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サウスポー

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12部分:第十二章


第十二章

「ですから。僕はあのチームには行きません」
「くっ・・・・・・」
「僕はアメリカに行きます」
「えっ、アメリカに!?」
「嘘だろ!?」
「嘘ではないです」
 彼は冷静なまま言葉を続けてきた。
「僕はアメリカに行って大リーグを目指します」
「大リーガーに!?」
「高校を出てすぐに」
「僕を本当の意味で必要としれくれるチームに入りたいんです」
 これこそが彼の本音であった。
「だからです。日本にあれば日本のそのチームに入ります」
「そうか。そこまで言うのか」
「まだ高校生なのに」
「この左腕を頼りにしてくれているチームや人達の為にです」
「そうして何時までも投げていられると思うな」
 ここでまたあのチームの親会社である新聞社の記者が言うのだった。
「世の中何があるかわからないぞ」
「おい、あんた」
「いい加減にしろよ」
 今の言葉には流石に周りの同業者達も顔を顰めさせ彼を取り囲んできた。
「つまり彼の左腕を害しようっていうのか?」
「それでもスポーツを知ってる人間か?」
「うっ、それは」
 今になってようやく己の失言に気付いた。だがもう遅かった。
「俺は。何も」
「帰れ」
「出て行け」
 皆から言われだした。
「もう二度と記事書くな」
「発言は全部報道しておくからな」
「くそっ、覚えていろよ」
 最早チンピラの捨て台詞であった。
「どうせこんなピッチャー大成しないからな」
「わかったからとっとと帰るんだな」
「帰り道位開けておいてやる」
 記者のうちの一人が顎をしゃくって出口を指し示した。
「ほら、そこだ」
「とっとと行け」
「ふんっ」
 この記者は逃げるようにして会見の場を後にした。皆その後姿をこれ以上はない侮蔑した目で見送った。そしてそれが終わってからあらためて一三に顔を向けるのだった。
「じゃあ近藤君」
「君はそうしたチームに行きたいんだね」
「はい、そうです」
 晴れ渡った声での返答だった。
「僕はそのチームに行きたいです」
「そうだよな。チームは確かに勝つことが大事だけれど」
「問題はその勝ち方だよな」
「チームの雰囲気だよな」
「だよな」
 記者達は顔を見合わせて言い合う。
「近藤君の左腕に相応しいチーム、絶対あるよ」
「君のその心にも相応しいチームがね」
「はい」
 一三は明るい声で彼等の言葉に応えた。
「僕は投げます」
 そしてまた言ったのだった。
「そうしたチームの為に」
「うん、これからもね」
「そうして投げ続けてくれよ」
「左腕が」
 今己の左腕を見るのだった。目の前にその左腕を出して。
「道を開いてくれますから」
「そうだよな。左腕がな」
「切り開いてくれるよな」
「はい。ですから」
 さらに明るい声になっている一三だった。
「投げます」
 彼は言った。
「これからもずっと」
 日本人で最高の左腕と言われ大リーグで三百勝を挙げた近藤一三の高校時代最後のエピソードである。彼はその左腕で全てを切り開き栄光と仲間を手に入れていった。だがそれはただここではじまったわけではないのだった。こうした熱くしかも確かな青春時代があってのことであるのであった。


サウスポー   完


                 2009・2・16
 
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