迎え
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1部分:第一章
第一章
迎え
室一樹はこの時ぼんやりとその場にいた。あまり実感がなかった。
「ねえお母さん」
そして黒い服を着ている自分の母親に声をかけた。
「早智子ちゃんどうしたの?」
「早智子ちゃんはね、遠い場所に行ったのよ」
お母さんはそう一樹に言った。部屋の中は線香の香りとお経の声が支配し、喪服を着た人で一杯であった。一樹はその中でお母さんと一緒に小学校の制服を着てそこにいたのだ。
前には早智子ちゃんの写真が飾られている。黒い縁どりで。そしてその側に早智子ちゃんのお父さんとお母さんがいた。目の辺りをしきりにハンカチで拭いていた。
「遠い場所に?」
「そうよ」
お母さんはまた答えた。
「じゃあ何時か帰って来るの?」
「それは・・・・・・」
その質問には答えられなかった。思わず言葉を詰まらせる。
「ねえ、どうなの?」
「それはわからないわ」
そう答えるしかなかった。
「けれど。連れて帰って来れたら」
「連れて帰って来たらいいんだね」
一樹はもう一度お母さんに尋ねた。
「早智子ちゃんをここに」
「そうね」
子供だからまだ死だとかそういうことは教えたくはなかった。だからあえてぼかして言ったのだが。だがこれが一樹を決心させた。
「じゃあ任せて」
「えっ」
「僕が早智子ちゃん連れて帰ってあげるよ」
「かずちゃん、何を言ってるの?」
お母さんは小声で一樹に囁いた。
「連れて帰るって」
「遠い場所に今から行って来るよ」
それに対して一樹はまた答えた。
「だから。ちょっと御免ね」
「御免って。ちょっと」
お母さんからぱっと離れた。そして何処かに向かって行った。
「どうしたのよ、一体」
戸惑うお母さんはもう目に入ってはいなかった。一樹は早智子ちゃんを連れて帰ると言って何処かに向かった。その何処かとは。一樹の家の側にある神社であった。
「確かここに」
一樹は神社に着くと辺りを見回した。そして何かを探していた。
彼はここであるものを見たことがあるのだ。それは何処かに通じる穴だった。それも早智子と一緒に。そこに二人で入ったこともあるのだ。
「あの時も中に入って」
その中で不思議な人に会った。黒い服を着た奇麗な女の人に会ったのだ。
「ここから先は今では駄目よ」
「どうしてなの?」
一樹はその女の人に尋ねた。その人の向こうには荒れた何もない場所だけが見える。人がまばらにとぼとぼと何処かに向かって歩いているだけであった。
「だって君達はまだここに来る時じゃないから」
「まだなの?」
「そう、ここは遠い場所だから」
「遠い場所!?」
「ええ、そうよ」
「そうだ、遠い場所なんだ」
一樹はその女の人の言葉を頭の中で思い出していた。
「早智子ちゃんはあそこに」
「そっちの男の子も女の子もね。いえ」
けれどその人は早智子には違う顔を見せた。
「貴女はもうすぐこっちに来るかもね」
「もうすぐですか?」
「ええ、ひょっとしたら」
くすりと笑ってこう述べた。
「こっちに来るかもね。その時は」
今度は一樹を見て言った。
「君がすぐにこっちに来るかも」
「僕が?」
「ええそうよ」
また一樹を見て同じ笑みを浮かべた。d
「迎えにね。その時はね」
「!?」
「また会うことになるわ。その時が来たらまた会いましょう」
「おばさんはここの人なの?」
「お姉さんよ」
早智子の言葉に一瞬ムッとした顔になった。
「素敵なお姉さん。いいわね」
「わかったわ、お姉さん。けど私ここに来るの?」
「人ってのはね、何時ここに来るのかわからないのよ」
お姉さんはそう早智子に語った。
「何かの間違いでここに来ることもあるのよ」
「そうなの」
「そうよ。けどそうした時はすぐ戻れたりするから」
「ふうん」
「まあ戻れない場合もあるけれどね。そういう時は諦めなさい」
「よくわからないわ」
「ふふふ、そうでしょうね」
首を傾げる早智子の顔を覗いて笑った。
「けど、覚えておきなさい」
そしてまた言った。
「君がここに来た時に連れて帰る男の子がいたらね」
「うん」
「その子を大事にするのよ。いいわね」
「わかったわ」
「君もよ」
再び一樹に顔を向けてきた。
「助け出した女の子は何があっても信じる。いいわね」
「うん」
一樹はよくわからないままそれに頷いた。
「そうするよ」
「それじゃあ。縁があったらまた会いましょう」
お姉さんの姿が急にぼやけてきた。荒涼とした場所も同じく急に掻き消えていく。
「それまで。さようなら」
それで終わりであった。二人が気付いた時には境内の裏の草むらの中だった。急に元に戻ったのだ。今までいたのが何処なのか、今一つわからなかった。けれどお姉さんの言葉はよく覚えていた。今も。
「草むらの中だったな」
一樹はそれを思い出して境内の裏手に回った。
「それでそこから」
草むらに入ると辺りを探す。するとそこに大きな黒い穴があった。すぐにその穴が何かわかった。
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