冬虫夏花
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5部分:第五章
第五章
「別にね」
「何ともないわよね」
「私には違うのよ」
身体を縮み込ませたままである。
「この寒さ。沖縄とは全然違うから」
「ウチナー娘には辛いのね」
「この寒さが」
「夏が恋しいわ」
そしてこんなことも言うのであった。
「何とかならないの?この寒さ」
「何とかって言われてもね」
「ここ沖縄じゃないし」
「だからね」
「ねえ」
彼女達にはお手上げだった。天候はどうしようもなかった。結局真紀は放課後までずっとマフラーもコートもミトンも脱がなかった。先生も何も言えなかった。
そんな冬を過ごす彼女であった。外出の時もである。そんな彼女に冬に声をかける男はいなかった。その重装備の下にあるものを知っていてもだ。
しかしある日であった。同じ学年の三原篤という男が出て来た。伸ばした黒髪を整髪料で濡れたようにしていて濃い黒の眉は細めで一文字にやや斜め上になっている。少し垂れ目の形だが奥二重になっていてその光は強い。口も一文字である。かなり強そうな印象を与える顔で背は一七五あるかどうかだがそれでもその背丈よりは高い印象を受ける。
その彼が真紀に声をかけてきたのだ。
「なあ、安座間」
「ああ、三原ね」
「そうだよ、三原だよ」
一年の時同じクラスだったのでお互いのことは知っていた。
「久し振りだな」
「それで何の用なのよ」
「御前今日暇か?」
こう彼女に声をかけてきたのだ。
「御前さ、今日どうなのよ」
「寒いからすぐに家に帰りたいけれど」
服は相変わらずである。廊下を出るともう帽子に耳当てをしている。その装備をしてもう家に帰ろうとしているのである。寒いからである。
「もうね」
「暖かい場所なんだけれどよ」
篤はそんな彼女に呆れながらも述べた。
「いいか?それで」
「暖かい場所?」
「酒飲みに行こうぜ」
こう言うのである。
「今からな」
「お酒ね」
「カラオケ行かないか?」
具体的にはそこだというのである。
「カラオケな。どうだよ」
「寒くないの?そこ」
「何で寒いんだよ、ヒーターあるだろ」
「あるけれど寒いわよ」
憮然とした顔で言う真紀だった。
「沖縄とは違うし」
「沖縄の冬ってそんなに暑いのかよ」
「暖かいのよ」
こう言い換えるのだった。
「全然ね」
「そうかよ。そんなにか」
「沖縄の冬が懐かしいから。それと比べたらここって」
「そうか、滅茶苦茶寒いのか」
「寒くて死にそうよ」
とにかくこれに尽きた。彼女にとってはである。
「もうとにかくね」
「やれやれだな。だからそのカラオケ屋はな」
「暖かいの」
「だからヒーターあるんだって」
とにかくそれを言う彼だった。
「もう暑い位だよ」
「そう、暑いの」
それを聞いて真紀の心が動いた。寒いのは苦手だが暑いのは得意なのである。やはりこの辺りは沖縄出身だけはあった。夏娘なのだ。
「暑かったら」
「行けるか?」
「そうね。だったら一緒に」
それに乗る気になった。
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