廃水
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
9部分:第九章
第九章
「ですから罠やそういったものには弱い筈です」
「罠には弱い」
「それじゃあ」
「そうだ、罠だ」
ここで工場長の声がはっきりとしたものになった。
「罠で相手を倒すぞ。いいな」
「罠ですか」
「けれどなあ」
「それもな」
しかしここで今度は工員達の顔が曇った。そうしてそのうえで顔を見合わせ口々に言い合うのだった。
「この工場にそんなものあるか?」
「化け物を倒せるような」
「方法がないわけではありません」
しかしここで学者が言うのだった。
「相手は廃水です」
「それはわかってますけれど」
「それでも。どうやってやっつけるんですか?」
「罠っていいますけれど」
工員達はいぶかしむ顔になっていた。そうしてそのいぶかしむ顔で学者に対しても口々に言ってきた。何も思いつかないといった顔で。
「そんないきなり出て来て喰うような相手に」
「どうするんですか?」
「当然普通の罠じゃ駄目だ」
また工場長が彼等に話してきた。
「普通のな。ここは特別な罠を仕掛ける」
「特別なですか」
「そうだ。特別な罠だ」
このことをあえて強調するのだった。
「特別なな」
「そんな罠ありましたっけ」
「この工場に」
「罠は何処にもありますよ」
しかし学者は落ち着いた声で彼等に告げた。
「それこそ何処にでも」
「何処にでも!?」
「この工場にそんなのありましたっけ」
「ないよな」
「なあ」
工員達はまた顔を見合わせて怪訝な顔になる。しかしそれでもどうしても思い当たるものがなくいぶかしむしかできないのだった。
「あんな化け物を倒せるような」
「そんなものないですよ」
「ですから相手は水です」
学者の言葉は落ち着きを失っていなかった。
「水ですから。ですから」
「そこに何かあるんですか?」
「水だから」
「そうです。つまり蒸発させればいいのです」
これが彼の廃水を倒す方法だった。今度は方法を語ったのだった。
「蒸発させるのです。廃水を」
「蒸発っていうと」
「水を蒸発させるっていうと」
「熱すればいいですけれど」
「熱ですか」
工員達も工場にいればわかることだった。これは。話は理科の授業にもなっていた。しかも初歩的な。
「ボイラーとかそういうのなら一杯ありますけれど」
「ここは鉄使ってますからね」
「そう、鉄だ」
ここで工場長がまた彼等に言ってきた。
「鉄を溶かしたりするな」
「じゃああれですか?」
「溶接炉ですか?」
何人かがこの存在に気付いた。
「それが罠ですか」
「そうなんですか、やっぱり」
「あれならまず水でも何でも蒸発させることができます」
「鉄でも溶かす位だ」
工場長も言う。
「廃水ならな。絶対に大丈夫だ」
「はい、だからです」
学者も答える。
「あそこが一番です」
「よし、後は誘うだけだな」
「そうですね。相手は知能はないんですよね」
「だったらそのまま」
「ただしです」
しかしここで学者の言葉が変わった。色が深刻なものになったのである。
ページ上へ戻る