この異世界に統一神話を ─神話マニアが異世界に飛んだ結果─
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04
異世界転移、か。
生まれ故郷の星とは全く違う世界へと、なんらかの方法で送り込まれる、創作物によくある展開だ。俺はわりとサブカルチャーも嗜んだので、そういう類いの物語も何度か読んだ。まさか自分で体験することになるとは。
俺の専門ジャンルからすれば、竹取り物語とか近いんじゃないか。あれはSFの様な気がするが。異世界転移というより宇宙旅行だし。
創作神話でしかないが、コズミック・ホラーも似たような類いかも知れない。あれは向こうから来る方だが……。
ただ、異世界転移に似たような現象なら知っている。
『神隠し』だ。日本だけでなく、様々な国で見られる、まるで神に拐われたかのようにある日突然姿を消してしまう現象。それに近いのかもしれない。
ともかく、俺は異世界転移を果たしてしまったらしい。それも何故か、俺の部屋ごと。確かめてみたのだが、この書斎以外の部屋は転移してきていないらしく、奥のドアを開いても、その先には岩の壁しか無かった。
唯一、入り口のドアだけが外と繋がっており、そこはどうやら坑道になっているらしい。そこからやって来た少女──シェラが、その生き証人だ。
「そういえば、シェラはどうしてここに来たんだ?」
素朴な疑問。この部屋に到達した理由ではない。それなら先程聞いた。ガーゴイルに襲われて、だそうな。異世界ならあり得る話なのだろうな。魔法があるらしいし。
シェラの言葉によれば、今俺の部屋があるのは『ガルシェ都市国家連合』、という、ギリシアっぽい名前の国の領内にある無人島だ。そんな無人島に、何の故にシェラはやって来たのだろうか。
シェラは暫し黙考すると、無表情のまま、その問いに答えた。
「……遺跡の発掘に来た」
「ほう。一人でか?」
「そう。発掘魔法のおかげ」
遺跡か。たった一人で発掘にいく等とは、地球じゃ危なすぎて不可能だが、その発掘魔法とやらはそれを可能にするのだろう。便利だな魔法。
「発掘魔法は、私の父が体系付けた」
「へぇ、凄いんだな、シェラの親父さんは」
素直に称賛する。地球でも、新しい理論やら研究の体系付けを成した人は偉大だ。俺があまりそう言うのと関わってこなかった、というのもあるが、そういった研究者達は素直に尊敬に値するだろう。
「……うん」
その言葉を聞いて、シェラは、少し頬を緩めた。父親の功績だ。誉められたら嬉しいのだろう。うーん、以外と初々しい反応?誉められ慣れてるかと思ったのだが。
「それで、親父さんは魔法学者、とかだったのか?」
「違う。お父さんも、私も、『探索者』」
「シーカー? なんだそりゃ」
「……コウガの世界には、ない?」
「無い。少なくとも俺のいた国ではね。どんな職業なんだ?」
心当たりは、ある。コズミック・ホラーTRPGのプレイヤーたちの事を、ゲーム内では『探索者』と呼ぶ。それと関係はあるのだろうか。
それとなくとある予感を感じ、少しドキドキしながらその先を待つ。
「……遺跡とか、文献とかを調べて、神話を研究する職業」
「神話があるのかッ!!」
「きゃっ」
「あ……わ、悪い」
思わずシェラに掴みかかってしまった。
そうかそうか、異世界にも神話があるのか。しかもかなり大々的に研究されているらしい。
それは良いことを聞いた。俺の知らない神話があるのだろう。地球のそれとは似ているのだろうか。似ていても似ていなくても、あらたな神話として、地球とこの世界の歴史の橋渡しになるかもしれない。もしかしたら、『人間』という種族の発展経路をファンタジー的にも解き明かせるかも知れない。
「……素晴らしいな。異世界の神話も『統一神話』に組み込める可能性があるとは……」
感慨深いものを感じ、思わず口に出してしまう。悪い癖だ、感極まると声に出る。
「え……」
その独り言を聞いたのか、シェラが驚愕に目を見開いてこちらを見る。
「今、なんて……」
シェラの顔は青ざめていた。おいおい、どうしたんだ? 何か不味いことでも言ったか……?
「異世界の神話を『統一神話』に組み込めるかも、という期待だったんだが……」
「それ……! それは、『始まりの神話』のこと、なの……?」
「『始まりの神話』? 確かに『統一神話』は人類の根源を解き明かしてくれると信じているが……すまない、多分君が思っているのとは違うと思うぞ」
「ううん……ねぇ、それについて、教えてくれる……?」
おお、統一神話に興味を持ってくれたか! 地球では巡り会えなかった幸運だな!
俺は嬉々として統一神話について語った。世界の神話を統一し、人類の起源、世界の誕生を解き明かすための鍵。それが統一神話である、と。
「……すごい」
「ん?」
「『始まりの神話』に辿り着く最短ルート……あの魔法は発掘するんじゃなくて、開発する……?」
何かスイッチを入れてしまったらしい。シェラはぶつぶつと何かを呟いている。あれは学者の顔だな。本職だ。
「ねぇ、コウガはその力を使って、何かしようと考えてるの……?」
「力? 統一神話に力も何もないだろう。あるのは人類の起源をしめす方法だけ。俺はそれが見たいだけだ」
人類の誕生を、全ての始まりを、己の手で解き明かしてみたい。既に用意された回答ではなく、俺の好きな、神話の面から。
だから俺は統一神話を求めるし、その姿を見たいと願うのだ。
……その答えを聞いて、シェラは言った。
「神話魔法」
「え?」
「私達探索者は、神話魔法を求めている。神話魔法は、伝承の力で人々を助ける魔法」
説明によれば、神話魔法は伝説や神話の英雄、現象を一部再現することで、人々の生活に、失われた神代を顕現させる術だそうな。
例えば人の手では絶対に動かせない大岩を、神代の英雄の力で破壊する。
例えば今の技術では救えぬ人を、神代の神医の秘術で救済する。
それが神話魔法。探索者が存在する理由。神話魔法は、基盤となる神話が発掘され、人々の目に晒されないと誕生しない。神話を解き明かし、新たな『神話の再現』を可能にすることが、探索者達の使命──だったそうだ。
「でも今は、たった一つの神話魔法だけを求めている」
「ひとつだけ?」
「そう。名前は、『始まりの神話』」
なるほど……さっきシェラが反応したのはそのせいか。それはどんな恩恵を人類にもたらすのだろうか。
「シェラはその魔法がほしいのか?」
「そうとも言える、けど……違うとも言える。『始まりの神話』は、世界の始まりをうつしている、って言われている……それを見たいだけ。多分、あなたと同じ」
そう言って、小さく微笑むシェラ。
なるほど、シェラも俺と同じ願いなわけか。これは良い。異世界に来て最初にあった人物が同志だとは恵まれている。
「でも、今、世界中の探索者が『始まりの神話』を求めているのは、違う理由。殆どの探索者達が、権力者のために『始まりの神話』を探している」
……なんだか一気にキナ臭くなってきたな。
「『始まりの神話』から再現される神話魔法、『オリジナル』は、発動した者を神として、新世界を創造する魔法。権力者達は、自分が新世界の神になりたいから、『始まりの神話』を探している」
「新世界の神だぁ? しかもアルコーン? じゃぁ、その新世界とやらは、まともな世界にはならないわけだな」
なるほど、そりゃぁシェラが権力者に渡したくない、と思うわけだ。欲にまみれた権力者がアルコーンなんかになっちまったら、そりゃ世界は終わりだな。
……ってあれ? なんでシェラはまた驚きに目を見開いてるんだ? その表情は、まるで……
「どうして、そう思うの?」
「お、悪かったか……?」
すまん、あんまり人の感情とか空気を読むのは苦手でな。シェラも表情が全く変わらないタイプの無表情じゃなくて良かったよ。
シェラは首を横にふる。
「『オリジナル』がもたらす世界が、まともじゃないって、あれを求めている人を一人も見ないで断言した理由は何かな、って……」
「だって『偽神』だろ? そんなのがまともな世界を創造するわけがない」
「……?」
「お、もしかしてグノーシス主義がないのか、この世界。ギリシア……じゃなくてガルシェがあるから、グノーシス主義もあるのかと思ってた」
アルコーン。それはグノーシス主義に登場する、『造物主』の事だ。
グノーシス主義は性悪説を基盤とした、キリスト教の異説だ。唯一神…ここでは便宜的にヤハウェと読む事にする…が、六日間で世界を創造し、七日目に休んだという、旧約聖書の『創世記』。
しかし完璧に創造されたはずの世界なのに、人類は罪を犯したし、それ以前に悪逆をそそのかした蛇がいた。
世界には悪と罪が溢れている。何故なのか。
グノーシス主義者達は、「そもそも旧約聖書のヤハウェは偽物なのではないか」と考えるようになった。本物のヤハウェ──完全なる精神体である真神は世界の外側に追いやられ、世界を偽の神たるアルコーンが支配している。物質世界を創造したのはアルコーンであるから、物質である我々の肉体には初めから原罪がある──
「……一神教が、コウガの言うほど浸透もしてないし、迫害もされなかったせいだと思う」
「なるほどなぁ、だからこの世界のグノーシス主義も廃れた、と」
グノーシス主義が発達したのはキリスト教が広がり、しかしローマ帝国によって迫害を受けていた時代、2世紀から3世紀のころだと言われいる。一神教が地球ほど迫害されなかったのなら、グノーシス主義は発達しないのかも知れない。もしくは、廃れてしまったのか。
それに。
「神の実在が、証明されてるから。最後の神は、百年前までは地上の何処にでもいたし……今でも、バヴ=イルや黄金郷には神様がいるって言われてる」
「ほーう。なら神話の形も少し違ってくるのかもな」
神が実在する世界、か。魔法が存在する異世界なら当然か、と思わなくもないが、凄いなそれは。
神話の通りに歴史が進んでいるのかもしれない。となると、本格的にその『始まりの神話』が人類誕生の歴史に繋がるわけだ。
「あれ? となると一神教の主張はどうなるんだ? ガチで神様いるんだろ?」
「一神教では、他の神々はあくまで精霊で、本物の神は一柱しかいない、っていう考え方みたい。『始まりの神話』も、自分達の聖典のオリジナルなんだろう、って……」
「なるほどなぁ」
心が強いなぁ、一神教は。多神教に対抗する教えだから、当然っちゃ当然か。
でも、多神教が証明された世界なら、あまり力を持てないのも確かなんだろうな。
「グノーシス主義が無いなら、アルコーン、っていう用語がなくても当然か……って、そもそもここは異世界だもんな。なんとなく話が通じるから違和感無かったけど……同じ神話じゃないだろうし。
分かんないだろ、雷霆なんて言われても」
俺が口にしたのは、ギリシア神話に登場する主神にして雷の神、【ゼウス】率いるオリュンポス神族が、父たる豊穣神【クロノス】率いる巨神、ティタン神族を討伐し、王位を簒奪した戦い──『ティタノマキア』において、使用された神の武器の一つだ。
ゼウスの雷霆。ポセイドンの三叉槍、そしてハデスの姿隠しの兜。ティタノマキアをオリュンポス軍の勝利に導いた、ギリシア神話最強の神宝。
ギリシア神話がないのであれば、この用語も存在すまい。特にケラウノスは特徴的な名前だし──
「分かるよ……?」
──分かるのかよ。
「ガルシェ神話で、ケラウネイオスが使う武器の名前、だよね?」
その言葉を聞いた瞬間に。
俺の中で、何かのスイッチが入った。
「──相同伝承を確認した」
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