『八神はやて』は舞い降りた
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第5章 汝平和を欲さば戦に備えよ
第41話 善悪の彼岸
前書き
あけましたおめでとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
リアス・グレモリーからプールに誘われたが断った……ら、アーシアにマジ泣きされた。なぜボクの水着姿に執着するのか。遠い目をしていたら、シャマルが、閃きました。というから任せていたら、いっしょに風呂に入っていた。いまのアーシアと二人きりで。なんか、猛獣といっしょの檻に入れられた気分だった。あのあとボクは……僕は? 思い出せない。うん、何もなかったんだ。そういうことにしよう。アーシアが意外とテクニシャンだったとかそういう事実はなかったんだよぉ!! あれ、涙が。
「マスター、死んだ魚のような眼をされていますが」
「うぅ……ボクは汚されてしまった」
「まあまあ、はやてちゃん。人生はね。うれしいこと半分。悲しいこと半分なのよ」
「誰うま。って、全部おまえにせいじゃないか、シャマルゥッ!!」
きゃーきゃーと騒がしい。そんな我が家が好きです。今日は、みんな大好きすきやきだよ! ヴィータってもうスタンバってるし。ザフィーラ、お前もか。もくもくと配膳しているリインフォース、マジおかん。シグナム、手伝わなくていいから。その心意気だけで十分です。手伝わないでお願い。あ、シャマルは、ごはん抜きだから。
「なんで、いつも私ばっかりこんな目に」
よよよ、と泣き崩れるシャマルだった。
◆
計画通り! にやりとシャマルは嗤った。
確実に、アーシアとはやては、親密になっている。例の計画もあと少しで最終段階に入る。親しい人間だからという理由で、少しでも躊躇いがうまれてくれればそれでいい。もっとも今回のはおまけのような策だ。血のにじむような特訓を頑張ってくれているアーシアへのご褒美という要素が強い。まあ、あそこまで暴走するとは思いもしなかったが。鼻血の出しすぎで倒れなければ、はやては散っていたかもしれない。ナニがとはいわないが。
「大丈夫か、シャマル。ほら、はやてからの差し入れだ」
「ありがと、ヴィータちゃん――あら、てっきりお肉抜きかと思ったら、いっぱい入ってるわね」
夕食抜きを宣言されて、ひとり部屋に謹慎中だったシャマルのもとに来たのは、差し入れをもってきたヴィータだった。てっきり残り物だから肉などないだろう――うちは肉食獣が多い――と考えていた。肉がないどころか、大盛りである。意外だった。
「はやてからの伝言だ。『心配してくれてありがとう』だってさ」
シャマルは、動揺した。滅多なことで感情を動かすことのない彼女が。はやてちゃん……、とつぶやく。でも、どうしてと思う。
「あたしたちが何か企んでいることくらい、うすうす感づいているんだろうぜ。でも、それも含めて家族なんだろうなぁ。『人を100%知ることなんてできっこない――」
「――けれど、100%信じることならできる』でしょ? 信じているから隠し事をされたとしても問題ない、か。さすがは、はやてちゃんよね」
はやての名言を当てられて目を丸くするヴィータだったが、そういえば、あの場にシャマルもいたか。と、思い出す。
あれは、まだはやてと暮らして間もないころ。初めての『自由』に慣れずにいたころ。すでに、はやての温かさに触れ絶対の忠誠を誓っていた。けれども、不安だった。忠誠という目に見えないもので、はやてに信頼してもらえるのだろうか、と。
そんな彼女たちに、はやてが送った言葉だった。
口さがない人間は、人を疑うことのできない小娘の戯言かとやじるかもしれない。けれども、はやてのその言葉こそ、ヴォルケンリッター全員が求めていた言葉だった。
100%の忠誠には100%の信頼を。そのときの歓喜をいまだに覚えている。身体の底から嬉しさに包まれたさまを、まざまざと思い出せるのだ。一瞬の夢想にふけてから隣に目をやり瞠目した。
「はやてちゃん……やはり、あなたは優しすぎる」
シャマルが「本気で」泣いていた。演技かどうかなんて長い付き合いのヴィータなら造作もなく見抜ける。そんなシャマルのなき姿など、滅多にお目にかかれない。
いや、はやてのとこにきてからは、ぐっと人間らしくなったか。家族としてのヴィータはそう思って喜ぶ。――だが。
「シャマル、例の計画。情に流されてないだろうな」
戦士としてのヴィータは別だ。主を守るためなら、情など不要。それが一番求められているのは、参謀たるシャマルだった。
だが、杞憂だったようだ。涙を拭いてヴィータをにらみつけるシャマルは、冷徹でかつて共に悠久の時を戦い続けた戦友の姿だったのだから。
「ご忠告ありがと、ヴィータちゃん。けれども、心配いらないわ。曹操もアーシアちゃんも、予想以上の逸材よ」
「そか。ならいいんだ。じゃ、冷めないうちに食べときな」
「私は一人ごはん、つれないわね」
そうぼやくシャマルに振り返ってヴィータはにやりといった。
「だって、そんな泣きづらのままはやての前に出られないだろうが」
「っ!」
あはは、と楽し気に笑いながらヴィータは去っていった。
「もう、ヴィータちゃんったら。あら、このお肉本当においしいわね」
少し冷めてしまったすきやきをほおばりながら、まなじりを下げる。けれども、ヴォルケンリッターの頭脳として、感情を排して計算し続ける。少しでもはやてがハッピーエンドを迎えられるために。
◇
「おかしいな? なんでアーシアがいるの?」
「はやてさん! 私は存在しちゃいけないんですか!? 酷いですぅ……」
わざとらしく泣きまねをするアーシアは放っておいて。いま、冥界にあるプールにきている。もちろん、普通のプールではない。「禍の団のアジトにある」プールだ。曹操が血涙を
流しながら、いっしょにプールに行こう。とかいうから、ついOKしてしまった。その曹操は、盛大に鼻血を吹いて倒れていた。イケメンで実力も人望もあるのに残念なやつ。
うん。ここは禍の団アジトなのだ。
「やっぱりなんでアーシアがいるの?」
あれー、おかしいわー。おかしいのボクだけなの? みんな平然としているし、アーシアとジャンヌが仲良さそうにだべっているけれど。
「驚いたようだな。実は、アーシアは少し前から俺たち英雄派に所属していたんだ。で、今日がそのお披露目というわけだ――決してはやての水着が見たかったわけじゃないぞ」
「はい! ご紹介にあずかりましたアーシア・アルジェントです。趣味は、はやてさんウォッチ。特技は、なぜなにはやてさん。将来の夢ははやてさんと結ばれることです」
「なにぃ!? 将来はやてとだと? 俺のライバルというわけか!!」
なんかぎゃーぎゃーいっている。驚きすぎてもうなんかどうでもよくなってきた。ヴォルケンズがなんかこそこそやっているな。ていうのには気づいていた。こんなサプライズだとはね。
「おほん。では改めて、アーシア・アルジェントを英雄派に迎え入れる!」
ぱちぱちと拍手が送られる。前向きに考えよう。アーシアと敵対する確率が減った。喜ばしことじゃないか。
このあとは、普通? にプールで遊んだ。紫色の空も慣れてくればなかなか乙なものである。ザフィーラは、泳ぐのがだめだった。やっぱ、犬だからなのか。その割には、ムキムキの身体にブーメランパンツとか。ヘラクレスと張り合っていて正直ウザかった。
アーシアと曹操が喧嘩しながら猛アプローチをかけてきた。だんだん慣れてきた自分が悲しい。とまれ、楽しかったなあ。こんな日常がずっと続いてほしい……そう考えると、胸の中がチクりと痛んだ。
……あれ、ボク、アーシアと風呂に入り損じゃね?
◆
「七条大槍無音拳」
ポッケに手を入れていた一誠先輩が、技名を叫ぶと私は吹っ飛ばされた。とっさに受け身をとるが、あまりの衝撃に気を失いかける。
「そこまで! 子猫さん、戦闘不能!」
「子猫、大丈夫か?」
心配そうな顔をしながら、こちらに手を出す一誠先輩。その手をつかんで、ふらつく足に喝を入れて立ち上がる。子猫と呼ばれて一瞬胸が高鳴った。
コカビエルのとき、駒王協定襲撃のときと一誠先輩には助けられてばかりだ。だから、親しみを込めて名前を呼んでもらうように頼んだ。そう、それだけだ。
安堵したように微笑を浮かべた一誠先輩の顔がなぜかまぶしくて、顔を背けながら、小声で大丈夫ですといった。
「一誠は、本当に強いわね。タイマンで子猫と祐斗に勝っちゃうし。遠距離戦でも、私と朱乃じゃ敵わないし。主として誇らしい反面、わが身が情けないわ」
「そのかんかほう、やはり僕には使えないんだろうか」
「八神さん曰く無理だそうだ。赤龍帝なみの頑強さがないと、身体が耐えられないらしい。それに、ファンタズマゴリアは封印するってさ」
「そうか、残念だ」
みんなで、今日の特訓の感想を話し合う。私たちは、冥界に強化合宿に来ていた。引率者はなんと堕天使総督のアザゼル先生。最初は警戒していたけれど、存外気さくな性格で、先生向きなのかもしれなかった。実際、彼の指導で、私たちグレモリー眷属は、めきめきと成長している。
「アーシアは元気でしょうか」
「心配いらないさ、子猫。八神さんたちと一緒なんだから」
「ゼノヴィアの言う通りね。……むしろ、はやての方が心配だわ。貞操的な意味で」
あぁ~と微妙な空気が流れる。アーシアの変貌ぶりには、驚いた。悪魔になってはっちゃけたのだろうか。ゼノビアも一誠先輩に、その、子作りをせがんでいたし。おとなしいアーシアも好きだったけれど、いまの方が生き生きとしている。案外今のが、本来の性格なのかもしれない。八神先輩には同情するけれど。
「ギャー君も元気でやってるでしょうか」
「ミルたんなら大丈夫さ。見た目はともかく、中身はすごくいい人だし。見た目はともかく」
「でも、実際に指導してくれるのは、別の人なんですよね」
「あぁ、なんでも真祖の吸血鬼で、八神さんに闇の魔法を教えた人物らしい。ミルたんに師事しようとしたギャスパーの心意気に免じて、同じ吸血鬼として鍛えてやるってさ」
ギャー君……グレモリー眷属のビショップであるギャスパー・ウラディの話になった。彼女。じゃなかった、彼は、ミルたんとともに特訓している。実際に教えているのは、エヴァさんだけれど、特訓風景は見せてくれないみたいだった。
尊大な性格だったけれど、見た目と相まって可愛らしいひとだった。ミルたんに対する態度の豹変ぶりが、すごかったけれど。なんというか、乙女だった。
「あんなちっちゃい少女とは思わなかったけれどね」
「まあ、悠斗の言う通りだけれど、実力は十分よ。ギャスパーも頑張っているんだから、私たちも負けないようにしないと」
部長のいう通りだ。私も、頑張らないと。けれども、私の伸びしろがなくなってきている。あれを使うしかないのだろうか。アザゼル先生にも、あれを習得するように勧められている。忌まわしい記憶の中にある仙術を。……姉さん。私は。私はどうすればいいのでしょうか。
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