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風葬

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1部分:第一章


第一章

                     風葬
 私がこの村に来たのは教授から言われたからだ。思えばこの時から妙なものがあった。
「風葬ですか?」
「それは知っているね」
 教授は私に対してまずはこう語り掛けてきた。いつものように穏やかでかつ知的な声で。私もいつもいる教授の研究室はその壁の全てを本で覆われコーヒーの上品な香りの中にあった。教授はそこのソファーに浅く座り向かい側にいる私に対して語り掛けていた。
「つまり。死者をだ」
「あえて空けた場所に置いてそこで鳥に食べさせるのですね」
「その通りだ。それだ」
「ですが今それは」
 私はここで教授に対して言った。
「もうないのでは?法令で禁止されているでしょうし」
「私もそう思っていたよ」
 ところが教授はここでこんなことを言ってきた。
「今まではね」
「といいますと!?」
 私は教授の今の言葉に右の眉をぴくりと動かした。今の言葉からあるものを感じ取ったからである。
「そうではないと」
「そうだ。どうやらまだ行われている地域があるのだよ」
「御言葉ですがそれは」
 私はまた教授に問うた。問わずにはいられなかった。
「我が国でのことですか?」
「そうだ、我が国でだよ」
「まさか。そんなことが」
 博士はそれを聞いてもまだ信じられなかった。嘘だとしか思えなかった。
「有り得ません。今時風葬とは」
「それでだ。君に頼みがある」
 そしてまた私に言ってきたのだった。
「私と一緒にその地域に行ってみないかね?」
「そこにですか」
「そうだ。私は行くつもりだ」
 教授は既にそれを決めているのだった。
「一人でもな」
「そうですか。行かれるのですか」
「それで君はどうする?」
 あらためて私に尋ねてきた。
「無理強いはしないが。どうするかね?」
「そうですね」
 私はまず一呼吸置くことにした。その間に考えをまとめる為だ。そうしてそのうえで私が出した結論は。
「御一緒させてもらって宜しいでしょうか」
「それでいいんだね」
「はい、興味が沸きました」
 こう言うと子供の様だと言われるかも知れない。しかし結局のところ学者というものはそれに対して興味があるかないかだけだ。それがなくては学者ではない。
「是非御願いします」
「わかった。それではすぐに手配の用意をしよう」
 こうして私と教授はその地域に向かうことになった。そこは見渡す限り山が連なっている深い場所であり人なぞいないようにも思われた。私はその深い山の中を進みながら一緒にいる教授に対して尋ねた。周りに見えるのは木とその下の草ばかりで山道を見つけることさえ容易ではない。人がいるとはとても思えない場所だ。私達はその山の中を寝袋やそういった野宿の道具を全て背負ってそのうえで進んでいた。
「こんなところに人がいるんですかね」
「それがいるんだよ」
 教授は私の前を進みながら述べてきた。
「ちゃんと戸籍にも載っているよ」
「戸籍にもですか。それじゃあ」
「いるのは間違いない」
 このことが私にはっきりと告げられた。
「この山の中にな」
「あれですか」 
 私は教授の今の話から自分の知識を検索しそのうえで述べた。
「平家の落人の」
「いや、それがはっきりしないようだね」
 だがこれは否定された。平家の隠れ里はそれこそ西国のあちこちに存在している。極端なものでは奈良県にすらある程である。当時の都から程近い場所にあったそこにもだ。
「鬼が作っただの天狗だの色々言われていて」
「鬼に天狗」
 私はその話を聞いて首を傾げずにはいられなかった。山道を歩くことに苦労しながら。
「またそれは」
「他にも土蜘蛛だったかな。とにかくその辺りははっきりしない」
「まつろわぬ民とかそうしたものだったのでしょうか」
 所謂大和朝廷に反抗していた民族のことである。こうした存在のことは古事記や日本書紀にもある。
「それでは」
「おそらくそうだと思うが確証はないな」
 これが教授の私の問いに対する返答だった。
「残念なことにな」
「ですか」
「ただ。風葬か」
 教授もまたこのことを意識せずにはいられなかったのだった。自身の口からもこの言葉を出してきたのがそれの何よりの証拠だった。
「確かにどんなものか見てみたいな」
「そうですね」 
 これは本当に私も同感だった。
「普通はネパールの辺りにあるものが有名ですが」
「あの辺りの風葬は岩場に置いておいて鳥の餌にする」
 教授は当然ながらこのことも知っていた。
「この辺りのものもそれかな」
「そうかも知れないですね、確かに」
 私もそうではないかと考えていた。風葬といえばそれがあまりにも強くそのイメージに残っているからだ。そもそも風葬自体が少ない風習である。
「ここでも」
「うむ。それを確かめる為にもな」
 二人でその村に向かうのだった。それから一日かけてやっとある山の頂上にあった村に辿り着いたのだった。本当にやっとだった。
 ざっと見たところ五十戸はあった。かなり少ない。かろうじて電気は通っているようで家々にはアンテナが見られた。しかし水道はかなり怪しく井戸が見られた。
「水はあるみたいですね」
「そうみたいだな」
 教授は私の言葉に頷きながらその村を見回していた。
 
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