ホウエン地方LOVEな俺がゲームの中に吸い込まれちゃった
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覚悟こそ最強の矛
「ハルカ……助けに来たぜ」
その声を聞いた瞬間のハルカの気持ちというのは、黙ってホウエン地方からいなくなったことに対してや、助けに来るのが遅かったことに対する怒りでは無かった。
『安堵』
それが彼女の気持ち全てだ。純粋に切実に、ハルカは音信不通のユウキの心配をしていた。だからこそ顔を見て声を聞いた瞬間、彼女は安堵したのだ。
「遅れてごめん。怪我とかない?」
余程急いで来たのだろう。額に大粒の汗を浮かべながらユウキは言った。
ううん、ないよ。
ありがとう。
今まで一体何処をほっつき歩いてたの。
様々な言葉が喉を掠める。しかし声にはならなかった。
「さあて……今助けるからな!待ってろ!」
「ふむ……。手練の彼女が頼るとは相当な使い手と踏んでいたが」
フラダリが口角を上げる。
「予想以上の大物を引いたようだ」
ん?とそこでユウキもフラダリの存在に気づく。彼は足元からゆっくりとフラダリの全身に視線を這わせ、フゥ……とため息をついた。そして真剣な眼差しでフラダリを見つめる。
ユウキはその状態から明らかなキメ顔を作って一言。
「……ソルロック?」
***
「くっハッハッハッ!」
あ、そんな笑う?
どっからどう見てもソルロック不可避だと思ったんだが……
「カエンジシとは最早呼ばれ慣れているんだが、まさかソルロックとは!そこら辺はやはり『キミ』だからこそといったところかな」
俺だから?
いやこっちはお前みたいな人型ソルロックに心当たりはないぞ……。
「《ユウキ》どこかで聞いた名だと思っていれば、ホウエンの『チャンピオン』とは」
「……!!」
おぉっと、流石ってとこか……チャンピオンのネームバリューは伊達じゃないみたいだな。
しかもだ。このソルロック野郎。ハルカの近くにいて、なおかつ他の団員とは比べものにならないくらいの威圧感を放ってやがる……!
どう考えても平団員はありえない。少なくとも幹部、もしくは……。
「改めて自己紹介させていただこう。私はフレア団首領、フラダリ。以後お見知りおきを……チャンピオン」
うっそだろ……ドンピシャでボス当たってんじゃねえよ。
「チャンピオン、君も名乗るといい」
「悪の組織の親玉にわざわざ名乗ってやる義理はない」
「これから戦いに臨む者同士、自己紹介は基本の礼節だろう?」
うわ、悪の親玉に礼節を解かれた。なんだろ……釈然としない!!
あーてかやっぱり戦うのね。チャンピオンの肩書きに押されて無血開城なんて密かな期待もあったんだけど。ハルカの人質としての価値が高いか、それとも……
「他に目的があるか……」
何となく後者な気がする。俺と同じようにバトルが好きってんならまだわかるが、それとはまたどこか違う気がする。
まあ、名乗らないと進めてくれなさそうだし取り敢えずは……。
「俺は……ホウエン地方チャンピオン・ユウキ。かかって来いよフレア団ボス」
──啖呵を切ろう。
「ふっそう来なくてはッ!」
そう言ってフラダリはボールを構える。その立ち振る舞いだけで奴が相当な強者だってことはわかった。ボールを握ってから相手に向かって突き出す、その一連の動作は流麗かつ強い意志によって戦いに臨む戦士のソレだ。
幾たびも修羅場をくぐってきたんだろう。構えから敵を圧倒するなんて流石悪の組織ボスってとこか。
「ただ、俺だってチャンピオンだ」
俺の経験じゃない。俺の身体に蓄積された経験が手を、足を、頭を勝手に動かしてくれる。
だから俺はゆっくりと相手の意向を待った。
暫しの逡巡の後、
フラダリが始めに繰り出したのはコジョンドだった。
そこそこの素早さを持つ格闘タイプ。とびひざげりにさえ気をつければ耐久力のないコジョンドを倒すことは容易だろう。
ーーさて、どいつに行ってもらうか。
さっき色々な意味で頑張って貰ったサマヨールは論外として、タイプ相性的に不利なボスゴ姐さん、もちろんさっき頑張って貰ったガッサ兄貴も休んで貰うとして……
「とっと……!?」
ポンッとモンスターボールが着弾。なんだぁ!?と思いつつ出てきたポケモンを見て、俺は絶句した。
「キノガッサ……兄貴」
なぜ……自分の意志で出てきたっていうのか?
『ガッサァ……』
サマヨールに翻訳してもらわなくても、さすがに意志は汲み取れた。たった一声だったがキノガッサの声には重みと、何より男気が満ち溢れていた。つまり、
「任せろって……いうのか?」
『ガーッサ』
そう言ってゆっくりと頷くキノガッサ。大方偽ハルカとのバトルの時に活躍出来なかったからここで挽回してやろうという男の意地か。まったく兄貴は本当に《漢》だぜ!
「ニキがそう言うのなら俺はお前に任せる」
ただ先のゲンガー戦でもう瀕死寸前なはず。どうするつもりなんだ……兄貴!
***
ユウキのキノガッサは一度誓ったことは曲げない。何故ならそれは彼の信念であり、生き様であったからだ。
ーー騎士道、武士道精神といっても差し支えない主への忠誠。
それが根元に眠る彼の本当の志。
『俺は、いや……正確には俺じゃない本当の俺はこの世界の外側から来た』
フレア団と初めて遭遇したあの発電所での彼の独白は、ユウキのポケモン全員に衝撃を与えた。キノガッサは勿論のこと、全員明らかに以前までと態度の違うユウキのことは気づいてはいた。だがあえて指摘しようとは思わなかった。
中身は全く変わっていなかったから。
勝負における立ち振る舞いや指示の出し方は何処か初々しく感じはするものの、彼のポケモンに対する愛情は微塵も変わってはいなかった。
故に、キノガッサの主君への忠誠心に揺るぎはない。
【守れなかった】
ただ、先ほどのゲンガーに敗北した一件はユウキの想像以上に彼を苦しめていた。主人を守るというポケモンの使命を全う出来ず、時間稼ぎもままならないまま敵の前で地に伏した。
それは彼にとって……いや、
ユウキのポケモンである彼にとって、
何者にも代え難い恥として刻み込まれた。
キノガッサはユウキのポケモンであるということに誇りを持っていたからだ。そのユウキが信頼してくれているというのに、自分はその期待に答えられなかった。
だからこそ。
彼は奮起する。
今、この場で、
結果を残そうと。
既に身体はボロボロ。持ち前の根性のみで地に足をつけている……といっても過言ではないくらいには疲弊している。ゲンガーから受けたダメージは深刻だった。
キノガッサも自分の耐久力が無いことは自覚していた。ユウキのお陰で頂点の高みには上り詰めているが、それまで。それ以上に種族としてキノガッサは脆弱であるからだ。仲間内からは兄貴だなんだと言われてはいるものの、彼の本質は騎士道。矛となり盾となり主人を守護することがモットーのキノガッサにとって、紙装甲は致命的であった。
ではどうするか。
ただ彼が取る行動は昔からずっと同じ。彼がまだキノココの時からそれは変わらない。
あの時の《覚悟》は今でもキノガッサの中に根付いていた。
あれはえんとつやまでマグマ団と戦った時のこと。
*
「その装置を止めろ!」
怒声が轟く。声の主であるユウキに気づき振り向いた男は大仰に手を広げて返す。
「無理な相談だ。この《いんせき》を手に入れ装置を形作るのにどれだけの手間がかかったと思っている」
赤髪に黒が入った赤を基調とした服という、何とも赤づくめなその男の名はマツブサ。陸を広げ、人間とポケモンの発展を願う悪の組織『マグマ団』のリーダーだ。
「ここ最近活動を邪魔する子供がいると報告はあったが、それがお前か。陸を広げるという我々の崇高な目的を妨げようとは……。我々の邪魔をするとどうなるか、マグマ団首領としてわからせてやる必要があるな」
この世界では野良のポケモンバトルにルールなんてあって無いようなものだ。それも悪の組織との戦いとなれば公式ルールなんて構っている暇は無い。
つまり、
「ゆけ!グラエナ、バクーダ、ズバット!」
複数のポケモンとの戦闘などざらにある。ルール無用、ポケモンが全てを決める、ことこの世界においては勝ったものが全てを得るのだ。もちろん三体同時に指示を出すなどという技巧は卓越したトレーナースキルあってのもの。その技量を持つマツブサの力量は流石と言わざるを得なかった。
しかし困ったのはユウキ。マグマ団員との連戦に次ぐ連戦に手持ちのポケモンはほぼ全員が戦闘不能であり、唯一動けるキノココも炎タイプに弱いからと温存していただけにすぎなかった。
(流石にこれは分が悪すぎる)
撤退。そんな選択肢が脳をよぎった。
その時、
「キノッ!ココッ!」
突然力強い叫びが。それはいつの間にかモンスターボールから出ていたキノココのものであった。その声を聞いただけでユウキはキノココが何を言いたいのか察する。
ーー戦わせてくれ。
「お前……でもどうするって!」
ここはえんとつやまという活火山。しかもその火口だ。熱風と炎熱で全身を焼かれるこんな場所で草タイプは自分の力を発揮できないはず。
誰がどう見ても絶望的な状況。三体一、尚且つ適さない環境下での戦闘で勝利など……不可能。
そんなことマツブサとユウキ、当然本人が一番よくわかっていた。ただ引き下がる訳にはいかなかったのだ。ユウキの為にも自分の意地の為にも。
そしてバトルは始まった。
キノココは頑張った。本当に。
だが、だから、だけど。この結果はしょうがない。
キノココは敗北した。ズバットを倒し、グラエナを眠らせ、バクーダのHPを削り、倒れた。
「健闘をたたえよう。お前たちは良くやった。だがそれまで」
無慈悲にもマツブサは、
「不安の芽は若いうちに摘んでおくに限る」
戦闘不能のキノココを、
「トレーナーもすぐに後を追わせてやる」
マグマ煮えたぎるえんとつやま中心に向かって放り捨てた。
「やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
絶叫は無情にも空を切った。
キノココの身体が力なく自由落下を開始する。さしたる抵抗もなく、あまりにあっさりと。
「この死はトレーナーとしてのお前の力量不足だ。精々苦しむと……」
そこで……マツブサは見た。
一片の躊躇いもなく、宙に身を投げ出すユウキを。
「おおおおおおおおお!!!!」
ガシッとキノココの小さな身体を包み込む。まるで赤熱した溶岩の熱からキノココを守るように。
その時からだ。
キノココは認めた。こいつは自分の主人だと。その優しさに惚れた。自分の為に数千度の溶岩へとダイブするユウキの覚悟に。
だからキノココはこんな『誓い』を立てた。自分にこの男を守る盾になることは出来ない。
それなら。両立できないのなら。極めよう。
『俺が主人の最強の矛になる』
ユウキの覚悟とキノココの覚悟。それがきっかけだったのだろうか。
突如ユウキに包まれたキノココの身体が虹色に輝く。とても幻想的なその光は二人の覚悟を象徴するようにゆっくりと形を変えてゆく。光は数秒後、一際光り輝きユウキをも包み込んだ。
そこには今度はユウキを庇う形で、キノココ……
いや、キノガッサがユウキを包んでいた。
そして空中で身を翻すと、キノガッサは一箇所突き出した岩のふちに手をかけ落下の勢いすべてを手に集約。勢いを殺しつつもそれを利用し逆に飛び上がる。
進化したその身体は盾にも矛にもなれなかったさっきまでとは違い、どこまでも軽く、強靭で……。
ユウキの矛になるくらいどうってことないくらいの力に満ち溢れていた。
「な、何故お前たちはそこまで……」
飛び上がってマツブサと目があった。だからキノガッサは、
*
「ガッサ(覚悟だ)」
*
そこまでするのは覚悟を決めたから。
信念とも言うべき勝利への執念。全てを主人にゆだね、命令を忠実に実行する騎士。そして主人の最高の矛となる覚悟。
それが彼、キノガッサの全てなのだ。
だから彼の拳は重い。
「見たところ戦闘不能に近いと踏んでいたのだがな」
どんなにボロボロになろうとそれは変わらない。
「コジョンド、ドンカラスに続いてギャラドスまでも……。油断などなかったはずだったが、流石チャンピオンというべきか、それとも……」
そのポケモンを褒めるべきか。
ここに立っているだけでも異常。そんな手負いのキノガッサのはず。あとは押せば倒れる。
「だというのに……‼」
この威圧感はなんだ。
闘気だけでボールを握る手が震えた。
「ふ、フハハハハ!!!!面白い!面白いぞ!」
ーーチャンピオンとは。チャンピオンのポケモンとはここまでの力を秘めているのか。
「ただ私もやられているばかりじゃ部下に示しがつかないんでね」
そして、フラダリは自身の代名詞ともいえるポケモンを繰り出す。
「いけッ!カエンジシ!」
炎が揺らめくかのようなたてがみを持つポケモン、カエンジシ。
相性的には最悪もいいところだ。
「さて、どうするかね?」
だからなんだ?
低く呻いたキノガッサからそんな声が聞こえた気がして、フラダリは自分が冷や汗を流していることに気が付いた。まがいなりにも組織を束ねる長。そんな群れのトップが単騎戦力に気おされている。
「手負いなどと見ないほうがいい。カエンジシ」
「グオッ?」
「最初から全力で行け。『オーバーヒート』!!」
そんな状況であってもフラダリは冷静だった。確かにこんな相手と戦う経験などなかったがそんなことは関係ない。相手がどんなに強かろうとも驕らず侮らず。フレア団を、群れを、統率する獅子のように。
隙など一遍もない完璧な一撃。威力も相当なものだ。
「ガッサ……(これは厳しいな)」
「もういい兄貴。ボールにもどってくれ!!」
しかしそんな命令は聞けなかった。
いくら敬愛する主人の命令だろうと、これは自分なりのけじめなのだ。
「ガッっさああアアアア!」
根性のみで体を動かす。
しかしそれも限界。さすがのキノガッサももう体が言うことを聞かない。
「がっさあああああああああ!!!!」
その時だ。悲痛なキノガッサの叫びを聞いてユウキは体が勝手に動いていた。
今回は身体の経験則ではなく、自分の意志として。
「お前は俺が守ってやる。だから大人しく休んでてくれ」
高熱の炎弾がユウキの身体に直撃する瞬間、ユウキはそんなことを呟いた。
後書き
明日投稿する物で毎日更新は終了です。暁を覚えるべく投稿したので続けるかは未定なのですが、マルチ投稿ってとこを生かして暁は暁。ハーメルンはハーメルンという別々のストーリーでも作ろうかなと考えてます。
……需要皆無だと思うのであくまで未定ですが。
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