星屑の漂流者
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Lost Memories
プロローグ
2 星屑ヶ原と金髪の少女
知る人ぞ知る秘境がある。その名も「星屑ヶ原(ほしくずがはら)」。
僕は物心ついた頃から良く知っていた。そして、今でも夜中に抜け出して、星空を眺めに来たりもする。それだけお気に入りのスポットなのだ。
僕の住む町、通称「天ノ峰(アマノミネ)には海も山も、河原もあるし、森もある。特に森のハイキングコースは人気で、毎日ツアーが組まれるほどの大盛況らしい。けれど、そのコースを超えるのはあまり良しとされていないみたいで、あまりその他の場所は開発もされていない。
けれど僕は知っている。このハイキングコースの途中で、人がギリギリよじ登れるぐらいの段差がある。ここをどうにかふんばり、越えていく。その先は木々が少ないため、歩くのが容易だ。そして直進してしばらくすれば、星屑ヶ原へ到着するのだと。
ちなみにこの名前は、僕が名付けた。だって、星屑が輝くほどに美しい空が見られる原っぱなのだから。
誰に教わったのかは覚えてないけれど、記憶にあるから来ているような、そんな場所。多分父さんや母さんが連れてきてくれた、というのが一番濃厚な説だったりする。僕の中では一番アツい。
ここは見晴らしの良い原っぱで、小さいながら、とても澄んだ湖も存在している。夜はプラネタリウムよりも美しい、天然の星空付き。どうしてこんな綺麗な場所に、誰も寄り付かないのだろう。それとも、僕が偶然遭遇していないだけなのか。
でも、自分だけしか知らないって言うのも、それはそれで、独占しているようで好きかな。
さて、今僕は森の中にいる。服装は、若干厚着だ。まだ寒さの残る三月だし、これはしょうがない。片手に懐中電灯、片手に大きなバッグ(inカレイドスコープ)といった状態だ。
マスクの類は付けていないため、息を吸う度に鼻頭が冷たくなる。だが、空気がすっきりとしているためか、居心地は悪くない。やっぱり緑が多いと、心も澄んでくる。
さてと、着いた。いかにも怪しい、身長より少し低い、目の位置にある段差。間違いない。
荷物があるからか大分手間がかかる最初に荷物を上に上げておこう。
これでどうにか登れるはず。
「……んしょ」
登り切ってほっと一息ついたけれど、こんなことをしている場合じゃない。前に進もう。
早く星空を見たいから。このカレイドスコープで、じっと眺めたいから。
自然と足が動く、とっても軽やかだ。
風が髪を、優しく撫でていく。
木々に邪魔されることも無く、数分も経たないうちに森を抜け、ついに、星屑ヶ原にたどり着いたのだ。
まだ春になりきっていないと言うのに、蛙の声が聞こえてくる。
なんだか、この辺りはあったかい。
この辺りだけ、先に春が来たみたいに、優しく僕を包み込む。
花の甘い匂いも漂ってくる。なんだか、故郷に帰ってきたみたいな、そんな安心した気持ちになれる。
「やっぱり、不思議な場所だよ」
自然と、そんな言葉が出てしまった。
誰かに聞かれたりしていないかと、辺りを見回しても、やはり人は居ない。
少し寂しいけれど、おチビさん達の合唱が、そんな感覚を薄めてくれる。
「よし、じゃあ、始めますか!」
それからどれぐらい時間が経っただろう。僕は時間を忘れて観測を続けていた。
最初こそ操作に戸惑ったけれど、動かす向きだとか、微々たる操作を理解すれば、案外どうにかなるものだ。調子よく、気持ちよく。のんびりと、そして心行くまで星空を堪能した。
夏の大三角がもう、東の空にしっかり見えている。とすれば、今の時刻は大体2時から3時といった所かな。
合唱団の歌声も、あまり聞こえてこなくなり、寒気が見え始めた頃だ。
ん? 僕はほんの些細な変化に気が付く。
「あの恒星、なんか大きくなってる?」
指し示すその先には、ベガ。
まあいいや、と、それ以上に気にすることは無かった。
それにしても、本当に星空は美しい。本当に、こんなものが現実に、存在してもいいのだろうか。そんな気持ちにすらなってくる。
三等星は当たり前として、四等星、五等星……なんと、六等星まで見える。
わぁ、こんなにいい環境、他にあるのかなぁ。
世界でただ一人、自分だけが、この星空を眺めているような、そんな気分にさえなってくる。
自分以外の人が居たならば、その人と、この感動を共有したい。
もし居なかったならば、この星空を独占している感動を味わいたい。
このどちらかの目的を達するために、辺りをきょろきょろと見回す。
「あっ」
居た。
少し遠い所に、月と星明りのお蔭で見えるギリギリの場所に、その人は居た。
僕の声に気が付いたのか、相手はこちら側を見ているようだ。
ここにいるのも何かの縁だ。これからもここには来るだろうし、挨拶はしておいた方がいいだろう。
僕はスコープを片づけて、その人影の方へと向かって行く。
「こんばんは」
僕は近づいて、挨拶をしてみる。
彼女の鮮やかな金色の髪は、星明りに照らされて、優しく光っている。
そう。美しかった。
これまでにこんな美しい人、見たことない。その姿はまるで天使だ。サラサラな金髪のロングヘアー。美しさを際立たせる白いベール。自分と同じぐらいだろうか。それなのに放たれる気品あるオーラに、僕は思わず見惚れてしまった。誇張なんて一切ない。
「あなたも、見に来たのね」
彼女が放った最初の一言だ。この時僕の想像では、優しく微笑んでいると思っていた。
しかし、よく見ることで気が付く。彼女は無表情であった。
感動的な星空なのに、何も思わないのだろうか。と、不思議に思う。
「私の表情が変だ。そう思ったのね」
考えていたことをずばり当てられてしまった。どうしてだろう。顔に出てたかな。
「ええ。凄くわかりやすいのは確かね」
……!?
え、僕まだ何も言ってない。
「そうね。でもまあいい。気にしないで」
気にしないでって。
……ああ、なるほど、そうか。テレパシー的な何かで僕の心を読み取ってるんだな。こういう能力を持った人って、絶対に居ると思ってたから、気付いてしまえばそこまで驚きは無いかな。
「順応性は高いか。未知なる出来事に憧れるだけのことはある……夢見る少年ね」
僕って正直、あまり驚かないんじゃないかな。この世のほとんどのミステリーやらオカルトが、実際に存在すると思って生きてるから。
「そう……。さっき、あなた。『恒星が大きくなっていないか』と思ったみたいね。でも、違う。そうじゃない。あの恒星……ベガをご覧なさい」
あ、流した。まあいいか。
僕は言われるがままに、東に煌めいているであろう「ベガ」の方を見る。
驚いた。
「え……あれって」
「そう、この星に近づいている」
ふぇ。
「えええええ!? それって一大事じゃん! どうしよう早く逃げないと……」
「何処に逃げても、未来からは逃れられない。っていうかこれには驚くのね」
当たり前でしょう、命の危機だよ? 何でそんな落ち着いた呆れ顔してるのさ!
恒星が丸々この星に向かってるなんて……。
「正確には、未来が降ってくる。この星、そして、宇宙を救う」
わけがわからないよ! 塵になったらオジャンだよ!
「ふふ。驚いている顔が見たかった。大丈夫だから。ここに居れば、ね」
「それってどういう――」
「さあ、来る。私は去る」
え、ちょっと、置いてかないでよ。
束の間。彼女は目の前から姿を消していた。逃げ足早すぎ。
って、恒星がもう目の前に来てる……!?
肉眼で見えるほど、迫ってきてる……。
一寸先……考えられない。
ああぁ、真っ白だ。
恐怖が、身を、たくしあげてくる。
とても恐ろしい光を放ちながら、間近まで近づいてきたその星は、美しさすら感じた。
まるでこれが、一つの運命かのように。
――星は落下した。この、星屑ヶ原に。
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