迎え
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2部分:第二章
第二章
「よし、ここだ」
一樹はその穴を見て言った。
「この穴の向こうにあの場所があるんだ」
彼は確信していた。
「そしてさっちゃんもそこに。そこから連れて帰ればいいんだ。そうしたら」
早智子の写真の前で泣いている彼女の両親を思い出した。とても悲しそうな顔をしていた。
「さっちゃんのお父さんもお母さんも笑ってくれるんだ。僕のお父さんとお母さんみたいに」
彼の両親は仲がいい。いつも笑顔が絶えない。彼はかなり幸せな家庭にいるといっていい状況であった。それは今までの早智子の家も同じであったが。
「だから」
彼は決めた。そのまま穴に入る。
「さっちゃん、今から行くよ」
穴の中は真っ暗であった。それでも怖くはなかった。
「僕と一緒に。お父さんとお母さんのところに帰ろうね」
穴の中を進む。暗いのは平気だった。早智子のことばかり考えていたから。
穴を出るとそこはあの荒野だった。草木一本ないところにまばらに人影が見えるだけであった。やはりその人影は何処か一つの場所へ歩いて行っている。一樹はその荒野を見回した。
「参ったなあ」
来たのはいいが何処が何処なのかまるでわからなかったのだ。
「ええと」
「あら」
だがここで声がした。
「あの時の男の子ね」
「その声は」
「ええ、私よ」
あの黒服のお姉さんがそこにいたのだ。気が付くと一樹の側に立っていた。
「おば・・・・・・じゃなかった」
「素敵なお姉さんね」
最後まで言わせずにそう訂正を入れてきた。
「そう、お姉さん」
「まさか本当に来るなんてね」
「さっちゃんを呼びに来たんだ」
「さっちゃん!?ああ、あの女の子ね」
お姉さんにもそれが誰なのかすぐにわかった。
「確か車に撥ねられて」
「遠い場所に行ったって聞いたからここに来たんだ」
一樹は早智子が車に撥ねられたのは知らない。だから遠い場所に行ったという自分の母親の言葉を信じたのであった。そしてここまで来たのだ。
「ここじゃないかなって思ってね」
「ここだと思うの?」
お姉さんはそんな一樹に顔を向けて尋ねてきた。
「本当にここだって」
「だってお姉さんこの前言ったじゃない」
一樹はこう返した。
「さっちゃん若しかしたらここに来るかもしれないって。だから」
「その通りよ」
にこりと笑ってそう返した。
「あの女の子はね、ここにいるわよ」
「やっぱり」
一樹はそれを聞いて思わず顔を上げた。そして朗らかな顔になっていた。
「じゃあ」
「まあ待ちなさい」
けれどお姉さんはそんな一樹をまず止めた。
「ここはね、凄く広い場所なのよ」
「そうみたいだね」
それは一樹にもわかった。見渡すばかりの荒野だ。それは容易にわかった。
「最後の方まで見えないから」
「見えるものだけじゃないのよ」
けれどお姉さんはそれも否定した。
「じゃあもっとなの?」
「そう、もっともっと。今君がいる場所よりもずっと広いでしょうね」
「そんなに広いんだ」
「けれどね、ここは今君がいる場所とは違うのよ」
そしてこうも言った。
「あの女の子のところにもすぐに行けるの。どんなに広くても」
「!?」
「まあわからないのも無理はないわ」
これだけ広くてどうして、と首を捻った一樹に笑ってこう述べた。
「そのうちわかるようになるから」
「何か全然わからないんだけれど」
「少なくとも今はわかる必要はないわ。それでね」
お姉さんは言う。
「あの女の子を君のいる場所に連れ戻したいのよね」
「そうだよ」
その問い掛けには強い返事を返した。
「だからここに来たんだよ」
「そうね、立派だわ」
「立派って」
「ここはね、今君がいる場所とは全然違う場所なのよ」
お姉さんはそう前置きして説明をはじめた。
「生きていれば本当は来ることが出来ない世界なのよ」
「生きていればって。じゃあさっちゃんは」
「ええ、死んだのよ」
すっきりとした声で答えた。
「一度ね」
「遠い場所に行ったっていうのはそういう意味だったんだ」
「死ぬってことはわかってるみたいね」
「この前お婆ちゃん死んだから」
一樹は答えた。
「じゃあ僕のお婆ちゃんもここにいるんだ」
「そうよ、ここからずっと向こうの場所にね」
「そこに」
「この荒地にはいないけど。そこにはいるわ」
「そうだったんだ」
「それで君が探している女の子だけれど」
「うん」
一樹はそれを聞いて顔を上げた。
「ここにいるの?」
「そうよ、会いたいのよね」
もうこれは聞くまでもなかった。だがあえて聞いた。
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