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ウラギリモノの英雄譚

作者:ぬくぬく
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テイアン――緋山莉子トノ遭遇

「――わたしが君をヒーローにしてあげる」
 紅葉した落ち葉の舞う夕暮れの栗林公園(りつりんこうえん)
 額を赤く腫らした少女、緋山 莉子(ヒヤマ リコ)は(カナメ)に対しそう宣言した。

「さて……」
 少女が要に詰め寄った。
 呆然としていた要の目の前に立つ。
 少々日本人離れしたはっきりした目鼻立ちに、陶器(とうき)の様に透き通った白い肌が目と鼻の先に突きつけられる。
 長い髪が揺れて、ヒマワリの花のような香りが要の鼻孔をくすぐった。

 要は思わず固くなっていた。
 こんな美人に詰め寄られれば、男子高校生でなくても緊張する。
 少女はニッコリと微笑み、左手でグーを握った。
「ふんっ!」
 の、掛け声とともに踏み込んだ少女の左拳が、要の腹部を抉る。
「うわっ」
 反射的に要はその拳を手のひらで受け止めたが、目の前の女の子が放ったとは思えないほどにその拳は重たかった。
「防がんでよ!」
 方言のきついしゃべり方だった。
 直訳すると、『防ぐんじゃない』。いきなり人を殴りつけておきながら、少女はそんなことを言っていた。

 少女が要に背を向ける。
 それが後ろ回し蹴りの初動(しょどう)であることを即座に理解した要は、上体を後ろに逸らした。
 ()ね上がった少女のつま先が要の頬を掠め、空振る。

「避けるなしっ」
「何でいきなり殴りかかってくるんですか!」
 少女に殴られる理由が分からない。要は警戒して数歩彼女から離れる。
 思わず敬語になってしまった。

「分からんのっ? これやん!」
 要の発言に更に少女はヒートアップした。
 そして自分のひたいを指差し、形の良い眉を大きく釣り上げた。
「ここ、これ! 分かる? 要くんがちゃんとキャッチせんけん、わたしがおでこに怪我をしたんやん」
「……はい?」
「落としたことをあーやーまーれー」
 少女に寄る踏み込みからの掌底(しょうてい)、ハイキック。
 スカートであることもお構いなしに、少女が攻撃を繰り出してくる。
「確かに落としたのは申し訳なかったです、け、ど」
 要は攻撃をいなしながら、後ろに後退する。

「申し訳ないと思うなら、わたしに一発殴られて、お揃いの怪我をせい」
「嫌ですよ!」
「わたしとのペアルックが嫌なん!?」
「怪我のペアルックなんて、誰が相手でも嫌ですよ!」
「だいたいキャッチした時のあれは何? 何で逆さまに受け止めるん? あれじゃ台無し! 水揚げされたマグロみたいになってたやん! 普通、あそこはお姫様抱っこなりで受け止めるのが常識的な受け止め方じゃないの?」
「どこの常識だよ!」
「ヒーローとして、常識やん!」
 知らんがな。
「僕はヒーローじゃないっ」
 連続での攻撃を受けながら、反論する。
 流石の要も少女の発言に腹が立ってきた。
「だいたい、元はといえばあなたが木から落ちたから助けたんじゃないですか!」

 要が踏み込む。
 少女が掌底を打ち込む虚をついて、彼女の背後を取った。

「っ、へぇ……」
 少女は要の返し技に、驚いたような顔をした後に、感心したように頷く。
 少女の目から攻撃の意思が消えていく。要も肩の力を抜いた。
「要くん。さっきの話の続き……」
「さっきの話? まだ何か文句があるんですか?」
「違うって。そこじゃなくて。……君をヒーローにしてあげるって言うたやん。その話」
 少女の目から敵意が消える。
 要も肩の力を抜いた。
 少女は振り返り、要の方を向く。

「君のことを、わたしがヒーローにしてあげる。其の第一段階としてやね」
 ニンマリと、少女が含み笑いを浮かべた。

「わたしの弟子になりまい」
 提案される。
 訳はわからない。
「いや、結構です」
 要は即答した。
「うんうん。わたしのところで修行をすればきっと……ええっ!? 断るん!?」
「残念ながら今回はご縁がなかったということで。貴殿の今後のご健勝とご活躍をお祈り……」
「就活のお祈りメールみたいな言葉を並べ立てないで! 何で断るん? え?」
 少女は心底意外そうな顔をしていた。

「常識的に考えて、知らない人にいきなり弟子入りを勧められたりしたら断るでしょう? だいたいあなた誰ですか?」
「え? わたしのこと知らんの?」
「もしかしてどこかでお会いしたことがありましたか?」
「いや、初対面やけど……」
「それでは、僕は失礼します」
 これ以上、彼女と関わるべきじゃない。
 そう判断した要は早足に彼女から離れていった。

「待って待って待って!」
 駆け足で回りこんできた彼女が、要の行く手を阻んだ。
「緋山 莉子(ヒヤマ リコ)。わたしの名前。今は要くんと同い年の十七歳だけど、学年的にはひとつ上のお姉さんになる。……あ、もうすぐ誕生日だから、覚えといて」
「そうですか」
 要が少女の脇を抜けて帰ろうとする。
「待ってって! 弟子になってくれんの?」
「なりません。ごめんなさい」

『弟子にならないか』
 プロヒーローで、要の師匠にもあたる要の実母が失踪して以来、要の将来性に目を付けていた他のヒーローから、こうして弟子入りを提案されることは度々あった。
 勿論、ヒーローになる夢を諦めている要は、その全ての申し出を断っている。

「悪いけど、僕はヒーローになるつもりなんてない。だから、プロのヒーローに弟子入りするつもりもないんです」
「わたしは、プロのヒーローじゃないよ」
「え……じゃあ、あんた何者?」
「一応、ヒーローの認定試験を受けたことはあるけど、まだ二次試験も合格してない」
 ヒーローでもない人間に弟子入りを求められることは生まれて初めてだった。
「ヒーローでもなければ高校生でもない。中卒の女の子」
「高校生でもないの? じゃあ、その制服は?」
 彼女は要と同じ英名高校(えいめいこうこう)の制服を着ている。
「要くんと同じ学校に通っている気分を味わいたくて、制服だけ買うたんよ」
 ストーカーか!
「いや、何で離れていくん? ちょっとちょっと」
「ごめんなさい、僕は用事があるのでこれで……」
「わたしの弟子になるって話は、どうするの?」
「今回はご縁が……」
 莉子が要の袖を掴んだ。
「要くんが首を縦に振るまでは離さんー!」
「離してください。人を呼びますよ」
「なら、わたしも大声で叫ぶ!」
「何でだよ!」

「誰かー!!!」

 間髪入れずに莉子が叫んだ。
「何で叫ぶんですかっ」
「要くんがわたしを脅迫するけん! 人を呼ぶなんて言って」
「訳が分からないよ!」
 莉子の声を聞きつけてか、人が近付いて来る気配がした。
 要は自分を完全に被害者側だとは思うのだが、要は男子高校生、方や相手は見目麗しき乙女である。
 この莉子という少女の行動原理はまったく理解できないが、彼女の悲鳴を聞いて駆けつけた一般人が要に対しどういう印象を抱くかについては、容易に想像が出来た。

「提案があるんだけど、場所を移しませんか?」
「とか言って逃げるつもりやろ?」
「あなたからは逃げないって約束する」
「信用出来ん。こーとーわーるー」

 そうこうしている間にも、気配がますます近付いて来る。
「くっ……」
 いっそのこと彼女の手を振り払おうかとも考えるが、そうまでして逃げたらやましいことでもあるみたいだ。

「おい、あれじゃないか?」
 ついに近付いていた気配の主達は、要達の姿を捉えた。
 遠巻きに要を指差す姿が視界の端に映る。

「分かった……!」
「え?」
「弟子にでも何にでもなります!」
「本当? 本当に何にでもなるん? わたしの言うことちゃんと聞く?」
「ああ、誓う。だからお願いだ。この場は丸く収めて下さい」
 その言葉に、莉子は実に嬉しそうに目を輝かせた。
 まるで、夢でも叶ったかのような顔でウンウンと何度も頷いて、興奮した様子で要の手を掴んだ。

「分かった。じゃあ、これから道場に行こう。要くんの家の道場。今から。良いよね?」
 言葉も支離滅裂な莉子は、鼻息を荒くして要の手を引き始めた。

 莉子の悲鳴に駆けつけて来た勇敢(ゆうかん)な人達は、その光景を見て。
「何だ、痴話喧嘩か……?」
 と言って、その場を去って行った。

(今日は厄日だ……)
 そんなことを思いながら、要はただただ莉子に手を引かれる歩き始めた。
 
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