| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

迎え

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

3部分:第三章


第三章

「いらっしゃい」
 そう言うと一樹の手を取った。
「私と一緒にあの娘のところにね」
「さっちゃんが何処にいるかわかるの?」
「ええ、よくわかるわ」
 お姉さんには何もかもがわかっていたのだ。
「だってここは。私の居場所だから」
「お姉さんの」
「そう、私はここの番人」
 うっすらと笑って言う。
「そしてここの見張り役。だからね」
「何でもわかるの」
「そう、誰がいるのかもね」
 お姉さんは一樹の手を握ったまま姿を消した。そして一樹も一緒に。二人が次に出て来たのは川のすぐ側であった。そこには何か多くの人達が集まっていた。
「川!?」
「そう、川よ」
 お姉さんは答えた。
「けれどこの川も君のいる場所にある川とは違うわね」
「すっごい大きな川だよね」
 淀んだ空の下にその川はあった。青く、沈んだ色をしている。水面は波一つなく静かなものである。沢山の人が入って前に進んで行くのにその波が全く立たないのだ。そして。川の端は何処にあるのかわからない。まるで海の様に。
「ここにさっちゃんがいるの?」
「そうよ」
 お姉さんはまた一樹に答えた。
「じゃあ今すぐ」
「待ちなさい」
 だがお姉さんは川に向かおうとする一樹を止めた。
「どうして?」
「あの娘はまだ川には入ってはいないわ。それに」
「それに?」
「その川に入ったら駄目よ、絶対に」
「どうして?」
「その川に入るとね。戻れなくなるのよ」
「今僕がいる場所に」
「そうよ」
 つまりそういう川なのであった。だから今一樹がいる場所にある川ではないのである。
「だからね。気をつけて」
「うん、わかったよ。けど」
「言いたいことはわかってるわ」
 お姉さんは内心一樹の一途さに微笑んでいた。だがそれは顔には出さない。
「あの娘でしょ」
「それでさっちゃんは何処にいるの?」
「安心して、すぐ側にいるから」
「側にって」
「ほら、あそこに」
 ふと少し離れた場所を指差した。川辺だった。
「あそこにいるわよ」
「あっ、本当だ」
 見れば本当にそこにいた。早智子がぼんやりとした顔でそこを歩いていた。白いシャツに赤いスカートという女の子らしい服装であった。
「さっちゃん」
「えっ」
 ぼんやりとしたままだった早智子がその声に気付いた。そして一樹達に顔を向けてきた。
「一樹君」
「よかった、やっと会えたね」
 一樹はにこりと笑って彼女にこう言った。
「心配したんだよ」
「どうしてここに?」
「迎えに来たんだ」
 一樹はまた言った。
「迎えに」
「そうだよ、さっちゃんをね」
「私。別に迎えに来てもらうようなことは」
「さっちゃんよね」
 だがここでお姉さんも早智子に声をかけてきた。
「はい」
「その川に入るんでしょ?」
「ええ」
 お姉さんの言葉にぼんやりとした顔で答えた。
「何かよくわからないですけど入らなきゃいけない気がして」
「その川に入ったらもうお父さんとお母さんに会えなくなるわよ」
「まさか」
「いえ、本当よ」
 お姉さんは早智子にこう述べた。その顔は変わらなかったが口調ははっきりと言い聞かせるものになっていた。それが早智子にもはっきりとわかった。
「だからね。入ったら駄目よ」
「パパとママに会えなくなるの?」
「そう、そしてお友達にもね」
「一樹君にも?」
「そうよ、ずっとね」
 お姉さんは早智子の目を見て語っていた。言い聞かせる様に。その目を見て早智子も何か考えているようであった。
「そんなの、嫌でしょう?」
「うん」
 そしてお姉さんの言葉に頷いた。
「私、パパとママも大好きだしお友達も大好きだから」
「一樹君は?」
「一番好き。いつも一緒にいたい」
「さっちゃん・・・・・・」
 思いがけない言葉だった。一樹も頬っぺたを赤くさせる。けれど今はそんな告白に相応しい場所にはいなかった。お姉さんがまた声をかけてきた。
「お話中悪いけど」
「は、はい」
「な、何ですか!?」
 二人はあらためてお姉さんと面対した。お姉さんはくすくすと笑いながら二人に対してまた言った。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧