔を眺めるのが日課だったレイナとしては、面白そうではあるものの、あまり頷けるものじゃなかった。
「リズは本当にやっちゃいそうだからねー。レイ、気をつけた方が良いよ?」
「むっふふ~ん。とーぜんっ」
アスナの言葉に胸を張るリズだった。
「リュウキくんが怒っちゃっても知らないよー? リズさんに素材アイテムくれなくなっちゃったりするかも?」
「う…… そ、それは困るわね……」
鍛冶屋を営んでいるリズにとって、リュウキは最大級のスポンサーであり、お得意様だ。本気にはしていないけれど、躊躇してしまうリズを見て、レイナは微笑むと。
「眠気覚ましに、お茶入れるよー」
と言って、暖炉で沸かしていたポットの下へと向かっていった。
軽く礼を言った後、リズは ある事を思い出したのか、アスナに訊いた。
「そう言えばさー? アスナはもう聞いた?《ゼッケン》の話」
リズの声に、アスナは首を傾げた。
「ゼッケン? 何? アインクラッドで、運動会でもするの?」
「あー、ちがうちがう」
その答えを聞いたリズは思わず笑いながら首を振った。
丁度その時、もう空になっていたマグカップに、新たにお茶を追加してくれたのがレイナだ。
「レイ、ありがとね」
リズは、手を上げて礼をいった。
「んーん、どういたしましてー。……でもリズさん、私も聞いた事無いね? 《ぜっけん》って新実装のアイテムなの? リズさん?」
「のんのん、それもちがーう。それに、ゼッケンは、カタカナ でも ひらがな でも無くて、漢字。絶対の絶、そして英語での意味はソード、漢字で剣と書いて《絶剣》」
「んん? なら、益々新実装の武器って感じがするよ? その呼び名だったら」
アスナは、ちょっと笑いながらそう言う。
でも、レイナが聞いて違うと言う以上は……剣でもアイテムでもなさそうだ。
「ま、そう思うのも無理はないわね。でも違うのよねー。人のあだ名……じゃなくて通り名かな? あたしも知らないんだ。キャラネーム。兎も角強すぎて、あんまりにも強いから、ついたのよ。誰が最初に呼び出したのかは判んないけど。まぁ、由来は絶対無敵の剣、とか空前絶後の剣、……そんな意味だと思うけどね」
「へー……」
「ふーん……」
アスナとレイナの2人は、眉がぴくりと上がっていた。
『強い』と言う単語を聞いてからだ。
アスナは、今でこそ魔法主体の水妖精族を選択しているが、嘗ての剣士としての疼きからか、剣士の血が疼くのか、時折、ヒーラーとしての役割を忘れてレイピアを抜いて敵陣に飛び込み暴れてしまう。
そこでついたアスナのあだ名が《バーサクヒーラー》。
なんとも優雅さからは縁が遠い2つ名だ。
レイナは、音楽妖精を選択していて ずっと同じだ、魔法もある程度使えるが、水妖精族のアスナと比べたら、そこまでではない。美しい歌声を披露する姿は、《歌姫》と呼ばれるのだが……、やっぱり 歌をうたい終えたら、剣士だった頃の記憶が、アスナの様に刺激して、共に飛び込んでいくのだ。
そこでついたレイナのあだ名が《バーサクソンガー》
《歌姫》のみであれば、誰もが敬う、羨ましがると思える2つ名であるだろう。
だけど、《狂戦士》と《歌姫》のコラボじゃ……やはり、優雅さからは綺麗さっぱり遠い2つ名である。
そんな彼女たちだからこそ、いや 太刀筋も似ているし、シンクロする事だって多々あるから、同じような目線で見られる事もザラだ。
2人の太刀筋はそれ程似ているからか、たまに《ツイン》とも言われる。
アスナと並んで戦ったらそれこそ《ツイン・バーサーカー》と呼ばれる事も多々。
勿論、決して嬉しいものじゃないのは当然だった。
因みに、アスナは もう1つ別のアカウントでは、別種族を選んだりしている。
気分転換になったりするから、と言う理由が大きいから。
だが、レイナは音楽妖精のみ。……《バーサクソンガー》と言う2つ名は 嬉しくないけれど、リュウキに沢山褒められた、『とても綺麗な歌声』、と言われて、本当に嬉しかったから、と言う訳で 歌のスキルを上げるのに精を出していて、他のアカウントは取得していない。
ここで、話を戻すが、アスナとレイナのツイン・バーサーカー。
それはレイナの場合はヒーラーではないから、ヒーラーの名が消滅し、代わりに2を意味するツインが入るのだ。どっちにしても、優雅さからは程遠いのは周知の事実である。
と言う訳で、彼女たちの話題は置いといて……事、剣の腕に関してはSAO生還者である彼女たちには言う言葉は無いだろう。この世界、ALOに来てもそれは健在であり、現最強候補と名高い火妖精族のユージーン将軍や風妖精族《シルフ》のサクヤ領主といった剛の者たちとも良い勝負が出来る程なのだ。
流石に三次元戦闘に関してはまだまだな所はあるけれど。それでも十分すぎるほどの強さである。
「それで……? その絶剣さんはどんな人なの?」
「えっとねー、噂を聞くようになったのは、ちょうど年末年始のあたりかなぁー」
そう言うと、リズは何かを思い出した様に頷きながらアスナとレイナを見た。
「あ、そっか、じゃあアスナとレイが知らないのも無理ないね。あんたたち、年末からずっと、京都に帰省してたんだよね」
「あぅ……」
「もー、こっちにいるときに嫌なことを思い出させないでよ……」
レイナは勿論、アスナも渋面をしていた。
レイナはというと、仕切りに足を気にしている様だ。それを見たリズは大きな口を開けて笑う。
「いやー、イイトコのお嬢さん方も大変だね?お作法の1つ1つとかさ?」
「うう……ほんと止めてよーリズさん……。茶道とかなんかとは比べ物にならないくらい長かったんだから……」
「そうよ。一日中、着物きて、正座で……それで挨拶ばかりしてたんだよ? レイはまだ良い方よ。私はひっきりなしに呼ばれたんだから」
「あはは……」
レイナは、苦笑いをしていた。
確かにアスナの方はよく呼ばれていったが、レイナは基本的に本家の方々への挨拶回り程度で済んだのだ。勿論、挨拶以外にもレイナも他にもあったがアスナ程ではない。
……それでも 2人とも同じくらいであり、長い事には変わらないが。
「でも、流石に夜のあれは無かったよね……。 お姉ちゃんも試したんでしょ? アミュスフィア」
「勿論だよ。……泊まった部屋で、アミュスフィア 試したけど、今時無線LANも無いなんて……」
「古き良き時代を~って言ってたけど、今の時代じゃ ちょっと無いよね……? 2人で、こそっと持っていったのに、無駄になっちゃったし。いろいろ位置変えてみたり、してみたけど、結局無駄な努力になっちゃったよー……」
互いにため息を吐いて、レイナが持ってきてくれたお茶を飲み干した。
2人は、昨年末から両親、そして兄とともに、京都にある結城本家、つまり父親の実家に半ば強制的に赴かされていたのだ。強制的、と言えば聞こえは悪い。
なにせ、アスナとレイナは約2年もの間、《入院》をしていたのだ。
その間に親戚筋には大いに心配をかけ、そして、色々とせわになったからそのお礼をだった。それは自分達の責任でもあるし、嫌とも言えないのだ。
幼い頃から、その習慣は続いていたから別に苦じゃなかったのだが、多感な年頃である中学を境にまずはアスナが、そして少し遅れてレイナも気詰まりを感じるようになったのだ。
結城本家は、誇張ではない。
200年以上も昔、江戸時代にまで遡る歴史がある両替商。
明治維新やど世界大戦と言った動乱にもしぶとく生き残って 現在でも関西に支店を持つ地方銀行を経営している。
そして、父親が僅か一代で築き上げた《レクト》、それも総合電子機器メーカーに成長させる事も出来たのも本家の資金援助があったこそである。
そこからでも想像が付く通り、親戚中見渡せば、社長の地位のものや官僚がゴロゴロといるのだ。
そんな中だからこそ……当然のように歳が近しい者たち、いとこ達は皆 明日菜や玲奈と同じような《いい学校》で《優等生》で宴席で、子供達が行儀よく並んで居座る。
そして、その間は親たちの表面下での熾烈な争いが始まるのだ。
『自分の子はどうだった』
『以前、この賞を受賞した』
『孫が高難易度国家資格を取得した』
一度ならまだしも、それが毎年恒例の様に続いてしまったためか、2人は違和感を覚えたのだ。
――……それはまるで、子供たち全員に序列を付け直す作業が始まったのかと思えると。
そんな中で、SAOから帰還を果たした2人だったが、嫌なモノを見てしまったのだ。
皆、帰還を我が事のように喜んでくれるいとこ達。それだけなら有難い事だったが、その瞳の奥底にあるモノ……。
――それは憐れみだったのだ。
子供の頃から続くレースから脱落してしまったと同情をされてしまったのだ。
決して考えすぎじゃない。子供の時、幼い時からずっと見てきたのだから。人の顔色と言うものを。
嘗ての2人ならば、絶望してしまうかもしれない状況だった。人生と言うなのレールからはみ出てしまったのだから。
でも、勿論今は違う。
彼女達は本当の意味でも、SAOからも現実からも救われたから。あの少年達に。
決して人生には決まったレールがある訳じゃない。自分で戦う力がある。何故なら、剣士だから。例え、城の形が崩壊、世界が崩壊したとしても、心には強く、2人の心には強く残っているのだ。
そして話は明日菜のみに代わる。
玲奈とは違い、彼女は母屋の奥へとある男性と2人切りにさせられたのだ。
その時の会話は
『自分は――を専攻している』
『――に就職が決まっていて――……』
『将来的には――……』
と言うものだ。
延々と続くのか、と思える会話だったが、明日菜はただただ感心するように頷くしかできなかった。
回りの大人達が意図して2人に残したようにしか思えない。明日奈はそれを強く思っていたのだ。
玲奈は明日菜が何を話していたのか、誰と話していたのかは知らない。
彼女は彼女で、親戚中に違うことを、ある事を報告に回っていたのだ。
……それを話す事は玲奈にとっては苦痛でしかない事でもあった。
だが、経営が危うくなったレクトを持ち直した功績の件だから話さない訳にはいかないのだ。だから、これっきりにして欲しいと言う想いだけが彼女にあったのだった。
先程までとはまた違った……それでいて、決して好ましくもない話を訊く事になったから。
『……ほんと、良い相手を見つけたもんだ』
『これでまぁ、一生安泰ってものよね』
『相手が相手だからなぁー。まるで、宝くじに連続で当たったみたいじゃん。正直、羨ましいって』
『色んなパイプだって、間違いなくあるだろうし……、結城家にとってもかなり有益じゃないのか? レクトを簡単に立て直すほどだし』
そう言う会話だって、耳に聞こえてくる。
そこまで大っぴらに言ってはいないものの、嫌というほど、耳に入ってくるのだ。
まるで、皆は、彼の事を、人として見てない様な気分になる。
彼の事を、稀少品か何かだと思っている様な気分になる。
だからこそ、だった。心を通わせた彼を。
……救ってもらって、そして おこがましい、とは思えるけれど、彼の心の闇も、少し 少しだけ、支える事が出来て……。
心から愛している と言える間柄になったんだ。
それなのに、自分は、彼のことを、《そうやって見て選んだんだ》と思われている会話だって聞こえてくる。
レイナは、そんなつもりは勿論無かった。いや、有る筈もない。SAOでは、いや仮想世界で現実世界の話は御法度、と言う事もあるが、そんな風にいいわけを積み重ねたい訳じゃない。ただ一言だけ『彼の事が好きだから、愛しているから』とだけ言って、強く、反論だってしたかった。
でも、相手は結城の本家の人間だ。
自分1人のせいで、どれだけ皆に迷惑をかける事になるのか、想像さえつかない。
でも、思うだけなら、誰にも縛られないし、強制されない。だから、強く思ったんだ。心で、強く、強く。
例え、彼がどんな人で、何をしている人か判らなくたって。例え、今とは違う世界が広がっていて、平行世界と言う存在があったとしても。……仮に 結ばれなくても。―――きっと、どんな自分でも、気持ちは変わらず彼を好きになっている。
地位とか名声とか、お金とかまるで関係ない。……とても優しく自分を救ってくれた彼の事を見ている。
そして、彼も同じだったらどれだけ嬉しいか……。
「ちょっとー、聴いてるの? 2人とも?」
軽く目線上で手を振り、2人の肩に手を当てて軽く揺すった。
2人はそれでハッとして物思いから復帰する。
「あっ! ご、ごめん。ちょっとヤな事を思い出しちゃって……」
「私も……ごめんなさい」
2人殆ど同時に謝る仕草を見て益々笑いを誘う。
本当にいろんな意味で似た者同士、似た者姉妹だと思えてならないのだ。
「あはは、なあに? それ。京都でお見合いでもさせられたの? あー、互いに旦那さんがいるのに、2人とも かわいそーだなー?」
「ふえ!? そ、そんなのないよっ! 変なこと言わないでよーリズさーんっ!」
「………」
「あははは、ごめんごめん! ……って、あれ? アスナ? 何であんただけ引き攣ってるのよ」
レイナは直ぐに否定したのに、アスナはまだ黙っている。その反応を見たリズは少々顔を顰めた……。
「……あんた、まさか……」
「ち、違う。ないない、なんにもないって!」
そんなアスナを見て、レイナは少しだけ、悲しそうな、寂しそうな……そんな顔をした。
心当たりがある。……恐らく、あの1人で母屋の奥に行った時に何かあったんだろうと、想像したのだ。あの時、姉は何も無いと言っていたのだけど。だから、レイナは軽く頭を振って、話題を戻した。
「それより、リズさん。絶剣の話に戻してよー。強いって言ってたけど、その人はプレイヤー狩りなの?」
「え? んーん、デュエル専門よ。24層の主街区のちょっと北にさ、でっかい樹が生えた観光スポットの小島があるじゃない。あそこの樹の根元に毎日午後3時になると現れて、立ち合い希望プレイヤーと戦うのよ――……」
話は《絶剣》の話へと戻るのだった。
興味の尽きない 強いと称されるプレイヤーの話。
そして、2人は驚愕する事になる。
その、絶剣の強さに―――……。
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