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この異世界に統一神話を ─神話マニアが異世界に飛んだ結果─

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03

「う……」

 シェラが目を覚ましたとき、そこは真っ暗な空間だった。材質は岩だ。どうやら、遺跡の地下部分に落下してしまったらしい。

 体の節々が傷むが、幸いにして大ケガはしていないようだった。それは行幸だ。これから、どうにかしてここから脱出する経路を発見する必要がある。そのため、長い距離の動くのだから。

「──『蛍光(ライト)』」

 シェラが唱えたのは発掘魔法の一つだ。ぽう、と、淡い光がシェラの指先に灯ると、それは蛍のようにふわふわと舞い上がり、シェラの周囲を照らした。

 発掘魔法、『蛍光(ライト)』。暗闇で発掘作業をするときに大変助かる魔法だ。

 そうして周囲を暫く歩いてみた結果、どうやら、空洞はどこかへと繋がっているらしいということが判明した。

 ──もしかしたら、ここも遺跡の一部なのかも。

 そんなことを考えながら、シェラは足を踏み出した。幸いにして、道は一本道。かなり幅が広いが、一本道である限り迷うことは無いだろう。

 崩落に気を付けながら、シェラは進んでいく。途中で『蛍光』の効果時間が切れたので唱え直したり、携帯食料を取り出して齧ったりしながら、進むこと、シェラの体感で二時間ほどが経過したか。

 探索者(シーカー)になるために体力はかなりつけてあるのシェラだが、流石に足が疲れてきた……そんなことを考えていた時のことだった。

「──!?」

 信じられないものを見た。

 扉だ。全長二メートル半ほどの扉が、目の前に現れたのだ。ガルシェの神殿の様式では明らかに無い。もっと近代的なものだ。

「なに、これ……」

 触ってみると、ひやりとした金属の感触が伝わってきて驚いた。普通、こんなドアは木で作るというのに。しかしこのドアは、本体も、取手も、全部金属でできているのだ。

「不思議……どうして、こんな所に……」

 呟いて、取手に手をかける。回して押すタイプの取手だ。鍵はかかっていないらしく、思いの外簡単にそれは開いて──

「……!?!?」

 その先で、シェラはさらに驚愕した。

 ドアの向こう。そこには、妙に近代的な部屋が広がっていたのだ。無数の古びた本や資料が散乱するその中。そしてそこに──

 ──人が、一人。倒れていた。

「……大丈夫!?」

 駆け寄り、抱き起こす。

 それは、不思議な格好をした男性だった。年齢は20歳程度か。何処と無く東洋の人々に似ている気がしなくもないのだが、少し違う気もする、そんな非常に年齢の分かりにくい顔立ちをしていた。

 細い。殆ど肉がついていない。しかし最低限の栄養は摂取されていたのか、不健康とは言い難い(かといって健康とも言い難いのだが)。
 そんな体を、触ったこともない奇妙な材質のズボンと、どこか違和感のある素材のシャツで覆っている。さらにその上から白衣を羽織っていた。

 髪の毛はボサボサの癖毛だ。色は黒。目は閉じられている。

 そして何より──その頭から、血を流していた。部屋の床に頭から倒れて激突したのだろうか。

 兎に角、先ずは止血をしなくては。

「──『簡易治癒(デミヒール)』」

 発掘魔法の中に、応急処置用の魔法があって本当に助かった。回復魔法師達の操る回復魔法の劣化版に過ぎないが、止血には十分だ。後から強力な回復魔法をかければ──

「……っ!」

 しかし、シェラのその想定は無駄になった。

 何故ならば、『簡易治癒』を受けた瞬間、ものすごい勢いで青年の傷が治り始めたからだ。『簡易治癒』にこれほどの回復をなすことは、一流の魔法使いがこの魔法を行使しても不可能だ。

「……嘘……いくらなんでも、早すぎる……?」

 変だ。

 そもそも、何故こんな遺跡の奥深くに部屋があって、そこに人間の男性が転がっているのか。ここはどこなのか。この男は誰なのか──

 そんな事がシェラの駆け巡っている間に。

「ぐ、うぅ……」
「……!」

 青年が、目を覚ました。


 ***


「……大丈夫?」

 優しい声がした。

 静かな声だ。人によっては、冷たい声だ、と言うかもしれない。でも、俺には優しい、慈愛のこもった声に聞こえた。

「……ああ、多分……」

 無意識的に、そう返した。

「……よかった」

 また、あの声。静かで、優しい声。メゾアルト、と言うのだろうか。俺の耳に、よく合う女性の声──

 ──女性の声?

 目を開ける。始めは合っていなかったピントが合い始める。視界に写ったのは、心配そうにこちらを除き混む、髪の長い女性。西洋人、の様な気がするのだが、何か違う気もする。20歳前後か。物凄く可愛い。憂いを帯びた表情……まぁぶっちゃければ無表情だ。
 何よりも──髪が、青い。水色、あるいは空色と言うのか。美しい青色の髪の毛。そんな色の髪は、これまで見たことも聞いたこともない。いや、神話とか創作物の中じゃぁ普通なのだが……ここは現実だ。

 ──いや。本当に現実なのだろうか? 俺の見ている夢か何かでは無いのか。

「君は……誰だ?」
「……あなたこそ」

 少しむっ、としたような表情を取りながら、女性は俺に言う。そうだな、女性に先に名乗らせるのは失礼かもしれない。

「悪い。俺は煌我……日登煌我という」
「ヒノボリ・コウガ……? 私はシェラ。シェラ・アルブルート」

 シェラ、か。綺麗な名前だ、と、率直に思った。我ながら気持ち悪い考えだな、と思うのだが、神話やら童話やらを色々読みふけっているうちに、妙に詩的な物言いをするようになってしまった。なかなか治らない悪癖だ。

 そういえば、名前が先で名字が後なんだな。

「言い忘れたが、煌我の方が名前だ」
「ん……コウガ、って呼んでも言い?」
「問題ないよ」
「ありがとう、コウガ」

 本の少し発音に違和感があったが、青色の彼女は俺の名前を呼んだ。少しこそばゆいな。俺ことをファーストネームで呼ぶ女の子は居なかったからな……。

 というか、なんで言語が通じているんだ? さっきから気になっていたのだが、明らかに喋っている内容と口の動きが違う。

 そもそも、ここは本当に俺の部屋なのか? ドアが空いているが、その向こうには俺の部屋があるアパートの階段は明らかに見えない。というか洞窟があるように見える。

「……なぁ、アルブルートさん」
「シェラでいい」
「お、おう」

 弱ったな。女性の名前を呼ぶのは凄い苦手なんだが……仕方ない。

「し、シェラ。ここは……どこなんだ?」

 その問いを投げ掛けると、シェラは驚いたのか、目を見開いた。灰色なんだな、目の色。

 彼女は小さく「知らない……? やっぱり……」等々と何事かをごにょごにょと呟くと、少ししてから答えた。

「ここはガルシェの無人島」
「え、ギリシア?」
「ガルシェ」

 ……訂正されてしまった。うーん、最初はギリシアって聞こえたんだけどなぁ……。

「そのガルシェ? の無人島に、何故俺の部屋が?」
「分からない」

 ……ふむ。理由は不明、と。

「……あなたも、ここにいた理由は分からない……?」
「ああ。確か部屋で何かをしていたら気を失って……あれ、何してたんだっけ……うっ……!?」

 ずきり。

 気を失う直前にやっていたことを思い出そうとする俺の脳を、奇妙な熱が襲った。痛い。これはダメだ……!

「……大丈夫?」
「ああ……悪い、直前に何をしていたか思い出せないんだ」
「そう……無理しないで」

 優しい()だな。やっぱり俺の感じた通りだった訳だ。

 きっと彼女が、倒れていた俺を助けてくれたのだろう。しかしそうなるとなおさら、どうして彼女がここにいるのかが謎になってくる。

「シェラはどうしてここに?」
「……ガーゴイルに襲われて、落ちた」

 ……は?

「ちょっと待て、ガーゴイル?」
「そう。かなり保存状態がいいガーゴイル」
「いや、そうじゃなくてだな」

 ガーゴイルは、館や宮殿などを守護する石像の事だ。同類はスフィンクスとかだろうな。昔からよく『動く』伝説がついている事が多い。多いのだが……マジで動くなんて言うのは聞いたことがない。

「神話魔法で応戦しようと思ったんだけど……失敗した」
「魔法……!?」

 またとんでもないものが出たぞ。空想世界の最たるモノじゃぁ無いですか……。

 というか今更だが、地理に詳しくない俺ですらガルシェなんていう国の名前は聞いたことがないぞ。これは、まさか──

「なぁ、シェラ。世界地図とか無いか?」
「え……? あるけど……どうして……?」
「頼む、見せてくれないか」

 シェラが背負っていたリュックサックから、羊皮紙だろうか、とにかく年期の入った紙を取り出して、見せてくれた。

 ──果たして。

 そこに描かれていたのは、形が似通ってこそいれども、明らかに地球とは全く違う世界の地図であった。

「……異世界というやつに、来てしまったのか……?」
「え?」

 困惑の声を漏らすシェラ。

 というより一番困惑してるのは俺だ。本当に夢とか空想じゃないんだろうな、コレ。 
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