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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 2. 『想う力は鉄より強い』
  Episode 7. Die Hard’s Daily Life (2)

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第七話です。

よろしくお願い致します。 

 
「…………ムグムグ……やっぱり、焼き立てのワッフルとキャラメルシロップの組み合わせは凶悪。口の中を蹂躙する甘さと、その中に隠れたワッフルの香ばしさとキャラメルの苦みが舌を飽きさせない絶妙なアクセントに……」
「……長文の食レポどーも……あー苦しい……」
「もうへばったの? 開戦二時間でギブとか、男のクセにだらしない」
「戦闘と食い歩きを、一緒にすんじゃ、ねえよ……あの量の夕飯食った後で甘いモン六連戦は、いくらなんでもシンドイっつうの……」
「勝手に私に張り合ったんだから、自業自得」

 悔しいがその通り。返す言葉もない。

 夕食後、俺は三番街の大通りを足取り重く歩いていた。傍らで甘い匂いを漂わせるきつね色のワッフルを黙々と咀嚼するリーナに、しれっと辛辣な言葉を投げかけられても、俺の口から出る言葉にはいつもの勢いの欠片もない。声量を上げたら声じゃないナンカが出てきそうな気がする……いや、食い過ぎで食ったものを口からリバースする程このゲームはリアルじゃないんだが。しかし少なくとも、今なにかをこの仮想の胃袋に入れようものなら、絶対にその場に倒れて一歩も動けなくなる。そんな予感、というか確信が俺にはあった。

 『pastorale』でヒュッツポット(野菜をマッシュポテトみたいに磨り潰したものに煮込んだ牛肉を添えた料理)とロークウォルスト(スモークしたソーセージ)を文字通り山のように食った俺は、合計一キロは食ったはずなのにピンピンしているリーナに連れられて、そのまま屋台街に出た。

 俺が言ったゴーダワッフルを始め、ドーナツやらアップルパイやらに片っ端から手を付ける相棒に釣られて、つい俺もデザートバイキング感覚で食べていたのだが、流石に胃の容量的に限界が来た。俺はギブアップを宣言し、早くも二周目に突入していたリーナの横でこうしてグッタリしながら歩いてるって感じだ。
 ちなみに、リーナは財布の限界まで食うらしい。全くペースが落ちないあたり、胃の限界は当分こないと見える。俺より頭一つ分以上ちっこい身体してんのに、どういう構造してんだよ。ここ二か月ずっと一緒に行動していても、コイツに関する謎は解けるどころか増える一方だ。

 しかし、ウルキオラの帰刃形態・第二階層にズタボロにされても戦えたのに、まさかデザートの物量に押し負けて戦意喪失するとは……アイツよりもデザートの方が強えってコトだな。やーい、お前はお菓子の大軍以下だぞ、ザマー見ろウルキオラ…………ヤベえ、自分でもなに言ってんのかわかんねえ。気持ち悪さで思考回路までおかしくなってきやがった。

 しょーもないことを考えながら混雑した夜道をフラフラと歩いていると、ようやく目的地にたどり着いた。
 無論、食い物屋ではない。三番街大通りから少し入ったところにある、小さな木造二階建ての建物。その一階にあるシンプルなすりガラスの嵌ったドアを、俺は押し開けた。

「……オーッス」

 テンション低く呼びかけると、目的の人物はカウンターの奥で作業をしているところだった。どうも在庫整理でもしていたらしく、モンスターの革やら防具やらが大机に散乱している。

「ん、いらっしゃ……よお、一護か。どうした、景気の悪い面して」
「ちっと食い過ぎでグロッキーなだけだ、気にすんな。それよりエギル、いつもの頼む」
「成程。そいつはご愁傷様」

 未だにワッフルをモグモグやってるリーナを見て何となく察してくれたのか、苦笑を浮かべたエギルに俺はトレード欄を提示、そこに俺たちが今回の三日間の行程で得たアイテムのほとんどを突っ込んだ。

 自分で使える装備品や消費アイテム、その素材なんかは保持したまんまだが、その他もろもろの雑多なアイテムは、こうしてエギルの経営する雑貨屋で一括売却して均等割りにすることにしている。本人曰く「安く仕入れて安く提供するのが、ウチのモットー」とのことだが、交渉すればちゃんと相応の値段で買い取ってくれる。何も言わないとマジで安値で買い叩かれるけどな。

 ゴツい指でウィンドウをスクロールして鑑定を始めたエギルを横目に、俺は手近な椅子に腰かけ――ようとしたが、すでにリーナが座っていたので、止む無くカウンター前にあった丸椅子を引き寄せた。つうかコイツ、まだワッフル食ってやがる。いったい何個買ってきてんだ。

「ふうむ、『シャドウビーの針』十八本、『シーフゴブリンの爪』二十四本……お、『カウベアーの毛皮』じゃねえか。最近冷え込みが厳しいってんで、品薄なんだ。助かるぜ」
「助かるってンなら、相場よりマシマシで買ってくれ、一枚六百コルでどうよ」
「いや、そりゃあ高すぎるな。ここは相場通り一枚四百コルだ」
「ほー……エギル、オメーこの前在庫が足んねえからっつって、俺に『グラポスの実』を取りに行かした借り、忘れてねえか?」
「うっ、ひと月も前のことをよく……」

 解毒ポーションの材料で、取りに行くのにけっこうな労力が要る需要が大きいアイテムを取ってきた件を持ち出すと、エギルは痛いところを突かれたとばかりに渋面を作った。コイツのいかつい顔でやられると中々怖いものがあるが、ここは退けない。

「たかが一ヶ月で忘れっかよ、俺の記憶力舐めんな」
「ムグムグ……他人の顔と名前は三日で忘れるようなアホが何を……」
「そこの食欲魔神は黙ってワッフル食ってろ。んで? いくらで買うんだよ」
「仕方ない、間を取って五百コルだ」
「まあ、そんなモンか。んじゃあ五百コルで成立……」

 俺がそう言って商談を締めようとした時、店のドアが開いてプレイヤーが一人入ってきた。しかも、俺らの馴染みのヤツが。

「おーいエギル、いるか……って、一護にリーナもいたのか」
「いたらダメ?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「リーナの言うことをイチイチ真に受けんなよ、黙ってスルーしとけ、キリト」

 ひょっこり現れたのは片手剣使いの少年剣士、キリトだ。コイツとは第一層ボス攻略以来、攻略会議やら迷宮区やらでちょくちょく顔を合わせている。リーナ曰く典型的なベータ上がりのソロプレイヤーらしく、ベータテスト時の経験を活かしたスタートダッシュで大きくレベルを上げ、安全マージンが取れる範囲でとはいえ、単身で最前線に乗り込んでくる。巷じゃ安全マージンをガン無視してレベル上げに励む俺等を『死に損ない(ダイハード)』とか揶揄してると聞いたが、当事者たる俺からすれば、他人のフォローを一切期待できないソロ連中の死に損ないレベルもいい勝負だと思う。

「悪いが、今は一護たちのアイテムの鑑定中だ。キリトはちょっと待っててくれ」
「ああ、大丈夫だ。別に急ぎってわけじゃないし」

 キリトはそう言って、俺と同じようにカウンター前の丸椅子に腰掛けた。俺から見ると、ちょうど鑑定を続行しているエギルの斜め前に座った形になる。
 こうして見ると、やっぱりキリトの線の細さが際立つ。雰囲気としちゃあ現世の友人である水色に近いものがある。最も、アイツみたいに「女漁りが趣味の肉食系です」って感じは全くしないが。むしろその逆に見えるな。

「ところで一護、お前少し顔色が悪いように見えるんだけど、気のせいか?」
「晩メシの食い過ぎで気持ちわりーだけだ。だいぶマシになってきたし、すぐ治る」
「ほほー、文字通り食い倒れるくらい儲かったのか」
「まあな。リーナ、この三日で討伐コルいくら稼いだっけか?」
「一人あたり182800コル」
「へー、流石は『地獄狂(ヘルマニア)』、モンスターハウス根こそぎ狩って、金も経験値もガッツリってとこだな」
「……おい、なんで知ってんだ。つかなんだ、そのウザイ名前」
「新しいお前らの渾名。記事に出てたぞ?」

 ほら、とキリトが差し出したのは、不定期発行されているSAOの情報ペーパー。特にジャンルが固定されることなく、攻略情報から個人クエストの依頼、ちょっとした小ネタまで雑多に書かれた、いい暇潰しの道具だ。発行日時を見ると、三時間ほど前になっている。どうやら夕刊の時間帯に売られていたらしい。

 その中のキリトが指し示した一ページ、そこには、

「『モンスタートラップ激減!? その裏には最前線で暴れる地獄狂(ヘルマニア)たちの影』
 ――最近、ダンジョン内で目撃されるモンスタートラップの数が急激に減少している。囚われたプレイヤーを高い確率で死に追いやる恐ろしい罠が減ったことで、トラップキルされるプレイヤーの数は二ヶ月連続で大幅な減少を見せた。その原因として、常に最前線に潜り続け、モンスタートラップに敢えて引っ掛かることで狩りの効率を上げるという前代未聞のレベル上げを行う二人組プレイヤーの存在が――って、何だよコレ!?」
「おーおー、随分と派手に載ったもんだな、一護。一面丸々使われてんじゃねえか」

 エギルが俺の後ろから記事を覗きこんで呑気なことをのたまうが、こっちとしちゃあ迷惑でしかない。流石に顔写真はなかったが、察しの良いヤツが見ればすぐに俺らのことだと分かるはずだ。
 いくら俺が他人の目を気にしねえって言っても、ヘンな噂を流されるのは気分が悪い。この仮想世界に来て、せっかく髪色の派手さで目立つことがなくなったってのに、こんなことで悪目立ちさせられたら堪ったもんじゃない。記事を作ったのは多分あの情報屋(チビ)だろう。今度会ったら文句言ってやる。

「にしても、第一層攻略の時は『橙の勇士』に『白虎』で統一されてたのに、どんどん増えていくな。『命知らず(レックレス)』『バトルホリック』『タンポポヤン――」
「待てコラキリト、最後のはタダの悪口だろうが。しかも出所もすぐ分かるし。あのクソトゲ頭、まだ生きてんのかよ。とっととくたばれってんだ」

 攻略会議でギャイギャイ言ってた男を思い出し、俺はついうんざりした声を出してしまった。今は第一層にある巨大ギルドに入ったとか聞いてはいるが、心底どうでもいい。
 尚、余談だが、ディアベルはスキル教室をやってた面子に仲間入りしたらしい。スキルの他にも戦闘時の連携の基礎なんかも教えたりして、初級プレイヤー諸氏を支えているそうだ。ちょくちょく連絡を取って調子を聞いている限りでは、なかなか評判はいいとのこと。あの時の抜け駆けを気に病みすぎてもいないようだし、平穏で何よりだ。

「……さて、と。一護、鑑定が終わったぞ。確認してくれ」
「おお、さんきゅ」

 言われて提示されたトレード欄をザッと確認する。合計額は358400コルだ。ってことは、討伐コルを含めて三日で一人頭で三十六万コルくらい、一日平均で十二万ってとこか。三日籠りっぱなしなら、まあ妥当な額だ。こっから連戦で消耗した防具の補填とか、アイテムやキャンプの雑費なんかがごっそり引かれるけどな。
 買い取りの詳細は、まあだいたい相場通りになってる。さっき交渉した『カウベアーの毛皮』だけはちょっと高めだが、他は別に目を引くような箇所は無い。

「どうだ?」
「ああ、問題ねえ。交渉成立だ」

 そう言って、俺はトレード欄の成立をクリック、総額のキッチリ半分をリーナに転送した。これで、ここでの用は済んだ。

「毎度あり。また頼むぜ、一護。せっかくだし、使ったアイテムの補充もやってくか?」
「いや、いい。明日買い出しすっから、そん時に頼むわ。それに……」

 相棒(コイツ)が限界っぽいしな。

 椅子の上でこっくりこっくり舟をこぐリーナを見て、俺は肩を竦めた。

「コイツ、八時前には必ず眠くなるんだ。そんで朝は七時キッカリに起床。よく食うしよく寝るし、成長期のガキを見てるみてえだ」
「ははっ、随分と規則正しい生活リズムなんだな、お前んとこのお姫様は」
「うるせーな、コイツはお姫様ってガラじゃねえよ。せいぜいお転婆がいいトコだ。キリトこそ、一層の時に居たあの女剣士とはどうなんだ? もう組んでねえのかよ」
「俺もアイツもソロだ。他人と行動するのは性に合わないんだ」
「へーそうかい、ソロってのも難儀だな……っと、早くしねえとマジで寝ちまう。おいリーナ、行くぞ」
「…………んー?」

 眠気で意識が朦朧としているのか、半眼のリーナから気の抜けた返事が返ってきた。

「んー? じゃねえよ。鑑定終わったから帰るぜって言ってんだ」
「………………」
「聞いてんのか? 置いてくぞ?」
「…………って」
「あ?」
「……背負ってって」

 もう八割閉じかけた目をこっちに向けて、両手を伸ばすリーナ。小さな椅子の上で身体が左右にフラフラ揺れていて、非常に危なっかしい。

 普通なら呆れ果てるか「ふざけんな自力で歩け」と言ってやるところなんだが、生憎とこれが初回じゃなかったりする。ひと月前、狩りが長引いて帰るのが深夜になった時にやられてから、夜に出歩いているとかなりの確率でこうしておんぶを強請(ねだ)ってくる。普段の沈着冷静で油断を許さない振る舞いとの余りの落差に呆れることすら出来ず、

「……仕方のねえやつだな、ホント。ほら」

 以来、こうやって背負ってやってる。

 片膝を床についてしゃがんだ俺の背に、リーナは倒れ込むようにして被さってきた。両足の下側に手を差し入れ、首にぎゅっと回された手が解けないことを確認してから、落っこちないようにゆっくりと立ち上がる。耳元ですーすーと音を立てる寝息が、少しくすぐったい。昔、遊び疲れた遊子や夏梨を背負って帰った夕暮れを思い出すこそばゆさ。ひょっとしたら、この懐かしい感覚が、こいつがおんぶオバケになっても突っぱねない一番の理由なのかも知れない。

「さて、今度こそ帰るか……ってナニ見てんだよ、オメーら」
「いやー、だって、なあ?」
「なあ?」

 俺を見てにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる男二人。なんとなく思っていることは分かるが、余計なことを言うとまた要らない誤解を生みそうだ。二人を睨みつけるように一瞥してから、俺は冬の寒空が広がる夜の主住区へと足を踏み出した。
 途端、暖房の効いた店内とは真逆の、刺すような冷気が俺に纏わりつく。

「うーさみぃ、俺もそろそろマントでも買うかな……」

 ぶ厚いケープに包まっているせいか、気温が急降下しても起きるどころか身じろぎ一つしない背中の相棒を後ろ目に見やって、俺は独りごちつつリーナを揺らさないように、でも足早に歩きだした。



 ◆



「五分前行動ってカ? 見かけによらず真面目クンだナ、ベリっち」
「うるせーな、五分前じゃなくて三分前だ。あとオメー、いい加減その呼び方やめろっつの。俺の名前は(berry)じゃねえって何度も言ってんだろ」
「ハイハイ、朝からカリカリすんなヨ。眉間の皺が増えるゼ?」
「大きなお世話だ。ったく誰のせいで……」

 翌朝、まだ太陽が昇ったばかりの、六時半ちょっと前。

 まだ人通りがまばらなパルドブロムの中央広場、そのど真ん中に鎮座する時計台前のベンチで、俺は一人の情報屋と会っていた。
 リーナはまだ隣のベッドで寝てたんで、そのまま宿屋に置いてきた。無理に起こしたところで、寝起きが悪いアイツは起床後一時間は役に立たない。その上、朝飯も食ってない状態だと機嫌も悪いせいで尚更使い物になりゃしない。ダンジョン内での積極性や博識っぷりとは雲泥の差とも言える有様にいい加減慣れはしたが、ちょっとは改善してくんねえかなとは思っちまう。

「マーマー、記事にしたことは悪かったっテ。今回の情報料、据え置きにしといてやっからサ」
「チッ……まあいい。んで? 連絡寄越したっつうことは、なんか新しい情報が入ったんだな?」
「まーナ」

 情報屋アルゴはそう言って、リーナよりも小柄なその身体をベンチに落ち着けた。

 コイツはあのスタートガイドの発行者であり、情報屋稼業以外にも情報紙や攻略本の編集、発行なんかも手広くやってる、自称『腕利き情報屋のオネーサン』だ。果たしてルキアと大差ないちっこい体躯のドコに「オネーサン」要素があるのかは知らねえが、少なくとも情報屋としての腕は確かなので、こうしてたまに情報の売り買いをしている。リーナの『極秘情報』の出処もコイツだったりするしな。

「いつもドーリ、モンスター系トラップの所在について、新しい情報が一件入っタ」
「場所は?」
「迷宮区中心部の安全エリアから北東に二キロくらい行ったトコ、そこで小部屋を見っけたって話ダ。中には木の宝箱一つダケ。情報提供者はトラップと判断してそのまま放置してきたってサ」
「いつ頃だ?」
「昨日の午後三時ダ。情報が入ったのハその二時間後。今ならまだ手つかずだろーゼ」
「そうか、上出来だ」

 コイツから買う情報はスキルの他に、こういうモンスターハウスの在り処が主だ。危険地帯を虱潰しに探して回るのと、先に情報を仕入れておくのとでは効率に明確な差が出る以上、事前の情報は欠かせない。しかし、最前線に出てくるプレイヤーが少ないせいで、街の警告掲示板だけじゃあ情報量が足りない。
 その点、上級プレイヤーの情報提供者も多いらしいアルゴなら、そういったアブナいポイントの情報も多く集まる。俺は望む情報を得ることができ、アルゴは情報料だけでなく、俺たちがそのへ向かった、すなわち、そこの地点の危険なトラップが一つ排除される可能性が高い、という情報も得ることができる。また、元々情報の少ない最前線のネタが俺等から仕入れられるってことで、アルゴにとっては旨みが強く、俺たちはお得意様としてけっこう重宝されてるようだ。

「いつも情報さんきゅな、アルゴ。今回はいくらだ」
「三千コルってトコだナ」
「……ヤケに安いな。割り引いたとしても、危ねえネタは高えんじゃねんのかよ」
「アブなすぎて、今回はオレっちが裏取りに行けてねーんダ。なんせ、最前線の奥の奥ダ、大部隊ナラともかく、ソロで行くにはキツ過ぎるからナ」

 そう言って、アルゴは大袈裟に肩を竦めて見せた。トレードマークの頬のヒゲペイントといい、フードに隠れた金の巻き毛といい、そしてその身軽な動作といい、渾名である「鼠」を彷彿とさせる、俺の周りにはいなかったタイプの人種だ。現実で会ったら、意外と親しくやれそうな気安い奴、対価であるコルを手渡しながら、俺はそんな風に感じていた。

「あいヨ、毎度アリ。ところでベリっち、手に持ってるソレ、なんダ?」
「クロケットだ」

 手の中の銀貨入りの小袋を玩びながら訊いてきたアルゴに対し、俺は朝飯までの空腹凌ぎ(先に朝食を摂っちまうとリーナがキレる)に食っていた揚げ物(クロケット)を見せてやる。
 クロケットはつい昨日できたNPCの屋台で売ってる俵型のクリームコロッケみたいな食い物で、中にはひき肉とみじん切りにした野菜、ホワイトソースが入ってる。具材や味付けはシチューに似てて、その熱さと濃厚さが寒い冬の朝によく合っている。

「へー、ウマそうだナ。なあなあベリっち、オレっちに一口くれねーカ? 朝メシまだなんダ」
「その手にある金使って、自分で買って食え。他人に食い物を分けたり奢ったりすると、リーナの勘で見抜かれちまう。むくれるとメンドクセーんだよ、アイツ。飲食物(エサ)をくれてやりゃあ直るけどさ」
「……リっちゃんって、独占欲強いんダナ」
「食い物に関しては、人一倍な」
「ソーユー意味で言ったんじゃネーけど……スキありッ!」
「あっ、テメッ!」

 一瞬気を抜いた瞬間、アルゴは素早く俺の手を飛びついてきた。そのまま抱きかかえるようにして動きを封じ、クロケットをガッツリ齧り取った。いろいろびっくりな行動だが、それをたしなめるより早く、俺はアルゴを振りほどいてアイテム欄を開き、水の入った瓶をスタンバイする。

 なにせ、

「んぐんぐ……アッ!? あふっ、あふぃっ!!」

 この灼熱の揚げ物に冷ますことなく噛みつけば、確実にこーなるからだ。

「そら見ろ、人の食い物盗ったバチが当たったんだよ。反省しろ」
「ふぉ、ふぉめん! ふぉめんなはいヘリっひ! ふんまへんへひは!!」
「何言ってんのかわかんねーよ。ったく……ホレ、水」

 差し出した水瓶を高速で奪い取り、一気に半分以上を飲み干すアルゴ。朝からサンバみたいなリズムで右往左往していた自称腕利き(バカタレ)は、涙を目に浮かべながら赤くなった舌をベーッと出して火傷を外気で冷やそうとする。中々間抜けなその面を見て、ちょっと溜飲が下がる俺だった。

「ウー、美味しい物にこんな罠を仕掛けるなんテ、ベリっち、意外と鬼ダナ」
「仕掛けてねえし、他人の食い物パクッといた上に鬼呼ばわりはねえだろ。自業自得だ」
「ふーっふーって冷ましてカラ、はい、あーんってしてくれる甲斐性を、オネーサンは期待してたんだけどナー」
「……おい、そのシーンちょっと想像してみろ」
「ん? んー……ウワッ、ベリっち気持ち悪ッ」
「ホラな」
「あっ!? ウソウソ今のナシ!」

 しまった、とばかりに慌てて訂正するアルゴにため息を吐いて、俺はベンチから立ち上がる。こんな茶番をやってる間に、もうけっこうな時間が経っちまった。そろそろ宿に戻らねえと。

「んじゃあ、俺はもう行くぜ。またな」
「ベリっち、マジでウソだかんナ? 本気にすんなヨナ!?」
「へいへい」

 けっこう必死なアルゴの念押しにおざなりな返答を返しつつ背を向けて、俺は宿屋のある九番街へと歩き出す。夕飯はリーナのワガママを聞くが、朝飯は俺が決めるのが俺等の間のルールだ。今日は三番街の一番人気のベーコンエッグトーストが美味い店がいいな。既に少しずつ人出が増えてきているし、三番街(あそこ)は遅いと混むから、早めに行って席を確保したい。

「オーイ、ベリっちー! メシ盗ってゴメンナー! 今度、埋め合わせにメシ行こうナー!!」

 背後から響く良く通る声に手を上げて応え、俺はすっかり陽の昇った中央広場から立ち去った。



 ◆



「おはよう一護。早速だけど、アルゴにご飯あげたでしょ」
「……お前、マジでエスパーだろ」

 その一分後。

 起き抜け一番、寝起きの半眼でそう言ってきたリーナに、俺は割と本気の恐怖を抱くことになったが。
 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

街中編でした。戦ってばっかりもアレですしね。
そしてまたアレコレ書きすぎて9000字弱……反省します。
あと、アルゴ初登場でした……アルゴのキャラってこれで合ってますでしょうか? ちょっと不安です。カタカナ混じりで喋るキャラを見ると、どうしてもマユリ様が思い浮かんでしまう……。

あと主住区について、一応補足。
知ってる人も多いかと思いますが、出てきた料理は全て実在の料理です。街の名前を花にしたので、今回の景観や料理は花の都・オランダを基にしています。ゴーダチーズとか有名ですね。
筆者のお気に入りは昔あっちで食べたキャラメルソースマシマシのゴーダワッフル。(又はシロップワッフルと書いてストロープワッフルとも言う)甘党の方、興味がありましたら調べてみてはいかがでしょうか。
(注:夜に調べるのはオススメしません。メシテロ注意です) 
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