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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第八十七話

 荒廃したスタジアム。《死銃》の持つ狙撃銃の銃口が、俺の頭にピッタリと向けられる。どうあっても外しようがなく、まだ身体は麻痺状態のまま動けない。眼光だけは抵抗するように《死銃》を睨みつけるが、そんな抵抗は無駄どころか無意味ですらない。

「…………」

 《死銃》が沈黙したまま引き金に指をかける。《死銃》が先程語っていた、『先に現実で無力感にうなだれていろ』――といった意味の言葉から、《黒星》で撃たれて死ぬことはなさそうだが……あいにく、ここでリタイアすることには変わりはない。

 あとはキリトに任せるしかない。そう考えていると、遂に《死銃》が引き金を引き――

「――――ッ!」

 ――スタジアムの門から凄まじい衝撃の音が鳴り響く。その衝撃とともに、素早く《死銃》は足蹴にしていた俺から飛び退くと、その今までいた場所を一筋の弾丸が駆け抜ける。

「……ショウキ!」

 何とか顔だけでも、衝撃音があった方向に向けると、巨大なバギーがこちらに走ってきていた。入場するための門を力付くで吹き飛ばし、スタジアムの中を我が物顔で疾走する。その運転席には……少女のような姿をしたアバターのキリトに、自身の得物であるヘカートを持っているシノン。先程の《死銃》を襲ったが避けられた銃弾は、どうやらシノンが車上から撃ったものであるようだ。

「シノン、運転頼む!」

 そのままバギーは《死銃》を牽く勢いで接近し、運転席からキリトが飛び出していく。レーザーブレードを展開し、狙撃銃を背中に担ぎ直した《死銃》へ、素早く斬り込んでいく。

「ふ、ん……」

 対する《死銃》はマントの内側から新たなライフルを持ち直すと、襲いかかるキリトにフルオートで斉射していく。だがキリトはそれらを全て斬り払い、レーザーブレードは銃弾をことごとく灰と化していくも、流石の弾幕に接近に苦戦する。

「早く! 乗って!」

 その間にキリトと運転を変わったシノンが、バギーを倒れた俺に横付けする。効果時間から大分経ったおかげか、少しは動けるようになったらしく、這いずるようにしてバギーの後部座席に倒れ込む。倒れながら大きく息を吐くと、シノンはそれを確認して再びバギーを走らせる。

「ああ、もう……動かし方なんて知らないのに……!」

 ぼやきながらもシノンはスタジアムの出口に反転し、エンジンを全開にして先程破壊したメインゲートにバギーを向ける。《死銃》と戦っていたキリトも、そのライフルを光剣で無効化しながらバックステップし、急速で逃げようとするバギーの荷台に着地する。振り落とされないようにしながら、バギーはスタジアムから脱出しようとし――

 ――その車体が宙に浮く。

「きゃっ!?」

 もちろん車がいきなり空を飛んだとかそういう訳ではなく。車の底から爆発が起きたことで車が吹き飛ばされ、乗っていた俺たちは車から空に投げ出された。それは奇しくも、俺が先の対装甲車戦で繰り出した戦術と同じものであり……爆弾ということで、あの踊り子を思わせた。

「ぐっ!」

 突如として空に投げ出された俺たちは、受け身もままならずにスタジアムの観客席に墜落する。現実だったらこのままどこかの骨が折れて致命傷だろうが、あいにくこの世界では強大な落下ダメージと算出された。

「っ……!?」

 麻痺状態がようやく解けかかっている身体を起こし、《死銃》の追撃が来ないかスタジアムを確認するものの、車の爆炎が揺らめくそこに《死銃》の姿はない。煙に紛れているとかではなく、本当にその姿を消えさせたのだ。

「ショウキ。詳しい話は後にするけど、あいつは自由に姿を消せる。気をつけろ」

 また別の場所に投げ出されていたシノンを連れてきながら、同じく警戒するキリトが呟いてきた。透明化――なるほど、このスタジアムに突如として現れたのも、その能力によるものらしい。

 しかしその能力とやらにも穴はある。煙や爆炎が立ち込める場所で使えば、いくら透明になっていようが煙はその身体に纏わりつく。人間の身体という不自然な壁が入り、煙を運ぶ気流に不自然な流れが生じるためだ。スタジアムは先のバギーの爆炎で煙に巻かれており、見たところ不自然な気流の流れはない。

 ――ならば《死銃》は既にスタジアムを脱し、俺たちがいる観客席へと歩を進めている……!

「そこだ!」

 そこだ、とは言ったものの、もちろん《死銃》の場所など分からない。ただのハッタリだ――が、《死銃》に向けて放つ一撃はハッタリでも何でもない。銃士Xとの決戦を見据えて弾薬を再装填していたAA-12ならば、この観客席一帯に弾丸を撒き散らすことなど容易い。

 無差別無識別未照準。狙いなど合ったものでもない、それ故に破壊を撒き散らしていく鉄の暴風雨は、観客席の椅子や壁をあっけなく破壊し尽くしていく。その結果起きるのは、そこにいるであろう《死銃》への牽制。さらにその場所を僅かながらでも特定する、破片から生じる破壊の爆煙。

 ――そしてそれを見逃すキリトではない。

「うぉぉぉぉっ!」

 キリトの叫びと同時に、AA-12の九つに別れる散弾の32発連続発射の弾薬が尽きる。なりふり構わずフルオートで発射していたため、あっさりと弾切れするのは当然だが、キリトはその発射によって生まれた隙を見逃さない。俺が新たな弾倉を装填するよりも早く、キリトは破壊された観客席へと飛び込むと、その光剣で空を斬った――目には見えないそこにいた者を。

「チッ……」

 舌打ちとともに、何もなかった筈の空間からその灰マントが現れる。……いや、もはや灰マントというのは正しくはなく、キリトの斬撃によってその灰マントは断ち切られていた。どうやら、奴が着ていたあの灰マントこそが透明化の正体だったらしく、徐々にその姿が明るみになっていく。

「でやぁぁぁあ!」

 裂帛の気合い。さらにキリトの攻撃は続いていく。狙いはあの《死銃》の証――ホルダーに収められた拳銃《黒星》。ただし《死銃》もただでやられる訳ではなく、破壊し尽くされ平らになった観客席を背後に飛ぶ。しかし、その程度でキリトの連撃が止まるわけはなく、キリトはさらに追撃を――

「うっ……!?」

 ――出来ず、キリトの痛みに呻くような疑問の声がスタジアムに響いた。何があったか弾倉を交換しながら見ると……キリトの身体が、肩口からざっくりと切り裂かれていた。

「アレは……」

 レイピアのように鋭く研ぎ澄まされた剣。古来より敵の鎧を貫通する為に作られ、刺突においては右に出るものはいない。キリトの使う光剣と同じ、いやそれ以上に、この銃の世界には似つかわしくない――剣そのもの。

「……エストック」

 その剣が《死銃》の手の中にあった。本来なら刺突に特化した武装であるはずだが、使用者の腕前か……斬撃でもキリトに有効打を与えている。そうこうしているうちにも《死銃》の攻撃は続き、エストックによる刺突攻撃がキリトを襲う。

「お前は……!」

 キリトは何かを察したかのようにしながら、そのエストックに向けて光剣を振るう。全てをそのエネルギーで持って切り裂く筈の光剣は、エストックの表皮を少しばかり焦がしただけに終わり、キリトの肩にさらなるダメージが加えられる。

 あの剣術はこの世界のものではない。ナイフを巧みに操る参加者がいなかった訳ではないが、それとは根本的に違う、キリトを追い込むほどの剣技――!

「どけキリト!」

 専門の距離が異なるシノンを庇うように前に出ながら、再装填が終わったAA-12を二人に向けて発射する。両者ともに即座に反応し、キリトは肩を庇いながら、《死銃》はエストックでAA-12の弾丸を切り落としながら、それぞれ後退する。

「どいて!」

 背後にいたシノンが俺を押し退けるように前に出ると、後退した《死銃》に対してサブウェポンとして持っていた、手榴弾のピンを引き抜き投げつける。それは《死銃》が肩にかけていたライフルによって撃ち落とされるものの、観客席には再び煙幕のように煙が立ち込める。

「……逃げるぞ!」

 その間にダメージを負ったキリトを引きずるようにしながら回収し、俺たちはこの隙に観客席から通路へと離脱する。《死銃》にはもう透明化出来るマントはないはずだが、背後に注意しながら俺たちはどこかに繋がる通路をひた走る。

「悪い、仕留められなかった……」

 肩口のダメージに回復錠を使いながら、キリトは苦々しげに語る。あのエストックこそが《死銃》の隠し玉――それに奴にはまだ、あの《黒星》も残っている。とりあえず仕切り直すべく一時撤退を選んだものの、これからどうするか――といったところで、チケットの販売所だったらしい開けた場所に出る。

「この通路、直接出口に繋がってる訳じゃないらしいわね……」

 適正距離ではないヘカートを持ちやすいようにしながら、販売所にある案内板を見てシノンが呟く。この場所から行けるのは先の観客席とまた他の観客席であり、出口に行くためにはまた、他の箇所を経由しなければいけないらしい。なら手早く移動しようと、他の箇所に行こうとした時――

「…………っ!?」

 爆音。先のバギーの爆発や手榴弾など比べ物にならないほどの爆発音と振動が、スタジアム中に連続して響き渡っていく。それらはまるで地震のように俺たちに襲いかかり、爆音はさらに鳴り響いていく。こちらを狙っている訳ではないようだが、その連続する爆音は俺に一つの考えを去来させた。

「まさか……このスタジアムごと生き埋めにするつもりか……!?」

 廃棄するビルを爆弾で倒壊させるかのように。その建物の支柱を爆弾で破壊することにより、建物を自重で耐えられなくさせ倒壊させる。このスタジアムにも、今……同じことが起きているのではないか。そう呟くとキリトにシノンも同じ発想に至ったらしく、再び出口の場所を確認するも――

「遠い……」

 出口は遠い。爆弾と倒壊の危険もあるため、下手に動くとスタジアムの前に自分たちがやられる。ただし、ここで留まっているわけにもいかず――キリトはそんな状況の中、ダメージを負った肩ながらも光剣を展開させた。

「どうする気?」

「出口を作る!」

 キリトは言うや否や壁に向かって光剣を向けると、爆発で脆くなったスタジアムの壁を一閃する。エネルギーで作られた刃の為に刃こぼれの心配などはなく、また途中で折れることなどもない。それらの特性により、キリトの光剣は壁を切り裂き新たな出口を作る。

「飛び降りろ!」

 少し地面との距離があったが、そんなことを気にしている場合ではない。崩壊の進むスタジアムから都市部に身を投げると、同時にスタジアムが完全に崩壊を始める。全ての支柱が爆発してしまったのか、今の壁を切り裂いたのがトドメだったのかは分からないが……ともかく、俺たちは崩壊とともに脱出に成功する。

「……っ!」

 スタジアムの近くにある道路への着地に、軽微ながらも落下ダメージをくらいながら成功すると同時に、俺はAA-12を空中に構えてすぐさま発射していく。崩壊までには間に合ったとはいえ、その破片は未だに俺たちへ襲いかかる。AA-12のフルオート射撃はそれらの破片をさらに粉々にしていき、俺たちの着地の隙を無くし、すぐにでもスタジアムから離れていく。

「……こっち」

 周囲の警戒をしていたシノンが、小声とハンドサインで俺たちの行く先を示す。シノンの指が向かう場所は、近くにある廃墟のビル――ひとまず、そこで態勢を整えようという提案に、俺とキリトはもちろん同意する。

 こうしてスタジアムの崩壊を後目に、俺たちは廃墟のビルへとひとまず身を隠す。……誰かの視線を感じながら。


「キリト、体力は大丈夫か?」

 そしてビルの一室に身を潜めながら、俺たちはひとまず息を整えると、まずキリトに気になっていたことを聞く。無論、『疲れたか?』などという意味の質問ではなく、《死銃》にやられた傷の治り具合はどうか、という意味だ。

「ああ、回復してきてる。全快じゃないけど大丈夫だ」

「そうか……ありがとう」

 元はといえば、俺があのスタジアムで《死銃》に麻痺弾をくらったのが原因だ。直前にあったサテライト・スキャンの結果から、俺の位置を把握して合流しに来てくれていたのだろう。……そうでなくては、危なかった。

「お礼もいいけど。あんたの方には何があったのか、教えてくれる?」

「……そっちもな」

 すっかり協力し合っていたシノンだったが、言われてみれば彼女は《死銃》のことを、ネットの噂程度でしか知らないはずだった。キリトの、現地での協力者の割り出し率とその女性率の高さに内心驚きながら、情報交換をするかのようにお互いに話していく。

 出場前に宣戦布告に来たも同然のリーベ。脅されて《死銃》と化していた銃士Xと、彼女が撃たれるまでに話していたこと。突如として現れた本物の《死銃》――そして、俺が疑問に思ったことを数点。そのうち、本物の《死銃》が突如として現れたことについては、先にスタジアムでキリトが切り裂いた、透明化を施すマントの能力だった。

 残るは銃士Xが語った『現実の素性が暴かれていて、協力しないと晒されてしまう』という話と、本物の《死銃》が俺に《死銃》の証たる《黒星》を向けなかったこと。銃士Xは何の躊躇もなく黒星で撃ったにもかかわらず、俺を撃とうとしたのは他の狙撃銃だった。さらにその口振りから、その狙撃銃では現実の人間を殺傷出来ないということ……だが、あえて狙撃銃を取った。

「俺たちも偽死銃に遭遇した。……そういう事情だったのか」

 キリトは早々とシノンとの協力関係を取りつけることが出来たが、偽死銃との交戦の最中現れた本物の《死銃》にシノンが襲われたため撤退し、今まで身を潜めていたらしい。そして本物の《死銃》がどのプレイヤーが当たりをつけ、バギーで移動していたところを、俺がいるスタジアムに居合わせた、ということだった。

「それでシノンと話し合って、《死銃》がどうやって現実の人間を殺してるか、って考えてたんだが……ショウキの話で確信に変わった」

 そこまで言うと、キリトは横目でシノンをチラリと見た後、言い苦しそうに語り出す。それは――

「《死銃》がプレイヤーを撃つと同時に、現実の人間を他の人間が殺害してるんだ」

 ――キリトが語ったその真相は、考えてみれば当たり前のことだった。ゲームの中から現実の人間を殺すことなどあり得ないならば、現実で現実の人間を殺すしかない――だが、俺たちは心の底で『現実で人間を殺すプレイヤー』の存在を消していた。

 ……そんな奴がいるとは、信じられなくて。

「それが本当なら……やっぱり、あの透明マントで住所を覗き見てたのね。まさかそんな奴がいるなんて……」

 俺とキリトは登録していなかったが、大半のプレイヤーはこのBoBに参加するにあたって、優勝商品の郵送などのために住所等を設定している。それを本物の《死銃》があの透明マントで盗み見て、偽死銃やターゲットの殺害に利用している。

「ならシノンの家にも――」

「――私は大丈夫。さっきコイツと仮説立てた時に、覚悟、したから」

 ならばこのスナイパーの家に今も、現実世界で暗躍する《死銃》の片割れがいるのではないか。そう質問しようとすると、先に覚悟していたというシノンに遮られたが……その声は心なしか、少し震えているようにも感じられた。

「…………」

 それも当然だ。命を狙われているだけではなく、自分の無防備な身体に見知らぬ誰かが近づいているというのだから。それでも彼女はここにいる――危ないから止めろ、というだけなら簡単だが、こうなれば共に協力した方がよほど早くて安全だ。

「だから俺たちはともかく、シノンと《死銃》を戦わせるわけにはいかない。やるなら狙撃で一発だ」

「望むところよ。私は元々そういう戦い方だしね」

 シノンに対してだけは《黒星》の脅威は健在だが、どんなに脅威的だろうが所詮は拳銃でしかない。先のスタジアムの戦いではその腕前を活かすことは出来なかったが、シノンの本来の射程圏ならば拳銃など撃たせる暇すら与えない。……もちろんその程度で終わるような相手ならば、こんなに苦戦することは無いわけだが。

「でも確か、《死銃》も狙撃銃を持ってたな」

 《死銃》の兵装は確認できる限りでは、死銃の証たる拳銃《黒星》に、発砲音を消す装備を付けた狙撃銃《L115A3》。一定時間相手を麻痺させ動きを止める電磁スタン弾に、キリトが切り裂いた透明化マント――といったところが、奴の普通のGGOにおける装備だろう。それに加えてキリトを圧倒するほどの剣技を持った、細身の剣《エストック》を隠し玉として持つ。……かつてのデスゲームで、俺はあの太刀筋を見た記憶があるのだが――

「……何? 私が狙撃で負けるとでも言いたいわけ?」

「い、いや。そういう訳じゃない」

 そんな思索はシノンからの冷ややかな視線に打ち消されてしまい、耐えられなくなってその視線から目を逸らす。咳払い一つ、ひとまず場の空気を変えると、俺はキリトの方を見る。……その顔は作戦を考えついた顔だ。

「何よりシノンが撃たれないことが一番だ。だから、シノンは残って《死銃》を狙撃してもらう」

「……アンタらは?」

「囮、だ」

「……またか」

 キリトから告げられたその作戦に、やはりか、と思いながらも嘆息せざるを得ない。つくづく俺はあのデスゲームの時から――囮というものに縁があるように感じてならない。スカルリーパーの時といい、トンキーの時といい……

「どうする?」

 それはそれで自分に出来ることだ、と割り切ることにすると、キリトが端末を展開する。そろそろスタジアムに入って戦いを繰り広げて15分、サテライト・スキャンの結果が端末に表示される。そして今までは、透明化のマントでサテライト・スキャンをやり過ごしていた《死銃》も、遂に衛星の下にその正体を白日の元に晒される。

「……《Sterben》」

 その名だけは、この本戦が開始する前から聞いていた。シノンに聞いた、前回の大会に参加していない《死銃》容疑者の一人だった。最初からチェックしていたにもかかわらず、随分と長い長い遠回りをしたものだ、と自嘲する。奴も主街区エリアの端で移動を繰り返している、狙撃ポイントを探しているのだろう。

 念のために探してみると、主街区エリアにいるのは俺たちを除けば二人だけ。この本戦が始まって随分時間が経った今、他のプレイヤーの姿も随分と少ない。あと数人と言ったところか。

「……誘ってるわね」

 同じ狙撃銃の目線からシノンが呟く。確かに位置を把握されれば、機動型のプレイヤーのいい的でしかないだろう狙撃手が、サテライト・スキャンでおおまかな居場所が割れようとエリアを動く気配がないのは……つまり、そういうことだろう。

 そして俺たちは、その誘いに乗るしか選択肢はない。

「これから俺とショウキが真っすぐこの……《ステルベン》を倒しに行く。シノンはそこから奴の正確な位置を探って、狙撃してくれ」

 キリトの考えた作戦は単純だ。俺とキリトを《死銃》の――ステルベンの狙撃の囮にし、シノンのその位置を掴ませ狙撃してもらう。しかし、俺たちのどちらかが狙撃されることが前提の作戦に、シノンは少しばかり眉をひそめる。

「囮って……そういうこと? それじゃアンタらは……」

「頼む」

「……分かったわよ」

 苦言を呈すシノンにキリトは真摯な一言を返すと、シノンは溜め息混じりに返答を返す。作戦に賛成したという訳ではなく、こうなったキリトに言っても無駄だと思ったらしい。

「あんたはいいの? 囮」

「慣れてる。……っていうのもそうだが、ただで撃たれる気はないからさ」

 こちらに振ってくるシノンに対しても、俺からの返答はキリトと何も変わらない。ただで撃たれるつもりはない――その理由を、端末に表示されているある部分を指差すことで示す。俺たちがいる主街区エリアの一角、ステルベンがいる場所へ辿り着く前にぶつかるある一点――そこに何の警戒もなく存在している、一人のプレイヤーの名前。

「……決着はつけるさ」

 ――笑う踊り子、リーベの名前がそこにはある。


 そして俺たちは狙撃地点を探すシノンと別れると、《死銃》の元へと向かう。戦い続けて随分数が心許なくなった弾倉の数をチェックしながら、廃墟となった街を駆けていく。今のところ狙撃される気配はない。

「弾、大丈夫か?」

「……まあ、保たせてみせる。俺も光剣にすれば良かったな」

 このフルオートショットガンという特性上、多分保たないだろうな――と考えながら、横を走るキリトの弾切れの心配のない武装を羨ましげに見つめる。

「やめとけ。お前の趣味じゃないぞ」

「お前にもだろ」

 だからといって、武器が合わなかったから負けても仕方ない、などと言っていいタイミングではなく。あのデスゲームに未だ囚われている《死銃》を止めるにはには、現実世界だけではなく――この仮想世界で打ち勝つ必要があるのだろう。

 そうして走っていくと、正面の道路に人影が現れる。戦闘中だとか警戒中だとか、そんな俗事には彼女は捕らわれることはなく。初めて現れた時のように、彼女はどこまでも、どこまでも楽しげに踊り狂っていた。

「あ、ショウキくん! やっほー! それにキリトくんははじめまして!」

「……リーベ」

「キリトくんともずっと遊びたかったのに、俺の獲物だーってうるさい人がいてさ? ごめんね?」

 あの踊り子は当然のように、キリトのことも知っているように話しかけてきた。もちろん参加者ならば知らないことはないだろうが、恐らくGGOに参加した光剣使いキリトのことではなく、あの《黒の剣士》キリトのことを。

「でもこんなところで遊んでていいのかな? ――今頃みんな、シノンちゃんのところに行ってるよ?」

「……何?」

 不思議そうに首を傾げるリーベに対し、キリトは小さく疑問の声を発する。果たしてどの言葉に対する疑問だったのか――『シノンのところに行っている』か、『みんな』か、俺たちの作戦のことを何故知っているのか……いや、それら全部か。

「うん、みんな! 《死銃》くんの手伝いしてくれるみんながさ、シノンちゃんのところ遊びに行ってるよ、って」

「――――」

 現実世界の情報を使って脅迫し、手駒と化せられている偽物の死銃たち――まだ生き残っていたプレイヤーにいたのか。彼ら彼女らが偽物だろうと、その手には《黒星》が握られており、シノンは命を狙われている――リーベのハッタリであることも否定できないが、俺たちにそれを確かめる術はない……!

「……キリト、行け」

「ショウキ――」

 それらに関して頭の中で思考を張り巡らせようとすると、結論をはじき出すより早く、その言葉が口から先に出る。キリトも何かを言おうと口を開くが、それより早くリーベにAA-12を構えた。

「囮なら、俺一人で充分だ」

 キリトが迷ったのはほんの一瞬。素早くリーベから背を向けると、今来た道をかなりの速度で逆走していく。シノンも狙撃ポイントに向かっているため、元の場所にいることはないが……今は、とりあえず戻るしかない。

「――頼む!」

 それだけ言い残すと、脇目もふらずに駆け抜けるキリトにシノンを任せ、俺はやはりリーベと対峙する。いつでも撃てるようにAA-12を向けているにもかかわらず、その踊り子は何ら動じることはなく自然体だった。

「うん、二人っきりだね、ショウキくん! みんなに協力してもらった甲斐があったよ!」

 先もあった『みんな』という言葉。俺たちが偽死銃を指している言葉を、あの踊り子は『みんな』と呼んでいる。みんなに協力してもらった、ということは――つまり。

「ん。みんなに協力を頼んだのはウチ。ステルベンくんには悪趣味だーって言われたけど?」

「……よく俺の考えてることが分かったな」

 もはや隠す気もないといったところか、あっさりと本物の《死銃》――ステルベンの名前を出す。続いて悪趣味になのはどっちだ……などと言いいながら、こちらに背中を向けて笑っていたが、俺の問いかけを聞くとピタリとその笑いを止めると、こちらに振り向いた。

「ショウキくんの考えてることなら何でも分かるよ? ずっと見てたもん、この大会中! ずっと、ずっと、ずーっとずっとずっとずっと――見てた」

 そう言うや否や、また手品のようにどこかから手に物を取り出すと、もう用済みだとばかりにこちらに投げ捨てる。廃墟に投げ捨てられたのは双眼鏡……双眼鏡があったところで、見える距離と場所ではなかった筈だが――彼女からは、本気の気配が感じられた。

 ――そしてこれ以上、会話をする意味がないということも。

「……そろそろ始めよう」

「あ、そうだね! 今日は何して遊ぼっか? 鬼ごっこはこの前やったし……」

 再びリーベの笑顔が戻ると、喜びで小さくステップを踏みながら、考え込むようにして首を傾げていく。……最初に会ってこのAA-12を買いに行ったあの日、確かにリーベに『鬼ごっこ』に誘われた。……あの時の接触から、もうこちらのことを狙っていたのか……?

「うーん……そうだ! 達磨さんが転んだ、しよっ!」

 少しばかり考えている素振りを終えると、リーベが提案してきたのはやはり昔ながらのアナログな遊び。こちらがどんなルールだったかを思い出す前に、リーベは嬉々として袖口から死銃の証たる《黒星》を取り出した。

「ショウキくんたちのことだから、もう種も仕掛けも分かってるでしょ? うん、これ自体はただの拳銃だし、ショウキくんも殺せない」

 先のステルベンの名前に偽死銃と同様に、簡単に《黒星》について白状する。やはりリーベには本物の《死銃》であるステルベンとは違い、《死銃》であることについてのこだわりは薄いらしい。しかし、ただの拳銃であると分かっているなら、今更何故《黒星》を出したのか――と考えていると、リーベはすぐさまこちらの疑問に応えた。

 最悪の答えを。

「ショウキくんがこれに当たったら、代わりに『彼女』に死んでもらいます!」

 ――連続した発砲音。この場でその音を響き渡らせることが出来るのは、俺が持つAA-12のみであり――そのAA-12には、発射したことを示す薬莢が高速で大地に叩きつけられていく。

 リーベが語る彼女とは誰のことか。この大会前にリーベが話しかけてきた時に、こちらに語った『リズベットって女の子のこと』――それらの事実から俺の指は勝手に引き金を引いた。俺は鬼であるリーベを触ることで――撃ち殺すことで勝利となる。ただし、鬼は俺が動いているところを見つければ――《黒星》を当てれば、無条件で鬼の勝利となる。

 ……まさしく『達磨さんが転んだ』だ。

「アハハハハッ! ようやく本気だよね、本気で殺す気だよねショウキくん! それじゃ――」

 こちらからのAA-12による先制攻撃を、あっさりと全て避けてみせたリーベは、これまでにないほどの笑顔にて、嬉しそうに俺に問いかけてくる。……それを俺は無言で返すことで、試合――いや、彼女の言う『遊び』が始まった。

「――せいいっぱい遊ぼうねぇ!」

 
 

 
後書き
ガンアクション(

リーベ「達磨さんが転んだしよ!」

ショウキ「なるほど、チョコラテ・イングレスか」

リーベ「えっ」)

そろそろクライマックスは続くよどこまでも
 
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